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2013.07.02.

父の日雑感
 

  

 
飛行機に乗るのは大好きだ。離陸する前の軽い緊張感や、独特の匂い、単純にとても嬉しくなる。久しぶりの一人旅で、早朝、無事飛行機に乗り込むと、ほとんど満席にもかかわらず、私の隣は空席で、ゆったりと気持ちのいい旅を始めることができた。

その日の大阪は雨模様で、空港を飛び立ってすぐ、空をあつく覆っていた雲の上に出た。さほど珍しい光景でもなく、今までにも見たことはあるのだけれど、その日は、波打つように豊かな雲が本当に見事で、息を飲んだ。真っ白に輝き、細かく振動しながら、ずっと遠くまで続いている。そして、父もこんな景色を見たんだなと、唐突に思った。

父は戦時中、飛行機に乗っていた。だから、なのかはよくわからないが、飛行機が好きだった。もちろん戦時中のことだから、酷いこと、辛いこともあったに違いないが、そうした負の部分もひっくるめて、かつて飛行機に乗っていたという事実が、彼の存在の根幹にあったのだと思う。

子どもの頃、飛行機から見た雲や山や、霧の多い飛行場や、夜間飛行の恐怖や海に墜落した時の話を、よく聞いたような気がする。そのほとんどを、私は驚くほど覚えていないが、見渡すかぎり白い雲を見ると、ポロポロと涙が出た。二十歳にもならないような青年が一人でこんな場所を飛んでいたとしたら、それはもうドラッグだろう。今の私たちの感覚では、宇宙から地球を見るのと同じくらいの、衝撃だったかもしれない。

あまり天気がよくないにもかかわらず、飛行機は絹のように着陸する。 本日は父の日でございます、と機内アナウンスが入る。母の日のカーネーションは有名ですが、父の日にはバラの花を送る習慣があると言われています。みなさまも、近く、あるいは遠くにいらっしゃるご家族に、お花を贈られてはいかがでしょうか。

泣いてちょっと馬鹿になった頭で、自分の存在の核になるような景色や経験が、私にもあるだろうかと考える。 私の方が、お花をもらった気分だった。

(c) 2000 Shirokuma Seshiro, Hebon-shiki