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2011.07.20.

かばかわ問題
 

  

  Q-ChewsというバンドとCMディレクターの中島信也さんのライブを見る機会があった。ちょうど祇園祭の巡行の日で、ライブ前には鉾が解体 されるのを見たり、後は二次会に参加させていただいたり、人であふれた夜更けの電車も久しぶりで、京都の一日を堪能した。

  私の目当ては中島さんで、彼のジョン・レノンに似た声と弾き語りを堪能した後、Q-Chewsの演奏が始まる。ほとんどがオリジナルで、どれ もしっかりとしたいいロックだった。中でも『月光のカバ』という曲がよかった。「月光のカバって、いい曲でしょ」とボーカルの人が 紹介する。私は、カバの歌を書くなんて、なんて優しくていい人だろうと、感心する。

  ところが、帰宅してまだ二次会の興奮が冷めないまま、Q-Chewsのホームページを検索して驚く。そこには、『月光の河』と書いてあったの だ。
 カバじゃなかった…。この数時間、「カバの歌っていいな」となぜかウキウキしていた私は、河という文字をみて、途方に暮れてしまった。 どうして自分がそんな聞き違いをするのかわからなかったし、何より、ただの一度も「カバって、歌詞としておかしくないか?」と疑わな かった自分の思考に驚いた。 誤解されると困るのだけど、河をカバと聞き間違えることで、この曲を侮辱しているつもりは全くない。私は本当に、月夜に泳ぐカバの歌として、とても感動していたのだ。

  実はライブ会場でも、中島さんに感想を聞かれて、私は「これこれの曲がよかった」と答えはしたのだけれど、友人に「歌詞の最後の部分、よかったよね」と言われて、びっくりしていたのだ。歌詞のそうした内容を、私は全く覚えていなかった。
じゃあ、その曲の何がよかったのだ、と考えると、恐らくその雰囲気や空気感で、今そこで演じられていた空間がここちよかったのだろう。(メロディーがよかった、と単純に言ってもいいのだけれど、といってメロディーを覚えているわけでもないし…)。

  そういえば昔から、好きな曲の内容を後で知って、驚くことが多い。それこそ毎日数十回リピートしているような曲でも、何かのはずみ で歌詞を目で見て、びっくりすることがある。聞き取り能力が低いというのもあるが、どうやら私の脳は、音楽を意味として認識する気が ないらしい。好きな曲はインストの方が多いから、基本的に歌詞ではなくメロディーを聴いているのだろう。ソリッドで気持ちいいとか、 暖かくて柔らかい感じ、とか、赤くて明るい光とか、音楽を聞きながら思うのはそんなことばかりだ。そういう意味では、さほど問題はない。 しかし、完全に歌詞をシャットアウトせずに、気になった単語やフレーズだけに注目して勝手にその曲を拡大解釈してしまうと、 とんでもない誤解が起きる。歌詞にはおそらくトータルの物語があるのに、一部の拡大で勝手に物語を作ってしまうのだから、 正反対の歌にもなりうるわけだ(あまりに思っていたとおりでびっくりするという、本末転倒な場合もある)。

  冷静になって改めて、『月光の河』の歌詞を読んでみると、自分が覚えていたつもりの「月光の下カバが流れる」という歌詞が、カバを河 に直したところで、存在しないことに驚くのだけれど、海という言葉が入っていることにも驚く。海という単語は、私の場合、耳に入らず に直接無意識に落ちる。ラジオや街でちらっと聞いた曲が、なぜかわからないけれどすごく気になる時、後から調べると、大抵海に関わる 何かが歌われている。 『月光の河』がとても気になったのは、聴いている時には気づいていなかった海であり、私の天国耳がそこに、悠然としたカバを足してしまったにせよ、月の夜、黒々と満ちあふれた水のイメージであることは間違いない。

  その日のライブは盛況で、楽しかった。信也さんの歌声にはうっとりしたし、Q-Chewsはパワフルだった。私は十二分に音を楽しんだ。 どうしても意識を通る目で読む 言葉と違って、音は直接、無意識に働きかける力を持っている。無意識に作用するものに、手は出せないし、それは違うと言われてもどうしようもない。 そういう力を持つ、絵を描く人や、音を作れる人を、とても羨ましく思う。


●Q-Chews…豊中市立第九中学校出身の同級生バンド。http://blog.livedoor.jp/q_chews/
●中島信也…日本を代表するCMディレクター。 ご自身のHPがないので…http://my-jpn.com/judge/nakajima/
●歌詞の一部や単語だけでなく、自分の経験や歴史とも関係がなく、トータルで一番好きな歌詞はなにか、を考えると、松本隆の『夏なんです』が浮かんだ。あの曲のすべての言葉が好きだし、佇まいが好きだ。とはいえ、長いこと「奴らがビー玉かじってる」と聞き間違えていたのだけど。

 
 

(c) 2001 Shirokuma Seshiro, Hebon-shiki