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2005.09.01.

マイ・アーキテクト
 

  子供の時から、バート・バカラックの「close to you 」が好きだった。生まれたときに天使があなたを祝福したから、みんながあなたに近づきたいの、 子供の時は、ほんとにこんな人がいるとは思ってなかったが、子供の時から片思いが大好きだったから、この歌詞はツボにはまったんだろう。

  本当に、天使にキスされて生まれてきたような人種がいると知ったのは、随分経ってからだった。 これは、カリスマ性とか何らかのオーラといったものではない。性格や容貌ともあまり関係がないように思う。誰もに好かれる、という訳でもない。 場合によっては敵や反発が多く、人間性も余り誉められたものではなくても、誰もが惹きつけられてしまう、正にthey long to be close to you、なのだ。

  『マイ・アーキテクト』はアメリカの著名な建築家、ルイス・カーンの足跡を、その寵児である息子が描いた映画だ。 カーンは30年前、駅のトイレで心臓発作で倒れた。パスポートの住所が消されていたため、三日間、身元不明だった。 その時11歳だった息子は成人し、謎めいた父の死と、自分の生の意味を探るために映画を撮った。
カーンの建てた建築を追ってはいるが、やはり監督の関心は、カーンの私生活の方に重点が置かれる。 つまり、妻とその娘、二人の恋人とその娘と息子という、カーンを巡る三組の家族だ。幼い頃のやけどの跡が顔に残る、 ハンサムとは言えない男に、なぜ家族が三つもあったのか。そして、終盤、彼の不満は爆発する。「お父さんは悪いことをしたのに、 なぜお母さんは彼の肩を持つの?」

   監督の母ともう一人の恋人、それに娘たちはみな美しく聡明だ。彼との仕事が如何に刺激的で素晴らしかったかを語る恋人1と、 彼が自分のことを愛していたと信じてやまない恋人2(監督の母)。愛人の存在を激しく憎んだ正妻は既に他界している。 両親が愛し合わなければ自分の存在はないと理解し、週に一度現れた父との時間を大切に思いながらも、 息子は父の恋人たちが当時のアメリカで未婚の母になることを選び、彼の死後も結婚しなかったことが理解できない。

   その疑問に答えを与えようとするのが建築で、丁寧に、率直に、そしてとても美しく映し出されている。
そして、カーンとともにその建造に係わった人たちへのインタビュー。 カーンが設計した船で演奏旅行を続ける指揮者兼オーナーは、撮影者がカーンの息子だと聞いて泣き崩れる。 遺作となったバングラディシュの国会議事堂では、関係者が、世界一貧しい国に民主主義をくれた人だ、と涙ながらに語る。 そうして私は理解する。彼が、建築家としてある以前に、天使にキスされて生まれてきた人種だと。 

 
 ただ、これは時々、本人にとっては迷惑な話らしい。僕は天使じゃないよ、と言った先輩もいたけど、 カーンも駅のトイレで死んでしまった。それを理解せずにうっかり結婚してしまった夫あるいは妻にはもっと迷惑な話かもしれない。 他界していたために証言できなかったカーンの妻も、職場に頻繁に出入りして嫌がらせをしたり、愛人たちには葬儀に来るなと脅したりと、 言われっぱなしで少し気の毒ではある。
 

 

 


●マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して MY ARCHITECT
監督/ナサニエル・カーン    

2003年アメリカ/116分 カラー    
配給:レントラックジャパン

(c) 2000 Shirokuma Seshiro, Hebon-shiki