2006.02.01. |
ひまつぶし
タダ券があって、ちょっと暇つぶしをしたい気分でもあったので、『フライトライン』を見に行く。
ドイツ(ほんとにどいつかどうかは知らないが)の陰鬱な景色や、ちょっとオカルトチックな導入はなかなか楽しい。
飛行機が舞台なのも、マニアには楽しい。まあ、とりあえず気分転換の暇つぶしとしては十分楽しめる映画だった。
なのだけど、映画が終わって家に帰る頃には、あまりにも不可解なストーリーに頭の中は疑問だらけになる。ざっとあらすじを書くと、
夫が急死し、その遺体と共にドイツから故郷に帰ることになったアメリカ人女性(ジュディ・フォスター)が、
自分が設計に係わった最新鋭の飛行機に乗る。ところが、うたた寝ている間に幼い娘の姿が消える。必死で探し回るが、姿はなく、
誰も娘を見ておらず、その上、乗車記録もないと言う。錯乱する彼女が大騒ぎしている間に、飛行機はハイジャックされ、
まあ、もちろん最後はハッピーエンドなのだが。
犯人は、保安チェックをパスできる棺に爆弾を入れるために、彼女の夫を殺した。
大層な話なので、当然、航空会社ないしは飛行機製造会社に恨みを持つものの犯行、と思うが、全然そうではない。
単に、アメリカ国籍の女性の夫を殺しただけという。でも、その女性が当の飛行機の設計者とは、強盗に入るのにわざわざ
警官の家を選ぶようなものである。一体どういう訳でそんな設定になったんだ?
確かに、飛行機の設計技師というのは女性の職業としては目新しいかもしれない。ジュディが演じるのだからね。
でも、設計技師がいきなりアクション全開というのも、あまり普通じゃない。私が脚本家なら、彼女の職業は武術の
インストラクターかなんかにする。飛行機の設計者は夫で、会社がらみで夫が殺されたと思いこむ彼女を、ハイジャック犯に
仕立てるために、犯人は娘を誘拐して彼女を錯乱させる。しかし、彼女は夫から常日頃、飛行機の設計について話を聞いていて、
意外にもその構造に詳しかった。得意の武術を駆使し、夫が見せてくれた設計図の記憶をたぐりながら、
彼女はついにエンジン室に隠された娘と爆弾を見つける。格闘の末、娘を救出し、犯人をエンジン室に閉じこめた彼女は、
愛する夫の言葉を信じて爆破装置のスイッチを押す…。(エンジン室が爆発しても、機体は壊れない、というのがこの映画のオチである)。
ありきたりだが、実にハリウッドらしいハッピイエンドになりそうな気がする。ドイツの新人監督はそれを避けたのかもしれない。
でも、ヒロインの職業を変えるだけで、この映画の矛盾、はてなは全部消える(ような気がする)。もっとも、
これではジュディは出てくれないかもしれないが。(リーズ・ウィザースプーンあたりにやって欲しいが、ますますありきたりになるかもしれない)。
しかし、逆に考えると、そうまでして守りたかった女性の職業というのは、一体何の象徴なのだろう?
ジュディが言うように、これが子供を思う母の物語なら、職業などはなんでもよかったはずだ。そ
して、子供を思う母なら、勿論、無実のイスラム教徒を殴ってもいい。やれやれ。
(c) 2000 Shirokuma Seshiro, Hebon-shiki |