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2005.06.01.

へんな映画
 

   この数年で、一番不可思議な映画は、『Mの物語』だった。ジャック・リベット監督とエマニュエル・ベアール。 『美しき諍い女』以来の出演である。だから、いろいろな意味でものすごく期待した人は多かったと思う。
 筋は一応ある。時計の修理工、イエジー・ラジビオヴィッチの前に、 昔パーティで会った女性(ベアール)が現れる。互いに愛し合っているように見えたが、 そのうちに、彼女は不可解な行動を取るようになる。たまりかねた男が彼女の過去を調べると、 彼女は数年前に自殺していた。つまり、成仏してない幽霊だったのだ。自殺した自分と、 恋をする自分に引き裂かれ耐えられないベアールには、成仏するしか道がないが、そうすれば、彼は彼女のことを忘れてしまう。 しかし、彼女の涙が奇跡を起こす…。

   あらすじだけ言うと、韓国ドラマのようだけど、もちろんそんな風には作られていない。 それと平行して、男はある女性の弱みを握って、彼女を脅迫し金を要求するという、サスペンスまがいのエピソードがある。 そのネタを提供したのは、彼女の自殺した妹で、こちらも成仏してない幽霊である。  つまり、イエジーの周りに二人の幽霊が現れたわけだけど、その理由は全く語られない。大体、ベアールとイエジーというところからして妙だ。なぜ鉄の男??

   これは、『美しき諍い女』でべアールの全裸をあれだけ撮りながら、ベッドシーンが全くなかったことへの腹いせなのか。 ベッドシーンはかなりすごい。官能的な映画、というと、私にとっては『ヘカテ』(ダニエル・シュミット監督)だったが、この映画はそれを軽く超えてしまった。 しかし、どうしてこの二人がこのような、文学的に官能的な(笑)セックスをするに至ったかの説明は、全くない。

     だから、これは逆に考える必要があるのかもしれない。まず、ベアールを使って、とてつもなく官能的なベッドシーンを撮りたい、と思う。 その時、べアールにふさわしいキャラクターとはどういうものか。40代の女優や、30代のキャリアウーマン、あるいは主婦、とりあえず、 そういう設定はむしろ邪魔である。といって、『ラスト・タンゴ・イン・パリ』みたいな行きずり感も、 今では陳腐だ。年齢不詳、職業も住居、国籍も不明、でもいわゆるヒッピー的なキャラクターではなければ、 幽霊、ということになるのだろうか(笑)。韓国ドラマ並みの穴だらけなのだけど、こちらは監督がわざと作った穴だ。 観客が、普通は知りたいと思うことがわざと欠落している。服装だって、普通ではない。妙に格式張ったパンツスーツを 着ていたかと思えば、突然だぼだぼのパンツとセーター姿になり、表情もころころ変わる。(幽霊だからといえばそうなんだけど)。

   思えばヘカテも、正体不明の女だった。ただ、こちらは、ヘカテという神話の名前が付いている分、わかりやすい。 べアールの名前はマリー。Mの物語となると色々想像したくなるけど、原題はストレートに「historia de marie et julien」である。 なんにせよ、べアールにはどこか人間離れした感じの役がよく似合う。ただひたすら裸でいるモデルとか、恋に狂った女性とか、天使とか。

   で、結局この映画が何なのかは、よくわからない。いい映画ですか、と聞かれたら、答えに困るだろう。好きですか、と言われても、 少し躊躇する。 ただ、この映画の中のベアールは、全シーン・全表情、大好きである。そんなわけで、手持ちのDVDの中では、一番リピート率が高い。

   ラストシーンの台詞は、とてもエッチでキュートだ。純愛映画では、ちょっとありえない。 やっぱり、べアールを使ってエッチな映画が撮りたかった、だけかもしれない。

 


●Mの物語 HISTOIRE DE MARIE ET JULIEN

監督/ジャック・リヴェット    
出演/エマニュエル・ベアール、イエジー・ラジヴィオヴィッチ 
2003年フランス/150分 カラー    
配給:ファインフィルムス

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