龍と鳩

 

 円覚寺の開山無学祖元禅師が北条時宗の招請によって宋から来朝したことは、どなたもご存知の通りです。だが、それについてはこんな話が伝っています。

 禅師が円覚寺を開いてからのことです。ある曰、弟子たちに話して言われるには、わしがこの国へ渡って来たのには深い因縁があったのだ。というのは、わしがまだ故国にいた時のことある曰いつものように座禅を組んでいると、目の前に見るからに気高い神人が現われた。その人は頭に冠をつけ手には笏を持っていた。そしてわしに向って、和尚、そなた是非わしの国へ来て仏法を弘めてくれぬか、そうすれば、わしが必ずそなたを守護してやろう。というのだ。しかもそれが一度だけではなく幾度も同じようなことが繰返しあった。だが、その人は自分がどこの何ものとも名乗ろうとはしない。

 また、その神人が現われるときには、いつでも金色の龍と、青い鳩がその人について来る。そして龍はわしの衣の袖に入り、鳩はわしの膝の上にとまる。いつの時でもそうなのだ。

 そのうちに、時宗公の招きでわしはこの国へ渡り鎌倉に来ることになった。ここに来て間もなくある人から、ここには鶴岡八幡という神霊いやちこな社がある。あなたはこれから鎌倉に住むのだからまず鶴ケ岡に参拝しなさい、と勧められたのでお参りに行ってみると、楼門の梁の上に何百羽とも数えきれぬほどの鳩がいる。人にたずねると、鳩はハ幡のお使いだとのことだった。それを聞いて、さては以前わしのところへ現われた神人はこの鶴岡八幡だったのだと、初めてさとった。こうした霊妙な囚縁によってわしはこの国へ渡り、ここ鎌倉に住むようになった。だから、わしが示寂した後、もしわしの姿を刻むことがあったら、膝の上には鳩、袖のところには龍を添えて、後世までこの尊い因縁を伝えて欲しい、と話されました。

 円覚寺舎利殿の裏にある開山塔に安置された禅師の水像の椅子に、龍と鳩が刻まれているのは、こういうことがあったからだと伝えられています。

かまくら春秋社「かまくらむかしばなし」より