髪きり狐

英勝寺はご承知のように徳川御三家の一つ水戸家にゆかり深い尼寺です。明治になるまで代々の住持は、かならず水戸家のご息女がなることにきまっていました。ですから尼寺とはいうものの、国元からの侍たちを始め、ご息女につき従う腰元や女中など俗体のものの方がたくさんいて、尼さんはご息女のほかに数人の老尼がいるばかりという変った寺でした。

 ところで、この寺の裏山すなわち源氏山に年古く棲みついた古狐がいて、世間の人からは「髪切り狐」と呼ばれていました。

 その名の由来は、この狐が英勝寺の女中たちの髪の毛をバッサリと切り落すところから付けられたものでした。

 髪切りがあるのは、たいがい日の暮れ方で、なにかの用で庭先きへ出た女中が、後ろから髪を強くひっぱられたと思うと、もうその髪がまるで鋭い刃物で切ったようにバサッと落ちるのだそうです。そしてその時にはいつも木立や繁みが急にガサガサと動いて、遠いところで狐のなきごえがするというのです。また、切られた髪の切り口のところがへんにネバネバした感じだったと言います。

 どうやって孤が髪を切るのかについては、何か刃物を咥えて飛びつくのだとか、鋭い歯で噛み切るのだとか、いろいろな臆測はありましたが、その場に居合わしたものがいないので、本当のことはどうもわからないままでした。

 ただ不思議なのは、この狐が狙うのは英勝寺の奥女中だけに限られていて、そのほかの人間は一度もそんな目にあったことがないということです。それについては何か因縁ばなしのようなものがあったらしいのですが、いつの間にか忘れられてしまい、いまはなにも伝っていません。

  「尼寺なのに髪の長い女がたんといるのが狐の気に入らなかったのかも知れないねえ」

 この話を私にしてくれたお婆さんはこう言っておかしそうに笑いました。

(かまくら春秋社「かまくらむかしばなし」より)