彫りと摺りの技術 | ||||||||||||||
浮世絵が絵師、彫り師、摺り師の三者による協同作品であることは既に述べました。 (厳密にいえば、版元も含めた四者ですが) 元絵を描く絵師の役割が重要であることはもちろんですが、しかし浮世絵製作には欠かせない彫り師・摺り師の仕事もまた、絵師に負けないくらい重要な役割であることを忘れてはならない、ということです。 これについては言葉で説明するよりも実例を見ていただいた方が早いと思います。
さて、サンプルとして用意したのはこちらの作品。 歌川豊国(3代)の、「今様押絵鏡」シリーズから、「和尚吉三」。安政6年(1859)の作品です。 このシリーズ、役者の半身を鏡のフレームの中に収めた面白い作品で、絵師のアイデアとデザインセンスの素晴らしさがまず光りますが、しかし細部までよーく目をこらすと、この絵をより引き立たせるための見事な工夫が彫り師・摺り師によって施されていることが観察できるのです。 |
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初めて本物の浮世絵を目にした人が一様に驚くのが、髪の毛の細かい描写です。 あの細くて流れるようななめらかな曲線。おそらく手書きで描けと言われても困難であろうあの美しい描線を、1本1本、版木に彫ってしまうのですから、これはもう神業としか言いようがありません。 ところでこの髪の描写、最初から絵師の下絵に1本1本細かく描かれているわけではなく、この部分の表現と仕上げに関しては、彫り師の腕にすべて任されていました。 同様に着物の柄も(これは最初から絵師が指定する場合もありましたが)、彫り師に一任されることが少なくなかったようです。 上でご紹介した「ぼかし」や「から摺り」、「布目摺り」なども、本来下絵には描かれていない、摺りの段階で初めて姿を見せる効果です。 大雑把な言い方をすると、
という役割分担で、多くの職人が関わりながら1枚の絵が仕上げられていくわけです。 そういう意味からすると浮世絵は、紙に描かれた単なる絵ではなくて、職人たちの技術によって平面の絵にさらにリアルな立体表現と彩色の工夫が加えられた3次元芸術で、絵というよりむしろ「美術工芸品」に近いのではないかと私は思います。 浮世絵が世界中で芸術作品と評されている理由には、もちろん絵そのもののユニークさもあるのですが、こうした工芸品としての細密さ、美しさも実は理由のひとつとして挙げられるのです。 |
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