浮世絵のできるまで

 

■「ホンモノ」は世界に一つ?

浮世絵には、大きく分けて1枚ものの肉筆浮世絵と、木版画による浮世絵版画とがあります。
基本的に浮世絵といえば後者の版画の方を指すのですが、案外この「浮世絵=版画」ということを知らない人が多く、たとえば美術書などでよく目にする北斎の赤富士(富嶽三十六景 凱風快晴)や、写楽の役者絵、広重の東海道五十三次など、どれも本物(オリジナル)は世界に1枚しかない、と誤解されている場合が少なからずあるようです。
しかし実際にはこれらはすべて版画ですので、江戸の当時に摺られた「本物」が複数存在しており、世界のあちこちの美術館やコレクターの手元に収蔵されています。もちろんどれも本物。版画ですから、本物が複数あるわけです。

 

■浮世絵の製作過程

浮世絵は版画ですから、その完成までには、

下絵を描く
下絵のとおりに版木を彫る
絵の具をつけて紙に摺る
完 成

というプロセスが必要です。
みなさんも小学校の図工の時間や、あるいは年賀状などで一度くらいは木版画を経験されたことがあるでしょうから、このへんはよくお分かりですね。

浮世絵の場合、特徴的なのは、この「下絵を描く」、「版木を彫る」、「紙に摺る」という3つのプロセスが、それぞれ専門職として分業化されている、という点です。
各プロセスごとに、「絵を描く専門家」、「版木を彫る専門家」、「紙に摺る専門家」がいて、それぞれ順に絵師彫り師摺り師と呼ばれています。

絵師は、版元(出版社)からの依頼により、下絵を描きます。ただし、何でも好きなものを描いてよいわけではなくて、絵の内容に関してはきちんと版元の企画意図に沿ったものを描かなければなりません。描き方にも細かいルールがあって、たとえば役者絵で3人横並びの絵を描く場合、「主役は必ず真ん中に配置しなければならない」といった具合に、その役者の格や歌舞伎の演目内容に応じて、人物の配置から描く大きさ、着物の柄まで、きちんとルールに則って描き分けなければなりませんでした。
逆に、絵を見る側はこうしたルールさえ理解していれば、その歌舞伎の配役から役者同士の力関係まで、1枚の絵からかなりの情報を読み取ることができたわけです。

さて、絵師の下絵が出来ると、次は彫り師の出番。下絵の線に忠実に版木を彫っていきます。
ただし、彫りの場合は版木が(色数に応じて)複数枚必要なこともあって、通常は一人で行うのではなく、何人かで分担して作業にあたります。
分担の仕方は、職人の力量に合わせて決められたようで、もっとも大事な役者の顔や髪の部分を彫るのは熟練した職人、着物の柄や背景などはまだ若い職人という具合に、まあ今でいう漫画家とアシスタントのような関係で何人かの彫り師たちが作業にあたっていたようです。

こうして版木が仕上がると、最後の仕上げは摺り師が行います。
これもただ版木に色を乗せて紙に摺ればいいというような簡単なものではなく、かなりの熟練が要求される分野で、たとえば浮世絵独特の「ぼかし」の技法もこの摺り師の技術のひとつ。顔料の乗せ方と微妙な摺り加減だけで見事なぼかしのグラデーションをつけているのです。
また、なにより浮世絵はカラーの多色刷り印刷ですから、摺る色ごとに版木を変えて一色ずつ重ね摺りしなければならないわけですが、しかしこのとき位置が合わずに色がズレてしまったりしたのでは、それまでのすべての作業が台無しです。各色を寸分のズレもなくピタリと位置を合わせ、絵を見事に完成させることができるか否かは、すべて摺り師の腕一つに託されているのです。

 

■作業の流れ

以上、絵師、彫り師、摺り師の各プロセスでの役割をざっとご紹介したわけですが、ここで改めて全体の作業の流れを図で追ってみたいと思います。

 

1.版下 まず、絵師が墨一色で「版下絵」を描きます。
上で説明したように、絵の内容は依頼人である版元の意向に左右されます。
描きあがった絵は彫り師にまわされますが、実はその前に地本問屋(草双紙や浮世絵など、庶民向けの出版物を扱う版元の組合)の検閲を受けなければなりません。
公序良俗に反していないか、幕政を批判するような内容でないか、などの細かいチェックを受けた上で、特に問題がないと認められたものには、「極印(きわめいん)」または「改印(あらためいん)」といわれる許可印が絵に押されます。
2.墨版 検閲をパスした絵は彫り師に渡され、まず「墨版」といわれるモノクロの版が彫られます。その際、下絵はそのまま木版に貼り付けられ、彫り師はその線だけを残しながら紙ごと板を彫っていきます。
墨版が出来ると、それを元にまず何枚かが墨で摺られます。摺りあがったものは、当然もとの版下絵と寸分違わぬコピーとなるわけです。(いまならコピー機ですぐですが・・・)このコピーをどうするかというと、再び絵師によって色ごとの彩色が施された後、また彫り師に戻され、今度は色版作成の工程へと移ります。
3.色版 カラーの版画を作るためには、図のように色ごとの版木を用意してそれらを重ね摺りしなければならないわけですが、当然、色数を増やせばその分材料費や手間など、コストも余計にかかります。今回の絵を何色摺りにするのかは、絵師の力量と描かれる役者の人気を元に、どれくらいの売上げが見込めるかを予測したうえで、版元の判断で決定されます。

このようにして決められた色数に応じて、前の工程で絵師により彩色された色版下絵を元に、背景、着物、隈取など、重ねる色パーツごとの「色版」が彫られます。

4.摺り いよいよ摺りの段階です。すべての版がズレないよう、細心の注意を払いながら1枚1枚重ね摺りされていきます。
5.完成 これで完成。絵師、彫り師、摺り師のみごとなチームワークで、このようなみごとな錦絵が完成しました。

いかがだったでしょうか。
浮世絵を製作するにあたって「検閲」があることや、絵の内容や色指定に、絵師よりも版元の意向が大きく影響したことなど、意外に思われた点もあったのではないでしょうか。

浮世絵というと、なんとなく現代の芸術家のように、浮世絵師が自由奔放に創作していたイメージが強いのではないかと思いますが、実はそうではなくて、絵師はあくまで請け負い仕事・納期仕事の「画工」でしかなかったのです。

当時は歌舞伎が庶民の最大の娯楽でしたから、役者のブロマイドであり、また歌舞伎の宣伝チラシでもある役者浮世絵は、歌舞伎公演の営業を側面支援し、集客につなげるための宣伝広告物としての役割が大きかったわけです。
当然、版元はそのことを意識したうえで次に出す絵の企画を立てましたし、製作スケジュールも歌舞伎公演の日程にあわせて計画されました。
つまり、完全に歌舞伎との連携ビジネスとして確立していたわけで、浮世絵の製作過程にきちんとした分業体制が敷かれていたのも、現在の出版・広告業界におけるイラストレーターや印刷会社の役割に照らして考えてみれば理解しやすいと思います。浮世絵製作は、今でいう映画や演劇のポスター作りのようなものだったわけです。

重要なのは、主導権を握るのはあくまで版元だということ。
加えて検閲もありましたから、絵師の独断で勝手に出版できるようなものではなく、何を描いてもよいというものでもありませんでした。
浮世絵が芸術品として評価される今日では、絵師の存在ばかりがクローズアップされがちですが、先にも述べたように現代でいう絵画とは性格の異なるものであって、あくまで協同作業による合作物ですから、絵師一人の力だけで作品化できるものでは決してなかったのです。
歌麿だろうが北斎だろうが写楽だろうが、浮世絵師といわれる人たちが描くのはあくまで「下絵」までで、最終完成形に仕上げるためには、彫り師、摺り師たちの手助けが不可欠であったことを忘れてはいけません。

次回はそんな縁の下の力持ち、彫り師と摺り師の仕事ぶりについて注目してみたいと思います。


→ もっと詳しく「浮世絵製作の手順(浮世絵ぎゃらりぃ)」

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