ピコ通信/第173号
発行日2013年1月24日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 「住宅地等における農薬使用について」通知 改定案にパブリックコメントを提出 住宅地や学校などの近くでは禁止すべきだ
  2. 水銀条約交渉最終会合(INC5)閉幕 水銀条約は世界の水銀排出を低減しそうにない 条約名は水俣の悲劇の被害者の尊厳を損なう
  3. シンポジウム・甲状腺被曝をめぐる放射能リテラシー  福島原発事故後の子どもの健康をめぐって/放射線とからだ〜甲状腺異常をはじめとする内部被曝について(下)
    西尾正道さん(北海道がんセンター院長)
  4. 12・22 終焉に向かう原子力第15回 (1) 原子力を"即刻"終わらせたい (上) 小出裕章さん
  5. 調べてみよう家庭用品(58)トピックス (8)
  6. お知らせ・編集後記(INC5)


「住宅地等における農薬使用について」通知
改定案にパブリックコメントを提出
住宅地や学校などの近くでは禁止すべきだ

環境省資料
■市民の願いには程遠い
 環境省と農水省は、改定を進めていた通知「住宅地等における農薬使用について」の指導内容案についてパブリックコメントを1月21日締め切りで募集し、当会も意見を提出しました。
 現行通知は、2007年に改定されたものですが、強制力を持ったもっと強いものにしてほしいと反農薬東京グループや被害者がかねてから働きかけていたものです。
 募集の説明には「都道府県等に対する指導を一層強化するため」と書かれています。たしかに、自治体の取り組み事例として、自治体が業者に委託する場合の入札条件として、研修を受けていることや一定の資格者であることなどが新たに書かれています(ただし、これは事例)。また、業者に委託する場合は、グリーン購入法の趣旨を踏まえて植栽管理をするようにということも加えられています。自治体が管理者である庁舎植栽、公園や街路樹などの委託業務に関しては、現行にはない踏み込んだ内容となっています。しかし、相変わらず「○○に努めること」が多く、残念ながらもっと強いものに!という市民の願いには程遠いものになっています。

■住民の健康を守る法律はない
 農薬による健康被害は、化学物質過敏症の主要な原因の一つであり、子どもの被害も深刻です。しかし、農薬使用による周辺住民や子どもへの健康被害を防止する法律はありません。ただ、「農薬を使用する者が遵守すべき基準を定める省令」(平成15 年農林水産省・環境省令第5号)第6条において、「住宅の用に供する土地及びこれに近接する土地において農薬を使用するときは、農薬が飛散することを防止するために必要な措置を講じるよう努めなければならない」旨規定されていることと本通知があるだけです。
 そのため、周囲の農薬使用から身を守るには、現状では本通知に頼るより他に手段がないということです。しかし、通知という強制力のないものであること、周知徹底されていないこと等のために、被害を防止することができない例が数多くあり、深刻な問題となっているのです。

■当会提出意見
<該当箇所>全体
  • 「通知」という強制力の弱い形であるため、農薬使用から住民の健康を守るという目的が達成されない場合が多々ある。集合住宅の管理者や植栽業者、一般住宅の住人等、また行政担当者の中にも、強制ではないのだからと無視する例が多数見られる。通知ではなく法的な強制力を持つものにするべきである。
  • 「通知」という形でも、罰則を設けることによって強制力を持つことができる。法律にするまでの暫定的措置として、せめて罰則を設けるよう要求する。
  • 全編に「努めること」が多用されているが、これらは全て「○○すること」に替えて、より強い内容とするべきである。「努めること」では、「ハイ、努めています」と言い訳にされて、守られない恐れが大である。
  • 「農薬」について定義し、一般家庭でガーデニングに使われる農薬や除草剤も含めることを要求する。「農薬」と言った場合、ほとんどの人は農作物栽培に使われるものと公園の植栽や街路樹に使われるものに限定して考えるであろう。
  • 前文に住宅地での農薬使用による被害について説明し、「住民、子ども等の健康被害が生じないようにするため」と本通知の目的を書くべきである。それが無ければ、何のために本通知が出されるのかが分からない。
  • 農薬の被害は飛散した農薬に直接的に曝露するだけではなく、残留してミスト状、ガス状になった農薬によっても影響があることを説明することを要求する。
  • 特に農薬に感受性の高い化学物質過敏症や農薬中毒患者が住民にいる場合は、格段の注意を払うようにという文言を入れることを要求する。
  • 高濃度で短時間に広範囲で農薬を散布する上、事故の多い、無人ヘリコプターの住宅地近隣での使用は禁止すべきである。
<該当箇所>1頁
1 住宅地等における農薬使用に際しての遵守事項の指導⇒本通知が守られていない主な理由の一つは、知らなければいけない者たちが知らないことである。「遵守するよう指導すること。」では弱い。「遵守について周知徹底すること」と換え、周知徹底の方法についても言及すること。

<該当箇所>2頁
別紙 1
 前通知においては、「住民、子ども等の健康被害が生じないよう」という目的が入っていたが、本案では見当たらない。「農薬使用によって住民、子ども等の健康被害が生じないよう」という目的についての文言を入れるべきだ。

1−(3) 病害虫の発生による植栽への影響や人への被害を防止するためやむを得ず農薬を使用する場合⇒美観のための農薬使用はしないとすること。農薬は基本的に毒物であり、人の健康や生物に影響を与えるものであることから、美観のために使用することは許されるべきではない。

<該当箇所>3頁
1−(7)および2ー(5)農薬散布区域の近隣に学校、通学路等がある場合には、万が一にも子どもが農薬を浴びることのないよう散布の時間帯に最大限配慮する⇒農薬を浴びるなど論外である。浴びなくても、樹木や周辺に残った農薬から蒸散するので、影響を受ける。学校、通学路の周辺は農薬散布を禁止すべきである。

以上


水銀条約交渉最終会合(INC5)閉幕
水銀条約は世界の水銀排出を低減しそうにない
条約名は水俣の悲劇の被害者の尊厳を損なう

 水銀条約政府間交渉会議第5回会合(INC5)は、ジュネーブで1月13日(日)に始まり18日(金)(実際には19日(土)早朝)まで協議が続き、ようやく条約内容と条約名(水俣条約)が決まりました。会議には約140か国・地域の政府代表の他、国際機関、NGO等を含め約800名が参加しました。NGOsの連合体であり当研究会もメンバーであるIPENとZMWGからも約50人が参加しました。
 会議の概要は、環境省の1月22日報道資料で紹介されていますが、当研究会は詳細を「INC5報告書」としてウェブで順次紹介していきます。本稿では、INC5閉会(クロージングセッション)でIPENを代表して当研究会の安間武が行なった「条約名」に関する発言と、会合終了直後にIPENが発表したプレスリリースを紹介します。


安間の発言の間、起立して強い連帯の意思を示すIPENメンバー。
発言の最後に水俣の被害者に対する"黙祷(Silence)"を会場の
全参加者に求めた。

INC 5 クロージング・セッションにおける 安間武の発言 「条約名」

議長、ありがとうございます。

 私は、日本の化学物質問題市民研究会(CACP)の安間武です。IPENと化学物質問題市民研究会を代表して発言いたします。IPENと化学物質問題市民研究会は、提案されている条約名が交渉の結果にどのように関連するのかについての考えを、皆さんと共有したいと思います。この条約の名前は、世界中の公益団体と地域の人々にとって非常に重要なことがらです。

 今週、私たちは、代表の皆様方の多くとこの条約名についてお話をしましました。個人的には皆様の多くが、提案されている条約の名前について、満足していないと語りました。私たちの見解は、新たな条約は将来の水俣の悲劇を防ぐのに十分ではなさそうだということです。それは条約にこの名前をつけるのは不適切であるということを意味します。

 IPENと化学物質問題市民研究会は、水俣の被害者団体や世界中の多くの団体により表明されている反対について、委員会はもっと敏感になっていただきたいと思います。私たちは皆様方が彼等の声に耳を傾け、議論と抵抗を回避でき、真に水俣の被害者を敬う条約名を選ぶことを求めます。条約の名前は議論の種であってはなりません。私たちはこの委員会が単純に水銀条約と名付けるよう求めます。この名前は明確であり、政治的な議論がありません。

 最後に、私たちはここにいる全ての代表者の皆様に、数千人という水俣の悲劇の被害者のために短い時間の黙祷をお願いいたしたいと思います。

 黙祷(Silence)

 紳士、淑女の皆さん、ありがとうございました。どうぞ敬意の失われた条約は全く悲惨であるということを思い出してください。

 ありがとうございました。


2013年1月19日IPEN プレスリリース
水銀条約は世界の水銀排出を低減しそうにない
提案された条約名は水俣の悲劇の被害者の尊厳を損なう

【ジュネーブ】本日水銀条約交渉が閉幕したが、IPENとその他の非政府組織は、水銀条約は水銀排出を低減しそうには見えず、むしろ水銀汚染を増大させる結果となるかもしれないと述べた。IPENはまた、条約名を水俣条約とすることは、世界最悪の産業水銀汚染事件のひとつによって現在でもまだ被害を受け続けている人々の尊厳を損なうものであると述べた。IPENは世界116カ国の700以上の公益組織を代表する非政府組織の連合体である。

 ”この条約の結果として、世界の水銀汚染は増大し続け、減少することはないであろうと我々は予想する。水銀条約はないよりはある方がよいと言う人もいるが、もし条約が水銀汚染を減らさないなら、条約はその仕事を果たしていない”と、IPENの共同議長マニー・カロンゾは述べた。

 ”この条約は、水俣条約ではなく、水銀条約と呼ばれるべきである”と、日本の化学物質問題市民研究会(CACP)の安間 武は述べた。”ヘドロと魚に水銀汚染をもたらした水汚染が水俣の悲劇を引き起こしたが、条約は水銀の水への放出を削減するための義務も、汚染サイトを浄化する義務も含んでいない。このような条約を"水俣条約"と呼ぶことは、被害者の尊厳を損なうものである”。

 IPENが指摘する主要な懸念には、下記が含まれる。

■人力小規模金採鉱(ASGM)−管理できない人為的な最大の水銀使用
 締約国がASGMは些細なものではないと決定した場合にのみ、条約は措置を求めるが、些細であると決定するためのガイドラインを提案していない。UNEP は、 ASGM を大気への最大の水銀排出源であると認めた。しかし、交渉の過程で、ASGMを条約の下で"許容される用途"であると決定した。このことは明確な廃止期限なしに水銀の輸入、輸出、及び使用を許すことになる。
 条約はまた、汚染されたASGMサイトを特定し、又は浄化することを義務付けていない。

 ”廃止期日がない、水銀輸入量に制限がない、そしてASGMのために荒廃した場所を浄化する義務がない”とインドネシアのバリフォクス(Balifokus)のユーユン・イスマワティは述べた。”これらの弱い措置ではASGM産業で働く人々の中から必ず被害者が出る”。

■石炭火力発電所及びその他の排出源
 条約は、既存の石炭火力発電所からの排出を削減することを”義務付けた”が、これらの削減は”実行可能な場合”にだけ求められる。条項は、電力分野の急激な成長に起因する新たな水銀排出を相殺するのに十分な規模で個々の発電所からの水銀排出を低減するようには見えない。

■塩素アルカリ施設とその他の水への放出源
 産業側が水銀の陸及び水への放出を削減することを義務付けていない。その代わり、条約は各国が”実行可能な場合”、措置をとることを試みるよう言及しているだけである。塩素アルカリ施設からの水銀の水への放出、又は大規模な採鉱場からの陸への放出を削減することについて特定の言及はない。

■汚染サイト
 現在の条約テキストは、汚染サイトの特定や浄化を求めていない。さらに、現在の条約テキストは、廃棄物を有害であると定義する健康保護基準値に関するガイダンスを提供しておらず、水銀を含有する廃棄物の生成を最小にする、または防止することを求めていない。汚染サイトに対する措置が義務的ではないので、汚染サイトを特定し、又は浄化するために条約の資金メカニズムを利用することができそうにない。

■"水俣"条約ではなく、"水銀"条約
 国際水銀条約は、1) 将来の水俣病の発生を防止し、2) 将来の水俣病のような悲劇に対して適切な対応を義務付け、3) 魚と海産物中のメチル水銀の世界のレベルを低減させるのに十分であると信じるのがふつうであろう。しかしこの条約は、これらの目標のどれをも達成しないであろう。これらの理由により、多くの代表者等は、この条約は"水銀条約"と命名されるべきであると示唆している。

 ”もしこの新たな水銀条約が実施されれば、水銀汚染レベルの増加速度を遅らせることはできるかも知れないが、水銀汚染を実際に減らすためには、大きな政治的な約束が必要であろう”とIPENの上席科学技術顧問ジョー・ディガンギ博士は述べた。

”水銀は人の健康に対する大きく深刻な脅威なので、強固で野心的な世界の対応が必要である。しかしこの条約では、そのような対応はできない”。

 水銀中毒の危険性は、数世紀前から知られている。水銀の高レベル曝露は脳と腎臓に生涯のダメージを与える。水銀はまた、母親から発達中の胎児に伝えられ、脳の障害、知能低下、精神遅滞をもたらす。

IPEN について:  IPEN は、世界中の人々の健康と環境を守る安全な化学物質政策と実践を確立し、実施するために活動する指導的な世界組織である。IPENの世界的なネットワークは、国際的な政策の場及び発展途上国における現場で活動する116 か国、700 以上の公益団体から構成される。
http://ipen.org/hgfree/inc5/"


編集後記(INC5)

▼水銀条約政府間交渉会議第5回会合(INC5)は、ジュネーブで1月13日(日)に始まり18日(金)(実際には19日(土)早朝)まで協議が続き、ようやく条約内容と条約名(水俣条約)が決まりました。日本のNGOからは私(安間武)と谷洋一さん(水俣病協働センター)がIPENのメンバーとして参加しました。
▼今までIPENが一貫して主張してきたことは、二度と水俣の悲劇を繰り返すことのない強い水銀条約にすることが"水俣を敬う"ことであるとして、水俣を敬うキャンペーンを展開してきました。今回のINC5でも、IPENのメンバーが”Honoring Minamata Victims(水俣被害者を敬え)”と書かれたおそろいのTシャツを着て、水俣の海と水銀汚染の警告を表す、青とオレンジ色のリボンと、2011年1月に千葉で行なわれたINC2で坂本しのぶさんがルグリス議長と握手する写真のポストカードを会議参加者に配りました。
▼IPENは、採択された水銀条約は、1) 将来の水俣病の発生の防止、2) 将来の水俣病のような悲劇への適切な義務的対応、3) 魚と海産物中のメチル水銀の世界のレベルの低減−という目標のどれをも達成しないであろうと声明の中で根拠を示して述べています。これらは環境省もメディアも決して言わないことです。これらの詳細については、今後当研究会のウェブ「INC5 報告」で解説します。
▼私は、最終日のクロージング・セッションで、IPENを代表して「新たな条約の内容は将来の水俣のような悲劇を防ぐのに十分ではなく、したがって条約名に水俣を冠するのはふさわしくない。また水俣の被害者団体を含む世界のNGOsが反対しているこのように政治的な議論のある"水俣"という名称は避けるべきである」と主張しました。
▼私の発言中、周囲のIPENのメンバーは起立して強い連帯の意を示してくれました。発言の最後に水俣の被害者のための短い黙祷を会場の全ての人々にお願いしましたが、その間、会場は水を打ったように静まりかえりました。
▼会議終了後に行なわれた主催者である国連環境計画の記者会見の後、会見に参加していたINCの高官と会話する機会のあったIPENメンバーに対し、高官は「タケシ・ヤスマの発言に感動し、心を動かされた」と述べました。あれがNGOsの役割というものだ。違いを示し、それを指摘すること。そしてあたかも政府やその関連団体の一部であるかのような行動をしないこと。NGOの役割はそのようなことではない。
▼「彼が水俣の被害者のために求めた黙祷は、水銀汚染の継続を防止するための真の約束の欠如と、各国が水俣の被害者に対して沈黙してきたことにも向けられていたと思う」と高官は述べました。
▼水銀条約の結果について、むなしさを感じていた私は、高官のメッセージにより非常に勇気付けられました。このメッセージはIPEN全体に向けられたものです。(安間 武)


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る