ピコ通信/第165号

発行日2012年5月18日
発行化学物質問題市民研究会
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URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 家庭用品中の難燃剤の有害性、効果、規制に関する国際的議論
  2. 内部被曝問題研 第一回総会・シンポジウム 内部被曝からいのちを守る
  3. 3/24 電磁波から健康を守る全国連絡会 主催 もう一つのヒバク 携帯電話基地局の健康被害を考える-下
  4. 海外情報:EHP 2012年4月号:論説 環境化学物質:低用量影響の評価 リンダ S. バーンバウム 米・国立環境健康科学研究所ディレクター/米・国家毒性計画ディレクター
  5. 海外情報:Chicago Tribune 2012年5月10日 化学産業のロビーイストら化学物質規制の強化を阻止
  6. お知らせ・編集後記


家庭用品中の難燃剤の
有害性、効果、規制に関する国際的議論

■はじめに

 家具や電子機器のケースなどに含まれる難燃剤は、使用時や、廃棄時の解体、焼却、投棄などで、人曝露や環境放出が生じると言われています。これらの難燃剤は残留性、生物蓄積性、生殖毒性、神経発達毒性、免疫毒性、内分泌かく乱性など、様々な有害特性を持つことが報告されており、人の健康と環境への影響が懸念されています。

 2009年に米テキサス州サンアントニオで開催されたダイオキシン世界会議の参加者の多くが臭素系及び塩素系難燃剤についての懸念を表明するサンアントニオ宣言に署名しました。
 一部の臭素系難燃剤の使用は、自主的に又は規制により制限されていますが、規制されていない多くの難燃剤があります。
 最近のアメリカの研究では、布張り家具の発泡体に難燃処理をしたものと、しないものを火災テストで比較すると、耐燃性はほとんど変わらず、一方、難燃剤を使用しない耐燃布バリアを使用したものに効果があることが示され、難燃剤の代替として期待されます。
 難燃剤メーカに後押しされて、テレビの筺体に現実離れしたロウソク裸火耐燃要求を電子機器の安全性に関する国際規格に織り込もうとする動きがあります。
 本稿では、これらのトピックスについて、簡単に紹介します。
 なお、日本における難燃剤の状況についてはピコ通信第118号(2008年6月号)の調べてみよう家庭用品(16)難燃剤をご覧いただき、本稿では難燃剤使用の表示の問題に少し触れます。

1. 難燃剤の有害性を示す研究の例

▼臭素系難燃剤PBDEに曝露したメダカは、この化学物質だけでなく、関連する毒性影響(甲状腺ホルモンかく乱)も子孫に伝える(2011)。
▼胎内の化学物質 PBDEとPCBは成獣ラットの聴力喪失に関係する(2011)。
▼PBDEへの妊婦の曝露は甲状腺刺激ホルモン(TSH)の低下と関連する(2011)。
▼難燃剤ヘキサブロモシクロドデカン(HBCD)に汚染されたダストへの暴露は、ヒトの血中濃度と強く関連する(2009)。
▼室内ダスト中の難燃剤PBDEの濃度が高い家に住む男性は、低い家に住む男性に比べてテストステロン(男性ホルモンの一種)レベルが低い(2009)。
▼難燃剤デカBDEに生後直ぐに低用量で曝露したマウスは多動症状を示す(2008)。
▼難燃剤PBDEはラットの性的発達に影響を及ぼす内分泌かく乱作用を持つ(2006)。

2. 難燃剤の曝露経路を示す研究の例

▼アフリカの電子廃棄物:プラスチックケース中の臭素系難燃剤の焼却によりダイオキシンの放出と、母乳中の臭素系難燃剤のレベルが増大している(2012)。
▼米国や途上国で売られているカーペットは、特に幼児や小児に神経系のダメージを起こす難燃剤を含んでいる(2011)。
▼発泡体をリサイクルする人やカーペットを敷く人は、体内にこれらの化学物質を他の人より10倍多く持っている(2011)。
▼中国の電子廃棄物解体現場の近くに住む妊婦は解体現場から離れた所に住む妊婦に比べて残留性有機汚染物質への曝露が高く、甲状腺ホルモンのレベルが低い(2010)。
▼難燃剤 HBCD の主要な暴露経路は食物ではなくダストである(2009)。
▼PBDEの分解物質が廃棄物を通じて米国中の水系に遍在している(2009)。
▼古い乗用車は難燃剤の暴露源(2008)。
▼幼児の体内の難燃剤レベルは母親より3倍高い(2008)。
▼EUでは禁止され、米国では2004年に中止されたペンタBDEの代替難燃剤が家庭や屋外環境で検出されている(2008)。
▼パイロット、乗務員、清掃クルー、乗客は、かなりの量の臭素系難燃剤を体内に取り込んでいるかもしれない(2007)。
▼アメリカの一般国民の食物からの難燃剤摂取量及び室内ダストから摂取量は十分に調査されていない(2006)。

3. 臭素系及び塩素系難燃剤に関するサンアントニオ宣言

 2010年9月に米テキサス州サンアントニオでダイオキシン世界会議が開催され、会議の参加者の多くが臭素系及び塩素系難燃剤についての懸念を表明し、22カ国からの150人近くの科学者らが下記の声明に署名しました。この中には日本からの科学者も含まれています。

【サンアントニオ宣言】
 我々、様々な分野の科学者は下記について宣言する。

  1. ストックホルム条約の加盟国は世界的な廃絶のために同条約にリストされている3種類の臭素系難燃剤について廃止のための措置を実施している。これらの物質は、ヘキサBB(ブロモビフェニル)、商業用ペンタBDE(ブロモジフェニルエーテル)、及び商業用オクタBDE(ブロモジフェニルエーテル)の成分を含んでいる。もうひとつの臭素系難燃剤であるHBCD(ヘキサブロモシクロドデカン)は評価中である。
  2. 多くの臭素系及び塩素系難燃剤は、環境中で長距離移動を行なう。
  3. 多くの臭素系及び塩素系難燃剤は、残留性、生物蓄積性があり、その結果、人の母乳を含んで、食物連鎖汚染をもたらす。
  4. 多くの臭素系及び塩素系難燃剤は、適切な毒性情報が欠如しているが、利用可能なデータによれば懸念がある。
  5. 多くの臭素系及び塩素系難燃剤は、包括的な毒性情報が欠如しているにもかかわらず、製品中に組み入れられている。
  6. 様々な製品中に存在する臭素系及び塩素系難燃剤は、屋内及び屋外の環境中に放出されている。
  7. 寿命の尽きる、又は尽きた電気電子製品は開発途上国に投棄されているので懸念が高まっており、有害な成分の違法な国境を越える移動をもたらしている。これらには臭素系及び塩素系難燃剤が含まれる。
  8. ほとんどの開発途上国及び移行経済国では、環境的に適切な方法で電子廃棄物を取り扱う能力が不十分であり、ヒト健康と環境に危害を及ぼす有害物質の放出をもたらしている。これらには臭素系及び塩素系難燃剤が含まれる。
  9. 臭素系及び塩素系難燃剤には火災毒性があるが、耐燃に役立つ全体的な利益はまだ証明されていない。
  10. 臭素系及び塩素系難燃剤が燃えると、高い毒性のあるダイオキシンやフランが生成される。
したがって、これらのデータにより下記の正当性が支持される。
  1. 臭素系及び塩素系難燃剤は、残留性、生物蓄積性、長距離移動、及び有毒性を持つ。
  2. サプライチェーン中の製品及び各製品のライフサイクルにおける臭素系及び塩素系難燃剤、及び他の化学物質に関する情報の利用可能性とアクセスを改善する必要がある。
  3. 消費者は、例えば製品ラベルを通じて、これらの物質の存在を知らされるなら、有害難燃剤の代替物質の採用にある役割を果たすことができる。
  4. 難燃剤の代替物質を特定するプロセスは、単に代替化学物質だけでなく、製品設計、製造プロセス、難燃剤の使用を必要としない実施方法のための革新的な変更も含むべきである。
  5. 現状の、及び代替の化学物質の難燃剤は、変異原性や発がん性、あるいは生殖系、発達系、内分泌系、免疫系、神経系への有害影響などの有害特性を持たないことを確実にするための努力がなされるべきである。
  6. 難燃剤のある用途のための例外使用を求める時には、その例外使用を求める団体はなぜそのような例外が技術的に又は科学的に必要なのか、及びなぜ潜在的な代替が技術的に又は科学的に実行可能ではないのかを示す情報;この化学物質の必要性をなくす潜在的な代替プロセス、製品、材料、又はシステムの記述;及び調査した出典のリストを提供すべきである。
  7. 残留性有機汚染物質(POP)の特性を持つ難燃剤を含む廃棄物や製品/成形品は、POP特性を再び持つことがないよう、POP含有物が破壊され又は非可逆的に転換されるような方法で処理されるべきである。
  8. POP特性を持つ難燃剤は、回収、リサイクル、再生利用、直接再使用、又はその物質の代替使用をもたらすかもしれない処理の対象としては許可すべきではない。
  9. POP特性を持つ難燃剤を含む廃棄物は、POP含有物が破壊され又は非可逆的に転換されるような方法で処理されるのでない限り、国際的な国境を越えて移動させるべきではない。
  10. 電気電子製品を含んで、POP特性を持つ難燃剤を含む製品のライフサイクル管理において、製品スチュワードシップ及び拡大生産者責任の適用を検討することが重要である。
4. 難燃剤の使用に関する調査の例

▼難燃材処理発泡材(フォーム)は火災安全の役に立たない
 多くの家具や電子機器の筺体には有害な難燃剤が使用されていますが、米消費者製品安全委員会が最近実施したテストについて2012年5月6日付けChicago Tribune は次のように報道しています。
  1. 布張りの椅子で、難燃剤処理をしたものと、しないものを火災テストで比較したところ両方とも同じように4分以内に炎に包まれ、難燃剤による効果はないことが判明した。
  2. 一方、難燃剤ではなく、耐燃布バリアを布張りと発泡材の間に入れて点火したところ、4分後には椅子の背中の部分を焦がしただけであった。
  3. 火災犠牲者のほとんどは炎ではなく煙を吸い込んで死亡するが、両方の椅子の燃焼による煙はほぼ同量であった。
  4. 布張り/革張り家具中の難燃剤は有害なだけで、何も役に立たないことを示した。
▼赤ちゃん/子ども用品発泡体の80%に難燃剤
 2011年5月20日のNature Newsによれば、米デューク大学の研究者らは、難燃化学物質が赤ちゃんや子ども用品中の発泡体でどのように使われているか、そしてどのような化学物質が存在するかを見つけるために、子ども用カーシート、赤ちゃん用マット、ベッド柵マットなどを調べました。その結果、発泡体の80%から様々な難燃化学物質が検出されましたが、最も共通していたものは、TDCPP(トリス(1,3-ジクロロ-2-プロピル)リン酸塩)であり、アメリカでFiremaster 550 という商品名で広く使用されている難燃剤です。TDCPPの毒性はラットで発がん性が認められていますが、全体として情報量が少なく、ヒトへの影響もよくわかっていません。

5. 難燃剤の規制状況

▼第4回ストックホルム(POPs)条約会議(COP4)で3種類の難燃剤が廃止
 ヘキサBB、ペンタBDE及びオクタBDE(2009年5月)
 POPs条約の下ではPOPsを含む廃棄物は、リサイクル、又は直接的なリユースをすることはできないのですが、ペンタBDEとオクタBDEは、2030年までリサイクルすること許すという免除がつくことになり、世界のNGOsこのことに反対しています。

▼POPs検討委員会第7回会合(POPRC7)で臭素系難燃剤HBCD(ヘキサブロモシクロドデカン)が条約の対象物質として勧告されることに決定(2011年11月)

▼米・難燃剤製造3社 デカBDEの製造と販売の廃止に合意(2009年12月)
 難燃剤製造/販売大手3社は、米環境保護庁(EPA)との協議を経て、過去3年間で最も使用されていた臭素系難燃剤デカBDEの製造と販売を2013年までに、"エッセンシャル・ユース"を含めて、全ての用途のための販売をやめることに合意しました。

6. テレビ筺体へのロウソク耐燃要求

 電子機器の安全性に関する国際基準を審議する場として、国際電気標準会議・技術委員会108((IEC TC108)があり、TC108に対応する国内委員会として第108委員会があります。
 現在、ロウソクの裸火によるテレビ火災防止を強化するとして、垂直方向ロウソク裸火テストで3分間の耐性を求めるという提案がなされ、TC108でその採否についての投票が行なわれようとしています。
 このような要求は不必要に有害な難燃剤を大量にテレビの筺体に加えることになるだけで、ロウソク点火によるテレビ火災の防止にはなんら役立たないとして、アメリカのグリーン科学政策研究所や環境健康センターが中心となり、世界の科学者やNGOがこの提案に強く反対しています。反対の論点は次のようなものです。
  • ロウソク点火によるテレビ火災の危険を示す客観的なデータはない。
  • 電子機器産業は大量の難燃化学物質を使用する必要があり、消費者を潜在的に深刻な健康リスクに曝すことになる。
  • この基準は、電子機器のリサイクルと回収システムを難しく高価なものとし、ある場合には不可能にする。
  • これらの化学物質で処理されたテレビが火災で燃焼すれば、危険なダイオキシンやフランを発生させる恐れがあり、それは特に消防隊員及び環境全体に大きな影響を及ぼす。
  • さらに現在のテレビは薄型になり、裸火のロウソクをテレビに置くということは現実離れしている。
 当研究会もグリーン科学政策研究所や環境健康センターと連携して、日本がこの提案に反対投票をするよう要請する手紙を2012年4月13日付けで経済産業省産業技術環境局大臣官房審議官(基準認証担当)河村 延樹 殿宛に送付しました。さらに、日本が賛成/反対どちらに投票する(した)のか、またIEC TC108の投票結果はいつ発表されるのか問い合わせましたが、回答はありませんでした。

7. 日本の状況

▼難燃剤の分類と需要の割合
 日本難燃剤協会の2006年主要難燃剤の推定需要では、4分類の割合が示されていますが、具体的な化合物の需要量は示されていません。()内は2003年のデータ。
 臭素系36%(34%)、リン系21%(19%)、無機系41%(44%)、塩素系2%(3%)

▼表示:電気・電子機器の例
 電気・電子機器ではその筺体やプリント基板などのプラスチックに難燃剤が使用されていますが、リサイクルにおける解体・分別の際に適切な判断・処理が行えるようJIS K 6899プラスチック部品の材質表示で、難燃剤などの材質のコードを表示することになっています。
 これはあくまでも、事業者によるリサイクル等の作業を考慮したものであり、一般消費者のためのものではありません。従って、一般消費者はどのような難燃剤が使用されているのか知ることはできず、前述のサンアントニオ宣言 第13項."消費者は、例えば製品ラベルを通じて、これらの物質の存在を知らされるなら、有害難燃剤の代替物質の採用にある役割を果たすことができる"ということに寄与できないことになります。
(文責:安間 武)
(注)本稿の更なる情報については当研究会のウェブページをご覧ください。


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