3/3シンポジウム「東日本大震災・原発災害と私たちの未来」
チェルノブイリ−ドイツーフクシマ:真実を求めて
ゼバスティアン・プフルークバイルさん (ドイツ放射線防護協会)
3月3日、日本科学者会議主催のシンポジウム「東日本大震災・原発災害と私たちの未来」が、東京・文京区民センターで開催されました。岡本良治さん、沢田昭二さん、綱島不二雄さん、山崎正勝さんの講演に引き続き、ドイツからドイツ放射線防護協会会長のゼバスティアン・プフルークバイルさんが招かれ、講演しました。プフルークバイルさんのお話はひじょうに示唆に富んだものでした。
本稿では、プフルークバイルさんのお話を紹介します。
(文責 化学物質問題市民研究会)
■チェルノブイリ事故の時も同じ経験
福島で三重苦に見舞われた方々のことをドイツでもみんな心配しています。福島で起こっている事については、世界中が見守っています。
チェルノブイリ事故の時、ヨーロッパは同じような経験をしました。チェルノブイリ事故は、最初考えられたよりもずっと大きな影響をヨーロッパに与えたのです。実際に子ども達に何を食べさせたらいいのか悩まなければならなくなった時に、たくさんの人たちが真剣に考えるようになりました。
大学で教えている人たちも、放射能とは何かを教えるために街に出て行って、市民のための教室などを開きました。その時はじめて、放射線の知識は政治的な影響を如何に受けているかに、多くの人が気づきました。放射線に関する学問は、政治的な考えと強く結びついているのです。
■政治と結びついてた研究
放射線量がひじょうに少ない時にも、影響があるのです。そのような影響は今、おそらく福島で既に作用していると思われます。
アイゼンハワー大統領は1953年に「一般国民には核分裂や核融合については曖昧にしか伝えないように」と言っています。隠さずに知らせてしまったら、その先原子力を平和利用することは不可能になってしまうということが、彼は既にわかっていたのです。
専門家がいかにめちゃくちゃなことを言っているかの例ですが、元東ドイツの原子力監督庁の幹部は「原子力発電施設や他の核施設は安全に運転できると、長年の稼動経験とスリーマイル島事故、チェルノ事故が裏付けている」と。2011年9月のロンドンでのWorld Nuclear Association世界原子力協会 注:原子力利用の業界団体)の総会では、「福島での原子力発電所の事故が、原子力発電所がいかに安全かということの証明である」という発言がありました。原子力を利用しようという人たちの考えを知ると、だんだん気分が悪くなります。
メルケル首相はチェルノブイリ事故の10年後に現地に行き、「チェルノノブイリ原発はロシアのしっかりした技術だ。ドイツでの原発反対の闘いは危険だ。原発の保安のための労力がデモのために割かれるから。」原発の技術が危険なのではなくて、反対する人たちが危険だと言っているのです。
山下教授の発言もひどいです。2011年3月に福島での発言「放射線の影響があるとは思わない。線量が少な過ぎるから」。そして、「放射能恐怖症です」とも言っていますが、この考えはロシアのKGBが考え出したものです。「放射能について心配し過ぎて病気になる」というアイデアを広めれば、放射能の影響は隠されると考えてつくったのです。放射能を心配してヒステリックになると体をこわす、散歩して新鮮な野菜を食べていれば何も問題はない、と。
キエフ市は大きくて人口が多いので、人々を避難させるのは困難です。プルトニウム汚染地図では、なぜか汚染はキエフ市の手前で止まっているのです。
1990年にIAEAは、国際チェルノブイリ・プロジェクトをスタートさせました。1991年に報告された結論は、「放射線による健康上の悪影響は、適切に調査が行われた地域でも、本プロジェクトの下での調査でも実証されなかった」というものです。調査した子どもたちは全般的に健康であった。白血病、甲状腺がんが増えていることをデータは証明していない。健康のことを考えるのなら、高血圧や歯科衛生に関心をもつべきだと。
図1
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■チェルノブイリ事故の健康影響
1990年秋、私たちはベルリンでチェルノブイリ会議を開きました。ベラルーシの女性医師が、ベラルーシで甲状腺がんがどのように増えているかを報告してくれました 。
86年からどんどん数が増えています。子どもの甲状腺がんの図(図1)ですが、こちらの方がもっとおそろしい。90年に症例が突然増えています。本当は子どもの甲状腺がんはひじょうに少ないものです。子どもや若者だけではなく、成人にも甲状腺がんがひじょうに増えていることが分かります。(表1)
0-18歳では、事故以前と比べて58倍、若者は5.3倍、大人は6倍、老人は2.6倍です。50歳-64歳でも5倍、これは驚くべき数字です。
表1
年齢 |
1973-1985 |
1986-1998 |
倍数 |
0-18 |
7 |
407 |
58 |
19-34 |
40 |
211 |
5.3 |
35-49 |
546 |
326 |
6 |
50-64 |
63 |
314 |
5 |
64 以上 |
56 |
146 |
26 |
ドイツ放射線防護委員会に属していたケッラー博士は国際赤十字に、「甲状腺がんについて、増加した発病率は住民によっても、医師の大多数によっても被曝によるものと考えられている。しかし、増大の原因は、生活が変化して栄養が偏ってしまったこと、膨大な不安、ひじょうに詳しく検査されたためである」と報告したのです。つまり、甲状腺がんは放射線が原因ではないと結論づけているのです。
この報告は重大な影響を与えています。赤十字でさえ、"新鮮な空気、野菜、不安に思わない健康な生活をしていれば、甲状腺がんにならない"と結論づけ、多くの政府がこれを引用して使っているのです。
甲状腺がんをなぜ話題にしているかというと、予防できるがんだからです。甲状腺はヨウ素を必要とし、事故が起きた時に排出された放射性ヨウ素を取り込んで甲状腺がんになります。放射性ヨウ素を取り込む前に、ヨウ素をたくさん摂り入れていれば防ぐことができるのです。
ところが、ドイツ放射線防護委員会のライナーズ教授は、放射線による甲状腺がんは、子どもと若い人にしか現れないとして、45以上の成人にはヨウ素剤による防護を推奨しないと勧告。ドイツでは原子力発電所がヨウ素剤を配布しなければならないことになっているので、この勧告によってヨウ素剤のための支出が半分になったのです。
表2
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チェルノブイリ直後のウクライナの住民の健康状態のデータです。いろいろな病気が急に増えているのがわかります。内分泌系の病気、精神疾患、神経系の病気が増えています。全体の数もどんどん増えていっています。(表2)循環器系の病気も、増え方が激しい。1987年には10万人中2,236人だったのが1992年には98,363人に急増。つまり、住民のほとんどが循環器系の病気にかかっているということです。骨と筋肉に関する病気も、768人から73,440人に増えています。
表3
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住民を、収束作業従事者、避難者、居住禁止区域住民、被害者の子ども(自身ではなく親が放射線影響を受けた)の4グループに分けてみたデータです。健康な人の割合は、1987年は割合高い。その後、どのグループも健康な人の割合がどんどん下がっている。今では健康な子どもは10〜20%しかいないという報告があります。
子どもの乳歯を薄く切ってみたものです。アルファ粒子の影響が見えます。乳歯全体にこれだけアルファ粒子があるということは、骨にももちろんあるし、体全体にもあるということです。
■ダウン症、死産、男女比、先天性障害
ドイツのカール・シュペアリングは、ベルリンでダウン症児の出生率が1987年1月に急激に上昇した事を報告しています。当初、原因は分からなかったのですが、その9ヶ月前にベルリンに大量のフォールアウト(放射性降下物/死の灰)降下があったことが分かりました。
図2
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ベラルーシのミンスクでの調査でも、同じようなデータが報告されました。ただ、ベルリンと違うのはダウン症児の出生率が高いまま移行していることです。ベルリンでは、1月だけ高くてその後、元に戻っています。ミンスクの研究者は、原因が分かった段階で研究を続けるのを断念しました。チェルノブイリがいかに危険かという研究をすると、将来が見込めないからです。
ヨーロッパのいくつかの国での、死産と健常産を比較したデータです。86年のところで折れている(死産が増加)のが分かります。チェルノブイリ事故後、生まれていたであろう子どもたちが生まれなかったのです。その数を推定すると、何万、何十万となります。
フィンランドのデータです。(図2)86年5月にあびた放射線量によって5つのグループに分けました。放射線量が高くなるに従って、死産の率が高くなっていくのが分かります。放射線量はマイクロシーベルトのレベルです。一番高いグループで139μSv、一番少ないグループで6.6μSvです。
新生児の男女比を調べる研究が最近進んでいます。アメリカでは直線で下がっていますが、ヨーロッパでは、1986年で折れ曲がっています。(図3)おそらく、272,000人の女児が生まれなかったのです。男女比率が狂ってきて、女児が生まれる前に死ぬ確率が高くなったのです。
図3
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大気圏内核実験が行われて、多量の死の灰が降った60年代半ばに、アメリカでもヨーロッパでも男女比の同じような変化がありました。また、ドイツでは最近、原子力発電所の近くでの男女比の研究が行われています。原子力発電所周辺とゴアレーベンの高レベル放射性廃棄物貯蔵施設周辺でも、同じ変化が見出されています。
チェルノブイリと核実験と原発で共通しているのは、放射線しかありません。
バイエルン州の先天性奇形についての研究です。先天性奇形のデータ収集は難しいのですが、バイエルン州でだけ数年間データが集められました。心臓に先天性欠陥を持って生まれた子どもについて、放射線量が高かった10の地域と低かった10の地域を比べたものです。その結果、汚染の高かった地域では発生率が高くなっています。小頭症についても1987年以降、倍増していました。バイエルン州はチェルノブイリからひじょうに離れているにもかかわらず。
2011年春にUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)は、チェルノブイリ事故について以下のことを発表しました。
急性放射線症の症例は134、うち28例が高い放射線量によって亡くなり、19例がその他の理由で亡くなった。それ以外の100,000人の収束作業員には放射線障害と健康被害があったとの証拠は得られなかった。ただし、6,000例の甲状腺がんの症例があり、その内15例が亡くなった。一般国民の間に、放射線に起因する何らかの健康への影響があるという確証はない。
福島とその周辺では、私がこれまでに話したチェルノブイリ事故後にドイツやヨーロッパで起きたことが恐らく既に始まっていると思います。通りをただ歩いているだけではこれらのことに気づくことはできません。日本の医師たちは、これからどんなことが起こるのか、どんな子どもたちが生まれるのか、どんな病気が増えていくのか、細かく記録してほしい。
私が話したのはひじょうに微量の放射線のはなしです。公には何も影響がないとされているレベルです。微量の放射線も大きな影響を与えることを、注意深く見つめて記録して研究していかなくてはいけないと思います。
医師と科学者のみなさんには、次の言葉を思い出してほしい。劇作家のベルトルト・ブレヒトが、ドイツで核分裂が発見された時期に劇中で書いた言葉です。「真実を知らないものはただの愚か者である。しかし、真実を知っているにもかかわらず、それを嘘と呼ぶ者は、犯罪者である」
(まとめ 安間節子)
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