ピコ通信/第161号
発行日2012年1月24日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

2012年1月23日 政府に提出
市民団体共同声明
水銀条約に「水俣の教訓」を反映するよう求める



■INC3で後退した「第14条 汚染サイト」

 当研究会は、一昨年6月のストックホルムで開催された水銀に関する政府間交渉委員会第1回会合(INC2)及び昨年1月に千葉で開催された第2回会合(INC2)に引き続き、昨年10月31日〜11月4日にナイロビで開催された第3回会合(INC3)に参加しました。このINC3では、重要な技術条項として水銀供給、水銀の国際貿易、製品とプロセス、人力小規模金採鉱、大気排出と水と陸地への放出、保管、廃棄物、汚染サイトなどの条項案が提示され検討されました。その中で、「第14条 汚染サイト」の検討結果は、非常に弱い自主的な条項に後退しました。そこには「水俣の教訓」の重要な一部である下記内容が全く含まれていません。
 ▼汚染者による被害者への責任と補償
 ▼汚染者による汚染サイトへの責任、修復、コスト負担
 ▼行政と汚染者による被害究明のための徹底的な調査
 ▼被害の原因と被害に関連する全ての情報の開示

 そこで当研究会が中心となり、昨年末に水俣病被害者互助会及びグリーン・アクションとともに、市民団体共同声明「水銀条約に「水俣の教訓」を反映するよう求める」の日本語版と英語版を作成し、個人及び団体に賛同を求めるキャンペーンを国内および国際的に実施しました。その結果、1月22日までに国内の個人及び団体146筆、海外の個人及び団体340筆の賛同を得ることができました。
 そして1月23日付けで、この共同声明に賛同いただいた個人及び団体のリストをつけて、外務大臣、経済産業大臣、環境大臣あてに提出しました。

外務大臣 玄葉光一郎 殿
経済産業大臣 枝野 幸男 殿
環境大臣 細野 豪志 殿

2012年1月23日 市民団体共同声明
水銀条約に「水俣の教訓」を反映するよう求める

 私たちは、世界中の水銀汚染を懸念する市民団体及び市民です。私たちは世界中のどこにおいても二度と水俣の悲劇を繰り返すことがないようにするために、現在、国連環境計画(UNEP)の下に2013年に採択されるべく検討されている水銀条約に、水俣の悲劇から学んだ教訓を反映することが重要であると考えています。しかし、昨年10月31日〜11月4日にナイロビで開催された水銀に関する法的拘束力のある文書に関する政府間交渉委員会第3回会合(INC3)で提案された条約案の中の「第14条 汚染サイト」には、「水俣の教訓」が反映されていません。

 「水俣の教訓」は、50年以上の水俣の歴史の中で蓄積した有用な教訓であり、それらには、水俣湾のしゅんせつによる150万m3にも及ぶ水銀へドロが未処理のまま暫定的に水俣湾に埋め立てられたままであること、被害を受けたにもかかわらず、まだ水俣病として認定/補償されていない方々や、すでに亡くなった方々が大勢いること、徹底的で透明性のある調査がなされなかったために、未だに被害の全貌が明らかにされていないこと、被害の原因や被害に関連する事実が隠されたり、適切に開示されなかったこと−などが含まれます。

 これらの「水俣の教訓」は、リオ原則10:情報へのアクセス;リオ原則13:汚染の被害者とその他の環境ダメージのための補償;リオ原則16:汚染者負担原則;に基づき、次のようにまとめることができます。
 (1) 汚染サイトへの責任と修復を汚染者に求める。
 (2) 全ての被害者への責任と補償を汚染者に求める。
 (3) 国と汚染者に被害の全貌解明のための徹底的で透明性のある調査を求める。
 (4) 被害の原因と被害に関連する情報を全て開示することを求める。

 これらの「水俣の教訓」を水銀条約に反映させることは、水俣の悲劇を経験した日本国政府の責務であり、その実現のために最大限の努力をすることが求められていると理解しています。
 国連環境計画(UNEP)は、日本政府の提案により、2013年に水銀条約の採択、署名のための外交会議を日本で開催することを決定しており、日本政府は条約名を水俣条約としたい意向であると世界は理解しています。しかし、「水俣の教訓」が反映されていない条約に、「水俣条約」と命名するようなことがあれば、それは水俣の被害者の尊厳を侮辱し、水俣の悲劇が二度と起きないようにするための水銀条約の権威を損なうものであると考えます。
以上
取りまとめ団体
 化学物質問題市民研究会
 水俣病被害者互助会
 グリーン・アクション

連絡先:
〒136-0071 東京都江東区亀戸 7-10-1 Z ビル 4階 TEL/FAX 03-5836-4358
化学物質問題市民研究会 安間 武 ac7t-ysm@asahi-net.or.jp

■背景説明

 「水俣の教訓」は、水俣の50年以上の歴史の中で、下記に示すような企業、行政、学者の社会的に許すことのできない行為によって引き起こされ、水俣の被害者を50年以上も苦しめ続けている様々な「水俣の悲劇」から得られた重要な教訓です。
  • チッソの非道徳的及び不法な行為
  • 行政の不作為と欺瞞と違法的行為(例えば食品衛生法の違反)
  • 御用学者による科学の歪曲と欺瞞
  • 産学官の癒着などによりもたらされた社会的不正義
  • 人権無視、健康・環境・安全の無視
 もし、「水俣の教訓」が水銀条約に含まれなければ、水俣のような水銀汚染被害が世界のどこかで生じても、その汚染サイトの修復、被害者の補償、徹底的な調査、情報開示を水銀条約の下に求めることはできません。汚染サイトの環境的に適切な修復と全ての被害者に対する適切な補償には、莫大な金がかかるので、どこの国も汚染者も、それを回避したいのです。しかし、大きな人災を引き起こしておきながら、金がかかるから修復しない/補償しないということは許されません。

 「医学的に根拠のない」認定基準を定めて、多くの被害者を水俣病と認定せずに補償の対象から外して何十年も苦しめ続け、その間に多くの被害者が死んでいった「水俣の悲劇が再び、世界のどこかで起こり得るのです。

 このような「水俣の悲劇」が二度と起こらないようにするために、そして世界のどこかで万が一それが起きても、汚染者に最後まで責任を持たせて被害者を守り、汚染サイトを安全に修復するために、「水俣の教訓」を水銀条約に反映させることが重要なのです。

 「水俣の経験」を有し、「水俣の悲劇」に責任のある日本政府の立場は、他の国の政府とは当然大きく異なるはずです。もし本当に「水俣の悲劇」を反省しているなら、日本だけでなく世界のどこにおいても、汚染サイトを修復し被害者に補償をしなければならないという「水俣の教訓」を水銀条約に織り込むよう主張すべきです。

 日本の「水俣問題」はまだ終っていません。▼全ての被害者の認定と補償は未解決です。▼暫定的に埋め立てられた水俣湾の水銀へドロと八幡プール汚染は未解決です。▼加害企業チッソと日本政府の責任は明確にされていません。▼低レベル水銀曝露や胎児性水銀中毒を含めて、水俣病の被害の全貌は明らかにされていません。

 日本政府は昨年1月に千葉(幕張)で開催された第2回政府間交渉会合(INC2)のオープニング・セレモニーで、「水俣の経験」を強調し、水俣の語り部による「水俣の悲劇」を紹介しました。また、2013年に外交会議を日本で開催することを提案し、「水俣条約」と命名したいとの意思を表明しました。これらは、「水俣の悲劇」から得られた「水俣の教訓」を水銀条約に反映させて、強い水銀条約にし、二度と「水俣の悲劇」を起こさないという意思表示では、なかったのでしょうか?

 「水俣問題」がまだ終っていないのに、「水俣の教訓」が反映されていない条約に「水俣条約」という条約名を提案するようなことがあれば、これはペテンであり、これほど水俣を馬鹿にした話はありません。これは、水俣の被害者の尊厳を侮辱し、水銀条約の権威を損なうものであり、強烈なブラック・ユーモア以外の何ものでもありません。(安間 武)


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る