ピコ通信/第151号
発行日2011年3月24日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 脱原発社会を目指す/大震災・原発問題のページを新設
  2. チッソ分社化免責は禍根を残す:水俣病の現況とその背景/久保田好生(東京・水俣病を告発する会)
  3. 東京都/清掃工場から高濃度水銀排出:なぜ起きたのか/津川 敬 (環境問題フリーライター)
  4. EUの新しい化学物質規則 REACH 初めて6物質が認可対象に おさらい:REACHの経緯と現状
  5. 調べてみよう家庭用品(42)食品添加物(1)
  6. お知らせ・編集後記


チッソ分社化免責は禍根を残す
水俣病の現況とその背景

久保田好生 (東京・水俣病を告発する会)

■水俣病とは

 水俣病は、チッソ水俣工場が製造工程内で副生したメチル水銀によって起こった中毒症状である。メチル水銀はプランクトンから食物連鎖を経て魚介類に濃縮蓄積され、これを多食した不知火海沿岸住民に広範で重篤な健康被害をもたらした。自然界を経由し食物を通じて起こったメチル水銀中毒症は、世界初。そして、32年にわたって稼働し続けたアセトアルデヒド工程からの汚染により、被害規模も未曾有のものとなった。

 水銀は無機水銀や金属水銀も毒性が強いが、メチル水銀(有機水銀)は脳関門や胎盤のバリアーを超えて脳や胎児などにまで侵入するため人体への影響力が一層大きい。重症者の場合、著しい運動失調や視野狭窄・言語障害などをきたし、時に痙攣発作を繰り返しながら死にいたる。その悲惨な姿はよく知られているが、他方、慢性的に汚染を受け続けた人々の症状は傍目に分かりにくく、「ニセ患者」との誤解や中傷とも患者は闘わねばならなかった。

 頭痛、めまい、立ちくらみ、からすまがり(こむらがえり)、不眠・・・。行政は神経症状が客観的に把握しにくいことや症状が時により変動することをもって、「水俣病か他の原因による感覚障害か鑑別できない」「症状の組み合わせに乏しく認定相当とは言えない」などの論理で認定を絞り込んだ。そのため、水俣市をはじめとする不知火海南半分の沿岸地域に、「水俣病とは認定されないが、ほかに原因を考えられない感覚障害」を有した人々が多数放置されるという事態が、長らく続いてきたのである。

■補償救済の歴史

 さかのぼれば1973年、熊本地裁がチッソの過失責任を認め、1800−1600万円の支払いを命じた。この一次訴訟判決の確定と患者自身の果敢なチッソ東京本社自主交渉によって、同年、認定患者への補償の枠組み(水俣病補償協定)が確立する。これが公式確認から17年目であった。その時、チッソの後ろ盾であった日本興業銀行の頭取は「認定患者1300人まではチッソを支える」と述べたという。

 認定患者がその数に至った1970年代末、チッソは倒産の危機を迎えた。すると、政府はチッソ救済の県債方式を策定してチッソを支える一方、「水俣病判断条件」を策定して認定基準を厳しくした。それにより、認定申請者の多数が、永年処分を待たされた揚句に、水俣病ではないとして「棄却」される事態となった。その未認定患者たちは訴訟や直接交渉で20年も闘い続けた。そして1995年、村山富市内閣において、「水俣病ではないが類似の症状を持つ人々」を「国が仲介者となってチッソに補償させる」という第一次政治決着が行われる。この時、約1万人の未認定患者が、一時金260万円での決着を、断腸の思いで受け入れた。

■関西訴訟が切り開いた地平

 しかし、国家責任も水俣病定義も曖昧な和解決着を拒否して訴訟を続けたのが関西訴訟原告団であった。そして2004年、最高裁で「国にも水俣病補償責任」「感覚障害だけで水俣病」との判決を勝ち取る。公式確認から48年目にしてやっと、国の加害責任が確定したのである。

 最後まで筋を通した関西訴訟団の闘いは、水俣病史に特筆される。しかし、その後の事態は、関係者誰もが予想しなかった。この判決に背中を押され、勇気を得たのだろうか、ほとんど途絶えていた認定申請を新たに行う人々が、判決後一年間で数千人に達し、水俣病未認定問題が再び重要課題として顕在化したのである。

 こんなにもまだ潜在患者がいたとは。民間の調査によると、以前から健康の不具合を感じていたが、仕事を定年退職したり、子供たちの結婚が済んで、近隣や地域への遠慮が減ったため申請に踏み切った人が多く、高齢化に伴って症状が悪化したことも重なっていた。その人々の中から、国とチッソを相手取った新たな訴訟も全国数か所の裁判所で始まる。認定制度を早く終わらせたい環境省は、医療費の自己負担分のみを補助する「新保健手帳」を交付し、認定申請からの患者の乗り換えを期待したが、認定申請から切り替える人はわずかで、この新制度には認定申請の決断をためらっていた万余の人々が、新たに給付を申し出た。

■「第二次決着」でも終わらぬ水俣病

 そして現在、これらの未認定患者に対する第二次の補償救済が動き出している。司法和解が一時金210万円を軸に行われ、2009年に成立した特別措置法による救済も並行して進んでいる。最近の報道によれば、一時金受給を申請した人、医療費ケアのみの継続を申請した人、それぞれ約2万人に上る。認定患者は半世紀の累計で2000名程度だが、第一次1万、今回4万、すべて合わせると水俣病と考えるべき健康被害者が不知火海対岸の天草や鹿児島県域も含め5万人を超えて顕在化したことになる。

 では、水俣病は今度こそ最終決着となるのだろうか。否である。

 先の関西訴訟と同様に、今回の和解や救済の内容に納得せず、あくまで訴訟を継続する人々がいる。また、認定患者、特に胎児性患者の将来不安に対しては、福祉的政策の拡充が不可欠である。

■チッソを分社化で免責する「特別措置法」

 今般の第二次補償救済を行うに当たり、旧与党は、渋るチッソを説得するため、「水俣病特別措置法」に税法・会社法・破産法などの免除特例を多々設け、チッソ分社化免責の道筋を作った。特措法は、患者救済以上に、事業部門を水俣病債務の足かせから解き放つという「チッソ救済」の法律となってしまったのである。これは、環境倫理や企業の社会的責任に抵触し、問題の新たな火種となっている。

 そして昨年暮れ、環境大臣は特措法に基づき早々とチッソの分社を認可。そして、チッソはJNCという会社を作り、裁判所の認可(普通は株主総会が事業譲渡を決めるが、特措法でその手続きが免除され裁判所が代替)も得て、4月からはJNCに資産も労働者も全面移転、チッソはその株を持つホールディング会社となる。将来的にその株を市場公開=売却しJNCは完全に「水俣病に責任を持たない会社」となる。そしてチッソは、一度の株売却益を補償債務返済に充てた後、会社を清算するおそれがある。

 未認定患者が今後まだ多数出る可能性はだれも否定できない。また、埋立地で暫定的に封じ込めている水俣湾のメチル水銀は、囲んだ鋼矢板が腐食に耐えられる限度(50年)以前に抜本措置を取らねば、地震などで再び水俣湾に漏出する危険をまぬかれない。これらをはっきりさせないうちにチッソやJNCが免責されたら永遠に禍根を残す。

 その一方で国は、関西訴訟を経たのちの今回の司法和解や特措法決着でも自らを賠償者とは位置付けていない。したがって、だれも水俣病に責任を持たない事態が将来起こりかねないのである。

■「水俣条約」に追いつかぬ政策

 昨年はじめて総理大臣として水俣の犠牲者慰霊式に参列した鳩山首相(当時)は、2013年に締結する水銀規制国際条約を「水俣条約」と名付けたい意向を示した。これは注目に値するが、水銀規制の国内政策や、水俣病と水俣湾の対策は、その命名意欲に匹敵するレベルに達しているとは到底言い難い。

 5月に公式確認から55年目の犠牲者慰霊式を迎える水俣病。これまでの患者発掘と補償救済獲得は、すべて患者被害者自身の懸命な闘いによって切り開かれて来たものだった。そしてこれからも、患者・住民の闘いこそが水俣病の地平を切り開いていくであろう。全国からの支援を、続けねばならないゆえんである。



東京都/清掃工場から高濃度水銀排出
なぜ起きたのか

津川 敬 (環境問題フリーライター)

◆便利で、しかも危険な化学物質−水銀

 かつて水銀は、私たちの生活や産業活動に欠かせない化学物質でした。代表的なものが水銀入り体温計ですが、血圧計も水銀柱を動かす手ごたえの良さから多くのお医者さんが今も愛用しています。水銀をスズや銅などで合金にしたアマルガムは、歯を削った後の詰め物として使われてきましたし、蛍光灯や乾電池の材料に水銀は欠かせない原料でした。

 このように便利で使い勝手のいい水銀ですが、人体に取り込まれると急性から慢性まで様々な中毒症状を引き起こします。水銀は常温では唯一の液状金属ですが、その蒸気を吸い込むと頭痛、痙攣、呼吸困難、肺水腫、視力減退、肝不全、腎不全などが起き、皮膚に付着すると全身に皮膚湿疹、浮腫などの症状が出ます。

 〈かつて〉と過去形で書きましたが、現在でも水銀は温度計、顔料、防腐剤、殺菌剤、あるいは大学の研究室等で実験用に使われています。むろん水銀は法律上の指定毒物ですから、所有する人なり事業所で厳重に保管・管理されている筈ですが、現実には危険な水銀がいろいろ形を変えて大気中に出没しているのです。

 専門家の話によると、大気中に出る水銀は蒸気、粒子、ガス状の3種類があって、まず蒸気状のものは長く大気中にとどまり、粒子状のものは周辺の建物の状況もあってそう遠くへは行かず、ガス状のものは塩化物や酸化物などと化学反応を起こして二価水銀になります。いわゆる有機水銀ですが、途中で大気に滞留する可能性もあり、何キロも遠くへ飛ぶこともあるそうです。

 では、水銀はどんな形、どういう経路で大気中に出没するのでしょうか。

◆大気中の水銀規制がない

 最も大きな原因の一つがごみを焼く施設、すなわち清掃工場です。いくら分別が徹底しても、現代のごみは化学物質の塊です。中でも水銀が焼却炉に入って800度以上の高温に出会うと、一瞬で気化し、排ガスになって炉の外へ出るのです。そのあと煙突から大気中に放出され、私たちの周辺に漂うことになりますが、国も自治体も「そんなことにはなりません」と言っています。

 その理由は、@水銀を使った製品やその廃棄物は法律(廃棄物処理法)で特別管理廃棄物に指定されているので、焼却炉に入る筈がない、A水銀入りの体温計や乾電池は製造中止になっており、水銀を使った薬品類も使用禁止か製造中止になっている、B仮にそれらが入ったとしても、焼却炉の排ガス処理設備(バグフィルター、洗煙装置、触媒反応塔など)で排ガスを浄化して煙突から大気へ放出する、というものです。

 したがって、日本には排ガス中の重金属類を規制する法的基準がありません。これに対し、EU(欧州連合)では90年代から厳しい規制措置がとられています。水銀およびその化合物については0.05mg/Nm3、つまり排ガス1立方メートルあたり0.05ミリグラム以下にせよと明確にうたっているのに、日本は「心配ない」の一点張りです。

◆2010年6月11日に起きたこと

 こうした現状に不安を覚えたのか、焼却炉(清掃工場)を所有管理している自治体、特に大都市自治体では「自主規制値」なるものを設けて監視体制をとっています。その数値はおおむね1立方メートルあたり0.05ミリグラム(0.05mg/Nm3)で、これは先のEU規制値と同じ数値です。では、どんな"監視体制"がとられているのでしょうか。

 たとえば東京二十三区清掃一部事務組合(一組)では、21ヶ所の清掃工場全部に水銀計(正確には煙道排ガス水銀濃度分析装置)をとりつけています。測定レンジ(目盛幅)の上限はいずれも1.0mg/Nm3で、自主規制値の20倍ですが、濃度がそこまで到達するとはメーカーも想定していません。事実、これまで目盛が上限まで達した事例はなかったのです。 しかし、その「あり得ない出来ごと」が東京23区で起きました。昨年(2010年)6月11日のことです。

 その日、午後3時30分、東京23区東北部にある足立清掃工場のモニター画面で2号炉の測定数値が急上昇。場所はろ過式集塵機(バグフィルター)の出口でした。数値はすでに水銀計の測定レンジをはるかに突破し、3.5ミリグラムで目盛が振り切れました。正 午後4時12分、工場側は2号炉の操業を止めました。

 当日、2号炉の排ガス処理設備を点検したところ、バグフィルターと後段の触媒反応塔に金属水銀がベットリ付着し、水噴霧程度では除去できないことが分かりました。結局、バグフィルターの濾布と最終段階の触媒をすべて交換する羽目となり、締めて2億8,000万円の被害(最近の情報では3億円以上)になったのです。

 後日、足立清掃工場に赴き、現場の技術者から直接話を聞いたところ、入った水銀はボリュームにして10キログラムを超えると推測していました。実は、6月11日以前にも水銀はしばしば入っていたそうです。事件の1カ月前、水銀計は確実に1キログラムを超える数値を示していましたが、目盛は正常でした。そうした経緯があって今回の「目盛振り切れ」に至ったのです。現場は水銀計を信用することでしか仕事はできません。では、どんな水銀がどんな形で焼却炉に入ったのでしょうか。

◆これは環境犯罪

 行政側(一組、地元自治体、東京都環境局など)は、異口同音に血圧計や体温計など、医療系の水銀含有製品が多量に入ったと断定しています。本当でしょうか。

 水銀10キログラムというボリュームを含有製品に換算すると、医師が使う血圧計(約50グラム含有)で200本以上、水銀体温計なら220万本のレベルになります。まるでSFみたいな話ですが、一組は23区の担当課と連携し、医療機関と収集運搬業者からの聴き取り調査を行いました。昨年7月から8月のことです。しかし、結果は何も出てきませんでした。それも当然で、調査に入る前、東京都医師会、歯科医師会および産廃業者に根回しをして、「調査中のヤリトリは一切外部に公表しない」と約束していたのです。

 後日、「止めようダイオキシン汚染!東日本ネットワーク」がヤリトリの中身を明らかにするよう開示請求したのですが、出てきた文書の8〜9割は黒塗りでした(次頁写真)。

 聴き取り調査の結果について、前出の技術者は次のようにコメントしています。

 「対象を医療系や家庭系に絞ったら何も出てきません。水銀は特別管理廃棄物(特管物)だし指定毒物なので、廃棄するには特管物を扱う収集運搬業者を通して水銀処理の専門業者(北海道の野村興産)まで運ばねばなりません。しかし値段が高いため、清掃工場が狙われたのでしょう。これは事故ではなく、アウトローによる環境犯罪です。水銀は比重が大きいから牛乳瓶1本ぐらいで2キロから3キログラムになります。それが4〜5本もあれば軽く10キロは超えるでしょう。しかも早朝搬入(5時から8時20分)という手薄な時間に投棄したと思われます。少なくとも血圧計、体温計のレベルではありません」。

◆根拠なき楽観論

 現場技術者の話がつづきます。

 「水銀が入ることが前提なら、こんなところ(人家密集地域)に清掃工場なんかつくれなかった筈です。自主規制値0.05ミリグラムといっても、常時(水銀が)出ているなら周辺地域をかなり汚染していると見るべきでしょう」。

 行政側は排ガス処理装置で十分除去できるといいますが、実態はかなり複雑です。まず、バグフィルターに排ガスが入ると蒸気状だった水銀が小さな粒となって濾布(フィルター)に付着します。水銀の量が少なければ活性炭で吸着されますが、量が多いと水銀粒子の上に後続の水銀が流れ込み、それがまた気化するという悪循環が起こります。つまりバグフィルター自体が汚染源になるということです。

 行政が「根拠なき楽観論」をふりまくのは、今回の福島原発事件でも同じです。昨年の聴き取り調査で一組は対象を医療機関に限定しました。しかし、それは氷山の一角で、「隠れ水銀」はまだまだあるのです。循環資源研究所の村田徳治所長は、大学の研究室から出る試薬、顔料(硫化水銀)絵具など、野村興産では蛍光灯の製造工程から出る不良品やスラッジ類、水銀系薬品の不良在庫などを挙げています。

◆責任の所在を明確に

 問題は、今回の環境犯罪を摘発し、告発する体制がなかったことです。いまだ23区による刑事告発は出ていません。

 東京23区の清掃事業は2000年4月、東京都から各区へ分割移管され、責任の所在が曖昧になってしまったのです。「当方には産廃を規制する権限がなく、今回のような不祥事で、実行者が許可業者と分かった場合、業の許可を取消すなどの権限は各特別区(23区)に移っています」。これが東京23区部21の清掃工場全部を統括する東京二十三区清掃一部事務組合(一組)の置かれた立場です。

 職員数1,166名、本年度の予算763億円(2010年度)という巨大組織でありながら、一組には一般廃棄物処理業の許可権限もなければ産廃行政に触れることもできないのです。そうなった経緯は省きますが、今回の水銀事件で、ようやくことの重大さに一組も23区側も気付いたようです。

 もうひとつの問題は、東京以外の大都市自治体に水銀対策の備えが十分でないことです。筆者の調べでは、水銀計を取り付けているのは横浜市、名古屋市だけでした。(水銀計を)取り付ければことが済むわけではありませんが、現実対応の面で後れをとることは否めません。

 今こそ、一組と23区は今回の水銀事件を徹底検証し、国に抜本的な規制措置をとらせるよう他の大都市自治体に働きかけるべきでしょう。



EUの新しい化学物質規則 REACH
初めて6物質が認可対象に
おさらい:REACHの経緯と現状


 REACHは、Registration, Evaluation, and Authorization of Chemicals(化学物質の登録、評価、認可)であり、欧州連合(EU)の新しい化学物質規則のことです。

 REACHには、いくつかの重要な規則がありますが、そのうちのひとつが"認可"です。認可対象に指定された非常に高い懸念のある物質(高懸念物質)は、特別の許可がない限り、市場に出すことができなくなります。

 本年2月17日にREACH運用開始後、初めて6物質が認可対象物質に指定されたので、本稿ではまず、これについて解説し、次に、2007年6月1日に発効したREACHは、現在どのようになっているのかおさらいします。

1. REACHで初めて6物質が使用禁止に

 2011年2月17日、EU加盟国の委員会は投票により、次ページに示す6種類の高懸念物質(SVHCs)を、初めてREACH化学物質規制の認可リストに加えることを決定しました。これにより、これらの物質について、所定の期日までに特例申請をしないと、所定の期日(日没日という)以降はこれらの物質を市場に出すことができなくなります。

 REACHの認可要求は、物質の製造/輸入量にかかわらず適用されます。REACHには認可リストのほかに、認可物質に指定される物質の候補リストがあり、現在、46種類の候補物質がリストされていますが、さらに7物質が候補として提案されています。今回の6物質のように、候補物質の中から認可物質として指定されると、認可リストに記載されます。

 欧州化学物質産業協会(Cefic)は、高懸念物質として候補リストに載ることはブラックリストに載ることであり、問題であると主張していますが、環境団体は候補リストに載ることで、製造者は認可対象物質になる前に製造をやめるインセンティブが働くとして候補リストの存在を評価しています。

 米化学会(ACS)のオンライン・ニュースC&ENによれば、Ceficのメンバーである欧州可塑剤中間体協議会と米化学協議会(ACC)のフタル酸エステル類委員会は、DEHPを医療、自動車、その他の応用分野で継続して使用する許可をEUに求めるであろうと報じています。

 今回、初めて認可物質に指定された6物質は下記に示す通りです。


2. REACHのおさらい

 2003年5月に欧州委員会により初めてそのドラフトが発表されて以来、欧州連合(EU)内のみならず、世界中で多くの利害関係者による激しい議論とロビーイングが行われた後に、2007年6月1日にREACHは発効しました。

 約3万種あるといわれる対象化学物質(1業者当り製造/輸入量が1トン/年(t/y)以上の物質は2018年までに所定のデータとともに段階的に登録され、また非常に高い懸念のある化学物質(高懸念物質(SVHC))も特定され、特別な認可がない限り市場に出すことができなくなります。

 今までにピコ通信で、何度かREACHについて紹介しましたが、昨年11月30日にREACHの最初の登録が締め切られたこと、及び、すでに紹介したとおり、本年2月に6種類の高懸念物質が初めて認可物質に指定されたことなど、ひとつの区切りを迎えているので、改めてREACHの理念、成立の経緯、主要なプロセス、現状についておさらいします。

2.1. REACHの理念

 REACHの根底には多くの重要な理念が込められていますが、その中で特に重要な理念として、次の7つを挙げることができます。

▼ノーデータ・ノーマーケット
 被害が出るまでその物質は安全であるとみなすのではなく、安全が確認されていない化学物質は市場に出さない。
▼立証責任の転換
 化学物質の有害性を被害者が立証するのではなく、化学物質が安全であることを化学物質の製造者が立証する。
▼予防原則
 有害性が科学的に完全には立証されていなくても、合理的な懸念があれば、事前に予防措置をとる。
▼代替原則
 より安全な代替物質又は代替方法を探し、採用する。
▼市民参加
 政策決定プロセスに市民を参加させる。
▼情報公開
 決定のプロセスや安全に関わる全ての化学物質情報を市民に分かりやすい形にして、公開する。
▼一世代目標
 有害化学物質から一世代以内に脱却する。(次世代に残さない)。

2.2. REACH成立の経緯
 1990年代、EUでは化学物質が人の健康と環境に及ぼす影響が懸念されているのに、EU市場に出ている10万種に及ぶ化学物質のほとんどにデータがなく、安全性が確かめられていないことが問題となりました。
 そのために市場に出ている全ての化学物質の安全を確かめ、高い懸念のある化学物質を市場からなくそうとする大きな波がEU内に起こりました。
 2003年に欧州委員会がREACH案を発表すると、それに反対する化学産業界やアメリカを中心とする勢力の激しい抵抗があり、当初のREACHは後退しました。しかし最終的にREACHは2007年6月1日に発効しました。
 新たな化学物質規則REACHには、登録、評価、認可という主要なプロセスがあります。

2.3. REACH 登録プロセス
 事業者は、製造・輸入量とリスクの大きさにより、2018年までに下記のスケジュールで段階的に化学物質を登録することになりました。
▼2008年6月1日〜12月1日
 既存化学物質の予備登録を行なう。予備登録を行なわないと、以下に示す化学物質の量と特性により設定された期限まで登録を延長する権利が失われる。

▼2008年12月1日〜2010年11月30日
 ・1,000t/y 以上の化学物質(*1)
 ・100t/y 以上の水生生物毒性及び水性環境に長期影響のある化学物質(*1)
 ・1t/y 以上の発がん性・変異原性・生殖毒性(CMR)のある物質(*1)
 登録は2段階で行なわれる。ECHAへの申請に当たり、ECHAへの情報を準備するために、同一化学物質を扱っている会社は化学物質情報交換フォーラム(SIEF)に参加しなくてはならず、そこでは取りまとめ申請者が選出され、化学物質及び毒性データの詳細書類を作成する。
 次に、二次申請者は、自社に関連する情報を含んだ軽い文書を提出する。
 ECHAによれば、2010年11月30日締め切りの登録の結果、20,175件(書類)、3 483物質が受理された。

▼2013年5月31日締め切り
 ・100〜1,000t/y の化学物質化学物質(*1)

▼2018年5月31日締め切り
 ・10〜100t/y の化学物質化学物質(*1)
 ・1〜10t/y の化学物質化学物質(*2)

(*1)化学物質安全性報告書(CSR)(有害性評価及びリスク評価)が必要
(*2)有害性評価のみ必要

2.4. REACH の評価プロセス
 ECHAは、事業者から提出される化学物質安全性報告書(CSR)の内容について、3つの観点から評価を実施します。
(1)書類の遵守性チェック
(2)提案されたテスト手法の検証
(3)物質評価

 2010年における評価に関するEHCAプレスリリースは次のように報告しています。
  • 遵守チェックでは、ECHAは登録者により提供されたデータの品質と適切性を検証するがREACHの情報要求を遵守するために更なる情報を求めるかもしれない。
  • テスト提案の検証は、適切で信頼性のあるデータが生成され、不必要な動物テストを回避することを目的としている。ECHAはテストが必要かどうかを決定し、その後、テスト実施の許可を与えるかもしれない。
  • 物質評価は、ある物質のある用途が人の健康又は環境に害を及ぼすかもしれない疑いがある場合に行なわれる。加盟国は物質評価に求められる科学的評価を実施する。
2.5 REACHの認可プロセス
 REACHでは、本稿前半で解説したとおり、高懸念物質(SVHC)が認可対象となり、認可物質に指定されると特別の認可が与えられない限り、市場に出すことができなくなります。
 REACH第57条は高懸念物質を、次の特性を持つ物質として定義しています。
(a)発がん性物質(C) 分類1a及び1b (b)変異原性物質(M)分類1a及び1b (c)生殖毒性物質(R)分類1a及び1b (d)難分解性、生体蓄積性及び毒性物質(PBT) (e)極めて難分解性で高い生体蓄積性を有する物質(vPvB) (f 内分泌かく乱性を有するか、又は難分解性、生体蓄積性及び毒性を有するか、又は極めて難分解性で高い生体蓄積性を有するような物質であって、(d)又は(e)の基準を満たさないが、(a)から(e)に列記した他の物質と同等レベルの懸念を生じさせるとの科学的証拠のある物質。

2.6. ナノ物質の取扱い
 2007年6月のREACH発効時にはまだ十分に議論されなかったナノ物質のREACHでの扱いについて、議論が始まっています。
 2009年4月7日、欧州議会は欧州委員会に対し、全ライフサイクルにわたって潜在的な健康、環境、又は安全に影響を及ぼす製品中のナノ物質の全ての応用について、ノーデータ・ノーマーケット原則を完全に実施するために、全ての関連する法規をレビューするよう欧州委員会に要求しました。
 2009年4月24日発表の欧州議会プレスリリースは、議会は欧州委員会に対し、特に下記の観点からREACHを見直すことの必要性を検討するよう求めるとしています。
 ・1トン以下で製造又は輸入されるナノ物質の簡略化された登録。
 ・全てのナノ物質を新規物質とみなすこと 。
 ・全ての登録ナノ物質について暴露評価を伴った化学物質安全報告書の提出。
 ・ナノ物質自身、調剤中、または成型品中の全てのナノ物質の届け出。

2.7 まとめ
 REACHの概念が初めて提起されてから10年近く経過した現在でも、REACHの理念は光り輝いているように見えます。普遍的な理念だからでしょう。
 SAICMによれば、2020年までに化学物質による有害な影響をなくすことになっています。日本の化審法もノーデータ・ノーマーケット原則に基づき、製造者にナノ物質を含んで、全ての化学物質のデータを提出させ、高い懸念のある物質を特定し、それらが市場に出ないようにすることができるよう、抜本的に改正すべきです。(安間武)



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