ピコ通信/第126号
発行日2009年2月23日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 国による化学物質過敏症に関わる二つの動き/公害等調整委員会/厚労省
  2. ナノ物質規制 世界の動向/既存の規制はナノ物質規制のために適切か?
    ナノ物質は新規化学物質か?既存物質化学か?
  3. 調べてみよう家庭用品(23)デンタルケア製品(1)
  4. 海外情報:ナショナル・パブリック・ラジオ(NRP) 2009年2月12日 新たなフタル酸エステル禁止法 全てが"おもちゃの国"によいわけではない
  5. 海外情報:EHN 2009年2月9日 ホルモン変更化学物質をのぞく新たなウインドウ/ヒトの胎児の発達を示す時間軸を含む新たな相互作用データベースが議論ある化学物質についての科学的データをグラフィカルな方法で表示する
  6. 海外情報:ES&T 2009年1月28日 NGOが称賛/アップルは臭素と塩素の使用をやめる方向へ NGOの白書によれば、製品からハロゲン化合物を排除するというアップルの約束は驚くべき前進
  7. 化学物質問題の動き(09.01.25〜09.02.22)
  8. お知らせ・編集後記


国による化学物質過敏症に関わる二つの動き
公害等調整委員会/厚労省



 化学物質過敏症(CS)に対する国の対応は、依然厳しい状況にありますが、その中で、最近明るい情報が国の公害等調整委員会からもたらされました。それと同時に、CS患者さんと支援者にとって受け入れがたいニュースも入ってきました。
 化学物質過敏症をめぐるこれら二つの国の動きについて報告します。

公害等調整委員会のCSに関する報告書


 公害紛争について、あっせん、調停、仲裁及び裁定を行う国の機関である公害等調整委員会が、広報誌「ちょうせい第52号」(2008年2月 年4回発行)に「化学物質過敏症に関する情報収集、解析調査報告書」の概要を紹介しました。
http://www.soumu.go.jp/kouchoi/substance/chosei/pdf/052/tokushu_52_2.pdf
 報告書の内容は、大変公平で、かつ役に立つものですので、概要を紹介します。
 上記ウェブサイトには概要のみしか掲載されていません。報告書全文の掲載については、検討中とのことですので、全文を見たいと公害等調整委員会へぜひ要望してください。
(同委員会事務局 TEL 03-3581-9601)

前文
 近年、化学物質による健康被害としてシックハウス症候群、化学物質過敏症、化学物質不耐症等の化学物質過敏症等が注目されており、公害等調整委員会においても、過去に杉並区不燃ごみ中継施設健康被害原因裁定申請事件、越谷市における印刷工場からの悪臭による健康被害責任裁定申請事件が化学物質に関係していた。さらに、最近では、日野市における農薬等による健康被害責任裁定申請事件(職権調停で終結)、また、相当範囲にわたる公害紛争ではないとして却下した大和郡山及び津市における化学物質による健康被害に係る原因裁定申請事件があり、現在は、茨城県北浦町における化学物質による健康被害原因裁定申請事件が係属しているところであり、今後とも同様の案件の申請があることが予想される。
 今後の裁定等の実施のための基礎資料とすることを目的として、化学物質過敏症等に係るその病態や治療法、さらには労災や訴訟等の状況についてとりまとめた報告書を作成したので、その概要を紹介する。

 いわゆる化学物質過敏症については、様々な概念及び名称が提唱されているものの、国際的には、1987年にカレン(エール大学内科教授)により提唱された「MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)」の名称が、また、わが国では石川(北里研究所病院)らが提唱した「化学物質過敏症:CS(Chemical Sensitivity)」の名称が一般に使用されている。
 しかし、MCS/化学物質過敏症についての定義は、国際的にも、国内にあっても、明確化されるには至っていないのが現状である。

1.2 病態・症候
1) 化学物質過敏症
 厚生省(現厚生労働省)が設置した厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班は、1997年8月に「化学物質過敏症パンフレット」を作成し、広義の化学物質過敏症の診断基準を提示しており、その中で、化学物質過敏症の主症状(4種類)と副症状(8種類)、検査所見(5種類)を示している。なお、現時点(平成19年3月)においては、健康保険による診療保険請求の傷病名として認められているのは『シックハウス症候群』のみであり、『化学物質過敏症』は存在していない。

1.3 原因
1)発症因子
 広義の化学物質過敏症の発生機序については、「化学物質過敏症について−総説」(平成16年2月、加藤貴彦)によると、ホルムアルデヒド、有機溶剤(トルエン、キシレン等)、有機リンその他の化学物質が原因となり、化学物質の曝露による自律神経系や免疫系等への作用が推測されているものの、今なお正確な発生機序は不明とされている。

2)発症メカニズム
@ 仮説
 その発症メカニズムについては、免疫学的なもの、神経学的なもの、心因学的なものなど、多方面からの研究が行われているが、いずれも決定的な病態解明には至っていない。また、シックハウス症候群は、さらにその定義域が広いため、一定のプロセスを持つ発症メカニズムとして説明することは非常に困難である。
(以下省略)
A 曝露試験・疫学調査等による解明

1.4 治療法等
1) 診断方法
2) 治療方法

2.1 化学物質の濃度と曝露量の調査等
1)大気中の化学物質濃度
2)室内空気中の化学物質濃度

2.2 化学物質過敏症等に対する対策
1)法的な規制等

3.1 問題例の収集・解析
 公害等調整委員会調査、近年の新聞記事、判例総合検索から、新聞記事30件(平成6年〜18年まで)、判例8件、都道府県審査会に対する申請2件、公害等調整委員会の裁定6件、労災認定5件の化学物質過敏症等に係る事例についてとりまとめた。
 なお同時に、「化学物質過敏症患者の会」、「化学物質問題市民研究会」などのNGOの活動内容についても、ホームページ検索等により情報を収集した。

3.2 課題の整理(省略)

3.3 有識者ヒアリング
■化学物質過敏症及びシックハウス症候群に関する法律上の取り扱い及び訴訟等の状況
京都大学大学院法学研究科 潮見佳男教授

(U 裁判例で扱われた「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」では、9つの裁判例が取り上げられ、化学物質による健康被害についての主張、争点、裁判所の判断が簡潔に整理されている。V「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」と因果関係・民事過失の法理では、近年の自然科学的な事実の解明状況、行政や民間の取組の状況をふまえて「化学物質過敏症」事例に向かう因果関係論と民事過失論が整理されて述べられている)

V 「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」と因果関係・民事過失の法理
1 問題の所在
「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」という症状(とりわけ、前者。以下「化学物質過敏症」で代表させる)をどのように定義するかという点についての一致が、専門家の間で存在しているという状況にはない。ある特定の化学物質への接触と障害との間の因果関係をまさに「一点の疑義もなく」自然科学的に証明することは、現時点での科学・技術の水準を用いても困難であり、因果関係判断における疫学的分析・評価も困難を極める。

 他方で、なんらかの化学物質が人体に有害に作用し、自律神経系・内分泌系等に障害をもたらす事態が生じていることについての認識は、今日では、専門家集団を超え、ひろく一般に形成されている。化学物質への接触による健康被害を検知し、防止するための一定の取組みも、基準策定・啓発活動など、政府及び民間ベースで行われている。

2 「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」と因果関係の法理
 東大ルンバール事件の最高裁判決により、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる」との定式が確立された。「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」の事例にも等しく妥当するものである。

 東京高判平成18年8月31日(編集注:イトーヨーカ堂電気ストーブ事件)と杉並区不燃ゴミ中継施設健康被害原因裁定申請事件裁定により、次の「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」における因果関係判断の基本的なスキームが明らかになったとみてよい。

[1] 被害者の健康被害が「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」に該当するか否かはともかく、問題の対象物件から発生した化学物質によって生じたものであれば足りる。
[2] 同種環境の下での再現実験において原因物質となりうる化学物質を採集できれば、対象物件から当該化学物質が発生しているということができる。
[3] 具体的な化学物質の種類やその量を特定することはできないものの、対象物件の使用の態様・経緯、統計資料・データ等から、人体にとってその性質上有害性のある多種類かつ相当多量の化学物質の暴露を受けたことを推認することができる場合がある。
[4] 化学物質の発生源として他の機器・物件等が考えられるとしても、[3]の推認がされる場合には、被告の側で他の原因を特定して立証活動をおこなうべきである。

3 予見の対象としての「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」(省略)

4 「予見義務」の対象及び予見の程度(省略)

5 結果回避義務(損害回避のための行為義務)違反の判断
 「化学物質過敏症」に特徴的な要因としては、結果の重大性、結果の不可逆性、具体的結果の計算不可能がある。化学物質による人体の健康被害が問題となる局面では、ある特定の具体的結果を事前に予測して、それを回避するための具体的措置を講じることを行為者側に課すというよりは、むしろ、人体への被害発生の危険性が抽象的に疑われる段階で既に、被害の発生・拡大阻止のための予防措置を命令・禁止規範の形で立てることにより、化学物質をみずからの支配領域に有している者に対し、事前の配慮、初期段階での予防措置を法的に義務づけるのが望ましい。

6 予防原則との関連づけ
 「化学物質過敏症」・「シックハウス症候群」ないし化学物質による健康被害が問題となる局面における民事過失の帰責構造を考える上でのあるべき枠組みは、環境法・環境政策の領域において支持を集めている「予防原則」(precautionary principle)と、その発想の基盤を共有するものであることが明らかとなる。
 化学物質による人体への被害の場面でも、この予防原則の基礎とする理念は、環境の保護・保全(及びこれを通じたー間接的なー人体・人格の保護・保全)にとどまらず、化学物質による健康への直接侵害に対する民事的救済の場面にも、妥当すべきものと思われる。
 人体に脅威を与える物質と人体への侵害とを結び付ける科学的証明が困難であっても、いったん発生すると回復不可能な重大な損害が発生する場合には、損害発生前のリスクを回避し、または低減するために事前の思慮を行うべきであるとの観点から、我が国の民事過失論を充実させていくのが望まれるところである。


厚労省がシックハウス対策に関する
パンフレットを自治体に送付

 本年1月9日、厚労省健康局生活衛生課が、シックハウス対策に関するパンフレットを都道府県、政令市、特別区の衛生主管部(局)あてに送っていたことが分かりました。
 当パンフレットは、平成19年度厚生労働科学研究費補助金「シックハウス症候群の実態解明及び具体的対応方策に関する研究」(主任研究者:岸玲子北海道大学教授)において作成された「シックハウス症候群に対する相談と対策マニュアル」(以下対策マニュアル)です。
 送付状には、"本資料は、シックハウスの相談等に対応される方々の参考資料として活用されることを目的として作成され、有益なものと考えられますので、・・・今後のシックハウス対策の推進に御活用いただけますようお願いします"などと書かれています。
 対策マニュアルはA4判、全111頁。1章〜8章からなり、末尾に参考資料、巻末資料、索引、執筆者・執筆協力者一覧が掲載されています。
 当然ながら、シックハウス症候群についての記述がほとんどを占めています。
 問題は、2章、6章、8章の化学物質過敏症に関する記述の部分です。
 主な問題点をあげると、
1.シックハウス症候群等室内空気質汚染による健康障害と化学物質過敏症は、重なる部分の無いまったく別の病気として図示されている。(化学物質過敏症患者の約半数はシックハウスが発症原因、7割以上がアレルギーもあるという報告が複数あるのにもかかわらず)
2."化学物質過敏症患者に見られるのは自覚症状のみで、検査所見がみられない"と随所で書かれていて、心因性疾患であるとの見解が強く示唆されている。(多覚的検査データの積み重ねがあるのにもかかわらず)
3.紹介されている研究や学説は、心因性を示唆するものに偏り、化学物質曝露に因るとして心因性を否定する学説についてはすべて否定的な論調で書かれている。等々、まったく非科学的で偏向した内容です。

 このような対策マニュアルが保健所等の相談対応の現場に使われると、心因性疾患だからと的確な治療、環境改善などの対応を受けられない、家族の無理解を助長する、自治体の対応を後退させる恐れなど、その悪影響は計り知れません。
 厚労省担当者は、当会の電話での問い合わせに対して「単に参考資料として送ったまで」と答えましたが、このように間違った内容の対策マニュアルが、検証もされずに配布されることは許されないことです。患者や診療に当たっている専門医も含めたステークホルダーによる適切な審議を経て、作成するのが当然であると考えます。
 現在、当会では関係団体とともに対応を協議中です。結果については改めて報告いたします。(安間節子)

 ※対策マニュアルは、自治体の衛生主管部、保健所にありますので、問い合わせてください。
 厚労省問合せ先:厚労省健康局生活衛生課管理係 吉田(正)、吉田(諭)
 TEL 03-5253-1111(内線2432)
 FAX 03-3501-9554


ナノ物質規制 世界の動向
既存の規制はナノ物質規制のために適切か?
ナノ物質は新規化学物質か?既存物質化学か?



1.はじめに
 世界中で次々と新しいナノ物質(材料)が開発されていますが、それらを含むナノ製品もまた、安全基準や規制がないままに次々と市場に投入されています。製造者によりナノ関連製品であるとして市場に出されている製品の数は800を超えていると言われており、その範囲は、電子機器、自動車用品、食品、衣料品、化粧品、スポーツ用品などあらゆる分野に及んでいます(ピコ通信119号)。

 一方、カーボンナノチューブ、フラーレン、酸化亜鉛、二酸化チタン、銅、銀などの様々なナノ物質について、その有害性を報告する研究が次々に発表されており(ピコ通信119号)、特に昨年は形状がアスベストに似たカーボンナノチューブがマウスに中皮腫を起こす可能性を示唆する研究が日本とイギリスでそれぞれ発表されて世界に衝撃を与えました。

 このような状況の中で、ナノ物質/ナノ製品の全ライフサイクル(製造・使用・廃棄)において、人の健康と環境への悪影響を最小にするためには、国は、総合的な「ナノ物質の安全管理の枠組み」を念頭に置きながら、下記のような個々の仕組みを早急に検討し、構築する必要があります。
 ▼ナノ物質の健康・環境への影響研究
 ▼ナノ物質に関するデータベースの構築
 ▼ナノ物質に関するデータ収集管理
 ▼ナノ物質取扱現場の労働安全衛生管理
 ▼ナノ物質の規制(ハザードベース)
 ▼ナノ製品の規制(リスクベース)
 ▼ナノ物質関連廃棄物の管理
 ▼人体及び環境中のナノ物質監視管理

 本稿では上記のうち、「ナノ物質の規制」及び「データ収集」に関する米欧日の動向と、アメリカで実際に一部のナノ物質について規制が開始されたことを紹介し、また当研究会のナノ物質規制についての意見を最後にまとめます。

2.ナノ物質規制の論点
2.1 英国王立協会・王立工学アカデミー勧告
 2004年7月に発表された英国王立協会・王立工学アカデミーの報告『ナノ科学、ナノ技術:機会と不確実性』(以後、英王立協会報告書)は、ナノ科学/ナノ技術の安全、規制、倫理の領域での新たな課題を提起し、英政府に21項目(R1〜R21)からなる勧告を行った。この勧告は英政府だけでなく、全世界に大きな影響を与えた。 その中に次のような勧告がある。
 ▼R8:全ての関連する規制機関は危険から人と環境を守るために既存の規制が適切であるかどうか検討し、どのように対処していくのかについての詳細を発表するよう勧告する。
 ▼R10:ナノ粒子又はナノチューブ形状の化学物質はREACHの下で新規物質として扱われるよう勧告する。

2.2 本稿での論点
 本稿では上記2項目の勧告に関連する
 ▼既存の規制はナノ物質規制に対し適切か?
 ▼ナノ物質は新規か?既存か?
という2点、及びナノ物質のデータ収集について、米欧日がどのように対応しているかを紹介する。

3.ナノ物質の規制に関する米欧日の動向
3.1 既存の規制の適切性
■アメリカ
 関連する既存の規制の適切性について網羅的に評価したものはないが、有害物質規正法(TSCA)については米環境保護庁(EPA)が2008年1月に発表した『TSCA ナノスケール物質のインベントリー・ステータス 一般的アプローチ』(以後、TSCA一般的アプローチ)では、TSCAにおけるナノ物質の扱いを規定している。そこではナノ物質管理のために既存のTSCAを修正する考えはないように見える。

■EU
 2008年7月発表の『欧州共同体委員会におけるナノマテリアルの規制状況についての報告書』(以後、EC報告書)は、"人健康、労働安全及び環境に及ぼす影響に関する法律は、化学物質、労働者保護、製品及び環境保護に分類される。全体として、ナノ物質に関する大部分のリスクは現行の法律によりカバーでき、現行制度により対応可能であると結論付けることができる。しかし、法律で定められている閾値を修正するなど、新たに収集される情報に基づき法律を修正する必要があるかもしれない"としている。

■日本
 アメリカと同様、関連する既存の規制の適切性について網羅的に評価したものはない。
 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)については、2008年12月22日に発表された厚生労働省、経済産業省、及び環境省による『今後の化学物質環境対策の在り方について(答申)−化学物質審査規制法の見直しについて−』(以後、化審法見直し報告書)が、"ナノマテリアルの安全対策、環境中への放出の可能性等について検討を行っているところである。今後の科学的な知見の蓄積や国際的な動向を踏まえ、対応策について引き続き検討していくことが必要である"と述べ、現状ではナノ物質規制のために化審法を修正するつもりはないことを明らかにした。

3.2 ナノ物質は"新規"か? "既存"か?
 物質がナノサイズになると物理的、化学的・生物学的特性及び、体内動態(ADME)が大きく変化する可能性があるので新たな有害性が懸念される。実際にその有害性を報告する研究が次々に発表されていることは前述の通りである。英王立協会報告書がナノ物質は新規物質として扱う事を勧告しているのはこの理由のためである。

 したがって、ナノ物質を規制する法律の下で、あるナノ物質が新規化学物質又は既存化学物質のどちらとして扱われるのかは、その物質の安全性評価を新たに行うのか/行わないのかに関わる重大事である。

■アメリカ:有害物質規正法(TSCA)
 ▼『TSCA一般的アプローチ』でナノ物質が新規か既存かの区分の基準を規定している。
 ▼TSCAでは、既存の化学物質はTSCAインベントリー(目録)に掲載されており、ある化学物質について既存化学物質の中に"同じ分子的同一性(注)"を持つものがない(すなわち、インベントリーに掲載されていない)場合に、その物質は新規化学物質であると定義される。
 ▼物質のサイズは分子的同一性の属性ではないので、化学物質のサイズは新規か既存かの決定に関係ない。
 ▼したがって、例えばカーボンナノチューブやフラーレンは、既存のカーボン物質と分子構造が異なるので新規化学物質となり得るが、酸化亜鉛、二酸化チタン、銀などのナノ粒子は、既存のバルク物質と分子的同一性が同じなので既存化学物質である。
 ▼このことは、酸化亜鉛、二酸化チタン、銀などは、これらのナノサイズの物質の有害性が報告されているにもかかわらず、新たな規制の対象とはならない。このようなことはひじょうに問題があると、当研究会は考えている。

■EU:化学物質の登録、評価、認可及び制限に関する規則(REACH)
 ▼EC報告書は、"すでに市場にあるナノサイズではない既存化学物質を新たにナノサイズの物質(ナノ物質)として上市する場合には、ナノの特性を示すための登録書類の更新が必要である。その場合、ナノ形態の分類、表示及びリスク管理方法といった情報を含む追加情報を登録しなければならない。なお、リスク管理方法と取扱条件については、サプライチェーンに伝達しなければならない"としている。
 ▼これは、REACHではナノ物質は実質的には"新規化学物質"として扱われることを意味し、英王立協会報告書の勧告R10に従ったことになる。
 ▼しかし、REACHでナノ物質を規制するためには、製造・輸入量の閾値を見直す必要がある。

■日本:化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)
 ▼化審法見直し報告書では、ナノについては今後の検討課題であるとし、ナノに関わる改正は提案されていない。
 ▼2006年7月20日 経産省化学物質政策基本問題小委員会第3回及び2008年5月29日 第3回化審法見直し3省合同WGで、"化審法ではナノ物質は新たな化学物質と見なさないのか?"とのNGO側委員の質問に対し、事務局は"粒子径が小さいことをもって新たな物質と見なしていない"と答えた。

4.ナノ物質のデータ収集の米欧日の動向
 安全基準もデータ登録もなしにナノ製品が市場に出てしまっているので、米・英政府はそのデータ収集のための自主的プログラムを立ち上げたが失敗した。カナダは法的拘束力のあるデータ収集システムを検討中といわれる。日本政府は何もしていない。

■米環境保護庁(EPA)
 2008年1月に自主的な"ナノスケール物質スチュアードシップ・プログラム(NMSP)"を立ち上げたが、応募は基本プログラム/詳細プログラムでそれぞれ29社/4社だけと予想より大幅に少なく、米EPAは改めて有害物質規正法(TSCA)の下に強制力をもってデータを提出させることを検討し始めた。

■英環境食糧地域省(DEFRA)
 2006年9月に"工業的ナノスケール物質の自主的報告計画(VRS)"を立ち上げたが、2008年9月の2年間のパイロット期間にわずか11社の応募しかなく、DEFRAはその失敗を認めた。英国王立環境汚染委員会は、データ提出は法的拘束力のあるものとすべきと勧告した。

5.米TSCA 一部のナノ物質の規制を開始
5.1 TSCA の規制の概要
■事前届出(PMN)
 TSCAでは『TSCA一般的アプローチ』に基づく年間製造・輸入量が10トン以上の新規化学物質(TSCAインベントリーに収載されていない化学物質物質)は、製造・輸入開始の少なくとも90日前に所定のデータを届け出なくてはならない。健康・環境への影響に関するデータは、手持ちのデータでよい。

■同意指令(Consent Order)
 懸念のある化学物質に対する規制は、個別の申請毎にEPAと届出者で協議し、きめ細かい措置を講じることになる。

■TSCA第8 条(e):相当なリスクに関する情報の届出の義務
 化学物質の製造・輸入者は、健康や環境に相当なリスクを及ぼすという情報を入手した場合は、速やかにEPAに届出なくてはならない。

5.2ナノ物質規制の事例
■英Thomas Swan社/カーボンナノチューブ
 ▼英Thomas Swan 社は、多層及び単層カーボンナノチューブの事前届出をEPAに提出し、同意指令をEPAから受け、EPAと協議し、アメリカでの生産を許可された(2008年)。
 ▼90日間のラット吸入試験を義務付けられたはずであるが、詳細不明。

■米Nano-C社/フラーレン
 ▼連邦政府官報は、EPAが Nano-C社のフラーレンに関する4つの製造前届出(PMN)を受領したことを告知した(2008年12月)。
 ▼フラーレンのタイプはC60, C70, C84 。

■BASF社/カーボンナノチューブ
 ▼EPAは、TSCA第8 条(e) 相当なリスクに関する情報の届出の義務に基づき、BASF社からカーボンナノチューブに関する届出があったことを告知(2008年10月)。
 ▼BASF社は、ラットにおける吸入試験の結果を報告していた模様(2008年6月)。

6.ナノ物質規制に関する当研究会の意見
 日本政府は早急に下記を含むナノ物質規制を暫定的に実施するとともに、総合的な「ナノ物質の安全管理の枠組み」を別途構築すべきである。
 ▼ナノ物質は全て新規化学物質とみなす。
 ▼製造・輸入者に、試験データを含む所定データの提出を義務付ける。
 ▼国は提出されたデータに基づき暫定的に安全性を評価し、管理グレード(許可、制限、禁止)を決定する。
 ▼新たなナノ物質は、管理グレードが決まるまでは市場に出すことはできない。
 ▼ナノ製品には表示を義務付ける。

(注)分子的同一性
 EPAの定義する分子的同一性とは、分子中の原子のタイプと数、化学結合のタイプと数、分子中の原子の結合、分子内の原子の空間的配置のような構造的及び組成的特徴に基づくものとし、これらの特徴のいずれかが異なる化学物質は異なる分子的同一性を持つ、すなわちTSCAにおいて異なる化学物質であるとみなされる。(安間 武)



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