EUの新たな農薬法案 議会通過、本年後半に発効か
有毒な農薬の使用や空中散布を原則禁止
NGOsは原則歓迎、しかし潜在的な抜け穴を懸念
1.はじめに
2006年に欧州委員会が提案して以来、長らく議論されていたEUの新たな農薬法案が本年1月13日にEU議会の第二読会で採択されました。今後、閣僚理事会での形式的な最終承認を受けた後、本年後半には発効すると言われています。
この法案は、ハザードベースの評価に基づくカットオフ基準により、EUにおいて有毒な農薬の使用を禁止し、公共の場所での使用や空中散布も原則禁止するという内容です。
NGOsは基本的には歓迎していますが、実施時の禁止物質の骨抜きを懸念しています。一方農薬製造者団体/農民団体らはEUの農業競争力を損なうとして強く反対しています。
2006年7月12日の欧州委員会プレスリリース は次のように述べています。
"農薬の誤用(過大な使用を含む)は、水、空気、及び土壌を危険にさらし、最終的には農薬使用者、周囲の人々、居住者、及び消費者の健康を脅かす。農薬は、暴露のレベルと頻度によって、急性、慢性、又は長期的な健康の悪化を引き起こす。農薬による環境汚染はまた、植物や野生生物に有害影響を与え、もっと一般的には生物多様性を喪失させるかもしれない"。
"当分の間、この戦略は、最大の適用範囲である農薬・植物防疫剤だけを扱い、第二段階で殺生物剤、消毒剤、木材防腐剤、防汚塗料などに拡張されるかもしれない"。
以下に新たなEU農薬法案の概要、審議の経過、主要な論点を紹介します。
2.新たなEU農薬法案の概要
■農薬使用と認可規定に関する合意
- 使用できる"有効成分"のポジティブリストはEUレベルで作成される。農薬はこのリストに基づき国レベルで認可される。
- 暴露影響が無視できない発がん性、変異原性、又は生殖毒性があるもの、内分泌かく乱性があるもの、及び難分解性、生体蓄積性、及び有毒性(PBT)、又は高難分解性で高生体蓄積性(vPvB)の場合には禁止される。
- 発達神経毒性及び免疫毒性の物質には、高い安全基準が課せられるかもしれない。
- 作物栽培に本質的に必要であると証明されれば、上述の禁止物質はその後5年間使うことができる(エッセンシャル・ユース)。
- より安全な代替物質が存在するなら3年以内に代替する。
- ミツバチに有害らしい物質は禁止される。
- EUを3地域(北、中、南)に分け、各地域内で義務的な相互承認制度とする。
- しかし、加盟国は特定の環境又は農業の状況により、特定の農薬を禁止できる。
- 現行法で市場に出すことができる農薬は有効期限が切れるまで利用可能である。
■農薬の持続可能な使用に関する合意
- 加盟国は農薬のより安全な使用に関する国家行動計画を作成し、農薬の全体削減目標を設定する。
- 代替原則を実践し、化学物質を使わないことを目指す統合害虫管理(IPM)を2014年から適用する。
- 加盟国の例外的承認がある場合を除いて、作物への空中散布を禁止する。
- 水環境と飲料水供給保護のために、水域周辺に"緩衝地帯"、地表水/地下水のための"安全防護地帯"を設ける。
- 公園や学校のグラウンドなど公共の場所での農薬の使用を禁止する、又はそのような場所での農薬の使用を最小にする。
3.審議の経過
- 第6次EU環境行動計画2002-2012には下記7つの戦略が設定されており、持続可能な農薬使用もそれらの戦略の1つである。
・大気・廃棄物対策とリサイクル・海洋環境・土壌・農薬・天然資源・都市環境
- 2006年7月:欧州委員会による提案。
・植物防疫用薬剤の上市に関する1991年指令を修正する規制のための提案を採択。
・各国の行動計画、職業的使用者及び販売者の訓練、散布装置の認証と管理、水系環境の保護、及び特定の地域での農薬使用の制限または禁止、空中散布の原則禁止。
- 2007年7月〜10月:欧州議会による審議/採択(第一読会)。
・欧州委員会で下記2提案を審議し採択。
−欧州での農薬使用と認可規定を強化するための新たな規則(Regulation)
−農薬の持続可能な使用のための共通の目的と要求を定める枠組み指令(Directive)
- 2008年6月23日:閣僚理事会の承認
・加盟国農業大臣らによる閣僚理事会の承認は難航したが、妥協案に政治的合意。
- 2008年11月6日:議会環境委員会による理事会との再交渉案を承認。
- 2008年12月10日:議会と理事会は議会第二読会審議用案に合意。
- 2009年1月13日:議会第二読会でイギリス、スペイン、ハンガリー、アイルランドの4カ国が反対したが、圧倒的多数で承認。
- 2009年中:閣僚理事会による形式承認。
- 2009年後半:発効予定。
4.主要な論点
■農薬規制はEUの農業の競争力を損ねる
- 農薬製造者団体や農民団体は、環境に潜在的に深刻なリスクを及ぼす有効成分の上市を禁止する基準("カットオフ基準"と呼んでいる)などのために、EUの農業は大打撃を受け、食料自給ができなくなり、食料価格が高騰するとキャンペーンを展開している。
- 議会側は産業界のキャンペーンはパニックを引き起こすための誇大な数値を使用していると非難した。
■カットオフ基準の導入
- カットオフ基準に基づき、上市前に有効成分を審査し、承認された成分はポジティブリストに記載される。記載されていないものは自動的に禁止される。
- 農薬製造者団体や農民団体は、カットオフ基準はハザードベースであり不必要に農薬使用を禁止することになるとし、製品の科学的なリスク評価に基づく認可システムを維持すること求めている。また特に内分泌かく乱物質を含んでいることを問題にしている。
- 当初禁止されることになっていた神経系と免疫系への有害物質は"高い安全基準が課せられるかもしれない"という表現で後退。
- 欧州議会は理事会との交渉で、スウェーデン化学物質局の評価に基づく22程度の有害物質だけが新たな安全基準の結果として市場から撤去さるとしている(22物質が具体的にどのような物質なのか調査中)。
- グリーンピースは22物質では少なすぎるとして酷評。
- 他の環境NGOsは市場から廃止すべき有毒な農薬のブラックリストを作るものであるとして基本的には歓迎しているが、神経系と免疫系有害物質の扱いの後退を批判。
■3地域相互承認制度
- 欧州委員会の当初の提案であった3地域(北部、中部、南部)内の相互承認制度に議会は反対であった。
- しかし、閣僚理事会は3地域内の相互承認制度を主張した。
- 妥協案として、加盟国は特定の環境又は農業の状況により、相互承認された農薬を禁止できることになった。
■農薬削減目標
- 5年間で−25%、10年以内に−50%へと段階的な農薬使用削減案について、農薬製造者団体等は使用法を改善することによるリスク削減ではなく、任意の使用削減目標を課すことになると反対した。
- 2007年6月の議会環境委員会ではこの削減目標は採択され、NGOsは歓迎した。
- しかし、同年10月の議会(第一読会)で否決された。
- 最終的には加盟国がそれぞれ国家行動計画の中で全体削減目標を示すこととなった。
■潜在的な抜け穴
- 作物栽培に本質的に必要であると証明されれば(エッセンシャル・ユース)、禁止化学物質はその後5年間使うことができるという条項が、有毒農薬の継続使用を許す抜け穴となり得る。
- 暴露影響が無視できない発がん性、変異原性、生殖毒性、内分泌かく乱性、難分解性、生体蓄積性、有毒性、高難分解性、高生体蓄積性を有する物質の禁止について、具体的に特定する時点で骨抜きにされる可能性がある。実際、議会は理事会と禁止物質22というベースで交渉している。
- 発達神経毒性及び免疫毒性の物質には高い安全基準を設定するとあるが、内容が具体的でなく、このこと自体がすでに禁止からの後退である
- 現行法で市場に出ている農薬は有効期限が切れるまで禁止されない。
EU全体で5年間に−25%、10年以内に−50%へと段階的に農薬使用を削減するという案が、否決されたことは残念でした。また、潜在的な抜け穴もありそうで、今後の行方をよく見届ける必要があります。しかし、とにかくこのようなEUの農薬規制は農薬使用の大幅な削減の第一歩であり、日本でもこのような総合的な農薬規制法を求めていかなくてはなりません。(安間 武)
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