ピコ通信/第117号
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化学物質問題市民研究会10周年記念連続講座U
有機リン問題を考える 第4回 被害者・市民活動の立場から 講師 辻 万千子さん(反農薬東京グループ) (文責 化学物質問題市民研究会) ■生活環境での農薬使用を問題に 反農薬東京グループは、1982年にダイオキシンを不純物として含有している水田除草剤CNPの追放運動の中から生まれました。当初から、生活環境での農薬使用に対して、危険性の啓発、法的不備の是正を求めて運動してきました。 農薬について消費者は農産物への残留問題を問題にすることが多いけれども、私たちはそれだけに限らず、自治体などによる公園、学校、街路樹等への農薬散布、農薬と同じ成分を含む家庭で使用されている殺虫剤、建物内へのゴキブリ駆除などの殺虫剤散布、シロアリ防除剤、衣料用防虫剤など身近なところで安易に使用されている薬剤や製品を対象にしてきました。 1991年に「もうゴメンだ!街の農薬汚染」という集会を開いて、「農薬にさらされない権利」を発表し、「農薬を浴びない、農薬を吸わない、農薬を食べない」という3つの権利と、4つの知る権利「農薬を含有する製品を知る権利、農薬の散布時期・場所を知る権利、農薬の毒性・残留性を知る権利、農薬による環境・食品汚染の実態を知る権利」を主張しました。 1990年には、農薬空中散布反対全国ネットワークを結成して、空中散布反対運動を続けてきています。最近では有人ヘリコプターによる農薬空中散布は減少していますが、無人ヘリコプターの空中散布が大きな問題となってきています。また、松枯れ対策と称して実施されている松へのスミチオン(有機リン)空中散布には、1970年代から反対運動に参加し80年代からはネットワークの事務局としてかかわってきました。林野庁によれば、松枯れの原因はマツノザイセンチュウという1ミリにも満たない線虫で、それを運ぶのがマツノマダラカミキリ。マツノマダラカミキリの成虫を殺すために空中散布を実施するということです。しかし、その有効性について国会で発表した際のデータは全くの捏造でした。ところが、その後も空中散布は続けられているのです。 農水省は昨年1月に、無人ヘリコプターの安全の手引きの改定をするからと、パブリックコメントを募集しました。それに対して、無人ヘリコプターはやめるように意見を出そうと呼びかけたところ、相当数の意見が出されました。ところが、意見への回答など対応は何もないまま放置されています。(その後、農水省は新通知案を発表し、パブリックコメントをしています。) ■ようやく「通知」が出た 2002年に無登録農薬問題が起きました。果樹などに、日本では発がん性があって登録が失効した殺虫剤などが使われていたという事件です。そのため、農水省は農薬取締法を改定して、それまでは使用に対する規制がなかったのを使用方法を守らない場合、罰則をつけました(食用農産物に限られる)。 ところが同時に、それまでの防除業者の都道府県への登録制をなくしてしまったのです。2万以上いた防除業者は野放しになりました。今登録を義務付けているのは兵庫県だけで、どこにどういう業者がいてどういう農薬を撒いているのか、一切把握できなくなってしまったのです。 生活環境での農薬使用削減については、粘り強く関係当局と話し合った結果、2003年9月に農水省消費安全局長通知「住宅地等における農薬使用について」が出されました。その後、2007年1月に環境省との連名で改訂版が出されています。この通知は不十分なところもあるけれども、これを使って、各地で農薬散布をやめさせるよう交渉をしています。 つい最近も、岐阜県中津川市の学校で農薬散布しているということが分かり、通知をなぜ守らないのかと会員が交渉して中止になりました。しかし、通知を知らない自治体は未だ撒いているのです。法令遵守を真っ先にすべき自治体が通知を知らないということがそもそもおかしいと思います。 ■今国会に2法案を提出予定 私たちの活動の仕方には一定のパターンがあります。まず、農薬や化学物質で被害を受けた人からの相談があります。私たちは相談窓口ではないし、公的な権力を持っているわけでもありません。それでもなお相談が寄せられるのは、他のどこに相談しても(保健所、消費者センター、市町村、都道府県、国、警察など)どこも何もしてくれなかったからです。 相談を受けて、わかる限りの毒性情報を調べ、行政やメーカーに対応を求めます。個別のケースに対応しているうちに、共通の問題点が浮かび上がってくる。そこで行政交渉となるのですが、実にまどろっこしい。さんざん言い続けてようやく、国から農薬や、殺虫剤散布に注意するよう通知が出る。その通知も、末端へ行けば全く無視されている。というより、そんな通知が出たことすら知られていないのです。 また、日本の行政は縦割りであり、法の抜け穴がいたるところにあります(表1)。
例えば、非農作物用除草剤は農薬取締法の適用を受けないので、何の規制もありません。グラウンドや鉄道線路などでたくさん使われているけれども、農作物用ではないから農薬ではないというのです。最近、茶飲料に除草剤が混入されるという事件が起きました。成分はグリホサートと報道されています。グリホサートを含む除草剤にはモンサントのラウンドアップがありますが、500mlが1800円くらい。ところが、ホームセンターに行くと、グリホサート系のグリホとかクサトールなどの名前の除草剤が300円以下で買えるのです。 薬事法の医薬品と医薬部外品に、殺虫剤が入っているのも問題です。ハエ、蚊、ゴキブリなどの"衛生害虫"を駆除するための薬剤で、厳しい試験を通った安全なものだと誤解されやすい。しかし、薬事法の毒性試験は、農薬取締法の毒性試験に比べて非常に少ない。また、30年前に許可されたものが、その後製剤が変わってもそのまま使われているのです。ですから、薬事法の殺虫剤は信用ができないと思っています。そういうことをずっと言ってきたら、厚労省が殺虫剤指針検討会を立ち上げました。しかし、実質的に何も決まらないうちに梨の礫になり、現在、動いていません。 今、私たちは、このような生活環境の化学物質による健康被害をなくすために、「殺虫剤等規制法」と「害虫防除業適正化法」の成立を目指していて、今国会で出す予定になっています。 ■空気中の農薬汚染が問題 農薬による健康被害というと、食品への残留農薬だけが問題になっています。確かに中国製の冷凍ギョーザ事件もありましたが、メタミドホスが故意に混入された可能性が高く、一般的な残留農薬ではないと考えられます。 私たちは、残留農薬問題は農薬の危険性の一部にすぎないと考えています。農家も農産物への残留農薬のことは気にしていますが、撒かれた農薬の空気汚染については気にしていません。つい最近起きた千葉県柏市のカブの残留農薬事件でも、そのカブを食べて健康被害はなかったと新聞には書いてある。カブ畑の周りの人は農薬汚染の大変な被害を受けているのに、そのことは全く無視されているのです。 ■90日間反復吸入毒性試験をやっているのは36農薬だけ 農薬は厳しい毒性試験を実施しているので、使用方法を守れば安全であるというのが農薬推進派の言い分です。ところが、農薬を登録する時に27種類の毒性試験が提出されると言われていますが、実際には、すべての毒性試験が出されるわけではないのです。 2 000年に出された農水省農蚕園芸局長通知「農薬の登録申請に係わる試験成績について」によれば、「合理的な理由があれば」試験成績の代わりにその理由を示せばいいことになっています。 2 7種類の毒性試験の中で、免除してもいい試験として実に19種類の毒性試験があげられているのです。 吸入毒性で言えば、90日間反復吸入毒性試験成績の場合は、「@当該農薬の使用者等が長期にわたって当該農薬の経気道曝露を受ける恐れがないと認められる場合。A急性吸入毒性に関する試験成績の結果から、強い吸入毒性等を有するおそれがないと認められる場合」試験をしなくてもいいということになっています。 どの農薬がどういう試験を免除されているのか、公表されていないことが問題です。90日間反復吸入毒性試験成績については、農薬対策室が当グループに示したデータによると、36種類の農薬しかこの試験をしていないのです。現在登録されている477の有効成分のうちの36種類です(次頁 表2)。
私たちは以前から公開を求めてきましたが、未だにこんな程度の情報すら公開されていません。毒性試験も、登録時に提出された試験成績は「企業の財産」として公開されず、わずかに概要が示されるだけです。 ■ジクロルボスの問題 もうひとつ、ギョーザ事件で明らかになったことに建物内での殺虫剤使用があります。建築物衛生法が改定される前には6ヶ月毎に1回殺虫剤散布がなされていました。2003年の法改定後、定期的な殺虫剤散布はやめられているはずですが、実際には多くの建物で安易な殺虫剤使用がなされているのです。そのひとつにDDVP(ジクロルボス)があります。DDVPは有機リン系の揮発しやすい殺虫剤で、農薬としても、医薬品としても使用が認められています。 徳島県の生協が販売していたギョーザの袋からDDVPが検出され、混入かと騒がれましたが、実は生協が店内に吊していたDDVP(商品名 バボナ)が揮発して、商品を汚染していたことが明らかになりました。揮発したDDVPはギョーザに落ちただけでなく、野菜や他の商品も汚染していたことと思われます。徳島の生協のDDVP使用は通知(以下に説明)に違反していたため、県から指導を受けました。 004年10月、東京都は消費生活条例第8条に基づく私たちの申し出によって、DDVP(吊り下げタイプと業務用殺虫機)の室内濃度を測定し、ADI(一日許容摂取量)を大きく超えていたことを発表しました。 これを受けて厚労省は検討会を開き、使用上の注意を改訂しました。吊り下げタイプについては、以下のようになっています。 ・居室(客室、事務室、教室、病室を含む)では使用しないこと ・飲食する場所(食堂など)及び飲食物が露 (出典:反農薬東京グループ資料 出している場所(調理場、食品倉庫、食品加工場など)では使用しないこと。) しかし、夜中に自動的にDDVPを噴霧する殺虫機については、 ・専用の機械を8時間使用後、1時間放置し、その後に十分に換気をしてから入室すること。 と、レストランなどでの使用を、換気をすればいいと認めています。 ■有機リンは、総量として減少しているが 有機リンは、87年から03年の10年間で出荷量は半減し、全体的には減っています。90年度と04年度を比較すると、減少したもの、ほとんど変わらないもの、逆に増えているものがあります。増えているものにはアセフェート(商品名例 オルトラン)、クロルピリホス、ダイアジノンなどがあります。アセフェートは、分解してメタミドホスになる農薬です。 有機リン系農薬は、総量として減少していますが、街路樹などには、MEP(フェニトロチオン 商品名:スミチオン)DEP(商品名:ディプテレックス)、アセフェート(商品名:オルトラン)などがよく使われます。また、室内の害虫駆除に使われる殺虫剤も非有機リン系に転換がすすんでいるというものの、DDVPなどまだみかけます。身のまわりの有機リン剤として、ほかにも、インテリアや家電への難燃剤としての使用があり、これらの室内空気汚染も懸念材料であることを忘れてはなりません ■不必要な農薬使用をなくすことから 反農薬東京グループは、2005年11月から12月にかけて、会員へ通知「住宅地等における農薬使用」に関するアンケート調査を実施しました。回答と投稿記事の被害例113件を分析したところ、依然として通知の遵守がなされていない実態が浮き彫りになりました。 被害を受けた場所は、その他の場所(病院、観光地、公共の施設、寺・神社、職場、駐車場など)が一番多く、次が近隣の個人宅。農薬の種類は殺虫剤が一番多く、次が除草剤でした。 また、散布者の半数は防除業者であ ったので、まず、この人たちがしっかり通知を守れば、健康被害はずいぶん減ると思われます。 行政は「ゼロリスクはあり得ない」として、規制強化しない言い訳にしています。しかし、予防原則を活用して、いかにゼロリスクに近づけるかが行政の仕事ではないでしょうか。不必要な農薬使用をなくすことがその第一歩です。
化学物質問題市民研究会
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