ピコ通信/第114号
発行日2008年2月26日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 2008年G8サミット NGOフォーラム【3Rイニシアティブ】ポジション・ペーパー概要の紹介
  2. 10周年記念連続講座U 有機リン問題を考える
    有機リンの生体影響ー臨床・最新の研究
    石川 哲さん(北里大学医学部名誉教授)

  3. 床暖房から化学物質過敏症発症−千葉県在住 女性
  4. 農水省/有機リン系農薬の評価及び試験方法の開発調査事業推進検討委員会
    有機リンの規制は行われるのか?
  5. 調べてみよう家庭用品(12)シロアリ駆除剤
  6. 海外情報:化学会 ES&T サイエンス ニュース 2007年12月19日
    もっと多くの難燃剤が家庭内の埃から検出
    消費者製品で使用されている二つの難燃剤 HBCDとHCDBCOが非常に高濃度で家庭で見つかる
  7. 化学物質問題の動き(08.01.27〜08.02.25)
  8. お知らせ・編集後記


化学物質問題市民研究会10周年記念連続講座U
有機リン問題を考える第2回
有機リンの生体影響ー臨床・最新の研究

講師 石川 哲さん(北里大学医学部名誉教授)

2月16日(土)、社会文化会館において有機リン連続講座第2回を石川哲先生を講師に開催しました。講演のあらましを紹介します。(文責 化学物質問題市民研究会)

■はじめに
 第1回には有機リン剤の遅発性神経毒性をお話しました。今回はさらに深く詰めて感覚器の神経毒性について話して、さらに、治療、予防、将来についてお話したいと思います。
 米国では、有機リン剤の神経毒性のうち特に脳の発育、行動学的見地からのうつ、ADHD,あばれ、などの問題、精神知能のコントロール系、バイオリズムの乱れ、ハイリスク群に対する対処法、などが2005年以後盛んに報じられています。政府系のレポートでも方向性は大体同一ですが、今回は2007年カリフォルニア環境保護庁のレポートを含めてお話して行きます。この報告書も第一に小児、特に学校での有機リン剤との接点、発症、その対策などに触れています。基本はクロルピリフォスが中心です。

■神経毒性、特に脳への毒性が問題
 有機リン毒性で今一番新しいのは、2007年のカリフォルニア環境保護庁の報告書Integrated risk assessment: EPA California, "Child specific dose for school site risk"- November 2007である。クロルピリフォス中心の米国の有機リンに関する動きを見ると、参考になると思う。
 ・有機リン剤の小児の脳発育に対する問題
 ・行動学的見地から:ADHD、うつ、暴れる
 ・精神・知能のコントロール系の解明
 ・自律神経機能、バイオリズム、睡眠、内分泌機能の更なる研究進展の必要性
 ・運動能力の劣化
 ・化学物質のハイリスク群救済をどうするか? などが有機リン毒性で問題になっている。

 有機リン剤を中心とした物質の神経、特に脳への毒性が問題となっている。日本でも話題になったのは神経系毒性で、国会でも2006年3月、加藤修一参議院議員が有機リン剤の神経毒性をとり上げて議論された。その時、国は対策をすると明確に答えたが、その後何の進展も見られない。

■米国で増えている銃乱射事件
 米国でも困っているのは、風光明媚な農村で若者が突然銃を乱射したり、あるいは自殺するという事件が頻発していることである。私が米国にいた40年以上前には、こういうことは無かった。その後、米国でも有機リン農薬がたくさん使われるようになった。1966年、テキサスのオースティンの大学でタワーの上から大学院生が銃を乱射したのがこれらの事件の最初である。有機リンの精神・神経症状は、暴露が積み重なってある程度年数が経ってから表われる。
 米国では、キャンパス内での有機リン散布などに気をつけるようになっていたが、最近また緩んできている。オースティンの事件以来、銃による事件が一時期減少したが、最近また増えてきつつある。一昨日もシカゴのイリノイ大学で起こっている。この種の事件はヨーロッパではほとんど起こっていない。ヨーロッパでは規制が厳しく、有機リンはほとんど使えない。米国と日本は甘く、中国はもっと緩やかだ。日本でも、有機リン剤を止めさせなくてはならない。

■カルバメート剤とネオニコチノイド剤も
 カルバメート剤は有機リン剤と作用が似ている。有機リン剤は、神経伝達物質のアセチルコリンを分解する酵素コリンエステラーゼを不可逆的に壊すのに対して、カルバメート剤は可逆的に壊す。
 最近はネオニコチノイド剤(アセトアミプリッド、イミダクロプリッドなど)が米国、日本で登場している。みなさんも既に体内に取り込んでいる。ネオニコチノイド剤は名前の通り、ニコチンに類似した作用を持ち、分解性が遅く残留する。有機リンに作用が似ていて問題であるが、人体影響はほとんどが無視されている。

■有機リン剤の眼毒性と神経毒性は明白
 化学物質過敏症(CS)という名前をつけると、化学会社がすぐに反論してくる。名称にクレームをつける人たちがいて、「シックハウス症候群はある、しかし、CSはない」と断言する御用学者も何人かいる。しかし、有機リン剤の眼毒性と神経毒性が明らかになってきた現在、無視できなくなった重要課題である。特に胎児、小児、発育期、思春期の人体への影響が問題になっている。

■フェニトロチオン(スミチオン)は毒性に種差
 パラチオンは自殺に用いられたことと、誤用による事故つまり急性毒性で、日本では1971年に使用禁止となった。フェニトロチオンはパラチオンと少々構造が違い、弱毒性と言われている。しかし、我々の実験では、げっ歯類には毒性は弱いが、妊娠している犬などでは毒性が強い。外国の実験でも種差により毒性が変化する。ヨーロッパでは禁止、米国でもほとんど使われていないが、日本では使われている。
 昨年、有機リンの中毒になった私自身の経験を紹介したい。昨年の夏、山小屋に行った際、部屋に入って2時間くらい経った時、急にものすごいめまいに襲われた。ふわっと浮いている感じのめまい、まるでフラッフラッとバレ−を踊っている感じだ。翌日、管理事務所に問い質したところ、スミチオンを撒いたことが判明。すぐにその場所から逃げて、アトロピン(有機リン中毒治療薬)を飲んで何とか免れた。急性中毒は、まずめまい、そして激しい頭痛、吐き終わると下痢・腹痛、私は血圧の上昇が見られた。すぐに症状が出るのはまだ良いが、コリンエステラーゼは遅れて下がり、人によっては4、5日、あるいはさらに遅れて変化が出る人も稀にいる。これは極めてわかりにくい。
 有機リン分解酵素のパラオキシナーゼは遺伝に左右され、100人中3、4人の割合でひじょうに低い人がいるという(Furlongら)。白人は一番強く、次は黒人、その次は東洋人でエスキモーは一番弱いということが分かっている。子ども、妊娠中の女性、女性、老人は弱い。同じ様に暴露しても、反応は全く異なる。

■コリンエステラーゼ値だけでは診断が難しい
 有機リンに暴露して1週間後に医者に行って、有機リンが壊すコリンエステラーゼを測っても、大体、正常値に戻っている。頭痛、めまい、吐き気などの症状があっても、有機リン中毒ではないと言われる場合がある。佐久の患者では、中毒症でもコリンエステラーゼは全体の1/3しか下がらなかった。コリンエステラーゼは人種や遺伝的な違いなどが影響し、コリンエステラーゼだけを調べて診断するのは、ひじょうに難しい。色々な検査をしての総合的な診断、有機リンに暴露した(食べた、触った、吸ったなど)ことを医者に詳しく話すことが必要である。

■シックハウス症候群は減少、CSは増加
 北里研究所病院臨床環境医学センターの1998年と2004年の診断数(受診者総数は、ほぼ同じ)の比較をしたものを示す。いずれも7月、8月のデータで、夏休みなので他の月の半数くらいの受診数である。シックハウス症候群の診断数は、1998年は55%であったが、2004年は20%で、患者数は減っている。逆に化学物質過敏症は、18%から30%に増えている。 "シックハウス症候群はあるけれどもCSはない"とか、"すべて精神疾患だ"などと言う人が昔からいるが、このデータは、そうではなくて厳然と患者さんは今でも存在していることを示している。そういうことを言う人は、実際に患者さんを診ていないでアンケートなどに拠っている。
 ホルムアルデヒドによる患者さんは、2003年の建築基準法の改正後、大変減ってきている。それゆえ、悪い化学物質はやめようとみんなで考えて中止すると、業界もそれに対応し、その結果、患者さんが減ってくる。

■慢性患者診断には他覚的検査法が重要
 慢性の患者さんを見つける時の方法として、他覚的検査法が重要で、我々も長い期間研究や開発をし、患者診断に応用している。
 他覚的検査利用による診断は、MCS研究の世界的傾向である。CS患者の補助診断でQEESI(化学物質過敏症の発見のための問診票Quick Environmental Exposure Sensitivity Inventory)のスコアを対比しつつ診断、そして経過が追える。また、治癒で有効、無効の判定が可能。年齢、性別に作った対照例データと比較もできる。ただし、その検査で陽性に出る他疾患は除外する必要がある。これには医師による診断が大切である。

■瞳孔は、外から見える唯一の自律神経
 我々は、感覚器の検査に力を入れている。脳内血流状態(NIRO)、瞳孔反応検査(有機リンによって縮瞳が起きるが、それは3分の1で全部には起きない)、滑動性眼球追従運動、重心動揺検査(有機リン中毒で"フラッ"となった)、幅輳・調節検査(ものを見る時には両目を寄せて、瞳を縮めてレンズを膨らませる。その能力をテストする)、視覚コントラスト感度(荒い縞模様は見えるが、細かい縞模様は見えにくい。コントラストと縞模様の大きさ、光の強さを変えることで、ある曲線を描く)、嗅覚検査(香水、アルコール、ニコチンの3つを患者さんは嫌う)、などを補助的診断として用いる。
 これらの検査をして、症状、化学物質との接点を含めて総合的に判定しなくては、正確な診断はできない。薬物負荷による脳内血流状態(NIRO)、滑動性眼球追従運動、重心動揺検査、瞳の動きが特に重要である。米国では、視覚コントラスト感度がCSや有機リンの慢性中毒の診断に一番使われている。
 瞳孔(ひとみ)は、外から見える唯一の自律神経である。"瞳が開く"(散瞳)は交感神経の働きで、ホルムアルデヒドでは散瞳が弱くなる。"瞳が縮む"(縮瞳)は副交感神経の働きで、強毒性有機リン剤(パラチオン、サリンなど)で起こる。しかし、弱毒性と称されているものでは、すべての人が縮瞳することは稀である。若い人の瞳は一般に大きい。朝大きく、夕方小さい。驚く、興奮状態、やる気強い時は、瞳は大きい。その逆では瞳は小さい。一般に、老人は小さく(60歳以上。レンズの弾力性がなくなるので、ひとみを絞って見えやすくしている)、糖尿病では瞳は小さい。

■デンマークの予防対策
 デンマーク工科大学で、パソコンから出る有機リン(リン酸トリエステル)の仕事への影響を見る実験を見学する機会があった。20畳位の狭い部屋にパソコンが数十台並べられて、一斉にスイッチを入れる。カーテンの向こうでは、難問を解く能力が落ちるかどうかテストが行われていた。デンマークでは、コンピュータの周りにフレッシュエアを送る装置が据え付けられていた。デンマーク、スウェーデンは、シックビルディング症候群の研究に世界で初めて取り組んだ国であり、予防対策をきちんとやって研究を続けていることに、改めて感心して帰ってきた。
 日本では、費用が大変かかることからこのような対策は未だ取っていない。今できることは、オフィス、部屋の換気をよくすることである。

■室内汚染ガスだけではなく、大気汚染も問題に
 今、大気汚染、特に黄砂がひじょうに問題になっている。昔はさらさらしていたが、最近では油をたくさん含んでいて、拭いてもネバついて取れない。ナイルウイルスも、1週間で米国に飛んでくる地区がある。寄生虫、バクテリア、それにも増して、他国で空中散布された農薬が全部、風下の日本に飛んでくる。このことを忘れてはいけない。米国の宇宙局では、今ひじょうに神経を使っていて、日本で撒くものにも気をつけていると聞いている。
 今までは、子どもが頭が痛い、ぜん息だというと室内汚染ガスを第一に問題にしてきたけれど、今後は黄砂・ダストによる大気汚染も問題にしていかなくてはならないと思う。

■治療の基本  有機リン剤の影響が考えられる場合の治療の基本は
  • 家またはビルは強度の換気の励行と、原因となる化学物質をできるだけ除去、それでも、反応が起こる時は忌避が基本である。
  • 自身の住宅のみでなく、隣、近隣の環境などにも注意する。米国では、散布する薬剤を近隣に公布する義務を負わせている州(ニューヨーク州の北部地区)がある。
  • 性能の良い空気清浄機の使用
  • 疑わしい化学物質に接する時は、特殊マスク使用
  • 病気は治ると信じる、自身が落ち込んでは治らない
  • 足浴、低温サウナ、温泉、運動療法、ミネラル(Mg, Zn, Se)、ビタミン剤(C,E)、アミノ酸(タウリン、グルタチオンCoQ 10) 、脱リン剤(アトロピン、スコポラミン、パム等)などの治療法

※ 石川先生第1回講演会、第2回講演会の資料集、記録DVDをお分けしています。16ページをごらん下さい。



床暖房から化学物質過敏症発症
千葉県在住 女性

■化学物質過敏症になった私
 2006年の1月の寒い朝、いつものように、朝ご飯の支度をしている時でした。
 なんだか頭痛がする、風邪を引いたようでもないのに。犬の世話で庭に出ると、嘘のように頭痛がなくなります。昨日と今日で家の中で変ったことは、居間の床暖房が動き始めたことだけです。
 もしかして、これは床暖房のせい? そうだ、床を暖めることにより床材及び施工時の接着剤等の化学物質が出て来て、それを一気に浴びて、化学物質過敏症(以下CS)になってしまったのでしょうか? すぐ床暖房を止め、窓を開け新鮮な空気を室内に入れました。しかし、既にその部屋には30分といられませんでした。
 でもその時はまだ、一週間程度で化学物質も出切り、朝が暖かい快適な生活が約束されるのではと淡い希望を持っていました。朝起きる1時間前に床暖房をつけて、起きると止め、必要最低限の時間だけ居間にいて、隣の部屋に退避していました。しかし、主人は2日目には頭痛も無くなりましたが、私は相変わらず駄目でした。4日程で床暖房を使うのを止め、しばらく様子を見ることにしましたが、やはり症状は消えません。このため、2ヶ月後には床暖房を撤去し、部屋の空気の換気をし続けたことにより、症状は少しは収まりましたが、以前のようには戻りません。
 私は化学者で化学物質の恐ろしさは理解しており、生活の中でなるべく化学物質にさらされないようにしてきました。洗濯には石けんを使い、食べ物の添加物等には注意し、化学物質を部屋中にまき散らす消臭剤や庭の農薬は使いませんでした。床暖房の床材は、ホルムアルデヒドの最も少ない☆☆☆☆でした。
 それにもかかわらず、床暖房が引き金となって、CSになった様です。

■病院と原因究明
 幸いにも、私はCSのことを知っており、北里研究所病院に診療科があることも知っていました。受診出来たのは6月でした。診察内容は血液、尿検査、CSにより出るであろう目、運動神経等の検査でした。先生とのお話で軽度のCSと診断されました。治療には薬は無く、体に入った化学物質を出すためにビタミン類の摂取、運動により汗を出す、化学物質を吸わない様にする等の指導を受けました。  帰る時、次回からは保険が摘要されないと言われました。この病気は国が病気と認めていないため、保険が2回目以降は利かず、高額な治療費が必要となります。家もリフォームあるいは転居等が必要となり、さらに、リフォームの専門家も少なく、また、患者により原因物質や症状が異なるため、どのようにリフォームすれば良いか明確にならないのが現状です。このため、患者には精神的、肉体的、経済的に大変な負担が掛かることになります。
 3月になって、家の中の汚染状態を調べるため、インターネットでホルムアルデヒドセンサーを購入して家中の家具床等を検査しましたが、ほとんど陰性に近い値でした。千葉市では、シックハウス対象者に無料で室内外空気汚染物質の測定(7種(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、キシレン、トルエン、パラジクロロベンゼン、エチルベンゼン、スチレン)ガス検知管による簡易測定とガス捕集管による精密測定)を実施してくれます。測定結果は、全て定量下限値(指針値の1/10)未満でした。このことから、CS患者は指針値以下でも反応することを実感しました。
 この間、活性炭マスクを手放せない生活です。香水、ヘアスプレー、ワックス、印刷のインク等の臭いで頭痛が始まり、すぐにマスクです。家の中は臭いはしませんが、居間では30分くらいで頭痛が始まります。いくら換気をしても解決しませんでした。

■リフォーム
 私の家は、築40年の和室、築25年の洋室(寝室)と和室、築15年の居間(床暖房設置室)があります。CS発症当初は寝室に寝ることができたのですが、気温と湿度の上がる6~7月頃から朝頭痛が始まり、夏には寝起き出来る部屋は築40年の和室のみになりました。このため、CSに経験のある工務店を病院で紹介をうけ、寝室と居間の壁のビニールクロスを自然の紙クロスとし、床は無垢の自然塗料仕上げに取り替えました。
 どの素材を選ぶか人により違い、多くの素材をインターネットで取り寄せ検討した結果、ようやく11月頃にリフォームも終え、普通に生活出来るようになりました。
 1年経過した今は、症状は大分収まりましたが、ホームセンター、薬局等では直ちに活性炭マスクをし、化学物質を体に取り込まない様に注意した生活を送っています。
 私の仕事は有機溶媒を大量に使う化学実験でしたので、既に大量の化学物質が体に蓄積していたと思われ、CS予備軍であったと考えられます。化学者である私がそのことに気付かずCS患者となったことで、頭で理解していても生活の隅々にまで考えが及ばなかったと痛感させられました。
 以上、皆様の参考になればと思い私の経験を記しました。



化学物質問題市民研究会
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