ダイオキシン国際NGOフォーラムin東京2007
ダイオキシン研究・対策の今(上)
9月1日と2日、東京においてダイオキシン国際NGOフォーラムが開かれ(主催:同実行委員会、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議)、2日間とも200人の会場が満員となる盛況で、成功裏に終わりました。
本フォーラムは、2日〜7日に開かれたダイオキシン国際会議に合わせて、NGOの立場から、被害者、支援者、研究者が一堂に会して、これまでの歴史と教訓に学び、これからの対策・活動を共に考えようとの趣旨で開かれました。1日目はダイオキシン被害の実情−ベトナム(枯葉剤)、台湾(油症)、日本(カネミ油症)、2日目はダイオキシン研究・対策の今をテーマに、フロアとの活発な議論も展開されました。
化学物質問題市民研究会も実行委員会の一員として参加してきました。2日間にわたる発表の中から、一部概要を2回に分けて紹介します。(文責 化学物質問題市民研究会)
開会挨拶(1日目)
藤原寿和さん(同実行委員会委員長)
今なぜダイオキシン問題を取り上げるのか、お話したい。
私たちは80〜90年代からダイオキシンによる汚染実態調査・規制対策が行われないまま、ごみの焼却や塩ビによる汚染が広がっていることを問題にし、発生源を無くすよう運動を続けてきた。そして、1999年に世界で初めてダイオキシンを規制するダイオキシン特別措置法ができた。
昨今、すっかりダイオキシン問題は沈静化し、ダイオキシンは危険ではない、人は死んでいないではないかという本が巷にあふれるようになってきた。最近ベストセラーになっている本もあるが、事実に基づかない、間違ったひどい内容である。
私たちは今回、ダイオキシン被害の実態に目を向けて、そこから学んでいこうと1日目のフォーラムを企画した。ベトナムの枯葉剤の問題、カネミ油症、その10年後に起きた台湾油症について取り上げて、ダイオキシン、環境ホルモンの毒性、人体影響について考えていこうという趣旨である。ベトナム、台湾、日本、そして明日発表があるイタリアのセベソで起きた事件。工業先進国で起きたこれらの事件の被害者、支援者、研究者が一同に会しご報告いただく。2日目はダイオキシン研究・対策の今をテーマに、みなさんと一緒に学び、議論していきたい。そして、次のステップに向けて取組を進めていきたいと考えている。
ダイオキシン食品汚染の現状
宮田秀明さん(摂南大学教授)
■排出インベントリー の経年変化
1996年末に施行されたごみ焼却施設におけるダイオキシン類発生抑制対策のガイドラインが功を奏して、1997年度から2005年度の間に大幅にダイオキシン類発生量が減少した。2005年度の排出量は、1997年度の約4.2%の水準である。
排出量の約66%は廃棄物焼却に伴って発生しており、産業系製造工場(製鋼、鉄鋼、アルミリサイクル等)からのダイオキシン類発生量は約34%となっている(その他は自動車排ガス、下水道終末処理施設など)。
排水中への排出量は、2004年度では1.8g-TEQ(注)程度に過ぎず、大半は排ガス経由で環境中に放出されている。その主な排出源は、産業廃棄物焼却施設、下水道終末処理施設、パルプ製造漂白施設、塩ビモノマー製造施設、カプロラクタム製造施設、アセチレン製造施設等である。
注:最も毒性の強い2、3、7、8-四塩化ダイオキシンに換算した値。
■環境汚染の実態と経年変化
大気中濃度の経年変化
「ダイオキシン類対策特別措置法」の施行が功を奏して、排出源からのダイオキシン類排出量が大幅に減少した。それに伴って、大気中ダイオキシン類濃度も大きく減少した。全国の平均濃度は、1997年度の0.55pgTEQ/m3から、5年後の2002年度では83%減(0.093pgTEQ/m3)、さらに2005年度では95%減の0.052pgTEQ/m3の結果となった。
公共用水域水質
公共用水域水質の全国平均濃度も漸減傾向を示しているが、大気に比べると、減少率は低い。1998年度の0.50pgTEQ/Lから、2002年度では52%減(0.24 pgTEQ/L)になり、さらに、2005年度では58%減の0.21pgTEQ/Lの結果となっている。
土壌
土壌濃度は2001年度から減少傾向にあったが、2005年度は逆に急増する結果となっている。全国の平均濃度は1998年度の6.5pgTEQ/gから、2002年度では42%減(3.8pgTEQ/g)、2004年度では52%減(3.1pgTEQ/g)となった。しかし、2005年度は4.9 pgTEQ/gとなり、1998年度とほとんど同じレベルである。
公共用水域底質
公共用水域底質は、土壌と並ぶダイオキシン類の大きな貯蔵源である。1998年度の全国平均濃度は8.3 pgTEQ/gであり、この濃度を100とすると、ほとんど減少は認められない。底質汚染は魚貝類汚染に直結する問題であるだけに、今後の早急な汚染軽減対策が必要である。
■食品経由のダイオキシン類一日摂取量
2000年度では1.45 pg-TEQ/kg体重/日であり、この摂取量を100とすると、2004年度では97であり、ほとんど横ばい傾向にある。平均摂取量は耐容一日摂取量(4 pgTEQ/kg体重/日)の30〜40%程度であるが、最高摂取量はTDIに近い値である。
わが国では食事中のダイオキシン類の毒性当価量の算定に当たっては、定量下限以下の化合物は「ゼロ」として取り扱われている。この算定法に基づいて算出された2004年度の全国平均一日摂取量は、70.5 pg-TEQ/成人/日、1.41 pg-TEQ/kg体重/日である。
しかし、EUなどでは定量下限以下の数値は定量下限の1/2とみなして、毒性等量が算出されている。この手法に従うと、平均一日摂取量は130 pg-TEQ/成人/日、2.59pg-TEQ/kg体重/日となる。EU方式はわが国の方式に比べて、摂取量が1.8倍も大きくなる。また、魚介類経由の摂取割合も88.38%から48.61%に低下する。
■EUにおける食品・飼料の基準値とわが国の市販食品の汚染実態
2002年7月1日、EUにおいて食品と飼料の基準値が設けられた(上表参照)。その背景には、近年、食品、飼料におけるダイオキシン類汚染事故が頻発しており、深刻な事態をもたらしていることがある。
食品は主要な人体汚染経路である。特に、動物性脂肪あるいはそれらを原料とした製品を経由して摂取するダイオキシン類量は人体の全曝露量の約80%に相当する。動物性脂肪の原料となる魚や家畜は、主として飼料経由でダイオキシン類汚染がもたらされる。したがって、飼料汚染の抑制は、食品汚染を低減化させ、最終的に人体汚染の低減化へと繋がる。
EU諸国におけるダイオキシン類摂取量は1.2〜3.0 pgTEQ/kg/日であり、かなりの住民がTDI(2 pgTEQ/kg/日相当)を超過していることになり、食品のダイオキシン類汚染を一層抑制することが必要となる。
EU諸国に比べてわが国の魚介類摂取量は3倍程度多いので、EUの基準値8 pgTEQ/gをわが国に適用すると、2.7 pgTEQ/gが適切である。市販のタチウオは、EUの基準値の8pgTEQ/g湿重量を超えるものがある。市販魚の半数は、EUの基準に準拠して算出した適切な基準値(2.7 pgTEQ /g湿重量)を超過している。
肉類は国産馬肉の脂肪ベースの濃度は、71.6pgTEQ/gとなり、EUの肉類基準値の1〜3 pgTEQ/gをはるかに超過する。国産牛肉の脂肪ベースの濃度は、EUの基準値の3 pg TEQ/gに接近するが、輸入牛肉は基準値よりもかなり低い。豚肉については国産品と輸入品のいずれもEUの基準値1 pg TEQ/gよりも低い。鶏肉は、「皮無し」はEUの基準値の2 pgTEQ/gを超過し、「皮付き」はかなり低い。
穀類、野菜、果実類の汚染濃度は、動物性食品に比べて低い。ホウレンソウ、コマツナなどの緑黄色葉菜類の濃度は、植物性食品の中で高い傾向にある。
■ダイオキシン類の超ビッグ汚染源としての製造残渣
昨年度のダイオキシン国際会議で発表された2つの論文を紹介したい。
HCH(ヘキサクロロシクロヘキサン、BHC 有機塩素系)は第二次大戦後世界中で最も多用された殺虫剤だが、1940〜50年代は主としてHCH異性体混合品(工業用製品)が使用された。1950年代以降は散布された穀物、果実、野菜などは異臭味がするため、主にγ-HCHの「リンデン」が使用された(高残留性等のため71年禁止)。
世界各国におけるHCH製造残渣は、ドイツで約50万トン、日本は約7万トンで、今問題になっているPCBの5万トンよりはるかに多い。
全世界におけるHCH廃棄物のストックパイル(堆積貯蔵量)の推定量は、歴史的な情報から推定される初期のストックパイルは160-190万トン、リンデンの生産量から推定されたストックパイル(リンデンの生産量の8倍)は480万トンといわれている。
HCH廃棄物リサイクル製造残渣中のダイオキシン類濃度は超高濃度であり、これまで最高とされていた2,4,5-T(ベトナム枯葉剤成分)製造残渣中の濃度に匹敵する。7万トンのHCH廃棄物がリサイクルされたドイツのハンブルグでは、2工場からの数千トンの製造残渣や活性炭が排出され、埋め立てられた。
ドイツの例を参考にすると、日本のHCH廃棄物のリサイクルによる製造残渣等に含まれるダイオキシン類量は全体で数トンTEQもの莫大なものになると推定される。
東京都北区の700m四方のダイオキシン類汚染地の場合は、塩化ナトリウム(カセイソーダ)の電気分解処理汚泥中のダイオキシン類汚染、またHCH製造工場もあったことなどが分かっている。71年に2,4,5-T系除草剤が全国53箇所に27トンも埋められていることなど、製造残渣によるダイオキシン汚染の問題は大きい。こういう汚染を少なくしていくのがこれから重要だと思う。
セベソ事故31年 ダイオキシンの人の健康への影響
パオロ・モカレッリさん(ミラノ・ビコッカ大学教授)
■事故の概要と初期に分かったこと
セベソはイタリアの北部、ミラノの近くにある人口1万人の町。1976年7月10日、イクメサ化学工場で事故は起きた。
トリクロロフェノール(用途:殺菌剤、防かび剤、防汚剤)の合成中に、温度が高くなり過ぎたためだ。反応器の中には、エチレングリコール3,285kg、キシレン600kg、1,2,4,5-テトラクロロベンゼン2,000kg、水酸化ナトリウム1,040kgが入っていたが、ほとんどが外に漏れ出した。トリクロロフェノールと一緒に、大量のダイオキシン(TCDD:テトラクロロジベンゾパラ-ダイオキシン)が発生し外へ出たと考えられている。最大30kgではないかと試算されている。
しかし、事故当時はそのような物質が生成されたということは分からなかった。数日後、ウサギやさまざまな動物が被害を受けていた。10日後にはダイオキシンの被害が生じていたということである。当時、血中のダイオキシンを測定できる手法はまだなくて、土壌中を測る方法しかなかった。最初の数週間で、土壌中のTCDDの汚染濃度によって、一番高いのがAゾーン、次はBゾーン、その次はRゾーンと定義された。
避難したのはAゾーンから800人、Bゾーンから5,000人、Rゾーンから32,000人となっている(Aゾーンの汚染度はBゾーンの100倍)。
その当時、TCDDの急性毒性のみが知られていた。種によって感受性が違うことは分かっていたが、人への毒性量は分かっていなかった。
国際委員会で、住民への健康影響、土壌汚染、動物実験など調査が行われたが、住民の検査(例えば血清検査)は無料で行われた。9月になって、重症のクロルアクネ(塩素座瘡)の子ども達がたくさん出てきた。
1984年に出た報告書によると、クロルアクネはTCDD汚染による臨床的な変化に過ぎないということであった。また、小児科、内科、神経科において健康問題と、TCDD汚染との相関関係はないと結論づけられた。また、自然流産、周産期の死亡、低出生体重、先天性奇形の顕著な過多はないとも結論づけられた。しかし、これらは科学的に十分な根拠に基づくものだろうか。
調査には欠けているものがあった。それは初期の段階での曝露のレベルのデータである。住んでいた所によってひじょうにレベルが違っていたが、裏庭で動物が死んでいた等の間接的な情報しかなかったのである。
1987年にアメリカCDCがベトナム戦争の退役軍人の血中ダイオキシンを測定し、ようやく血中ダイオキシンの測定が可能になった。ミラノのデシオ病院では1976年以来、約30,000の血清試料を冷凍保存していたので、それを使ってやっときちんと分析できるようになった。
Aゾーンのデータの中から20人を無作為に抽出して分析したデータだが、クロルアクネのあった人の中に、ひじょうに高い値の人がいる。中にはTCDDの値が56,000pptもあった人がいるが、この値は史上最高の値である。高い値であっても、直接それで死ぬわけではないこと、クロルアクネがある人の中に低い値の人もいるし、高い値の人の中にクロルアクネがなかった人もいること(クロルアクネは曝露の指標ではないこと)がわかった。
■出生時の性比
通常は女児対男児の出生比率は、100対106(0.486:0.514)である。このデータから、男性のTCDD曝露は男児出生率の低下をもたらすこと、女性のTCDD曝露は男児出生率の低下に影響しないことが分かる。
また、父親の曝露時のTCDD濃度が80ppt未満(体重1kgあたり16ng未満)で男児出生率が低下する。男性の生殖系はダイオキシンの作用に対する感受性が極めて高い(ラットと同等)ことが分かる。前思春期〜思春期年齢は感受性が極めて高い。
前思春期〜思春期年齢での曝露は恒久的な影響を及ぼし、成人での曝露は短期的影響を及ぼすことが裏付けられた。
父親のTCDD平均濃度は、ラットの精巣障害を誘発する濃度と同量(胎内又は授乳時の曝露)で、この値は現在の先進工業国民の平均曝露レベルの約20倍である。
■小児期でのTCDD曝露と歯の異常
以下のことが分かった。
・エナメル質形成不全や歯の欠損を引き起こす
・歯根奇形や歯原性嚢胞など、その他の形成不全の原因にはならない
・この結果は、「ヒトの発達過程にある組織はダイオキシンに対する感受性が高い」という仮説を裏付ける
■セベソ調査から推測されるTCDD曝露の影響(まとめ)
・肝臓や免疫系に対する深刻な影響はない
・父親を通して出生児の性比を変化させる
・男性の生殖系に影響する
・子宮内膜症リスクを高める
・月経周期の遅延を引き起こす
・いくつかの歯科形成不全を誘発する
・クロルアクネを誘発する
・発がん性(乳がんのリスクは2倍。死亡率は、男性:直腸がん2.4倍、肺がん1.3倍。男性・女性:ホジキン病4.9倍、骨髄性白血病3.8倍など)
・子どもへの「毒性」が強い
■セベソの経験から得られた教訓
こういった研究が可能になったのは住民の協力があってこそということを申し上げたい。事故から30年経っているが、70%を超える調査への応諾率がある。子宮内膜症には900人、精子運動性については300人の協力が得られている。
セベソ事故によって、世界における環境に対する視点・重要性が抜本的に変わった。現在の生態学的問題は、過去の事例とはまったく異なっていることがわかる。
というのは、人間は技術力をもって環境を変える力を手にした。しかし、それを制御できるのは政治の力のみである。
住民への教育、倫理意識と責任感を高めることが重要だということが、セベソの事故からも住民のコンプライアンスの高さからも分かると思う。
また、人間は今、人類史に例を見ないほど技術力を手にすることになった。しかし、その力をどうするのかというのは我々自身にかかっている。地球の未来は、人類が何を選択するかにかかっているのだ。地球の未来は、歴史上初めて、私たちの手にゆだねられているのである。
※文中表は同フォーラムの資料集より。
(まとめ 安間節子)
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