ピコ通信/第106号
発行日2007年6月22日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 環境省が農薬飛散リスク調査検討会開催(上)
  2. 化学物質問題市民研究会10周年記念連続講演会
    脳の発達と化学物質 子どもの脳が危ない−黒田洋一郎先生 第1回 (下)
  3. 寄稿 庭木や家庭菜園・花壇の虫退治には安全な石けんを使おう−冨田重行さん
  4. 調べてみよう家庭用品−家庭用殺虫剤
  5. 化学物質問題の動き(07.05.20〜07.06.22)
  6. お知らせ・編集後記


化学物質問題市民研究会10周年記念連続講演会
脳の発達と化学物質 子どもの脳が危ない
第1回 脳神経の基礎と子どもの発達への影響 (下)

黒田洋一郎さん (東京都神経科学総合研究所)

 5月12日(土)午後1:30〜4:45、東京芸術劇場に於いて、化学物質問題市民研究会10周年記念講演会として、黒田洋一郎先生をお迎えして上記連続講演会の第1回を開催しました。おかげさまで、定員110名の会場は満員で、充実した会とすることができました。先号と今号の2回に分けて概要を報告します。(文責 化学物質問題市民研究会)


■脳のしくみと発達
 神経細胞がシナプスを介して多数つながっている「神経回路」が、認知、記憶、行動の基本です。
 脳の機能発達は、はじめに遺伝子の設計図で決められている部分(先天的。例えば母性本能など)と、生まれてから育っていく時の外からの刺激、経験(後天的)による神経回路の発達によりますが、ことにヒトの場合、後者の役割はひじょうに大きいです。
 脳を輪切りにすると、表面には神経細胞がたくさん並んでいます。これを全部数えると1,000億あって、それぞれ樹上突起、軸索を出して100兆個のシナプスで結合し神経回路を形成しています。この神経回路があらゆる行動のもとです。
 神経細胞から情報は電気信号の形で出てくるのですが、このつながり(シナプス)のところでは、化学物質(神経伝達物質)で情報を受け渡しているのです(右図)。

■化学物質が脳の情報を伝達
 脳の働きに化学物質が悪影響があるというのは、脳の働きの基本的な部分で、頭を使う時に何十種類という化学物質(正常な脳の働きに必要な物質。グルタミン酸、ドーパミン、ギャバなど)が電気の情報を一度化学物質にかえて情報のやりとりをしているのです。ですから、もし、例えばグルタミン酸と似た人工の化学物質(正常ではない物質)が脳の中に入ってくると情報伝達がおかしくなってしまいます。
 遺伝子組み換え作物で使っている除草剤は、神経伝達物質であるグルタミン酸、グリシンの有機リン化合物です(上図)。このように、遺伝子組み換え作物は、そのものの問題もありますが、そこで使われる除草剤もひじょうに問題があります。なぜアメリカで使われているかというと、その除草剤に耐性のある遺伝子組み換え作物だけが生き残って、非常に便利だからです。遺伝子組み換え作物を開発したのは、(除草剤を作っている)農薬メーカーです。
 脳の能力は無限で、原理的にはほとんど無限大に覚えることができます。しかし、それをつくり上げる遺伝子の発現や、脳を働かせている時に使っているのはすべて化学物質なので、能力的には無限大であるけれども化学物質には弱い面があります。特に、今まで脳の中に入ったことのない人工の化学物質には大変弱いのです。
 このように、脳の本質的な所には化学物質が働いている、だから脳の中に似たような人工の化学物質が入ると悪いことが起こるということは、まだ一般的に知られていません。

■記憶のしくみ
 一つの神経回路は、だいたい2,000〜3,000の細胞が繋がりあっています。これは、よくネットワークとよばれます。ネットワーク上では、すべての神経細胞が同時に興奮します。そして、1回興奮すると、この繋がりが記憶されて、次に同じものが来ると同じ興奮が起きて思い出すことができるのです。これが記憶の仕組みです。
 あらゆる情報(経験)は、脳内の神経回路として記憶されます。例えば、神経回路の興奮を抑えるような経験をたくさん積んでいると、興奮を抑える回路ができていてむやみに動いてはいけないという回路ができています。ところが多動性障害の場合は、そういう回路ができていないのです。足が不自由で歩けないというのと同じで、本人が怠けているわけではなのです。しかし、脳の中のこういう障害の場合は、外から見えません。、ADHDやLDが学校に行って初めて分かるように、むやみに動いてはいけないという状況に置いてみて、初めて分かるのです。外から見えにくいので、本人にやる気がない、怠けている、親のしつけが悪いと見られてしまうことが多いのは困ったことです。
 脳の働きの元は神経回路の活動です。例えば、人が顔と名前を結びつけて記憶する仕組みは、顔を見ると顔の神経回路が活動します。名前を聴くと名前の神経回路が活動します。同時に両方覚えるのは、顔神経回路と名前神経回路がつながって、潜在的に記憶として保持されるからです。そして、あとで顔を見ると名前を思い出すのは、顔神経回路が活性化され、つながった名前神経回路も活性化されることからです。
 違った情報、違った能力は、脳の違った場所にある神経回路が担当しています。これを脳の機能局在といいます。言葉の神経回路、社会性の神経回路はより複雑ですが、人の顔と名前の記憶と同じ仕組みで、経験による記憶・学習によってできるのです。

■ヒトの行動は神経回路の形成で決まる
 ヒトの行動は発達期の遺伝子の働き(発現)による神経回路の形成で決まる、ということを図で示します(右図)。
 遺伝子の発現・神経回路の形成には、神経活動で調節される部分と、ホルモンで調節される部分があります。ホルモンで調節される遺伝子発現は、主に先天的(本能)行動の障害に関係します。一方、神経活動で調節される遺伝子発現は、主に後天的行動(記憶、社会性)の障害に関係します。
 ヒトの脳では、記憶、言語など神経活動依存性の調節による遺伝子発現による経験でできる神経回路にもとづく後天的な行動が重要です。
 設計図(遺伝子)に描かれている脳の形は、みんな大体同じです。しかし、様々な環境からの刺激による活動で遺伝子の働きが調節されて、さまざまな機能をもつ個人ごとに違う脳ができあがります。
 異なった神経回路の形成には異なった遺伝子発現が必要で、異なった組み合わせの化学物質で調節されています。 異なった人工化学物質で、様々な遺伝子発現が攪乱される可能性や、異なった神経回路の形成異常により、様々な行動異常が起こる可能性、色々なパターンの行動異常が起こる可能性があります。しかし、その対応関係はよくわかっていません。生殖系、免疫系でも同じ原理で、さまざまな異常がおこることが考えられます。

■エピジェネティックがトピックに
 今、トピックとなっているのは多世代への影響です。エピジェネティック(エピ:後、ジェネティック:遺伝子。遺伝子配列の変化を伴わない遺伝子の発現調節)といって、遺伝子そのものの変化よりも、化学物質など環境からの影響で遺伝子の働きがおかしくなることによります。これは、脳だけではなく、がんや生活習慣病のように環境因子が発病の引き金をひく病気の研究での最近のトピックとなっています。分子レベルの仕組みとしては、DNAのメチル化などがあります。
 遺伝子は正常でも、遺伝子の働き:発現がかく乱されると障害が起きるというのは、環境ホルモン問題のポイントです。こういう仕組みがある限り、今は分かっていなくても生殖系、脳神経系、免疫系などにさまざまな困ったことが起こる可能性があります。今までは、病気になると遺伝子が悪いからだと言われてきました。遺伝子発現が環境因子でかく乱されると色々なことが起きるということを考えると、環境ホルモン問題は『奪われし未来』で提起されたよりもひじょうに幅広い問題となると考えられます。

■市民の健全な知恵が社会を変える
 今後、問題はより複雑になるかもしれません。しかし、基本的には、市民がこういうものは危なそうだ、あるいは学者の一部があぶなくないと言ってもやはりあぶないのではないかという、予防原則のような"健全な常識"が世の中を変えていくのではないかと思います。イギリスでは"コモンセンス"と言っていますが、"人間の知恵"のようなものです。 はじめは個人のレベルで判断してやめる、それが地域になって、社会になっていくという形でしか問題は解決できないのではないかと思ます。よくみなさんから、研究者があぶないということをきちんと証明して規制しろと言われますが、絶対にあぶないということを証明するのはひじょうに大変です。問題の解決には、こういう会でみんなで健全な知恵を働かせていただいて、こういう種類の化学物質はいらない、使わないという行動を通して変えていくより仕方がないと思います。(まとめ 安間節子)



寄稿/庭木や家庭菜園・花壇の虫退治には
安全な石けんを使おう

冨田重行さん

 緑も深くなり、草木が良く育つ園芸シーズンです。都会の中でも花や木を育てるのは気持の良いものですが、アブラムシやチャドクガ、イラムシなど害虫にも悩まされる季節です。園芸店に言われるままや、宣伝につられて安易に農薬を使用していませんか。基本的には毒をもって毒(病気や害虫)を制するのが薬です。化学物質に特に鋭敏に反応する胎児を抱えた妊娠中の女性もいたり、乳幼児もいたり、ペットも走り回っていたりする中で薬を使用するのはお奨めできません。
 庭や家庭菜園にくる害虫の多くは、昔ながらの粉石けんをお湯に溶いてかけてやれば死んでしまいます。石けん水なら手にかかっても顔にかかっても、口に入っても安全です。それでいて、効果があります。遠いところや少し高いところの虫には水鉄砲の様にして飛ばしてかけてください。
 たくさんの植物や作物で試して植物への害はありませんでした。いろいろな花や野菜で使ってみて、情報を報告してください。

■アイロン用のスプレーと石けん水のレシピ
材料:
洗濯用粉石けん(炭酸塩添加)5g〜10g
60度ぐらいのお湯 1リットル
道具:
スプレー(噴霧したり、水鉄砲にしたりできるノズルを持つもの)
方法:
 粉石けん5〜10gを1リットルのお湯に溶かして、アイロン用のスプレーに入れて虫に噴霧します。なるべくびっしょりとかけてください。お湯の方が汚れが落ちやすいように、60度くらいの温度で噴霧してやると効果が大きくなります。
注意! 必ず石けんを使うこと
 合成洗剤は植物を枯らすこともあるし、皮膚から浸透するものもあるので不可。合成洗剤の混ざったまがい品である複合石けんも使わないでください。私は「マルダイ粉石けん琵琶湖」を常用していますが、どこのものでも良いでしょう。値段の高い純石けんでも効果はありますが、むしろ炭酸塩を添加した安い洗濯用粉石けんをお奨めします。

【使ってみて害のなかった樹木や作物、草花】
ばら、梅、さくらんぼ、ざくろ、ぶどう、ゆすらうめ、さつき、なんてん、樫、椿、さざんか、みかん、きんかん、さるすべり、松、まさき、すいふよう、ばらん、おもと、じゃすみん、菊、つるにちにちそう、苺、かぼちゃ、桔梗、おだまき、ねぎ、青じそ、ミニとまと
【退治した虫】
アリマキ(アブラムシ)、チャドクガ幼虫、イラガ幼虫、蝶や蛾の幼虫、カイガラムシ、カメムシ、ハダニ、ゴキブリ、マツケムシ(マツカレハ)、アメリカシロヒトリ、蟻、蚊、ゲジゲジ(虫を退治してくれるクモにも、かかると死んでしまいます)
【治まった病気】
ばらの黒点病、さるすべりのウドンコ病
【効果のない面々】
ナメクジ、ダンゴムシ、ムカデ、ボウフラ

■なぜ虫が死ぬのか−石けん水で水死
 毒でもない石けん水でどうして虫が死ぬのでしょうか。
 昆虫類は体の側面にあるいくつもの気門という穴から空気を体内に取り入れて呼吸をしています。この穴に水が入ると呼吸ができなくなるので、油分で保護して水にぬれてもはじくようにしています。雨の中でも昆虫は平気なのですが、基本的に水は嫌いなようで、イラガやチャドクガなどは幼虫が雨に当たりにくい下の方に卵を産み付けています。
 石けんは水と油を混ぜ合わせる性質(界面活性作用)があるので、昆虫が油で保護している気門を濡らして塞いでしまうのです。昆虫の気門を水が栓をして、空気を取り入れることができないようにし、窒息させるのです。
 石けんの界面活性作用は温度が高いほど大きくなるので、噴霧しても植物の枯れない60度くらいのお湯を使う方が良く効くのです。特に濡れにくいカイガラムシなどはお湯の方が良いようです。
 直接虫にかからないと効果がないので、予防的には使えません。良く観察して虫そのものに石けん液がかかるようにしてください。白いワックスをもったアブラムシなどはしっかり濡れて黒くなるまでかけてください。裏側に液がかからずに生き残ったものがいるとすぐに増殖してきます。チャドクガの幼虫の群れにも葉の裏表からしっかりかけてください。

■残った石けんはどうなるのか
 石けんは、植物油や動物脂肪をアルカリで分解してつくります。炭素と水素の長い鎖の端にカルボン酸基がついた脂肪酸にナトリウムイオンやカリウムイオンがイオン結合したものです(脂肪酸塩)。植物油や動物脂肪のもととなっている脂肪酸には多くの種類があるので、石けんにはたくさんの種類の脂肪酸が含まれています。植物の表面に残った石けんや地面に落ちた石けんはカルシウムと結びついて脂肪酸カルシウム(いわゆる金属石けん=石けんかす)になるか、植物の分泌する酸で中和されて脂肪酸そのものに変化すると考えられます。
脂肪酸は、油脂を食べると消化器の中でも生成されるもので、腸から吸収され、体内で燃焼されます。従って、石けんに使われる脂肪酸や脂肪酸塩は普通の食事で食べられるものなので、特に大量に摂取しなければ健康影響はないとみなされています。
 流れて土に落ちてできた金属石けんは微生物の栄養源となって分解していきます。
 合成洗剤はかすにならずにいつまでも界面活性作用が持続されるために、細胞内に浸透しやすく、細胞膜の機能や細胞内の機能に影響を及ぼす恐れがあり、危険性が高いものが考えられるため、使用をお奨めできません。

註:石けんについて
http://plaza.harmonix.ne.jp/~krand/index.html#s03(石けん学のすすめ)
合成洗剤の危険性
http://www.live-science.com/bekkan/toba/index.html(石けん百科【別館】鳥羽の海から)

■植物を元気づけるかも!?
 葉に残った脂肪酸がどうなるかについて興味深い研究があります。
 動物性油脂のラードの中にアラキドン酸という脂肪酸が含まれています。このアラキドン酸をジャガイモの下の方の葉に散布してやると、散布した葉の中のサリチル酸が増加するというものです。サリチル酸は人の医薬としても使われる事のある化学物質で、植物の病害に対する抵抗性を高める物質として注目されています。また、液のかかっていない上の方の葉にもべと病に対する抵抗性を高めたり、疫病に対する幅広い抵抗性を示したりするというものです。
これは、わずか10ppmという濃度で起こるものです。アラキドン酸はラード100gあたり約0.2g含まれているので、廃油石けんなどにも含まれている可能性があります。葉に残された脂肪酸が植物に吸収され、植物に利用されていることを示しているものです。
 また、石けん液は比較的強いアルカリ性を示します。葉の表面が酸性に傾くと発病しやすい菌類にも、その発生を抑制する可能性があります。さるすべりのウドンコ病に石けん液を何回かかけてやったところ、ウドンコ病で白変したところは回復しませんでしたが、病変の広がりを抑えることができました。ばらの葉に黒点ができて広がって、落葉してしまう病気にも石けん水をかけたところ黒点の広がりが止まり、落葉も止まりました。
安全な農薬の開発を目的として作られたカリグリーンという炭酸水素ナトリウムを主成分とした農薬がありますが、洗濯用粉石けんに含まれる炭酸ナトリウムも水と反応して炭酸水素イオンを生成することから、同様の効果があるのかもしれません。


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