ピコ通信/第103号
発行日2007年3月23日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. SAICM国内実施計画の策定とプロセスへの市民参加・公開を求める
  2. 3/4 REACH国際市民セミナー報告
    欧州の新化学物質規制REACHと日米の今後の化学物質政策のゆくえ
  3. 環境省・農水省が新通知「住宅地等における農薬使用について」を出す
  4. 湊保育園シックハウス訴訟を終えて/シックハウス被害者の会(保護者)
  5. どうなっている?製品情報/花粉症対策製品
  6. 化学物質問題の動き(07.02.20〜07.03.22)
  7. お知らせ・編集後記


SAICM国内実施計画の策定と
プロセスへの市民参加・公開を求める

SAICM とは
 国連環境計画(UNEP)が推進する 「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ」のことです。ヨハネスブルグ実施計画に定められた「2020年までに化学物質の製造と使用による人の健康と環境への悪影響を最小化する」との目標を達成するための世界規模の化学物質政策フレームワークです。
 SAICMの内容は2003年から2005年の間に、3回にわたる準備会合で議論され、2006年2月4日〜6日アラブ首長国連邦ドバイで開催された国際化学物質管理会議(ICCM)において議論の末に妥協案がSAICMとして採択されました。
 詳細は当研究会ウェブサイト:SAICM 関連情報 及び トピックス57号(2007年3月20日)

後退させられたSAICM
 アメリカは経済と貿易や国内の法規制に影響を与えないようにするために、SAICMは"自主的"なものであること、原則とアプローチの条項から予防原則など個々の原則名を削除すること、SAICMの範囲を縮小すること、等を要求してSAICMを大きく後退させました。
 これはEUのREACHにアメリカや化学産業界が干渉して後退させた構図と全く同じです。
 本年3月16日に環境省主催で開催された「SAICMアジア太平洋地域会合に向けた国内フォーラム」でUNEPのマギッド・ユヌス氏が講演の中でSAICMについていみじくも次のように述べています。
SAICMは:
 ・法的拘束力を伴うものではない
 ・新たな組織ではない
 ・既存の制度やメカニズムに置き換わるものではない

SAICM関係省庁連絡会議
 各国はSAICMの目標達成のために国内実施計画を作成するよう示唆されており、我が国ではSAICMに沿った国の化学物質管理施策の推進のためにSAICM関係省庁連絡会議が設置され、第1回会議が2006年4月17日、第2回会議が2007年1月31日に開催されたことが環境省のホームページに掲載されています。
 第1回会議では省庁連絡会議の設置要領が示され、なんと1府8省(内閣府、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産、経済産業省、国土交通省、環境省)が名を連ねています。また国内実施計画を策定すると述べられていますが、具体的な内容とスケジュールは何も示されていません。
 9ヵ月後の本年1月31日に開催されたという第2回会議においても、国内実施計画についての議論は何も報告されていません。

国内実施計画策定に市民参加を求める
策定予定あり:カナダ、独、日本、スロベニア
既存制度レビュー:オーストラリア、英、米
策定予定なし:ベルギー、デンマーク
          エストニア、フィンランド
          ノルウェー、スロバキア、スペイン
回答なし:スウェーデン
 SAICMは、その決定プロセスで現状の化学物質政策に影響を与えないようアメリカや化学産業界によって後退させられているので、「第2回会議資料7- SAICM国内実施計画に関する諸外国の動向」を見れば分るように、先進国の多くは国内実施計画作成の予定なし、あるいはせいぜい既存の制度のレビューくらいであり、SAICM国内実施計画を重要視していないことが一目で分かります。
 しかし、日本政府は第1回省庁連絡会議で国内実施計画を策定すると約束したのですから、早急に策定方法とスケジュールを発表すべきです。またその策定に当たっては、SAICMの包括的方針戦略のZ.実施と進捗の評価−第22項にあるように、関連した関係者の参加が求められます。したがって、我々は日本政府に国内実施計画策定プロセスへの市民参加と、その公開を確実にすることを要求します。(安間 武)



環境省・農水省が
新通知「住宅地等における農薬使用について」を出す

 前号で、環境省の「自治体における街路樹、公園緑地等での防除実態調査」の結果について報告しましたが、今号では書き残した部分を補足します。
 環境省はアンケート結果を踏まえ、「適切な方法による防除の徹底を図るため」環境省水・大気環境局長及び農林水産省消費・安全局長の連名による指導通知を出しました。
 通知「住宅地等における農薬使用について」(以下 新通知)の発出に伴い、「住宅地等における農薬使用について」(平成15年9月16日付け)(以下 旧通知)は廃止する、としています。(新・旧通知全文は、当会ウェブサイトの"シックスクールとCS"ページ、国の対応(環境省)に掲載しています)

■新通知の内容概略

 18消安第11607号
 環水大土発第070131001号
 平成19年1月31日
 都道府県知事・政令市長殿
 農林水産省消費・安全局長
 環境省水・大気環境局長

1 住宅地等における病害虫防除に当たっては、農薬の飛散が周辺住民、子ども等に健康被害を及ぼすことがないよう、次の事項を遵守すること。

(1)農薬使用者等は、病害虫やそれによる被害の発生の早期発見に努め、病害虫の発生や被害の有無に関わらず定期的に農薬を散布するのではなく、病害虫の状況に応じた適切な防除を行うこと。

(2)農薬使用者等は、病害虫に強い作物や品種の選定、病害虫の発生しにくい適切な土づくりや施肥の実施、人手による害虫の捕殺、防虫網等による物理的防除の活用等により、農薬使用の回数及び量を削減すること。特に公園等における病害虫防除に当たっては、被害を受けた部分のせん定や捕殺等を優先的に行うこととし、これらによる防除が困難なため農薬を使用する場合には、誘殺、塗布、樹幹注入等散布以外の方法を活用するとともに、やむを得ず散布する場合には、最小限の区域における農薬散布に留めること。

(3)農薬使用者等は、農薬取締法に基づいて登録された、当該防除対象の農作物等に適用のある農薬を、ラベルに記載されている使用方法(使用回数、使用量、使用濃度等)及び使用上の注意事項を守って使用すること。

(4)農薬使用者等は、農薬散布は、無風又は風が弱いときに行うなど、近隣に影響が少ない天候の日や時間帯を選び、風向き、ノズルの向き等に注意するとともに、粒剤等の飛散が少ない形状の農薬を使用したり農薬の飛散を抑制するノズルを使用する等、農薬の飛散防止に最大限配慮すること。

(5)農薬使用者及び農薬使用委託者は、農薬を散布する場合は、事前に周辺住民に対して、農薬使用の目的、散布日時、使用農薬の種類について十分な周知に努めること。特に、農薬散布区域の近隣に学校、通学路等がある場合には、当該学校や子どもの保護者等への周知を図り、散布の時間帯に最大限配慮すること。公園等における病害虫防除においては、さらに、散布時に、立て看板の表示等により、散布区域内に農薬使用者及び農薬使用委託者以外の者が入らないよう最大限の配慮を行うこと。

(6)農薬使用者は、農薬を使用した年月日、場所及び対象植物、使用した農薬の種類又は名称並びに使用した農薬の単位面積当たりの使用量又は希釈倍数について記帳し、一定期間保管すること。

2 農作物等の病害虫を防除する際に、使用の段階でいくつかの農薬を混用する、いわゆる現地混用については、散布労力の軽減等の観点から行われている事例があるものの、混合剤として登録されている農薬の使用とは異なることから、農薬使用者等は、以下の点に注意する必要がある。(以下 省略)

3 (混合剤および現地混用 省略)

4 (現地混用に関する情報提供 省略)

5 農薬の使用が原因と考えられる健康被害の相談が住民から貴自治体にあった場合は、貴自治体の農林部局及び環境部局をはじめとする関係部局(例えば、学校にあっては教育担当部局、街路樹にあっては道路管理担当部局)は相互に連携し、必要に応じて対応窓口を設置する等により、適切に対処すること。

■新通知の問題点

1.旧:「農薬は、飛散することで人畜に危害を及ぼすおそれがあり、近年、学校、保育所、病院、公園、街路樹、住宅地周辺の農作物栽培地等において使用された農薬の飛散を原因とする住民、子ども等の健康被害の訴えの事例が多く聞かれるようになっている。」
新:「農薬は、適正に使用されない場合、人畜及び周辺の生活環境に悪影響を及ぼすおそれがある。」
旧通知では、健康被害の訴え事例が多いと認めているが、新通知では無くなっている。また、旧通知の「危害」は「悪影響」へと変わっている。
 さらに、新通知では「適正に使用されない場合」が加わり、悪影響(危害)があるケースは限定的となっている。

2.旧:「学校、保育所、病院、住宅地に近接する公園等の公共施設内の植物、街路樹及び住宅地に近接する森林等における病害虫防除については、病害虫の発生や被害の有無に関わらず定期的に農薬を散布することを廃し、」
新:「農薬使用者等は、病害虫やそれによる被害の発生の早期発見に努め、病害虫の発生や被害の有無に関わらず定期的に農薬を散布するのではなく、」と、新通知は、旧通知からトーンダウンしている。

3.旧:「学校、保育所、病院、住宅地に近接する公園等の公共施設内の植物、街路樹及び住宅地に近接する森林等における病害虫防除については」と、「住宅地内及び住宅地に近接した農地(市民農園や家庭菜園を含む。)において栽培される農作物等の病害虫防除に当たっては」との二つに分けて、それぞれについてきめ細かい指導が書かれている。
新:単に「農薬使用者等は」と、一本になっている。

4.新:「使用の段階でいくつかの農薬を混用する、いわゆる現地混用について」の指導について、5項目のうち3項目を割いて書かれている。旧通知では記述がない。

■新通知が出された本当の理由は?

 新通知よりも、旧通知のほうが論理が明快で分かりやすく、しかもきめ細かく、新通知は後退していると評価します。「現地混用への注意」にかなりのスペースを割いているのも、「農薬は正しく使えば安全」という基本認識に立ってのことと思われます。なぜ農薬散布による健康被害が起きているのかについて、「適正に使われていないから」との認識に立っているようで、農薬そのものが有害で、飛散・ミストの拡散は避けるのが困難との認識はないように思われます。
 そもそも、なぜ旧通知がありながら、新たな通知を出す必要があるのでしょうか。新通知の中で、自治体アンケート調査の結果、一部自治体において不適正な事例が見られたからとしていますが、それならば旧通知の徹底、補足で足りるはずです。また、旧通知よりも徹底した内容の通知が出されるのが当然ではないでしょうか。
 そうではないのは、旧通知への農薬工業会や農業団体からの風当たりが強くて、トーンダウンしたものを改めて出さざるを得なかった、と想像するのは考え過ぎでしょうか。
 3月、反農薬東京グループの呼びかけに当会も賛同して、環境省に対して、通知「住宅地等における農薬散布について」と「農薬吸入毒性評価手法確立調査」、および2月5日に公表された「モニタリング調査結果概要報告」に関しての質問状を送り、3月20日に回答がありました。詳しくは、当会ウェブサイトの"当会の意見"ページをご覧ください。(安間節子)


湊保育園シックハウス訴訟を終えて
湊保育園シックハウス被害者の会/保護者

 湊保育園シックハウス被害者の会は裁判所の和解勧告に応じ、平成19年(2007年)1月19日堺市、建設会社の2者と、2月16日設計事務所と和解し、長かった裁判を終えました。

新園舎から高濃度トルエン、しかし開園
 この事件の舞台となる湊保育園は、元々公立の保育所でした。しかし、堺市が行財政改革で打ち出した「公立保育所の民営化」により、平成14年(02年)4月、民間保育園となりました。
 それに伴い、堺市に二つある公立保育所の湊保育所とG保育所では、新園舎が建築されることになり、その間、仮設園舎への移転が決まりました。ところが、先に移転したG保育所では、平成13年(01年)夏ごろ、仮設園舎のホルムアルデヒド汚染問題が発生し、園児や先生方にシックハウスの症状が現れました。後に保育士に対する労災認定が下り、世間を騒がせました。
 私達、保護者は同じ市内の公立保育所で起こった「シックハウス問題」により、それまで以上に敏感になり、自分達も安易に考えてはいけないという自覚を持ち、市や法人に対し細かい「シックハウス対策」の要望をしました。
 再三お願いした甲斐もあり、仮設園舎ではシックハウスの発生を防ぐことが出来、無事 数ヶ月の間を元気に子ども達は過ごすことが出来ました。
 しかし新園舎が完成し、平成14年3月末に新しい園舎で室内空気濃度測定をしたところ、トルエンが国の定める指針値の約12倍検出されました。それにも関わらず、堺市は開園を許可し、同年4月、湊保育園は開園しました。

多くの園児がシックハウス症候群に
 入園後、園児達の体調不良が出始めました。咳、鼻水、鼻血、目のかゆみ、目の下のくま、頭痛、目の充血、喘息の発症、腹痛、発熱、倦怠感など症状は様々でした。
 7月には全園児がシックハウスの健康診断を受けました。その結果、当時で19名の園児が「シックハウス症候群」であると診断されました。
 その後、トルエンの発生原因が、床のコルクタイルを接着する際に使用された接着剤であることが判明しました。8月中までは室内空気濃度測定により高濃度トルエンが検出され続けましたが、吸着マットの使用により9月からは濃度は低減。12月には園内全室の床の張り替え工事が完了し、トルエンの発生はおさまりました。

調停不調そして裁判に
 私達は平成15年(03年)7月、堺市、建設会社、設計事務所の3者に対し、
 1.事件の経過、事実の公表
 2.開園を許可した責任、建材の吟味を怠った責任
 3.園児への謝罪
などを求めて、調停を起こしましたが不成立となり、平成16年(04年)4月21日裁判に踏み切りました。
 事件から早4年が過ぎ、当時一番年長だった5歳児の子ども達はこの春、小学校5年生になります。当時生まれて数ヶ月だった0歳児の子ども達は、保育園年長組の5歳児に。
 今もなおシックハウスの症状で苦しんでいる子どもは、たくさんいます。
 新しい建物・乗り物に乗ると顔を蒼ざめ頭痛を訴える子、鼻血が数十分止まらない子、喘息が悪化し今も通院を続ける子、空気の通わない部屋に入ると呼吸が苦しくなる子、排気ガス・タバコ・芳香剤・殺虫剤などの臭いを嗅ぐと気分が悪くなり体調を崩す子どもなど、症状は様々です。
 裁判を起こしている間にどんどん症状が悪化し、「化学物質過敏症」と診断された子どももいます。勿論、改善に向かっている子どももいますが、目に見えない将来への不安に親たちは本当に心を痛めています。

社会への問題提起を
 今回の和解事項の一部を紹介すると、
市とは
・被告は、今後も児童のシックハウス問題に対する取り組みに一層努める
・保育所等における施設管理や運営上においても、個々の児童の実情に応じた配慮に留意する

建設会社・設計事務所とは
・被告は、今後一層、室内空気環境汚染対策に努める、などがあります。
 今回の和解は、ただ自分たちさえ納得できればいいと私達が考えた、というふうには捉えていただきたくないのです。
 将来の子ども達のために、社会問題にもなっている空気汚染や化学物質汚染問題にどうしたら大人達が目を逸らさず向き合い、また子ども達を守っていけるのか。
 そんな「社会的提議」ができ、「社会的意義」を残せる裁判にしたかった。
 残念ながら、私たちの子ども達の健康は戻ってくるのか戻らないのか分からない。
 親としての本心を言えば、子ども達の健康を返して元の元気な身体にして欲しいとだけを願うのが本当です。ただ、それが現実的にできないのなら、意味のある裁判にしたかった、という思いでいっぱいです。

和解に籠めた私達の願い
 宝である子ども達の未来を、大人たちが勝手に奪ってはいけないと思います。元気で笑顔いっぱいの子ども達を、大人たちの軽率な判断で奪ってはいけないと思います。
 和解の文言にあるように、行政はもっと真剣にシックハウス対策に取り組み、子ども達が安心して過ごせるような社会づくりをしていただきたい。
 建設会社や設計事務所にも、今後二度と同じような失敗を繰り返さないように、利用者の視点にたって「ものづくり」に取り組んでいただきたいと思います。
 最後になりましたが、全国各地でシックハウスに苦しんでいる人達への小さくてもいい、「力」になれる和解でありますように。早く元気になって健康な身体を取り戻せますように。そして、私たちの子ども達にも明るい未来がありますように、と願いをいっぱい込めて終わります。


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る