1/13 群馬県主催シンポジウム
シックハウスと有機リン問題の最前線
1月13日、群馬県前橋市で開かれた群馬県主催のシンポジウム「シックハウスと有機リン問題の最前線」に参加しましたので、その内容の一部を報告します。
ピコ通信95号(06年7月発行)でも報告したように、群馬県は昨年6月に、全国で初めて有機リン農薬のラジコンヘリによる空中散布の自粛を農業団体に要請し、中止が実現しました。10団体のうち、8団体がラジコンヘリ散布をやめ、2団体が他の農薬に切り替えたということです。
群馬県知事あいさつ
小寺弘之さん
昨年春頃、有機リン農薬のラジコンヘリ散布の中止要請の手紙を、市民の方から受け取った。日本の行政は、これまで水俣病、HIV、アスベストなど、ある程度科学的に分かっていても皆が100%駄目と言うまでは対策を取らないまま放置して、責任を取らないできた例が数多くある。特に環境問題はすぐに目に見える形で現われない。
手紙を受け取って、有機リンについて、○か×か△か色々調べてみたところ、止めたほうがいい方に近い△であることが分かった。農業者の立場はよく分かるけれども、人の健康はより大事なことであるから、農業県としても考えなくてはいけない。それで、農業者のみなさんに自粛をお願いした次第である。
シックハウス症候群と有機リン系化学物質
青山美子さん(青山内科小児科医院)
(患者さんたちの症状のビデオ上映の後)
住宅金融公庫の融資の条件に、シロアリ消毒をすることが入っていた。平成14年にシロアリ防除の農薬クロルピリホスは禁止になったが、シロアリ防除の農薬で汚染された家が既に500万戸もできてしまった。1戸に4人家族が住んでいると、2,000万人の患者さんがいることになる。クロルピリホス汚染の家に住んでいる患者さんの中に、ひじょうに重篤な化学物質過敏症が発生している。
クロルピリホスは塩素がついた有機リン系農薬。クロルピリホス中毒はひじょうに治りが悪い。ところが平成8年頃から、シロアリ消毒をしていない家に住んでいて有機リン中毒になる患者さんが増えてきた。そういう患者さんの家を調べてみると、壁は塩ビの壁紙、畳は防虫畳で、塩ビの中に含まれる有機リン系可塑剤、難燃剤、畳の殺虫剤が原因と思われる。例年、ラジコンヘリによる有機リン散布が行われる7月から8月は、私の病院には大勢の患者さんがつめかける。ところが、散布が中止された今年はそれがなくて、患者さんは10分の1に激減した。
平成9年の自殺者数は2万3,000人、ところが10年の数は3万3,000人で1万人も急に増えている。バブルが崩壊した4〜5年後であるし、これはおかしい。ちょうど同時期、ラジコンヘリによる農薬散布が急増している。農水省が補助金をつけて推奨したからだ。私はラジコンヘリによる有機リン散布が自殺者が急増した原因だと疑っている。有機リンはセロトニン(注)の代謝にまで影響を及ぼすということを石川先生(北里研究所)が言われているが、セロトニンが神経系に与える影響によってうつ病が起こるという論文が続々と出ている。
(注)脳内神経伝達物質の一つ。ドーパミン、ノルアドレナリンなどの情報をコントロールし、精神を安定させる。
有機リンの慢性毒性について
木村博一さん(国立感染症研究所感染症情報センター第6室長)
我々の体は元素、さらには分子が集まって細胞を作り、さまざまな生命現象を発現させている。細胞の中では数千の化学物質が整然と化学反応を行っている。きちんとした化学反応が行われなければ生命体としての働きが損なわれるということになる。
これら数千の物質がどのような代謝(生命体の中で行われる物質の分解と合成)の経路をたどるかという代謝マップを示すと、このように畳1畳分くらいの広さになる。代謝は酵素というたんぱく質によって精密にコントロールされている。これがかき乱される、あるいはおかしくなると病気になると考えられる。
体に取り込んだ物質は毒性が低くても、代謝されて毒性の強い物質に変わるということも多々ある。有機リンは、急性毒性として、アセチルコリンエステラーゼ(注)のような酵素を直接阻害するという毒性が上げられる。有機リンが分解される時に、代謝産物と、それとは別に活性酸素という有害産物が出来てくる。 代謝された物質には毒性を持つものが相当あるだろう。さらには、代謝産物はひじょうに長い間体の中に留まるという問題がある。それは代謝産物の中には、分解されにくい物質が多いからである。その結果、体の中でこれらの物質に長い間被爆することになる。これがおそらく、慢性毒性の主な説明になると思う。
有機リンを分解したり、代謝物や活性酸素を分解する酵素が人間の体には約100種類あると言われている。つまり、有機リンを体の中で分解するには、相当数多くの酵素が関与していて、その酵素が多い、少ないということが毒性にも影響してくるだろう。遺伝学的な個体差によって、そのような酵素の出来具合が違ってくる。
(注)神経伝達物質アセチルコリンを分解する酵素
群馬県衛生環境研究所における有機リンの毒性に関する研究
加藤政彦さん(群馬県衛生環境研究所感染制御センター長)
1950年代以降、有機リン問題に関する医学文献は約5,000件も報告されている。それだけ多くの問題が存在したことを示している。現在も、世界中で毎年、数百万人が有機リン中毒になっていると報告されている。多種化学物質過敏症(MCS)の原因物質のうち、重症患者の発症原因を調査したところ、農薬の曝露が34%であった(タバコの煙33%、自動車排ガス26%)。
有機リン農薬による神経障害については、有機リンがアセチルコリンエステラーゼ酵素に結合して、アセチルコリンの代謝を阻害、正常な神経伝達を障害する。その結果、さまざまな中毒症状が起きる。
有機リン農薬の障害の種類と時期については、曝露直後〜1日:急性中毒、数日〜1週間:中間症候群(突然の呼吸停止、致死的な心筋障害)、1週間〜数週間:遅発性障害(弛緩性麻痺、予後不良)、1年〜数年:慢性毒性となっている。
有機リン急性中毒の後遺症を調べた研究では、記憶力、抽出能力、運動反応に異状が認められた。米コロラド州農業従事者の調査では、急性中毒後、うつ症状が出現する可能性が高かった。有機リン遅発性障害は、主に手足の脱力と運動失調、その後の麻痺をもたらすし、一般に農薬曝露の2〜3週間後に起きるという報告がある。
慢性中毒に関する研究では、フェンチオン散布従業者(平均曝露期間10.5年)に記憶力や脳波に軽度障害が認められたという研究。果樹園男性農業従事者について、長期高曝露群で読み取りテストの結果に反応時間の遅延が見られた。フランスのぶどう農家作業者(平均曝露期間22年)では、低濃度であっても長期の認識能力の低下が見られた。エジプト綿花畑の有機リン長期曝露者には、視覚障害だけではなく、言語抽出力、注意力にも障害を与えている可能性があったなどが報告されている。
我々のネズミの神経細胞を使った研究では、有機リンあるいはピレスロイド系、ネオニコチノイド系の農薬は神経様細胞の突起伸張を抑制する結果が得られ、神経の発達を阻害する可能性が認められた。また、健康人の血液の単核球(リンパ球と単球)を使った研究では、有機リン農薬は免疫細胞がつくるサイトカイン(注)の量を減少させることが認められ、免疫能を抑制する可能性が考えられた。
ぜんそくに関する研究が10万件もあることを考えると、有機リン研究が5,000件であるのはまだまだ少ない。臨床医学、社会学を含め各分野において今後さらに研究の継続が必要である。
(注)免疫/生体防御、炎症/アレルギー、発生・分化(形態形成)、造血機構、内分泌系、神経系に直接的あるいは間接的に関与する細胞間情報伝達分子。
(まとめ 安間節子)
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