ピコ通信/第97号
発行日2006年9月25日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 「どうする化学物質管理のあり方市民からの提案」Tウォッチ/シンポジウム>
    ◆講演「これからの化学物質管理の方向」
     浦野紘平さん(横浜国立大学大学院教授)
    ◆化学物質管理のあり方についての市民からの提案
     中下裕子さん(ダイオキシン環境ホルモン対策国民会議事務局長)

  2. 経産省化学物質政策基本問題小委員会 第4回のトピックスと当会の意見
  3. 厚労省科研費研究/微量化学物質によるシックハウス症候群の病態解明、診断、治療対策に関する研究−1
  4. 海外情報/家庭での殺虫剤ピレスロイドの使用は子どもへの食物以外からの暴露源
  5. 化学物質問題の動き(06.08.26〜06.09.25)
  6. お知らせ・編集後記


経産省化学物質政策基本問題小委員会
第4回のトピックスと当会の意見

 2006年8月30日に開催された第4回小委員会を傍聴したので、事務局の説明及び討論の概要を紹介します。第1回と第2回の内容については94号(06年6月発行)、第3回については95号(06年7月発行)をご覧ください。

第4回の議題
 (1)前回の議論を踏まえた論点整理
 (2)情報伝達の仕組み
 (3)その他

第3回小委員会指摘事項への回答等
1. MSDSの記入状況について(事務局資料 )

◆記載の欠けている項目
 多くはないが、「暴露性」に関わる情報や、「製品名、含有する化学物質の名称、政令上の号番号、種類、含有率」の欠如を挙げる事業者が相対的に多い。

2.アスベスト問題の政府の過去の検証について
 中地委員による前回の質問、「"リスクベースのアプローチ"はアスベスト問題が現実に発生したことをどのように説明するのか」という問いに対し、事務局はアスベスト問題に関する環境閣僚会議会合資料(2005年9月20)を引き合いに、次のように回答した。

◆検証結果全体としては、それぞれの時点で当時の科学的知見に応じて関係省庁による対応がなされており、行政の不作為があったということはできないが、当時においては予防的アプローチ(完全な科学的確実性がなくても深刻な被害をもたらすおそれがある場合には対策を遅らせてはならないという考え方)が十分に認識されていなかったという事情に加えて、個別には関係省庁の連携が必ずしも十分ではなかった等の反省すべき点も見られた。

◆当研究会の意見
 この説明は、その時点の科学的知見に応じてリスクベースで管理しても、重大な結果を引き起こすことがあるので、ハザードベースに基づく予防的アプローチが必要なケースがあると国は認めたことになる。

◆城内委員提出資料の一部
 アスベストによる被害がこれほどまでに大きくなっているのは、労働者はもちろんのこと一般の人にもアスベストが悪性中皮腫や肺がんの原因物質であるということを知らせなかったからである。アスベストの災禍を教訓に、「化学品の危険有害性をそれを取り扱う人に伝えること(ハザードコミュニケーション)が事故や健康障害を防止するために最も基本的で重要なことである」ということを再認識する必要があろう。

3.ハザードベースの規制」と「リスクベースの管理」について
3.1 用語の説明
◆「リスクベースの管理」
【第3回資料8 頁1】
 リスクの概念を導入すると、一般的にはハザードの強い物質であっても、人・環境への暴露量が十分に小さい時にはリスクは小さいと判断でき、リスクに応じた管理の下での使用が可能となり、逆にハザードが小さい物質であっても、人・環境への暴露量が十分に大きいとリスクが大きいと判断することとなり、リスクに応じた管理が求められるようになる。
 リスクベースでの管理を行う場合、まず製造・輸入量等暴露情報を先に把握した上で、暴露可能性の多い物質から順にデータ取得を行い、かつ暴露可能性の多い物質ほど取得すべきデータの種類も増えることとなる。

◆「ハザードベースの規制」
【第3回資料8 頁1】
 ハザードベースでの規制を行う場合は、製造・輸入量にかかわりなく、一定の信頼性のある安全性データの取得を優先的に行い、ハザードが明らかになった物質に関して製造量・輸入量等に規制をかける。
【第1回資料5 頁13】
 化学物質の市場導入段階は、主に化審法(特定の有害化学物質の製造・輸入を規制する、いわゆる蛇口規制法)で管理されている。

3.2 両者の関係について
◆「ハザードベースの規制」とは、化学物質の有害性の強さのみに着目し、製造、輸入、使用の禁止を含む制限措置を講ずること

◆「リスクベースの管理」とは、暴露の考慮されたリスクの大きさに基づいて、製造、輸入、使用(加工)、廃棄の段階での管理措置を講ずること

 なお、各国の規制体系毎にその制度上の濃淡は異なるものの、「ハザードベースの規制」と「リスクベースの管理」は二者択一の考え方とはなっておらず、実際の制度設計に当たっては、各国の実態に即して、製造・輸入段階での蛇口規制と使用段階での管理という、それぞれの特徴を活かした最適な組合せを検討することが重要と考えられる。

◆当研究会の意見
 どこに最適な組み合わせを置くかが攻防となる。企業側はリスク許容のより大きいところを求めようとするが、我々市民・NGOはリスク許容のより小さいところを求める。

第4回テーマ:情報伝達の仕組み

 下記内容について事務局の説明及び産業側委員からのプレゼンテーション、及び委員による討論が行われました。詳細については、この小委員会のウェブサイトをご覧ください。
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/07/a25.htm

1.テーマ:情報伝達の仕組み等
 サプライチェーン全体にて化学物質の管理を促進するために必要となる、安全性情報やリスク評価結果のサプライチェーンへの伝達を促進する上での政策的課題に関する議論
◆化学物質管理の全ての基盤となる化学物質の有害性情報等に関し、これを国際的に整合性がとれた形で分類し、伝達・表示する方策はどうあるべきか。

◆さらに、リスク評価結果・管理手法についても、サプライチェーン上の事業者間で伝達し、共有できる仕組みをどのように構築すべきか。

2.検討すべき論点(事務局案)
(1)有害性情報等の分類・伝達・表示はどのように進めるべきか
 化学物質の分類と表示に関する国際的調和を目的としたGHSは、どのように導入すべきか

(2)サプライチェーン上の事業者間で共有すべき情報とは何か
 サプライチェーン上の
 ●川上事業者から、川中・川下に伝達すべき情報
 ●川中・川下事業者から、川上に伝達すべき情報
 には、どのようなものがあり、それらはどのような仕組みの下で伝達されるべきか

(3)サプライチェーン上における情報伝達・リスク評価の実施・リスク削減策の共有は、関係者間で、どのような役割分担・責任分担で進めるべきか
 サプライチェーン上において、事業者レベルでリスク評価を行うに当たり、評価に必要な情報(用途情報、取扱情報、暴露情報等)の内容や程度はどのようなものか
また、それら情報はどのように得られ、さらに評価結果やリスク削減策等はどのようにサプライチェーン上で伝達されるべきなのか
(文責:安間 武)


厚労省科研費研究
微量化学物質によるシックハウス症候群の
病態解明、診断、治療対策に関する研究−1

 厚生労働省の科学研究費によるシックハウス症候群、化学物質過敏症についての病態・診断・治療に関する研究が石川哲先生(北里研究所病院臨床環境医学センター)を中心に続けられ、このほど平成15年度〜17年度の報告書が公表されました(注1)。また、これとは別に平成17年度報告書も公表されました。
 今号では、前者について、研究全体の紹介の部分について概要を紹介します。次号からは引き続き内容紹介をしていく予定です。
 (注1):平成15年度〜平成17年度 厚生労働科学研究費補助金 健康科学総合研究事業「微量化学物質によるシックハウス症候群の病態解明、診断、治療対策に関する研究」給括・総合研究報告書
(文責 化学物質問題市民研究会)

■研究要旨

 室内空気汚染により発症する健康障害の病態解明、診断及び治療に関する研究は、平成12年度から行われ、今日に至った。班員は医学、建築学、疫学、化学分野の専門家であり学際的メンバーにより行われた。
 シックハウス症候群(SHS)は、毒物による急性中毒とは異なり慢性摂取で主に室内での化学物質による長期接点がある。「低用量曝露過敏性症候群」の範疇に入り、我々はこれを2002年にLow−dosage Exposure Sensitivity Syndrome:LESS としてまとめた。本症は訴えが多彩で自覚症状のみで直ちに診断を下すのは難しく、化学物質過敏症(MCS)との重複もある。
 後者についてはC.Miller及びN.Ashfordらの提唱によるMCS患者発見のための調査票QEESI(石川・宮田日本語版1999年)を利用し、患者診察の際使用し基本的な診断上有用である。日本のQEESIデータの研究は、国際的にも評価され、海外の雑誌に採用され出版された。
 この班の研究は極めて多岐に渡るが、仙台で行われた長期追跡例の結果を一部記すと、SHS患者は明らかに室内の化学物質濃度が対照に比べ高値を示していた。症状は家の対策と共に医師による治療により改善する例が多いことも判明した。今回の長期経過観察から、乳児期にSHSを発症し、その後家の改善に余り熱心でない家庭の子供の若干名は発育し、思春期に近づくと共に、心理テスト、他覚的検査法等で神経系のトラブルが発生している症例もあった。

◆石川・角田らは、有機リン系殺虫剤がSHSの発症に影響したと考えられる3症例の経過に関する調査研究を紹介した。
 シロアリ駆除を基本する室内汚染の結果生じた可能性が強い。他覚的検査として脳内酸素モニター利用の起立・起座試験および異常、ガス負荷前後の同様検査の異常、眼球追従運動、ウエクスラー式児童用知能検査を用い長期追跡を行った。
 幼児期発症例は、思春期前後に症状改善なく悪化する例がある。それらの例が紹介された。

◆坂部らによると、SHSの診断には眼球運動検査が不可欠である。動く視標を注視する追従性眼球運動検査(SPM)で、その神経伝達経路である視覚一大脳−小脳一中脳一脳幹といった中枢神経機能を反映する検査である。本症では眼球運動測定検査において患者の約90%以上にSPMに異常が見られるとの報告がある。一方、重心動揺計は直立姿勢での身体のバランスを調べる検査で中枢神経機能検査である。研究の結果、これら検査は、SHS患者の客観的・総合的な評価につながると考えられた。
 シックハウス症候群患者では、グルタチオン-s-トランスフェレースなどの薬物代謝酵素の活性に問題があり、日常的に酸化ストレス状態にあることが指摘されている。そこで、平成17年度は、総合的な抗酸化能力を評価・検討した。その結果、患者群では抗酸化能力が低く、対照群との間に有意差が認められた。
 以上のことから、シックハウス症候群患者では、抗酸化能力が低いために、日常的な酸化ストレス状態が生じやすいことが推察される。治療には抗酸化剤を必要とする。

◆相澤らは、SHSの疾病概念確立を目指してSHS疑いで受診した患者についての調査票から臨床分類を試みた。分類を1型から4型までとし、1型(化学物質による中毒症状出現の後、シックハウス症候群の症状が出現)、2型(化学物質曝露の可能性が大きい)、3型(原因として化学物質曝露は考えにくく、心理・精神神経反応が主として考えられる)、4型(アレルギー疾患その他の疾患)と提案した。
 これにより、熟達した専門医師と一般医師との間で診断の確実性につき点数評価したところ両者にほとんど差はなかった。
 次の研究として、磁気共鳴撮像(fMRI)を用いて、トルエン、フェニルエチルアルコールなどの化学物質曝露に起因する画像診断の可否について、痛態解明及び診断法に用いられるかどうかを検討した。

◆吉野らは、2000年から2005年の6年間にわたり、宮城県内のSHSが疑われる症例を対象として、居住環境ならびに健康状態に関する調査を実施し、発症要因に関する解析を行った。
 対象住宅の室内空気は、一般住宅よりも高濃度のホルムアルデヒド、TVOC(総揮発性有機化合物)、p−ジクロロベンゼンなどによって汚染されており、換気量不足が室内空気汚染の原因の1つであることが判明した。対象住宅の居住者の約半数(46%)がSHSに該当していた。
 その後、内装材や換気設備に対策を実施した住宅では、化学物質濃度の減衰効果が顕著であり、その半数では室内環境の改善に伴い自覚症状や他覚的所見が快方へと向かった。重症者には医学的治療を勧め、治療に取り組んだ症例は回復した。
 ただし一部の住宅では、年齢の上昇とともに精神神経系のトラブルへと発展する児童の症例も観察されたことから、できるだけ早期の治療および室内環境の清浄化が非常に重要であることがわかった。

◆北條らは、QEESI問診票を日本のMCS患者の診断補助またはスクリーニングに使用する場合の診断決定に重要なCutoff Point、マスキング尺度の評価などを検討するため、MCS患者群103名と健常者群309名に対しQEESIを用いたアンケート調査を行い、比較した。
 その結果、化学物質不耐性≧38点、症状≧22点、日常生活障害≧10点(注3)のどれか2つに該当する人を、患者である確率が非常に高いと評価してよいと考えた。マスキング尺度の分析では、仕事・趣味での化学物質曝露、殺虫剤・防カビ剤使用のオッズ比(注2)は非常に高く、これらは日本のMCS患者の大きな発症要因となっていることが示唆された。(続く)

注2:ある事象の起こりやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度。1より大きいとは、事象がより起こりやすいということ。
注3:いずれも、合計点は0点〜100点



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