9/29 環境ホルモン学会市民交流講演会
奪われし未来のその後:公衆健康科学における革命
ジョン・ピーターソン・マイヤーズ博士
9月27日〜29日、江戸東京博物館において、環境ホルモン学会(日本内分泌撹乱化学物質学会)第8回研究発表会が開催されました。昨年までは、環境省主催の環境ホルモン国際シンポジウム(今年は12月4日〜6日、沖縄で開催)の前に同会場で開催されていたのですが、今年は別に開催されました。
1日目はF.S.ボンサール(ミズーリ大学)さんの「ビスフェノールAの低用量影響−なぜ今もって論争になっているのか」、2日目はマチュー・ロングネッカー(NIH/NIHS)さんによる「内分泌撹乱のヒトの初期段階における研究」の特別講演がありました。そして、3日目には市民交流プログラムが設けられ、J.P.マイヤーズさんによる「奪われし未来のその後」の特別講演、森千里さん(千葉大)「未来世代の健康を守る」、坂部貢さん(北里大/北里研究所病院臨床環境医学センター)「低用量化学物質曝露症候群としてのシックハウス症候群・化学物質過敏症」の講演がありました。その中から、J.P.マイヤーズさんの講演の概要を報告します。(参考資料:環境ホルモン学会市民交流講演会資料)
『奪われし未来』は1996年に出版され、翌年日本語訳が出ました。この本は、微量の汚染物質がホルモンの信号伝達に干渉し、それによって胎児の発達に影響を与えるという科学的発見についての、科学及び社会的な関心に焦点をあてたものです。
私たちが『奪われし未来』を書いた時には、動物実験と野生動物の研究において強い証拠がありましたが、動物実験から予測されることが人間に起こっていることについての研究はわずかしかありませんでした。動物を用いた研究で見られた問題は重大であったため、各国政府は、この10年間に内分泌撹乱化学物質の研究に数百億円の研究費を投資しました。日本はこの研究の世界のリーダーでした。
このような研究投資によって、内分泌擾乱物質の影響について、新しい科学的発見が、潮のように押し寄せていることを経験しています。世界中で、数千人の科学者が、大学や政府機関で、内分泌擾乱物質の研究に従事していますし、数千編の論文が発表されています。
動物実験や培養細胞を用いた作用メカニズムの研究で、私達が『奪われし未来』で考証した科学的結果が確認されましたし、また10年前には確認されなかった追加的な懸念がさらに多く持ち上がってきました。ヒトの研究においては、かつて私たちが動物研究に基づいて行った予測と一致するパターンがみられています。
これらの研究は、私たちが今、科学的な革命の中に身をおいていることを示しています。この革命には多くの要素があります。
- ひじょうに微量でも、ある種の汚染物質はホルモンの信号伝達を変更する。それによって遺伝子の働く道(遺伝子発現)を変化させ、発達に悪影響を与え得る。
- 内分泌撹乱と傷つきやすいホルモン信号の範囲は劇的に拡大してきている。注意深く調べた結果、現在ではエストロゲン、アンドロゲン、グルココルチコイド、甲状腺ホルモン、プロゲステロン、インシュリン、レチノイドによって制御されている信号伝達を変更してしまうものがあることが明らかとなった。
- 動物や細胞を用いた研究では、用量応答曲線が単調ではなく、U字形、あるいは逆U字形である。このことは、低用量では高用量での影響とは性質の異なる影響を示すこと、また低用量影響は、高用量の結果からは予測できないことを示している。
- 健康影響の関心は、当初は生殖と不妊にフォーカスがあてられていたが、今は劇的に広がっている。知能の発達、行動、病気への抵抗性、自己免疫疾患、体重制御(肥満)などが内分泌撹乱物質影響の研究対象となっている。
- 今までは、1つの汚染物質は、比較的少数の作用を示す(例えばアスベストは中皮腫を引き起こす)と考えられていた。しかし、これは今や間違った仮定であることが明らかとなった。内分泌撹乱物質は多数の遺伝子の発現に影響を与えるので、これらの遺伝子と関わる病気の原因物質であると考えることもできる。例えば、ビスフェノールAの研究では、200以上の遺伝子の発現が変更されてしまうことが分かった。これらの遺伝子のいくつかは、健康問題(不妊、行動異常、記憶の問題、呆け、肥満など)と関連することが明らかとなっている。
- 胎児期は最も傷つきやすい発達時期であり、胎児へのインパクトは、一生影響を残すことがある。そして、その影響は大人になるまで見えてこないことがある。"胎児期に起源をもつ大人の病気"と呼ばれる新しい研究領域が広がってきている。精巣ガンはその一例で、子宮の中でのホルモンバランスの崩れが、胎児の精巣内の細胞の異常な発達を引き起こし、このような異常細胞は大人になってからガン化する。
- 精巣ガンは、"精巣劣化症候群"の一部であることを示す証拠が積みあがってきている。この症候群の他の例は、精子数の減少であり、停留精巣(睾丸)である。動物実験で、症候群と類似の影響を示すことができる。即ちフタル酸エステルと呼ばれるプラスチック可塑剤を胎児期のオスのネズミに与えると、テストステロン(男性ホルモン)合成を抑制し、胎児の精巣の降下に関連している遺伝子に干渉する。最近の疫学研究で、男の赤ちやんで、子宮内でのフタル酸エステルの曝露との関連づけを示すものがある。
- 環境ホルモンの混合物は、どこにでもあり、単一の物質よりもより大きな影響を与えうる。いくつかの注意深くデザインされた実験研究で、単独では影響が見られないが、複合
することにより大きな影響を引き起こすことがあることが示されている。これらの実験では、最大12の汚染物質を同時に与えて行われてきたが、人が同時に数百種の物質に曝露されているとして、更に詳しく調べられはじめた。例えば、人の臍帯血の研究では、調べられた413種の汚染物質のうち、287種の物質が見出されている。
実験室研究が意味する最も重要なことの一つは、ヒトの環境ホルモン研究では、その影響を検出する能力を弱める方法で調査されていたのではないかということである。上記にまとめられた実験科学の指摘を組み込んだ疫学研究は少ない。特に、大人の病気に対する胎児期曝露の影響、多くの化学物質を同時に受けること、高濃度での影響と低濃度での影響が異なることを考慮した疫学研究はない。また、人と動物では曝露に対する感受性が異なること、また同じ集団の中でも異なることを無視しており、疫学的検出力を更に弱める失敗となっている。
このようなこと及びその他の研究デザインの失敗により、疫学的研究論文は、"偽陰性"(誤った否定)に満ちており、危険なものを危険ではないと結論づけている可能性が非常に高い。規制にはヒトの研究からの明確な証拠があるべきということに、こだわることは国民を危険に放置することになりがちである。
何人かの疫学者はこの挑戦に向かっており、動物科学の有利さを研究のデザインに入れ込もうとしている。これらの新しい研究では、環境ホルモンが人々に強い影響を与えていることを示し始めている。
このような研究で浮上してきた混乱パターンは、研究資金源が研究結果と関連していることである。企業からの資金の研究は、政府資金の研究に比べて、悪影響を報告することが少ない。このパターンは化学工業だけでなく経済セクターの広い範囲の科学的研究にみられる。
表 低用量ビスフェノールA研究における
資金源と結果(2005.8 ボンサール、ヒューズ)
研究資金源 |
有害影響 あり |
有害影響 なし |
合計件数 |
政府 |
110(92%) |
10(8%) |
120 |
化学企業 |
0(0%) |
11(100%) |
11 |
合計件数 |
110 |
21 |
131 |
|