ピコ通信/第84号
発行日2005年8月24日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 9月17日 国際市民セミナーにご参加ください
    どうなるEUの新化学物質政策−REACHをめぐる議論と展望−

  2. 8/6アスベスト学習会 「私たちに今何ができるか」 から
    この間のアスベスト問題の経過
    古谷杉郎さん 石綿対策全国連絡会議事務局長

  3. 小樽市総合体育館のアスベスト落下問題
    子どもの環境を考える親の会
  4. 海外情報/カリフォルニア州議会 幼児用製品中の化学物質禁止法案を検討
    ビスフェノールAがおしゃぶり、おもちゃ、哺乳ビンに
  5. 化学物質問題の動き(05.07.21〜05.08.23)
  6. お知らせ・編集後記


9月17日 国際市民セミナーにご参加ください
どうなるEUの新化学物質政策−REACHをめぐる議論と展望−

 8月22日、当会も参加する"化学物質汚染のない地球をめざす東京宣言推進実行委員会"は、9月17日に開催する国際市民セミナー「どうなるEUの新化学物質政策−REACHをめぐる議論と展望−」に関してプレスリリースを発表しました。 その中から、REACHについての解説部分を紹介します。

REACHとは
 REACHとは、有害な化学物質から人間の健康と環境を守るために、欧州委員会が2001年に出した「将来の化学物質政策のための戦略に関する白書」に基づいて、欧州委員会が2003年10月に発表したEUの新しい化学物質規制案で、化学物質の登録、評価、認可−REACH(Registration, Evaluation and Authorization of Chemicals)のことである。
 同案は2003年5月から7月の約2ヶ月間、国際的なインターネット・コンサルテーションにかけられた後、同年10月29日に欧州委員会から最終案として発表され、現在、制定に向けて欧州連合(EU)の議会及び理事会で審議されており、2006年後半又は2007年前半に立法化されると言われている。

REACHの主な内容
 提案された主な内容は、市場に出る化学物質の安全性を確認することを目的として、
  1. ヨーロッパ域内の製造者/輸入者は新設予定の欧州化学品機構に、年間製造・輸入量が1トン以上の化学物質について安全性等の情報を登録する。登録義務の対象物質は約3 万物質と言われている。
  2. EU当局は登録された内容や試験計画を評価し、必要に応じて追加情報の提供を要求することができる。
  3. 発がん性、変異原性、生殖毒性、難分解性、生体蓄積性、有毒性などの有害物質は認可の対象となる。
  4. 容認できないリスクを及ぼす物質については、その製造、販売、又は特定の使用に関して、EUレベルで制限することができる。
などである。

REACHの基本理念
 REACHの根底には、有害な化学物質から人間の健康と環境を守るために、
  1. 既存・新規に関わりなく市場にある化学物質の安全性の確認
  2. 安全性の立証責任の産業側への移行
  3. 人間の健康あるいは環境に危害を与える恐れがある場合には、原因と結果の関連が科学的に完全には証明されていなくても予防的措置をとるとする予防原則
  4. 有害な物質やプロセスの代替を探し、より害の少ないものを使用するとする代替原則
  5. 決定のプロセス、化学物質データを市民に公開するとする情報公開
  6. 2020年までに化学物質の全ての有害な影響を最小にするとする一世代目標
などの基本理念がある。

化学物質による健康影響や環境汚染の低減が期待される
 REACHは化学物質に関するEUの既存の多くの指令を統合した総合的な化学物質規制として導入されるので、EU全体で効果的に機能し、化学物質による健康影響や環境汚染の低減が期待される。
 またREACHは、EUに輸入される化学物質に対しても適用されるので、EUに化学物質製品を輸出する全世界の製造者がREACHにより求められる安全情報を提出することになり、これによりEUのみならず全世界の市場に安全性が確認された製品が出ることが期待される。

REACHは世界の化学物質政策に影響を与える
 REACHの高い基本理念が各国の化学物質政策に影響を与えることが期待される。REACH に強く反対しているブッシュ政権のアメリカでも、最近、米会計検査院(GAO)からEPAの化学物質のリスク評価と規制能力を改善するための勧告が出され、これに基づき7月に、民主党のジョン・ケリーやヒラリー・クリントン、エドワード・ケネディら有力議員らによりREACHに見られる理念を織り込んだ有害物質規制法(TSCA)の改正提案(別名:子ども安全化学物質法)がなされた。日本ではこのような動きは見られない。

アメリカ政府及び産業界の反応
 ブッシュ政権やアメリカ化学協議会 (ACC)はREACH がアメリカの化学物質政策や産業界へ影響を与えることを恐れている。そこで欧州委員会によるREACH策定時に、欧州化学工業連盟(CEFIC)などと連携して、REACH は広範な失業を引き起こし、アメリカ経済に打撃を与え、ヨーロッパは製造業を発展途上国に奪われて産業の空白化を招くと大々的なロビーイング・キャンペーンを展開した。

日本政府及び日本産業界の反応
 日本政府は2003年のインターネット・コンサルテーションにおいて、企業によるイノベーションや経済活動を阻害し、国際貿易・投資の障害にならぬよう全体の適切なバランスに配慮すべきという、産業界保護の観点からのみなるコメントを経済産業省が提出した。また、アジア太平洋経済協力機構(APEC)の一員としても同様なコメントを出した。さらに2004年6月にはWTO 宛に同様のコメントを出した。
 REACHは人間の健康と環境を守る規制案であるにもかかわらず、環境省からの公式発言はない。
 日本の産業界も日本化学工業協会を含む10以上の団体を動員して、産業に及ぼす影響についての懸念を表す同様なコメントをそれぞれ提出した。しかし、本年7月に開催された、(社)日本化学物質安全・情報センター(JETOC)主催の「REACH」セミナーには多くの日本企業の担当者が参加しており、日本企業もREACHへの対応準備に動き出しているように見える。

現在、EUで何が議論されているのか
(1) 産業界との議論
 EU の産業界は、REACHはコストがかかりEU化学産業の競争力と革新を阻害すると主張している。 しかし、REACHのビジネスへの影響については欧州委員会が2003年のREACH最終提案時に予想コストと利益に関する影響評価を発表した。予想コストは既存化学物質の登録期間である11年間で28〜52億ユーロ(約3,700〜6,800億円)であり、EU の域内総生産(GDP)への総合的影響は限定されたものであるとし、一方、環境と人間の健康に対する予想利益の概算は30年間で500億ユーロ(約6兆5千億円)としている。
 また、新規物質の登録手続きが容易となり、既存/新規物質は同等に扱われることで、より安全な代替物質を開発する動機付けとなり、EU化学産業に革新をもたらすとしている。
 これに対し、欧州産業界は、国際的なコンサルティング会社KPMGに影響調査委託し、その結果が2005年4月に欧州委員会のワーキング・グループで検討されたが、中小企業が若干の影響を受けるが、それ以外は欧州産業が影響を受けるという証拠はほとんどないとしている。(以下略)

(2) 欧州議会での議論
 欧州議会では10の異なる委員会が修正項目を検討中である。環境委員会からだけでも1,000以上の修正項目が出されており、主要なものとして@1物質1登録(OSOR)、A低生産量物質(約20,000種)の登録方法、B免除の範囲、C優先順位の設定、D欧州化学品機構の役割強化−などがあるが、REACHの内容を大幅に変更するものではないと言われている。

REACHの早期立法化が期待される
 2001年にEUの白書が出されて以来、様々な議論が提起され、また産業側からの強い圧力を受けてREACHの立法化は遅れているが、本年7月19日のEU環境委員スタブロス・ディマスのスピーチによれば、現在、欧州議会内の各委員会でREACH修正案が討議されており、本年中の議会及び理事会での承認を目指しているとのことなので、2006年後半又は2007年前半に立法化されることが期待される。
 欧州委員会は、REACHは「人の健康と環境の保護」及び「EU産業の持続可能な発展」とを両立させるものであるとしている。しかし、有害な化学物質から人間の健康と環境を守るためのREACHが、EU化学産業の競争力を守るという名目の下にこれ以上後退し遅れることなく、早急に立法化されることをEUだけでなく世界の多くの市民、消費者、労働者、環境団体、消費者団体、そして労働組合は願っている。

化学物質汚染のない地球を求める東京宣言
 同実行委員会の参加団体を含む7つのNGOは、昨年11月23日にナディア・ハヤマさん(グリーンピース・ヨーロッパ・ユニット)とローラン・ボーゲルさん(ヨーロッパ労連)を講師とする最初の国際市民セミナー 「化学物質汚染のない世界をめざして/EUの新しい化学物質規制−REACH」 を開催するとともに、「化学物質汚染のない地球を求める東京宣言」(本紙77号参照) を採択した。
 同宣言の賛同署名キャンペーンが同実行委員会によって行われており、7月31日現在、個人15,000人以上、団体110以上の賛同署名が寄せられている。8月31日に集約し、賛同署名簿とともに、東京宣言の要望を日本政府に伝える予定である。(安間 武)


8/6アスベスト学習会 「私たちに今何ができるか」 から
この間のアスベスト問題の経過

古谷杉郎さん 石綿対策全国連絡会議事務局長

共催:有害化学物質削減ネットワーク(Tウオッチ)、石綿対策全国連絡会議、中皮腫・じん肺・アスベストセンター、東京労働安全衛生センター、化学物質問題市民研究会
◆クボタショックはなぜ起きたか
 石綿対策全国連絡会議は1987年にできました。1986年にILOがアスベスト条約を採択しますが、この条約の批准が閣議決定されたのが、ついこの間です。内容は一番有害な青石綿の禁止、種類にかかわらず吹きつけを禁止、可能な場合は代替品を使うというものでした。
 クボタ・ショックの裏話をします。多くの人にはクボタが突然発表したように見えるでしょうが、前段があります。
 昨年2月に「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」が作られました。メディアとしては唯一、NHKラジオがフォローしてくれ、それを聴いた朝日放送の下請番組制作会社の社長が、これこそわが社がやるべき仕事だということで動き始めました。取材の過程で、どこで曝露したのかわからない中皮腫患者さんがいるということが分かりました。住まいの近くにクボタの神崎工場があることに気がつき、周囲で話を聞くと、ガソリンスタンドの社長さんも中皮腫だということが分かり、さらにもう一人患者が見つかりました。
 お互いに孤立していた3人の中皮腫患者さんは、知り合う中で沸いてきた当然の疑問―「一体工場のなかで何が起きていたのか」ということをクボタにぶつけました。クボタは結局、患者さんたちと会い、社内の資料を出してきました。患者の数はもちろん、過去の在職者を把握していて、会社の費用で診療を呼びかけていました。在職者何人中何人患者が出たという資料や、どういう段階でどのような対策をとったかも明らかにしてきました。さらに、工場が発展したのも地域のおかげであるので、一切の付帯条件をつけずに、患者に200万円の見舞金を支払いたいと申し入れてきました。
 この経過の一部は、朝日放送のドキュメンタリー番組として、最初は1月末の深夜時間帯に放映されました。さらに5月末にパート2が放映され、このときはクボタの部長のインタビューも収められていました。しかし不思議なことにどこのマスコミも書きませんでした。6月29日になって、毎日新聞の関西方面の夕刊が一面トップで特ダネとして書きました。朝日放送がニュースで追いかけ、その日の夜の報道ステーションが取り上げて全国的に広がりました。クボタの英断という面はあったが、事態を動かしたのは、あくまでも3人の住民の小さな勇気だったということを強調しておきます。

◆患者や家族が声を上げ始めた
 日本では去年10月1日にアスベストが原則禁止になりましたが、それが決まったのは2003年の6月に当時の坂口厚相の発言からです。その1か月前に交渉をもって、全国から患者さんが行政に生の声をぶつけました。
 政府に原則禁止に踏み込ませたのは、被害が隠せないほど増えてきたことと、患者さんや家族が自分たちの声で話し始めたことです。世界で禁止が潮流になってきたこと、日本でも使用量が減ってきたこともありますが、そういうふうに見ないと、歴史の教訓を誤ります。患者、家族が自分たちの声を上げ始めたことが、この一連のアスベストパニックの引き金になっていると、私自身は認識しています。
 アスベストの専門の相談窓口が必要だということで、一昨年末に「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」を作りましたが、その2回線の電話が7月30日から鳴りっ放しです。しかし、マスコミの報道は激減しています。マスコミの人には、1か月騒いでいるが、何も変わっていないぞと言っています。口約束は乱発されていますが、具体的に制度が変わったとか、新しくこうするという話はまだゼロです。

◆第一次アスベストパニックの教訓
 私たちは一度そういう経験をしています。第一次アスベストパニックとでもいうものが、1987年に学校での吹きつけ、横須賀の空母ミッドウエイの改修問題で起きました。アスベストが発ガン物質であることの認識は広まりましたが、いろいろなガイドラインやマニュアルが出されただけで、法律や規則で禁止されることは全くなされませんでした。にもかかわらず、夏休みの集中工事などが終わってマスコミが取り上げなくなるにつれて、アスベスト問題は終わったという認識が定着してしまいました。
 今、いろいろな人がざんげをしたり、過去の検証をしています。特に役所がやっている。今回、環境省が召集した検討会の座長が、アスベスト業界団体の顧問だったことがすっぱ抜かれて辞任したように、専門家の責任も問われています。労働組合も批判されました。しかしマスコミこそ何をやってきたのでしょうか。

◆4本柱の提言発表
 その二の舞になっては困るので、私たちは、4本柱の提言「アスベスト問題に係わる総合的対策に関する提言」http://park3.wakwak.com/~banjan/050726teigen.html(注)をまとめました。

 一つは、一日も早く、原則禁止ではなく、全面禁止にしてもらいたい。
 二つ目は、健康被害対策。全面禁止にしても過去のアスベスト使用による被害を止めることはできない。今始まったばかりの被害の増大への対策に取り組むこと。中皮腫は、診断がむずかしく、早期発見法がなく、治療法もありません。
 三つ目が、すでに私たちの身の回りに使われている既存アスベストをどうするか。今のところ、埋めて掘り返さないということしか対策はない。使用された累積1000万トンが、処分場のものも含めて、どこにどういう状態であるか、早急に調べて、誰でもあそこにアスベストがあると分かるようにした上で、さわらないようにする。あわてていいかげんに除去するより、あそこにあるとはっきりさせた上で、どうしていくのかというリスクコミュニケーションを始めるべきです。
 四つ目は、日本だけでなく、生産や輸出が海外へ行かないように、地球規模で解決を目指すこと。
 この間のマスコミ報道も受けて、これに五つ目を加えると、予防原則の教訓を引き出す観点から、過去を検証すべきでしょう。役所や業界の内輪だけではなく、第三者を含めた作業が必要です。
 緊急に決断すべきことは一刻も早く迅速にしていただいて、その上で総合的対策は腰をすえてやらないと、同じ失敗を繰り返すことになります。特に省庁の縦割りの弊害を排さないと、解決しない問題がたくさんあります。
 1か月騒いで、まだ実際に変わったことは一つもありません。これから世間の関心が急速に冷えたあとに、国の対策がまとめられて出てきます。マスコミや市民の皆さんには、関心を持続して、何がどういう方向に進んでいくのか、見守ってほしいと思います。 (まとめ:花岡邦明)


注:Yahooで「アスベスト対策情報 」で検索すると、トップページ中程に掲載されています。


小樽市総合体育館のアスベスト落下問題

子どもの環境を考える親の会

■最初の対応
 今年3月2日、小樽市総合体育館の天井から吹き付けアスベストの塊が落下。目撃者による新聞社への通報で、市民の知るところとなりました。しかし、それは落下から1ヶ月以上経った4月9日。当会では、この問題を重要視し、小樽市に説明を求めました。
 対応に当たった教育委員会の説明によると、「落下物の成分を調べていたため、市民への情報公開は遅れたが、空気中濃度測定で安全確認をしているので体育館は使用禁止にしなかった」のだそうです。しかし、落下当日も利用者へ何の説明もせずに、体育館を開放していました。利用者の頭の上に再びアスベストが落下してくる可能性を認めながら、閉鎖はもちろん、シートで覆うこともせず、工事をする予定もないと言いました。
 5月11日、当会は市長に対し質問状と要望書を提出しました。内容は、@アスベスト落下当日の詳しい様子と市の対応、A空気中濃度測定を指示した業者とその方法、Bアスベストの種類と成分、体育館天井の写真の提出、C体育館を使用禁止にしなかった理由、D再度落下した場合の市の責任、E体育館以外の学校を含む公共施設のアスベスト調査、F市民に情報公開すること、です。その間、東京の「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」(以下 アスベストセンター)に連絡をとり、助言、指導を頂きました。
小樽市総合体育館の天井のむき出しの梁。
鉄骨にアスベストが吹き付けられている。
 教育委員会からの回答は、「落下当日の朝、警備員が小児の握りこぶし大2個を発見し市職員に連絡した。落下したアスベストはアモサイト(注)12.9%を含むもの。落下理由は、積雪落下時の振動によるものと推測。石綿協会から紹介されたA社のアドバイスに従い空気中濃度測定及び巡回・目視によって安全確認をしているので体育館は開放。利用者に対する周知は張り紙による掲示で対応している。昭和63年の国のフローチャートに『良好な状態で、周囲から影響を受けづらいなら除去しなくて良い』と書かれていることから、当面、対策工事は必要ないと判断した。再度落下した場合は緊急避難の誘導と臨時休館を検討している」というお粗末なものでした。
 利用者への《おしらせ》は目立たない場所に貼られ、「空気中濃度を測定し、人体に影響がないので安心してご利用下さい」と書かれていました。アスベストが落下した事実やアスベストの種類、害など一切書かれていません。また、学校を含む公共施設については、調査中とのことでした。以上のことは、議会でも取り上げられましたが、答弁は誠意のかけらもないものでした。

■専門家を交えての話し合い
 この答弁に納得が行かなかった当会は、再度質問状を出し、アスベストセンターとともに、6月29日小樽市に面会を申し入れました。この日は、報道関係者も多数同席し、市側からは、教育委員会と建設部が対応しました。アスベストセンターの永倉冬史さんから、「空気中濃度測定では、安全管理の判断はできないこと、低濃度でも安全ではなく、閾値もないこと」等が繰り返し説明されました。さらに、不特定多数の市民が利用する公共施設では、特に安全性を考慮しなければならないので即日閉鎖し、除去工事をすることを勧められました。この問題は今後深刻な広がりを見せるであろうことから、行政がその意識をもってこそ、民間に指導ができるという話もしました。
 しかし、小樽市側は、石綿協会から紹介されたA社が「現在の天井アスベストは安定し、当面は大丈夫」と言ったこと、空気中濃度が外の空気と同じことを理由に安全性を主張。また体育館で働く労働者に対しては、清掃時の簡易マスクの使用と綿状のゴミを発見したときの対処法を指導していると言いました。
 総合体育館の視察では、永倉さんに「劣化が激しく、日常的に落下していると考えたほうがよさそうだ」と指摘されましたが、やはり小樽市は「A社のアドバイスに従い、空気中濃度を測定して様子を見て行きます」と繰り返すばかりでした。
 この日は、奇しくも、クボタのアスベスト被害のニュースが報じられ、日本中を駆け巡りました。公害ではないかと騒がれる中、全国に小樽の総合体育館の現状が報道され、その映像を見た複数の専門家が「子ども達が大変危険な状況におかれている。早急に閉鎖し、除去をすべき」とコメントしました。しかし、小樽市は、今まで通りの対応を続けました。当会では、再度、要望書を提出すると共に、この間の小樽市の対応やアスベスト問題を当会の会報や号外で市民に手渡して行きました。

■名ばかりの説明会
 当会では、市民に説明会をと要望していましたが、小樽市は、利用団体指導者に限定した説明会を行ないました。説明会では、工事の日程はもちろん具体的な工法も決まっていないうえ、スポーツ大会の調整に話を集中させ、体育館の利用を中止するという選択肢を与えないようにしているようでした。また、小樽市が用意した資料は、アスベストの危険性や健康被害などには一切触れられていませんでした。説明会で市民から反対意見や質問が出ることを恐れた小樽市は、当会には説明会に参加しないでほしいという電話をしてきました。
 参加した保護者からは、健康被害についての不安や子どもたちが将来発病した場合、市の責任についても質問が出ましたが、市は「体育館のアスベストかどうか判断できない」と返答。団体指導者の中には、体育館を利用するのは「自己責任だ」などという人もいました。小樽市は、私たちが再度の説明会を要望しても、今後、説明会の予定はないと言い切りました。一般利用者や市民には何も知らされないまま体育館は開放され続けることになったのです。

■閉鎖しなかったために起きた問題
 市が総合体育館を開放し続けたため、体育館を利用する、しないは各団体と個人に任せられました。親の立場では子どもが所属する団体の決定に対し、異論を唱えるのは非常に困難です。不安を抱えたまま体育館に行かせている親の声も多数聞かれました。小中学生の大会では、主催者が「口にタオルを当てて避難すること、今日一日が無事でありますように」と挨拶することで、自己責任を押し付けた形になりました。
 そんな中、おたる体操ジュニアクラブは「子どもたちに被害が出る可能性がある」として、総合体育館の利用をいち早く中止しました。子どもを預かる指導者としての英断です。当会は、この日から「体育館が危ない!」というチラシを作り、総合体育館に来る人に手渡しました。ある中学生は「おかあさんに体育館には行くなと言われているけど、先生には来るように言われた」と話していました。
 このように、小樽市が体育館の利用を団体や個人の判断に委ねたため、指導者、選手、保護者、親子にまで複雑な感情のしこりが発生したのです。

■総合体育館「囲い込み工事」に決定
 アスベスト落下から4ヶ月以上経った7月25日、市長定例記者会見が行われました。一切工事はしないと頑なに言っていた市も、市民からの問い合わせが殺到し、考えを変えざるを得なくなり、「囲い込み工事を年明けにもする。それまでは、体育館を閉鎖するつもりはない」と発表しました。
 報道関係者から、「除去でなく囲い込みに決めた理由は?」「工事までの間、閉鎖はしないのか?」と質問された市長は、「囲い込みが、お金が一番かからない。空気中濃度測定で安全確認がされているので閉鎖はしない」と答えました。

■アスベスト再び落下!緊急閉鎖
 市長が「安全確認宣言」してから6日目の8月1日、アスベストの塊が再び落下しました。当時の利用者は13名。小樽市が行動を起こしたのは、塊を発見して丸1日近く経ってからでした。何も知らされない市民や子どもたちは、翌日も体育館を利用し続けていたのです。新聞に「アスベスト再び落下! 体育館緊急閉鎖へ」との記事が載りましたが、曝露した市民への謝罪はなく、対処もありませんでした。

■振り返って
 アスベストの害を知りつつ、輸入と使用を許可してきた国の責任は重大です。しかし、市は、国のせいにして逃れることはできません。この問題をどう対処するかが、今後、行政としての行動が問われるのです。
 8月1日、小樽市は体育館の緊急閉鎖にかかわる緊急記者会見の席で、安全宣言の根拠となる「空気中濃度測定と、天井アスベストは安定しているので当面工事などしなくても良い」という判断をしてきたことは、A社の指示に従ってきたことだと責任をA社に転嫁しました。しかし、A社は、「総合体育館の視察は、自分は専門家ではないからと断ったが、話だけでも聞いてやってくれと石綿協会に頼まれたので、体育館を見に行った。だけど、劣化がひどいので除去を前提に、それまでの間は空気中濃度を測るのが良いだろうが、このままではまずいと思う」と言ってきたというのです。
 このことは、当会がA社に電話で確認をとりました。そして、A社とコンタクトを取っていた記者にそのことを追及された助役は「甘かったと言われても仕方がない」と初めて非を認める答弁をしたのです。
 このような小樽市の隠蔽体質、無責任な対応は私たち市民にも責任があります。これからは、市政に関心を持ち、一人一人が弱者や子どもを中心に物事を考え、一方的に送られてくる情報を鵜呑みにしないことが大事だと思います。アスベスト問題は、一市町村の問題にとどまらず、国全体、地球全体の問題です。大きな問題だからこそ、個々人がしっかりと正しい情報を持ち、考え、行動しなくてはならないと思うのです。
 小樽市の今後の対応に期待するとともに、次代を担う子ども達が健康で安全な世界で暮らせるように願わずにはいられません。


注 アモサイト:茶石綿。クロシドライト(青石綿)に次いで発がん性が高い。

化学物質問題市民研究会
トップページに戻る