ピコ通信/第79号
発行日2005年3月22日
発行化学物質問題市民研究会
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URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

「化学物質の内分泌かく乱作用に関する環境省の今後の対応方針について
−ExTEND 2005」発表−(上)


 本紙前号で報告したように、環境省は「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」の改定についてパブリックコメントを募集しました。その後、パブリックコメントの概要と見解(3月8日開催の「平成16度第3回内分泌攪乱化学物質問題検討会」資料5に修正を加えたもの)が発表されました。いつ発表されたのかは不明です。
そして、3月14日「化学物質の内分泌かく乱作用に関する環境省の今後の対応方針について−ExTEND 2005−」(以下ExTEND 2005)が発表されました。これら一連の動きについて報告します。

■産業界が歓迎
 調べたところ、「ExTEND 2005」はパブリックコメントを募集した「化学物質の内分泌かく乱作用に関する環境省の今後の対応方針について(案)」とまったく同じであることが分かりました。一字一句変わっていません。いったい何のためのパブリックコメントなのでしょうか。
 また、その前に発表された「パブリックコメントの概要と見解」では、一つ一つの意見はひとまとめにされて(3〜21意見に対して回答1つ)回答されています。回答には環境省の既に決まった方針が書き連ねてあるだけで、一方的なものとの印象を持ちました。回答は、「これまで、説明が十分でなかった。今後は情報を詳細かつわかりやすく提供していく」(情報公開とリスクコミュニケーション)「しっかりとした研究・評価体制とする」(科学的厳密性)「全物質を対象とする」(評価対象の膨大化)にまとめられます。出された意見を見ると、産業界が今回の改定を歓迎していることもよく分かります。
 以下に、出された意見とそれに対する環境省の見解をピックアップして見ていきます。(◎は産業界からと推察されるもの)

【パブリックコメントの概要】
・意見件数と内訳: 37件(人・団体)
 内訳 学識経験者・研究者5件
 一般9件
 活動団体8件
 事業者・事業者団体14件
 その他1件
・意見項目数(該当箇所および内容別に事務局で区分):約200項目

■意見および環境省の見解
(いずれも抜粋)
T.これまでの取組み
1.SPEED'98 における基本的な枠組み
(3 ページ)
【意見】3意見
・これまでの取組みにより、何が明らかになり、何が残された課題か、取組みの方法についての評価と反省点は何か、新たに生じた課題は何か、さらなる取組みの方向性をどう考えるべきかなどについての総括とまとめを記述すべき。
【環境省としての見解】
 これまでのSPEED'98における各取組みは、公開の場で毎年2回程度開催された内分泌攪乱化学物質問題検討会(以下、親検討会という)において、そのつど報告され、検討・評価を受けてきた。本案は、このような検討・評価の結果を基礎としてとりまとめたもの。いただいた意見は、これまでの親検討会での検討・評価内容を十分にご説明できていなかったための指摘であると受けとめている。これまでの取組みをわかりやすく説明することは、今後の取組みの中で早急に取り上げていく。一方、今後の取り組みにおける検討・評価においては、検討段階から情報をわかりやすく提供していく。

2.SPEED'98における具体的な取組み
(4 ページ)これまでの環境実態調査及び野生生物の影響実態調査について
【意見】
6意見
・コイ、カエルについて調査を行い、特定物質との因果関係は見つからなかったとの結論だけが記載されているが、これでは一般市民にはその結論をどのように受け止めるべきかの判断ができかねる。どのような調査を行い、その結果がどうだったか。どのような判断基準で「因果関係は見つからなかった」との結論を下したのかを記載すべき。また、その結論を環境省としてどのように受け止めているか(例えば、問題がないと考えているのか、さらなる解明の努力をしようとしているのかなど)も記載すべき。
【環境省としての見解】
 今後は、環境実態調査については化学物質環境実態調査(いわゆる黒本調査)に取り入れ、継続的かつ全国的に環境実態を把握していく。また、野生生物の影響実態調査については、体内蓄積量と異変との関連性を評価する形で実施できるよう、十分な検討体制をもって調査を進めていく。

(5〜7ページ)これまでの生態系評価のための魚類を用いた試験について
【意見】
12意見
・「明らかな内分泌かく乱作用は認められない」ということをどう判断するのか。明らかではないが、内分泌かく乱作用が示唆されたのか? 正確な表現をすべき。
・SPEED'98 のリストにある65物質中、26物質だけ試験を実施した理由を明確にすべき。選定されなかった物質については、その理由を、文献調査を実施していない物質については今後の予定を示してほしい。
・農薬については、ごく少数の物質しか試験が実施されていない理由、及び、今後の実施可能性についても記載しておくべき。
・7年間の大プロジェクトの結果、ヒトへの健康影響への所見はなく、生態系への影響についても、3種類の物質にごく軽微な所見が出ただけという結果は、当初懸念されたリスクが杞憂であったことが明確になったということであり、大きな成果であると高く評価する。(◎)
【環境省としての見解】
 開発された試験法といっても、評価・解釈が確立した段階とはいえず、専門家の議論に委ねられているのが現状。なお、試験には多額の費用を要する。魚類とほ乳類を含めると1物質1億円くらいかかるため、限られた予算の中で優先順位をつけて試験を実施してきた。
 今後の影響評価に関する取組みにおいては、これまでに行ってきた試験の評価経過等も併せて情報提供するよう工夫しつつ、今後行われる試験の評価結果の資料公表のみならず、実験動物を選択するための前提条件や具体的な試験の方法に関する検討経過、試験法のその段階での位置づけ自体の説明、結果の解釈に関する具体的な検討経過、その中で出された様々な意見も含めて、説明等を含め、できるだけわかりやすく情報提供をするよう努める。

(8〜9ページ)これまでのヒト影響評価のためのラットを用いた試験について
【意見】
13意見
・今回の試験方法は新たに開発されたものであり、試験方法自体にも限界があった旨指摘されているのだから、「明らかな内分泌かく乱作用は認められなかった」と一言で結論づけているのは納得できない。「これらの物質はヒトの健康に内分泌かく乱作用がないのだと結論づけられた」と誤解されないよう、正確に記載すべき。
・ラット改良一世代試験では釣鐘型の用量反応曲線が現れており、言及すべき。
・統計的な有意差がないことと、影響がないことは同じではないことに留意すべき。差が証明できなかったことを単純に影響がないと述べている報告が多い。
【環境省としての見解】
 SPEED'98 の中での検討は「生物による試験は元来ばらつきが大きい」ということを理解した専門家によって、影響の有無が評価されてきた。これまでの試験では、無投与群のばらつきの範囲を超えて変化がみられた物質はなかった。
 これまでの公表資料では、専門家の解釈の内容等を十分に伝えできず、わかりにくいものとなっていたことが分かった。さらに、試験の方法自体に関する具体的な方法選択の過程での議論や試験の限界に関する検討内容等もほとんど伝えていなかったことが明らかとなった。今後は、これまでの試験の評価経過を説明するとともに、試験の評価結果のみならず、試験の方法、位置づけ自体の説明、結果の解釈に関する具体的な説明等を含め、できるだけ詳細にかつわかりやすく情報提供をするよう努める。

(10〜11ページ)これまでの疫学的調査について
【意見】
8意見
・表4.1ヒト先天異常発生等調査で「血液中及び臍帯血中の化学物質の濃度と尿道下裂という疾患との因果関係については結論を出すことができなかった」との記載は不適切。「実験自体が因果関係を調べることができる実験でなかったことが原因である」と理解している。
・「セベソや水俣など、汚染が濃厚なケースでは性比の変化が現れており、汚染濃度別に分けて調査するなど、今後も注意深く検討すべき問題である」とするべき。
【環境省としての見解】
 わが国の場合は、イタリアセベソのような事故により高濃度暴露となっている地域はない。通常環境中に存在する濃度での疫学調査は非常に困難な面があり、通常の疫学調査では何千人、何万人の地域住民の協力だけでなく、非常に多くの専門家による検討が必要。
 今後の疫学調査については、まずどのようなデザインが適切なのか、手法からしっかりと検討し、ヒト健康影響と内分泌かく乱作用に関連する化学物質暴露の因果関係を把握することを可能とするような疫学手法についての検討から始めることとしている。

U.今後の方向性
(13ページ)基本的な考え方
【意見
】9意見
・SPEED'98では、「人や野生生物の内分泌作用を撹乱し、生殖機能阻害、悪性腫瘍等を引き起こす可能性のある内分泌撹乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)による環境汚染は、科学的には未解明な点が多く残されているものの、それが生物生存の基本的条件に関わるものであり、世代を超えた深刻な影響をもたらすおそれがあることから環境保全上の重要課題」と位置づけているが、この基本認識を踏襲するのか、それともこの認識を変更する必要があるのかをまず明らかにする必要がある。基本的認識は変更する必要はないと考えている。
・全体として、内分泌かく乱化学物質への取り組みが後退するとの印象が強い。
・もっと焦点を絞るべき。初期の時点で懸念されていた悪影響の部分は、杞憂に終わったと受け取れる。今後は仕事を広げず、焦点を絞った検討を行うべき。ひとつの有望な方向は、合成物質と天然物質の内分泌かく乱作用を定量的に比較する営みだと思える(◎)。
【環境省としての見解】
 新たな視点として、内分泌系を介した神経系・免疫系への影響、暴露の測定、天然由来の物質(植物エストロジェン等)や人畜由来のホルモン等といった観点に言及し、分野、視点が拡大している。また、リスクコミュニケーションの推進は今後の化学物質対策の根幹の一つとしており、十分な説明を行うことは、取組みの後退には繋がらない。基盤的な研究についても、しっかりとした研究評価体制のもとで充実させることとしている。研究を評価する検討会では、実施者と評価者を明確に区分した構成として、客観的な評価体制を確立する。

(18〜19ページ)環境中濃度の実態の把握および暴露の測定
【意見】
9意見
・室内空気汚染が一般環境汚染よりも高い濃度であったもの、水や食事からの摂取だけでなく、空気からの摂取も無視できない物質があることに言及すべき。
・ヒトについての体内濃度実態調査を実施すべき。
・「今後は黒本調査の対象物質の選定に内分泌かく乱作用の観点も取り入れ」から続く部分の意味は、選定物質を減らすという意味なのか。
【環境省としての見解】
 化学物質の環境中濃度を調査する事業を統合しデータを広く有効に活用するため、化学物質環境実態調査(以下、黒本調査という)を大幅に拡充し、その中で継続的に調査を実施していく。

(20〜23ページ)基盤的研究の推進
【意見】
16意見
・従来無毒性量とされていた量以下での低用量試験においては、厳密な動物管理と精密な評価方法が不可欠であり、今後とも、よりよい試験方法の開発に努力すべき。
・アレルギー、化学物質への反応性、行動、学習、記憶、歯の形成などへの影響を評価する手法の開発が必要。
・SPEED98 リストに挙げられているすべての農薬の内分泌系撹乱作用の有無について、それぞれ、どのような評価がなされ、その結果はどうであったか、一覧表で示してほしい。評価途上にあるもの、未だ評価されていないものは、その旨表記されたい。
【環境省としての見解】
 これまでの疫学的な調査では、懸念される事象と化学物質の関連性との評価には至っていない。疫学的調査については、まずは、実施可能かどうか、実施する場合にどのようなデザインが可能か、その手法からしっかりとした検討をすることが必要。基盤的研究は、広く公開された企画・評価体制を整備し推進していく。(次号へ続く)
(安間 節子)


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