ピコ通信/第76号
発行日2004年12月23日
発行化学物質問題市民研究会
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URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

    1. アスベスト最新情報 「アスベスト被害の根絶に向けて」
      化学物質市民問題研究会代表 藤原寿和
    2. 11/22開催 予防原則セミナー報告
      「予防原則の背景・歴史及び環境との関わり」ナディア・ハヤマさん
      「予防原則の労働安全衛生と政治との関わり」ローラン・ボーゲルさん
    3. [投稿] 群馬県教委に「シックスクールについての報告書」提出
      スクールエコロジー研究会(群馬県) 代表 近藤博一
    4. 海外情報/PVC 製品 有毒プラスチック・キャンペーンの目標に
    5. 化学物質問題の動き(04.11.27〜04.12.22)
    6. お知らせ・編集後記


アスベスト最新情報 「アスベスト被害の根絶に向けて」
化学物質市民問題研究会代表 藤原寿和

■はじめに
 今、「アスベスト(石綿)」問題が再びクローズアップされてきています。11月19日−21日には東京・早稲田大学国際会議場で、"アスベスト・リスクのない世界の実現に向けて−Together for the Future(ともに明日に向かって)"をメインテーマに掲げた「2004年世界アスベスト東京会議」(以下「東京会議」)が開催され、石綿の使用や再利用の禁止を訴える「東京宣言」が採択されました。この会議への参加国・地域数は40近くに及び、海外参加者数約120名、総勢約800名、口演発表レポート数152、ポスター発表24という、アスベストをテーマとして開催された会議としては、世界最大級の盛大な会議でした。
 この背景には、毎年世界の労働災害による死亡件数約200万件のうち、アスベストだけで毎年10万人の死者が出ている(国際労働機関-ILO推計)という状況があり、今まさにアスベストの使用に内在するリスクの根絶に向けて、世界的規模での関心と共同の努力が広がっているということがあります。現にEU(欧州連合)では、2005年1月までにアスベストの全面使用禁止を導入することにしており、日本でもこの10月1日からアスベストは「原則使用禁止」となりました(詳細については後述)。
 別名「キラーファイバー(人殺し繊維)」とも、「静かな時限爆弾」とも呼ばれるアスベスト(石綿・せきめん・いしわた)をめぐる現状と課題について述べたいと思います。

■アスベスト問題とは
 アスベスト問題を本誌で最初に取り上げたのは第20号(2000年4月17日発行)「アスベスト使用禁止を政府は早急に!」で、それから4年半経ってやっと実現の運びとなりました。次に取り上げたのは、第45号(2002年5月16日発行)「石綿による中皮腫被害が急増の恐れ」という記事でした。
 東京会議でも、各国の研究者や医者から、アスベストの潜伏期間(アスベストへの初回曝露から中皮腫の診断に至るまでの期間)の長さ(平均潜伏期間は40〜50年)から考えるなら、1970年代の世界的なアスベストの大量消費の結果としての中皮腫発生の波はまだ現れておらず、これからそのピークを迎えることになるとの警告が発せられています。
 したがって、アスベスト問題とは、アスベストに曝露してから発症するまでに相当長い潜伏期間があるため、将来時点でのリスク発現をいかに的確に予測・予見し、曝露を未然に防止するための方策を講じるかということではないかと思います。
 そのためには、すべてのアスベスト製品の使用を禁止するとともに、これまで様々な用途、とくに建設資材として大量に使用されてきたアスベストの所在の確認とその安全な除去、及びアスベスト廃棄物の無害化処理と安全な処分が課題といえます。本稿では、日本におけるアスベスト問題の経緯を見ながら、これらの課題についてあらためて考えてみたいと思います。

■国内での取組の現状
 日本でアスベストが社会的に注目されるきっかけになったのは、1986年に発覚した米海軍横須賀基地での空母ミッドウェー補修工事で発生したアスベスト廃棄物の投棄問題ではないかと思います。続いて87年、88年には、学校や公共施設等の天井や壁などの吹き付けアスベストの飛散問題が相次いで起きました。
 これらの「事件」がきっかけとなって、国は91年に廃棄物処理法を改正して「飛散性」のアスベスト(廃石綿)を「特別管理廃棄物」に指定し、その処理基準を策定しました。また、95年には、労働安全衛生法等を改正して、発がん性が特に高く代替化が進んだ青石綿(クロシドライト)及び茶石綿(アモサイト)について、その製造、輸入、使用等を禁止しました。
 また、それ以前はアスベストを5%以上含有するものがアスベスト製品と定義されていましたが、アスベストを1%以上含有と定義の見直しがされました。その他、発じん対策として湿潤化に加えて呼吸用保護具や作業衣の着用、吹き付けアスベスト除去作業の労働基準監督署への届出が義務化されました。
 さらに、96年には大気汚染防止法等の改正により、吹き付けアスベストの除去を伴う建築物解体・改修を「特定粉じん排出作業」に指定し、地方自治体への作業計画の届出や除去作業基準を遵守することなどが義務づけられました。

■白石綿も原則禁止になったが
 一方で、白石綿(クリソタイル)については、発がん性はあるが青石綿、茶石綿と比較すると相対的には低く、優れた耐熱性、耐腐食性等の性能を有し、他の物質への代替が困難なため、これまでは使用等の禁止は行われず、呼吸用保護具の使用等のばく露防止対策等による管理の徹底を図ることで済まされてきました。
 しかし、近年、白石綿の代替品の開発が進んできていることを踏まえ、白石綿についても、国民の安全、社会経済にとって石綿製品の使用がやむを得ないものを除き、原則として使用を禁止する方向で、検討が進めて来られた結果、今年10月1日から原則使用禁止となりました。
 ただし、この原則禁止の対象となるのは、主要な10種類の製品(石綿セメント円筒、押出成形セメント板、住宅屋根用化粧スレート、繊維強化セメント板、窯業系サイディング、クラッチフェーシング、クラッチライニング、ブレーキパッド、ブレーキライニング及び接着剤)であって、しかもアスベストを重量の1%を超えて含有する製品に限られています。したがって、1%以下の含有率の製品は、10種類の製品であっても、禁止対象にはなりません。ここに大きな残された課題があります。

■不十分な除去対策
 吹き付けアスベストは、過去に社会問題になった際に、各種の法整備がなされ、また、除去工事や封じ込め対策などが講じられてきたので、「もうすでに解決がなされ、終わった問題」と捉えられてきた面があります。しかし、昨今、各地の保育園や学校、公共施設等で過去の対策が十分ではなかったことが判明し、新たな問題となってきています。
 それは、当時の実態調査が極めて不十分であったこと、また、アスベストを5%以上含んでいるにもかかわらず、吹き付けロックウールを対象外として見過ごしてきたこと、アスベストを除去せずに封じ込め処理をしてきた建築物については、その後建物の解体時に問題が生じていることです。また、その後、吹き付けひる石、パーライト吹き付け、発泡けい酸ソーダ吹き付け、砂壁状吹き付け、有機質吹き付け材等の中にもアスベストの含有が判明してきたことなどです。
 以上は吹き付けアスベストの問題ですが、実は吹き付けアスベスト以外でも、広くアスベストを含有している建材を使用した建築物の改築や解体に伴って、吹き付けアスベストの飛散濃度に匹敵するほど、アスベストが高濃度に飛散することが確認されています。例えば、波形石綿スレート、住宅屋根用石綿スレート、石綿セメント板、パルプセメント板、押出成形セメント板、耐火被覆板、岩綿、吸音板、石綿管、Pタイル等です。
 とくに、これらのアスベスト含有建材を切断したり解体する工事に従事する労働者の場合には、かなり大きな健康リスクを生じることになります。厚生労働省は、2005年7月から、「特定化学物質等障害予防規則」から分離した「石綿障害予防規則」を施行し、アスベスト含有建材の規制強化に乗り出すことになっています。この面の早急な対策強化がこれからの課題といえます。

■アスベスト被害根絶に向けて
 問題は、過去にアスベストを吸入する可能性のある職業(造船業、建築業、石綿鉱山、発電所、清掃工場、断熱業、自動車整備工、ボイラー技師など)に従事していた労働者及びアスベスト粉じんの付着した衣類等の持ち帰りによってアスベストに被曝した労働者の家族、そして、吹き付けアスベストやアスベスト含有建材の解体等によって環境へ排出されたアスベストの曝露を受ける地域住民などに発生する健康障害の問題です。
 アスベストの典型的な疾患である中皮腫は、日本をはじめ世界各国でも増加傾向にあり、今後ますます増加することが予測されています。アスベスト被害の根絶を図るには、今回の「原則使用禁止」措置だけでは不十分であり、使用中のすべてのアスベスト含有製品の一刻も早い除去・隔離と、アスベスト廃棄物の安全な無害化処理が重要な課題ではないかと思います。



[投稿] 群馬県教委に「シックスクールについての報告書」提出
スクールエコロジー研究会(群馬県) 代表 近藤博一


 スクールエコロジー研究会(以下 研究会)は、平成15年度群馬県教育委員会から学校事務職員の自主研究グループとして指定され、報償金を得て活動しています。月2回程度、職務が免除され、研究活動を行うことが認められています。2004年4月末日、「シックスクールについての報告書」(以下 報告書)を多くの方々の協力をいただき、群馬県教育委員会へ提出しました。

二つの事件
 研究会がシックスクール・化学物質過敏症問題に取り組み始めたのは、メンバーの勤務する学校で起こった二つの「事件」でした。
 一つ目は、ワックスのために学校へ行けなくなった児童がおり、青山美子先生(前橋市・青山医院)の指摘により学校は従前のワックスを洗い落とし無リン系のワックスに変えたことです。この学校では、行事等で出かける先々のワックスの種類等を担任は確認しています。この児童は、学校開放との兼ね合いでワックスを変えることができなかった体育館への出入りは、今もできません。
 二つ目は、運動会のひと月前に散布した除草剤のために、運動会当日、校庭に入れなかった保護者がいたことでした。ふだんは除草剤を撒かない学校でしたが、ある職員が休日に来て「きれいにするために」除草剤を撒いたことがわかりました。
 善意の行為、ひと月前という期間、校庭・体育館に入れないという歴然とした事態の重さを私たちは真摯に受け止めたのです。

2004年1月14日
 研究会では、県内の80校を抽出して、アンケート調査を実施しました。その内容は、学校で使っているワックス、殺虫剤、農薬、せっけん・洗剤についてたずねるものです。
・ワックス:年間の回数、商品名、メーカー名、作業者、成分
・シックスクール症候群、化学物質過敏症の児童生徒の有無、対策
・せっけん・洗剤:商品名、メーカー名、手あれの訴えの有無等
・除草剤:使用の有無、散布頻度、商品名、作業者、除草剤以外の除草方法
・樹木の消毒:防虫・殺虫作業の有無、頻度、商品名、心配なこと等

 アンケート結果の数字は出ましたが、実態がよく見えません。そこで、青山医院へ電話しました。すると「業界との会談をするから来なさい。私がいちいち説明するよりよくわかる」という返事です。
 2004年1月14日、青山美子先生、井上雅雄氏、山田幸江環境病患者会代表、有機リン製造会社、フロアポリッシュ工業会、そして突然参加することになった私の「会談」が行われました。シックビルディング・化学物質過敏症等の知識が全くない私が、この問題の深さ・大きさを認識したのはこの日でした。(詳細は次の機会に)。
 会談後、空っ風の吹く前橋の街を、山田さんと私と青山先生が歩き出した時です。青山先生がふと、「今日、歴史が変わったね。歴史というのはこういうところで変わるんだよ」と言われたのです。
 何の歴史が変わったのでしょうか。今はその答えは出せません。しかし、変わったことがあります。それは私自身の歴史です。確実にこの日を境に変わりました。私は、この問題に取り組む力になろうと決心したのです。

報告書の内容
 報告書は、ワックスと除草剤事件の起きた学校に勤務していた二人の体験的レポートから始まり、「理解と対策」、アンケートの集計結果、患者のレポート、データ関係、安全データシート例、環境学会資料で構成されています。「理解と対策」では、私が藤原書店『環境ホルモン「環境病」』(以下「環境病」)や化学物質過敏症支援センター『シックハウスとシックスクール』(以下「シック・」)の主旨や患者会との話し合いやレポートを中心題材に研究成果としてまとめています。文章の一部を紹介します。
 「化学物質過敏症の患者は化学物質を曝露すると脳に流れる「血流」が減ります。化学物質過敏症の患者は本能的に、悪影響を及ぼす化学物質が脳細胞を攻撃するのを脳に流れる血液量を減らすことによって、防いでいるのかも知れません。そう考えるのが自然です。とすれば、脳血流の低下が起きない人間には血流が減らない分、大量の化学物質が脳を直撃していることになります。やがてその影響が決定的な形で出てくる可能性を否めません」
 トータルボディロード(総身体負荷量)の話(「シック・」19頁)を引用し、教育の危機的状況を説明します。また「環境病」から北里研究所病院石川哲先生の言葉を引用します。
 「一番大事なのは、成長して思春期に近くなると、後に神経系の症状が出現し、悪化を見る例があること。たとえば自閉になったり、逆に凶暴になったり。いろいろあります。(それはホルモンと相互的に作用して)セロトニン系列の抑制系ファイバーの異常ではないか。原因としては有機リンが一番で、二番目がホルムアルデヒドではないかと考えています」
 そして報告書は不定愁訴症状のみでなく、金属バットを持って物を叩き割る女子高校生、大好きだった先生を「大っキライ」と 言って帰ってくる子どもたち、ある日突然に何もかも厭になる教師たちを紹介します。  また校内暴力時代と化学物質との関係を視野に入れ、化学物質がいかに人生を狂わせているかを説明します。農水省や文科省等から通知が出ていても、農薬使用の注意書きが書かれていても、ほとんど守られていない現実を訴えています。
 学校に視点を移し、管理職や教員などへの情報伝達だけではなく、作業に直接関わる用務員や症状のある子どもと直接関わるスクールカウンセラーに対しても適切な研修を行うように言及しています。
 特に学校事務職員は、用務員が使う「除草剤・殺虫剤・ワックス等々」を選択・購入する立場ですから、化学物質の影響力をよくわきまえていることが大切なことであり、早急な研修が必要であることを訴えました。
 最後にシックスクール・化学物質過敏症の児童生徒に対しての教育施設をつくることを訴えました。現実に教育を受けられていないのですから、早急に子どもたちのためにマネジメントをする組織が必要であることを訴えました。

アンケート結果から見えたこと
 アンケートの結果は、問題意識のある学校と無い学校との差が歴然としています。
 理解不足から、本質的なことが見えない学校(教職員)が多いこともわかりました。患者が出なければわからないし、いてもわかろうとしない現実さえも見えます。その結果、登校拒否・学級崩壊が増え、アトピーが悪化していることも知らないのが現実ではないでしょうか。

「学校向けガイド」をつくる計画
 報告書は、実情報告が中心です。事の重大さを知らない人に知らせられたことの目的は果たしました。特に県・県教委が問題の大きさを同じ教育機関に勤務する職員のレポートからも知り得たことは成果の一つと思っています。
 群馬にはこの夏、セミが鳴きませんでした。鳴いていても数えるくらいの「沈黙の夏」でした。そのことを「昆虫博士」矢島稔氏に話しました。矢島氏は県知事に話し、その結果、県知事も問題の大きさを認識し、群馬県は動き始めました。いろいろな力が集まり、11月26日、県と県医師会主催の化学物質過敏症シンポジウムを開催できた事は問題解決の大きな一歩と認識しています。
 発症の有無にかかわらず、総身体負荷量を考えて、学校という施設や事業が身体の負荷を増大させるものであれば、「排除」しようと訴えていくつもりです。登下校環境・施設環境・物品環境・人的環境等々、ワックスから墨汁、制服・運動着にいたるまで視野に入れ、本年の研究報告には「すぐに使える学校向けガイド」を作成する予定でいます。

※連絡先:〒379-2311 群馬県新田郡笠懸町阿佐美3730
笠懸町立笠懸北小学校内
スクールエコロジー研究会 近藤博一
TEL 0277-76-6833 FAX 0277-76-6898


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