アスベスト最新情報 「アスベスト被害の根絶に向けて」
化学物質市民問題研究会代表 藤原寿和
■はじめに
今、「アスベスト(石綿)」問題が再びクローズアップされてきています。11月19日−21日には東京・早稲田大学国際会議場で、"アスベスト・リスクのない世界の実現に向けて−Together for the Future(ともに明日に向かって)"をメインテーマに掲げた「2004年世界アスベスト東京会議」(以下「東京会議」)が開催され、石綿の使用や再利用の禁止を訴える「東京宣言」が採択されました。この会議への参加国・地域数は40近くに及び、海外参加者数約120名、総勢約800名、口演発表レポート数152、ポスター発表24という、アスベストをテーマとして開催された会議としては、世界最大級の盛大な会議でした。
この背景には、毎年世界の労働災害による死亡件数約200万件のうち、アスベストだけで毎年10万人の死者が出ている(国際労働機関-ILO推計)という状況があり、今まさにアスベストの使用に内在するリスクの根絶に向けて、世界的規模での関心と共同の努力が広がっているということがあります。現にEU(欧州連合)では、2005年1月までにアスベストの全面使用禁止を導入することにしており、日本でもこの10月1日からアスベストは「原則使用禁止」となりました(詳細については後述)。
別名「キラーファイバー(人殺し繊維)」とも、「静かな時限爆弾」とも呼ばれるアスベスト(石綿・せきめん・いしわた)をめぐる現状と課題について述べたいと思います。
■アスベスト問題とは
アスベスト問題を本誌で最初に取り上げたのは第20号(2000年4月17日発行)「アスベスト使用禁止を政府は早急に!」で、それから4年半経ってやっと実現の運びとなりました。次に取り上げたのは、第45号(2002年5月16日発行)「石綿による中皮腫被害が急増の恐れ」という記事でした。
東京会議でも、各国の研究者や医者から、アスベストの潜伏期間(アスベストへの初回曝露から中皮腫の診断に至るまでの期間)の長さ(平均潜伏期間は40〜50年)から考えるなら、1970年代の世界的なアスベストの大量消費の結果としての中皮腫発生の波はまだ現れておらず、これからそのピークを迎えることになるとの警告が発せられています。
したがって、アスベスト問題とは、アスベストに曝露してから発症するまでに相当長い潜伏期間があるため、将来時点でのリスク発現をいかに的確に予測・予見し、曝露を未然に防止するための方策を講じるかということではないかと思います。
そのためには、すべてのアスベスト製品の使用を禁止するとともに、これまで様々な用途、とくに建設資材として大量に使用されてきたアスベストの所在の確認とその安全な除去、及びアスベスト廃棄物の無害化処理と安全な処分が課題といえます。本稿では、日本におけるアスベスト問題の経緯を見ながら、これらの課題についてあらためて考えてみたいと思います。
■国内での取組の現状
日本でアスベストが社会的に注目されるきっかけになったのは、1986年に発覚した米海軍横須賀基地での空母ミッドウェー補修工事で発生したアスベスト廃棄物の投棄問題ではないかと思います。続いて87年、88年には、学校や公共施設等の天井や壁などの吹き付けアスベストの飛散問題が相次いで起きました。
これらの「事件」がきっかけとなって、国は91年に廃棄物処理法を改正して「飛散性」のアスベスト(廃石綿)を「特別管理廃棄物」に指定し、その処理基準を策定しました。また、95年には、労働安全衛生法等を改正して、発がん性が特に高く代替化が進んだ青石綿(クロシドライト)及び茶石綿(アモサイト)について、その製造、輸入、使用等を禁止しました。
また、それ以前はアスベストを5%以上含有するものがアスベスト製品と定義されていましたが、アスベストを1%以上含有と定義の見直しがされました。その他、発じん対策として湿潤化に加えて呼吸用保護具や作業衣の着用、吹き付けアスベスト除去作業の労働基準監督署への届出が義務化されました。
さらに、96年には大気汚染防止法等の改正により、吹き付けアスベストの除去を伴う建築物解体・改修を「特定粉じん排出作業」に指定し、地方自治体への作業計画の届出や除去作業基準を遵守することなどが義務づけられました。
■白石綿も原則禁止になったが
一方で、白石綿(クリソタイル)については、発がん性はあるが青石綿、茶石綿と比較すると相対的には低く、優れた耐熱性、耐腐食性等の性能を有し、他の物質への代替が困難なため、これまでは使用等の禁止は行われず、呼吸用保護具の使用等のばく露防止対策等による管理の徹底を図ることで済まされてきました。
しかし、近年、白石綿の代替品の開発が進んできていることを踏まえ、白石綿についても、国民の安全、社会経済にとって石綿製品の使用がやむを得ないものを除き、原則として使用を禁止する方向で、検討が進めて来られた結果、今年10月1日から原則使用禁止となりました。
ただし、この原則禁止の対象となるのは、主要な10種類の製品(石綿セメント円筒、押出成形セメント板、住宅屋根用化粧スレート、繊維強化セメント板、窯業系サイディング、クラッチフェーシング、クラッチライニング、ブレーキパッド、ブレーキライニング及び接着剤)であって、しかもアスベストを重量の1%を超えて含有する製品に限られています。したがって、1%以下の含有率の製品は、10種類の製品であっても、禁止対象にはなりません。ここに大きな残された課題があります。
■不十分な除去対策
吹き付けアスベストは、過去に社会問題になった際に、各種の法整備がなされ、また、除去工事や封じ込め対策などが講じられてきたので、「もうすでに解決がなされ、終わった問題」と捉えられてきた面があります。しかし、昨今、各地の保育園や学校、公共施設等で過去の対策が十分ではなかったことが判明し、新たな問題となってきています。
それは、当時の実態調査が極めて不十分であったこと、また、アスベストを5%以上含んでいるにもかかわらず、吹き付けロックウールを対象外として見過ごしてきたこと、アスベストを除去せずに封じ込め処理をしてきた建築物については、その後建物の解体時に問題が生じていることです。また、その後、吹き付けひる石、パーライト吹き付け、発泡けい酸ソーダ吹き付け、砂壁状吹き付け、有機質吹き付け材等の中にもアスベストの含有が判明してきたことなどです。
以上は吹き付けアスベストの問題ですが、実は吹き付けアスベスト以外でも、広くアスベストを含有している建材を使用した建築物の改築や解体に伴って、吹き付けアスベストの飛散濃度に匹敵するほど、アスベストが高濃度に飛散することが確認されています。例えば、波形石綿スレート、住宅屋根用石綿スレート、石綿セメント板、パルプセメント板、押出成形セメント板、耐火被覆板、岩綿、吸音板、石綿管、Pタイル等です。
とくに、これらのアスベスト含有建材を切断したり解体する工事に従事する労働者の場合には、かなり大きな健康リスクを生じることになります。厚生労働省は、2005年7月から、「特定化学物質等障害予防規則」から分離した「石綿障害予防規則」を施行し、アスベスト含有建材の規制強化に乗り出すことになっています。この面の早急な対策強化がこれからの課題といえます。
■アスベスト被害根絶に向けて
問題は、過去にアスベストを吸入する可能性のある職業(造船業、建築業、石綿鉱山、発電所、清掃工場、断熱業、自動車整備工、ボイラー技師など)に従事していた労働者及びアスベスト粉じんの付着した衣類等の持ち帰りによってアスベストに被曝した労働者の家族、そして、吹き付けアスベストやアスベスト含有建材の解体等によって環境へ排出されたアスベストの曝露を受ける地域住民などに発生する健康障害の問題です。
アスベストの典型的な疾患である中皮腫は、日本をはじめ世界各国でも増加傾向にあり、今後ますます増加することが予測されています。アスベスト被害の根絶を図るには、今回の「原則使用禁止」措置だけでは不十分であり、使用中のすべてのアスベスト含有製品の一刻も早い除去・隔離と、アスベスト廃棄物の安全な無害化処理が重要な課題ではないかと思います。
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