CHEによる解説
多種化学物質過敏症(MCS) における
遺伝子型のケース・コントロール研究

International Journal of Epidemiology 33 (5): 1-8 掲載論文を
Collaborative on Health and the Environment (CHE) が解説したものです
情報源: Collaborative on Health and the Environment, 2004
Case-control study of genotypes in multiple chemical sensitivity:
CYP2D6, NAT1, NAT2, PON1, PON2, and MTHFR
http://www.protectingourhealth.org/newscience/immune/2004/2004-0715mckeown-eyssenetal.htm
オリジナル:Case-control study of genotypes in multiple chemical sensitivity:
CYP2D6, NAT1, NAT2, PON1, PON2, and MTHFR
McKeown-Eyssen, G, C Baines, DEC Cole, N Riley, RF Tyndale, L Marshall, V Jazmaji. 2004
International Journal of Epidemiology 33 (5): 1-8

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2006年3月15日


多種化学物質(MCS)について

 多種化学物質(MCS)は、多種の関連性のない化学物質の低用量曝露に反応して、複数の器官に症状が出て、慢性的に繰り返して生じる障害である。MCS の人々は、一般的に、家庭用洗浄剤、農薬、塗りたてペンキ、新しいカーペット、合成建材、新聞紙インク、香水など日常生活の身の回りに見出される化学物質に低用量で過剰に反応する。MCS は、議論がありよく理解されていない症状である。医学界の全てが MCS の存在を認めているわけではない。ある人々は MCS は精神医学的あるいはアレルギー的な症状であるとみなしている。

 MCS の人々は、頭痛、発疹、ぜんそく、うつ、筋肉痛、関節痛、疲労、記憶力減退、混乱などを含む広い範囲の症状をしばしば訴える。彼らの症状は原因であるとされる化学物質/製品への曝露を回避すると改善又は解決する。
 多種化学物質過敏症(MCS)は、その特性と原因について特に身体に起因する病気としての存在について幅広い意見があり、議論ある症状である。この疫学調査でマッケオンイッセンらは、ケースとコントロールの間に解毒される汚染物質がかかわる遺伝子にいくつかの遺伝子的相違があることを報告した。

 相違が存在するだけでなく、MCS 患者は有毒物質を解毒することに重要な遺伝子の中に、解毒する能力を損なう遺伝子型を持っているようである。最も顕著な結果は2つの遺伝子を同時に見たときに現われた。MCS の女性はそうでない女性よりも、2つの遺伝子型の特定の組み合わせを18倍以上多く持っていた。この研究データは、MCS の身体的起源を強く証明する遺伝子的相違を初めて示したものである。

何をしたか?

マッケオンイッセンらはカナダのトロント市の30歳〜64歳までの MCS 女性223人を初期調査によりMCS と同定した439人の中から募集した。194人のコントロール対象者には、家族医療(family practices)の中で MCS の兆候がない人々が選ばれた。

 研究チームは MCS 症例として特定するためのいくつかの基準を設けた。
  • 低用量曝露で発生し要因を除去すると消える症状
  • 慢性的症状
  • 他の人よりも臭いに敏感であるか
    又は次の症状のうち2つを持つ:
     ぼんやり又はふらふら感じる;奇妙に感じる;集中できない

 遺伝子型の民族による混乱を避けるために、白人女性だけを調査対象とした。

 参加者を探し出すために、4,126 人に対し MCS に関連する症状について質問調査を実施した。その中で493人の潜在的なケース(訳注:MCS症状がある人々のグループ)と481人の潜在的なコントロール(訳注:MCS症状のない人々のグループ)を決めた。すなわち、30〜64歳の妊娠していない女性で、将来の調査対象として参加する意思を持ち、ケース・コントロールの基準に合致する人々である。最終的に203人のケースと162人のコントロールが調査に参加した。

 研究チームは遺伝子分析のために全ての参加者から血液サンプルを収集した。彼らはこれらのサンプルから染色体 DNA を分離し、ある多型(訳注:polymorphism 個人ごとの塩基配列の違い(用語説明))が、体の化学物質への反応の仕方に重要な役割を果たすいくつかの異なる遺伝子に対し、コントロールに比べてケースの方によりしばしば起きるかどうかを決定するために特定の多型を同定した。

  • CYP2D6 (シトクロム P450 2D6) は、治療用の薬(例えば、抗うつ薬、抗精神病薬、ベータブロッカー(訳注:動悸や血圧を下げる薬(用語解説))や多くの有毒化学物質を代謝する酵素に信号を出す。シトクロム P450 酵素は、潜在的に有毒な物質を水に溶け易くして体内から除去する体のツールの重要な一部からなる大きな酵素族である。この研究では、4つの対立遺伝子(訳注:allele (用語解説)) CYP2D6: *3、 *4 、*5(全てCYP2D6の機能を無効にする)、と *1(CYP 2D6 の活性型)に着目した。

  • NATI 及び NAT2 (N-アセチル転移酵素)は、産業で広く用いられている化合物の一族でその多くが発がん性である芳香族アミン類を含んで、多くの異なる薬や有害化学物質を(ゆっくりした又は急速なアセチル化によって)代謝する働きを持つ酵素に信号を出す。それらはいくつかの既知の発がん性物質を生物活性化することができる。

  • PON (パラオクソナーゼ(訳注:農薬分解酵素(用語解説))は、農薬や神経毒のような有毒物質と反応し、湾岸戦争症候群とも関連するたんぱく質に信号を出す。この研究では、PON1-55、PON1-192、及び PON2-148 に着目した。

  • MTHFR (メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素)は、いくつかのビタミン B (B12 及び葉酸を含む)の代謝にかかわる主要な酵素に信号を出す。MTHFR C677T 多型を持ち、葉酸(folate)の摂取が少ない女性は神経管奇形(neural tube malformations) を持った赤ちゃんを産むリスクが高い。損傷を受けたビタミン B12 代謝は神経学的症状に寄与することがあり、また、著者らは以前に血清ビタミン B12 レベルがコントロールよりケースで高いことを観察していたので、MTHFR C677T 多型遺伝子が調査された。
対立遺伝子頻度(allele frequencies )と
遺伝子型分布(genotype distributions

 ケースとコントロールの遺伝子的構成を比較するために、マッケオンイッセンらは、グループが遺伝子的にどのように違うのかを研究している科学者らによって開発された2つの古典的な測定−対立遺伝子頻度と遺伝子型分布−を用いた。

 それぞれの遺伝子は、遺伝子個々のDNAを構成すヌクレオチド(訳注:nucleotides(言葉の説明))の配列によって決定される複数の型を持つ。異なる型は対立遺伝子(allele)と呼ばれる。ヌクレオチド配列の相違は遺伝子発現の間にその遺伝子によって作られるたんぱく質の分子構造の相違に翻訳(translate)される。異なる対立遺伝子のたんぱく質生産物は非常に異なった挙動をすることがあり得る。したがって、対立遺伝子の相違はたんぱく質がその仕事、この場合は解毒、をすることができるかどうか、決定する上で著しく重要である。本研究で検証された対立遺伝子は、人々の汚染物質を解毒する能力の相違に関係する。

 研究チームが使用した測定のひとつは対立遺伝子頻度である。研究対象となった集団において遺伝子のコピーの総数のうち、ある型とそうでないものとがどのくらいあるか。それぞれの対立遺伝子は、例えば *1 又は *2 というような異なるラベルを持ち、それは遺伝子学者のためにその対立遺伝子内の正確なヌクレオチド配列を特定する。

 もうひとつ用いられた測定は、遺伝子型の分布である。個々の人は(通常)各遺伝子の2つのコピーを持ち、それぞれの対の染色体の各対にひとつある。あるものは同じ対立遺伝子の2つのコピー、例えば、*1/*1 を持ち、他の人は、例えば、*1/*4 のような組み合わせを持つ。遺伝子型の分布は、例えば 全集団において20%が *1/*1 、60%が *1/*4 、そして 20%が *4/*4 というように、これらの異なる組み合わせを持つ人々の割合に関する総合パターンである。
 研究チームは次に、ケースとコントロール間の遺伝子的相違を特定するために設計された統計的分析を実施した。特に研究チームはテストされた遺伝子セットの対立遺伝子頻度(allele frequencies )と遺伝子型分布(genotype distributions)の相違を探した。

何が分かったか?

 マッケオンイッセンらは、MCS の女性と症状のない女性との間にいくつかの著しい遺伝子的相違を発見した。

 特定の遺伝子における対立遺伝子頻度間の相違をテストして、彼らは、CYP2D6 遺伝子において著しい相違(p = 0.02)を、また NAT2 遺伝子において僅かに著しい相違(p = 0.07)を見出した。

 ケースとコントロールの遺伝子型の分布は、CYP2D6 遺伝子(p = 0.02)と NAT2 遺伝子(p = 0.03)の間に著しい相違があった。

  • CYP2D6 遺伝子(*1 対立遺伝子、CYP2D6 活性度増大に信号を送る)の活性型に同型の女性は、CYP2D6 遺伝子(*3/*5、*4/*4、:4/*5、*5/*5 )の不活性型に同型の女性に比べてMCSになるリスクが3倍高く、オッズ比は3.6で95%信頼区間は1.33−8.5であった(p = 0.01)。

  • CYP2D6 遺伝子(*1 対立遺伝子)の活性型に異型の女性はまた、統計的有意さは不足しているが、MCS のリスク増大を示した。このパターン、すなわち、同型活性に著しいオッズ比、異型に僅かに著しいオッズ比−は、活性 CYP2D6 対立遺伝子が増えると MCS になるリスクが増大する"遺伝子−用量影響(gene-dose effect)"を示唆する。

  • NAT2 遺伝子(*4 対立遺伝子)が正常にあり”rapid acetylators”と言われる急速型に同型の女性は、*4 対立遺伝子が欠損する”slow acetylators”の女性に比べて4倍以上のMCSリスクを持ち、オッズ比は4.14(95%信頼区間 1.36〜12.64、p=0.01)であった。
 最も印象的な研究結果は、CYP2D6 と NAT2 との遺伝子間の相互作用である。両方の酵素(CYP 2D6 同型活性と NAT2 rapid acetylators 遺伝子型)による急速代謝へ信号を送る遺伝子を持った女性は、遅い代謝型を持った女性に比べて18倍以上 MCS になりやすいようであった(オッズ比18.7、信頼区間2.9−122.5、p=0.02)。

 PONI-55 と PONI-192 遺伝子に異型な女性もまた、そうでない女性よりも MCS になりやすい(PONI-55に対してオッズ比2.05、信頼区間1.04−4.05、p=0.04。PONI-192 に対してオッズ比1.57、信頼区間1.01−2.45、p=0.04)。

 MTHFR-C677T とケース−コントロールとの間には関連性はなかった。

 マッケオンイッセンらは、潜在的な寄与因子(喫煙、出生場所、ビタミン剤の使用など)との統計的関連性は見出さなかった。

何を意味するか?

 マッケオンイッセンらのこの画期的な研究は、MCS の人々はそうでない人々に比べて汚染物質の解毒に重要な酵素に遺伝子的相違があることを初めて示した。それは MCS が身体的な現象であり、懐疑論者が主張する”患者の精神的なもの”だけではないことを明白に示す遺伝子的証拠である。

 研究された酵素は、遺伝子的に異なることが知られている化学物質を解毒するために用いられる多くの重要な生物化学的経路にある酵素のほんの一部である。例えば、この研究では 2yP2D6 の4つの対立遺伝子(alleles)を検証したが、実際には46の異なる対立遺伝子が存在する。特定の化学物質を解毒する体の能力に与えるそれらの影響は異なり、あるものは増加させ、あるものは減少させ、あるものは影響を与えない。そして、2YP2D6 遺伝子は有毒成分の代謝に重要なシトクロム P450 族にある多くの遺伝子の中のひとつに過ぎない。これらの遺伝子的に異なる解毒経路のひとつあるいはそれ以上がやはりMCSへの遺伝的易罹患性に寄与することがあり得ると推定することは合理的である。

 遺伝子的な分析の詳細もさることながら、これらの結果は遺伝子的な MCS への易罹患性を確立する上で重要であるが、MCS が化学物質に曝露することによって引き起こされるということを十分に示していない。研究された酵素によって影響を受ける経路は外部汚染物質を解毒することに対して明らかに重要であるが、それらはまた、体の中で自然に起こる化合物の代謝を調整することに対しても重要である。これらの異なる可能性をテストするためにさらなる研究が必要であろう。

 マッケオンイッセンらは、因果関係について最終的な言葉を述べていないが、彼らの研究は、”そのような症状は存在するのか?”という議論から”特定の遺伝子型を持つ女性の MCS リスクが大きくなるのはどのような原因経路によるのか?”へ移ることに役立つに違いない。その答えは、MCS 批判者らが主張するように精神的なものではなく、遺伝子間の相互作用、それらが生成する酵素、及びそれらの酵素が解毒する化合物にある。


化学物質問題市民研究会
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