Our Stolen Future (OSF)による解説
ぜん息に対する乳幼児期の環境リスク要因:
子どもの健康調査からわかったこと (OSF による紹介)


(訳注:米 Environmental Health Perspectives. Online 9 December 2003 掲載論文を OSF が解説したものです)
情報源:Our Stolen Future New Science
http://www.ourstolenfuture.org/NewScience/oncompounds/pesticides/2003/2003-1214salametal.htm
Salam, MT, Y-F Li, B Langholz and FD Gilliland. 2003
Early Life Environmental Risk Factors for Asthma: Findings from the Children's Health Study
Environmental Health Perspectives. Online 9 December 2003
訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年12月27日



 アメリカ及びその他の先進工業国では、著しいぜん息の増加が見られる。アメリカにおけるぜん息の罹患率は、1980年以来、約2倍となっている。今やぜん息はアメリカの子どものたち中で最もよく見られる慢性疾病である。

 ぜん息の発作を誘発する多くの要因が知られているが、ぜん息の罹患率が増加している根本的な原因の科学的解明は遅々として進んでいない。幼少期の曝露が重要な要因であるとする多くの仮説が提案されている。

 この論文でサラムらは、乳幼児の早い時期における曝露に関連したぜん息リスクの著しい増加について報告している。彼らが研究したいくつかのリスク要因の中で最も大きな関連は、幼児期における除草剤や殺虫剤への曝露と 4ヶ月未満の乳幼児の託児にあることがわかった。
 1 歳未満の時に除草剤に曝露した子どもたちは、コントロール群の子どもたちに比べて初期持続性ぜん息に 10倍、罹りやすいことがわかった。

 彼らが得た結果のいくつかの特性は、例えば、通常、乳児期に清潔にし過ぎると免疫系の発達を阻害するという ”衛生学的” 仮説と一致しない。

何をしたか?

 サラムらは南カリフォルニアで子どもたちのケース・コントロール調査を実施した。ケース群は 5歳になる前にぜん息と診断された 279人の子どもたちである。ケース群の中のでぜん息の程度は、初期一過性ぜん息(17%)、後期持続性ぜん息(24%)、初期持続性ぜん息(60%)であった。

 コントロール群はぜん息ではない 412人の子どもたちで、ケース群の子どもたちと整合性が取れるよう、学年、性別、居住地域、あるいは、子どもの母親が妊娠時に喫煙していたかどうか、などの要因変数を勘案して選ばれた。

 人口統計学的な情報に加えて、可能性のありうる関連曝露についての情報を得るために構造的インタビュー手法を用いて子どもの生物学的な母親に電話で質問した。少ない割合であったが、母親がいない場合、父親または養育者に質問した。

何がわかったか?

 調査対象者について観察された基本的な事項
  • 対象者のほとんどは白人、男児、中流所得層の家庭の子どもたちであった。
  • ぜん息の子どもたちのうち、親又は兄弟姉妹のだれかがぜん息である家庭からの子どもの比率は、そうでない家庭の子どもに比べて、約2倍であった。
  • 家庭の所得、母親の教育レベル、医療施設の利用については、ケース群とコントロール群の間に違いはなかった。
  • 兄弟姉妹の多い子どもたちの方がぜん息になりにくい。

 サラムらがケース群をコントロール群と比較して計算したオッズ比によれば、乳児及び幼児期のいくつかの曝露のタイプは子どもたちがぜん息になるリスクを著しく増大させていた。
注:オッズ比
曝露の影響の程度を推定する指標。オッズ比が 1 である時には、曝露はリスクを増大させない。オッズ比が 10 ということは、リスクが10 倍高いということを示している。


 乳幼児期の最初の1年間における除草剤への曝露と初期持続性ぜん息との間に最も強い相関関係があった。 1 歳未満で除草剤に曝露した乳児は 10倍、初期持続性ぜん息に罹りやすい。この結果は、95%信頼区間が 2.46〜41.33 ということで、非常に顕著な相関関係があった。
注:95%信頼区間が 2.46〜41.33
 95%信頼区間が 1 である場合は、真のオッズ比が 1 から異なる可能性は低い。この信頼区間の下限値が 2.46 ということは、真のリアルオッズは少なくとも 2.46 かそれ以上である可能性が高いことを示している。この値は 41 まで上がる可能性を示している。

 これとは対照的に、1 歳後に除草剤に曝露した子どもたちは、コントロール群と比較してぜん息になる可能性は高くない。全てのタイプのぜん息に関する 1 歳以前の曝露のオッズ比は 4.58 (95%信頼区間:1.36-15.43) であった。言い換えれば、1 歳以前に除草剤に曝露した子どもたちは、コントロール群の子どもたちに比べて 5 倍近くぜん息になりやすいということである。

 殺虫剤への曝露に関する結果もまた顕著であったが、それほど強い関連性ではなかった。1 歳以前に殺虫剤に曝露した子どもたちは、コントロール群の子どもたちに比べて、3.58倍、初期持続性ぜん息になりやすい。除草剤に関しては、曝露が 1 歳以後ならぜん息のリスクは増大しない。

 農場の家畜、農作物、農場の埃への曝露も、除草剤や殺虫剤ほどではないが、初期持続性ぜん息へのリスクを増大させる。これらの中で最も強い相関があるのは、生後 1 年以前、及び 1 年以後における農場家畜への曝露である(オッズ比3.03)。これらの信頼性区間の下限値は 1、あるいはそれ以上であるが、ほんのわずかである。
注:信頼性区間の下限値が 1、あるいはそれ以上
 信頼性区間の下限値:疫学者に重要な統計学用語。真のオッズ比は 1 ではないこと、すなわち、リスクの増加があることを意味する。

 殺虫剤、除草剤、及び農場曝露以外の曝露は初期持続性ぜん息とは関係がない。対照的に、初期一過性ぜん息(wheezing)は、 ”木材/油燃料の煙、スス又は排気” への曝露( 1 歳以前及び以後のオッズ比 5.65)、ゴキブリへの曝露( 1 歳以後の曝露で最大オッズ比 5.09)、及び、4ヶ月以前の託児(オッズ比 5.36)によって増大する。

 ぜん息リスクと家庭内にペットがいるかどうかとの相関はない。

何を意味するか

 この調査の結果で最も目を見張るべきは、除草剤と殺虫剤への 1 歳以前の曝露とぜん息の強い相関である。今までの科学的文献の中には、子どもにおける初期の除草剤あるいは殺虫剤への曝露とぜん息リスクの関連の定量化を試みた研究もわずかにはあるが、今回のように非常に強い関連があることを報告した論文はかつてなかった。著者らは下記のように観察している。
 家庭や農場で広範に殺虫剤や除草剤が使用されていること、及び観察されたリスクの程度を勘案すると、子どものぜん息の原因に対するこれらの曝露の役割をさらに調査する必要がある。

 調査票という比較的粗い調査手法で、彼らが関連性を引き出したということは注目すべきことである。通常、不完全な回想は統計的なノイズとなり、分析を難しくする。その例外は、ぜん息の子どものたちの親たちがコントロール群の親たちよりも除草剤や殺虫剤の使用について、よく記憶しているかどうかである。しかし、その場合も、人は、 1 歳以前の曝露による初期持続性ぜん息だけではなく、1 歳前及び 1 歳以後の双方の曝露による全てのタイプのぜん息への影響を見たいと考えるであろう。ゆがめられた回想を排除することはできないが、そのような回想はなさそうに見える。

 除草剤と殺虫剤は多くの非常に異なった成分を含み、それらの全てがぜん息のリスク要因となるわけではないので、関連性の強さもまた目をみはるものがある。これらのデータはオッズ比がもっと大きい少数の成分が存在するかもしれないという可能性を高める。従って、各種除草剤について、ぜん息の原因となるものとそうでないものを区別できないこのような分析では、その影響は他の成分と平均化され、観察されるオッズ比は低くなる。

 彼らが見出した3つの側面は、乳幼児期の初期に清潔さを保ち過ぎると免疫系の発達が遅れ、その結果、子どもがぜん息になる素因を作るという従来の”衛生学的仮説”と矛盾する
  • 子どもの託児を4ヶ月以前からはじめるとぜん息になりやすい。 衛生学的仮説によれば、子どもを早くから託児すると、早い時期から他の子どもたちと交わり、より多く病原体に曝露し、従って免疫系が働くので、ぜん息になりにくい。この衛生学的仮説とは裏腹に、この調査結果は、託児所施設での除草剤や殺虫剤の使用の疑いを高めるが、現在公表されているデータからはこの疑問に対する答は得られない。

  • 農場の家畜や埃に曝露した子どもたちはぜん息になりやすい。
    衛生学的仮説によれば逆の結果となる。この場合も、農場の動物や埃を通じての化学物質曝露の疑念が高まる。
  • 兄弟姉妹がいない子どもたちは、1〜2人いる子どもたちに比べてぜん息のリスクが低い。
    上述のように、衛生学的仮説によれば、多くの子どもたちと交わると(この場合は兄弟姉妹)、ぜん息に対する抵抗力が増す。

 対照的に、この調査結果は、少なくとも 1 人の兄弟姉妹がいる(いない場合とは逆に)場合には、多くの兄弟姉妹がいる子どもの方がぜん息になりにくいということを示している。この結果は、恐らく多くの兄弟姉妹がいるということは曝露もそれだけ多いということを意味する衛生学的仮説に合致する。兄弟姉妹の数は多くの他の要因とも関連するが、著者が指摘するように、少なくとも、早い時期からの託児の開始は衛生学的リスクと関連し、兄弟姉妹のいない子どもたちは 1〜2人いる子どもたちよりもリスクが低いとい調査結果は、もっと複雑な疫学的仮説が必要であるということを示している。

[報告書:市内貧困センターにおけるぜん息のまん延 (The high prevalence of asthma in inner city poverty centers)もまたこの仮説を覆すものである。]

 この調査の弱点は、親の記憶に依存しているということ、及び、曝露の詳細についての特定性に欠けることである。多くの状況の下では、これらの要因は false negatives となりがちである。従って発見された関連性の強化は重く受けとめられるべきである。

注:false negatives
 実際には影響が存在するのに、影響がないと結論付けることに対する統計学用語。

 この調査は、曝露とぜん息の因果関係を確立するにはかなり不十分であるが、生後早い時期の曝露はぜん息のリスクを増大し、ぜん息の急増に関係しているかもしれないという証拠の一つになりうる。
 サラムらの調査は、生後早い時期の除草剤と殺虫剤への曝露は有害であり、家庭や他の施設では避けるべきであるとする証拠の重みを増すことになる。


化学物質問題市民研究会
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