Our Stolen Future (OSF)による解説
農薬曝露のバイオマーカーに関連する精子の品質 (OSF による紹介)
訳注:米 Environmental Health Perspectives. online 18 June 2003 掲載論文を OSF が解説したものです)
情報源:Our Stolen Future New Science
http://www.ourstolenfuture.org/NewScience/reproduction/sperm/2003/2003-0617swanetal.htm
Swan, SH, RL Kruse, L Fan, DB Barr, EZ Drobnis, JB Redmon, C Wang, C Brazil and
JW Overstreet and the Study for the Future of Families Research Group. 2003
Semen Quality in Relation to Biomarkers of Pesticide Exposure
Environmental Health Perspectives. online 18 June 2003
訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年11月18日



 この論文でスワンらは、ミズーリ州の男性の精子数減少のリスクは農薬曝露、特にアラクロール、アトラジン、ダイアジノンと強い関連性があると報告している。サンプルの規模は比較的小さいが、この調査で判明したオッズ比は並はずれて高く、偶然の結果とはとても考えられない。科学者たちは、これら農薬への曝露は汚染された飲料水からもたらされた可能性が最も高いとしている。

 これは、現在広く使用されている農薬のレベルと精子の品質との関係を科学者が示した最初の報告である。またその重要性は、農薬の影響が農民や農薬工場作業者ではなく、一般の人々に出たことを示す最初の報告としてさらに高まるものである。

 最も強い関連性はアラクロールに見られた。アラクロールのレベルが最も高い男性は低品質精子を持つ可能性が30倍高かった。この結果は統計的に非常に重要であり、発生確率は1000分の1以下というものであった(p = 0.0007)。

何を調べたか?

 スワンらはミズーリ郊外に住む男性(208人)とミネアポリスの都市部に住む男性(218人)の計426人から精液と尿のサンプルを入手したが、これらの男性の全ては妊娠した女性のパートナーであった。従って定義によれば、これらの男性は受精能力があることになる。
 この調査の第一段階は、目的と地理的相違を示しつつ、 2003 年の初めに発表された。それぞれの精液サンプルは、精子数(ml 当たりの精子数)、精子形態(%正常精子)、精子運動性(%運動性精子)について分析された。

 今回の調査はさらに分析を進めたものである。最初のサンプルから、スワンらは精子数が多い男性のグループ(計 52 人、そのうちミズーリが 25 人)と精子数が少ない男性のグループ(計 34 人、ミズーリが 25 人)に着目し、彼らの尿について今日広く使用されている農薬 15 種類の痕跡を分析した。
 その後、農薬レベルと精子の品質の関連性を検証するためにこれらの分析を使用した。

何が分かったか?

 最初の分析でミズーリの男性はミネアポリスの男性に比べて様々な農薬に曝露しているということがわかった。これは驚くべきことではなく、ミズーリの男性の大部分は農業地帯の出身であり、ミネアポリスの男性の大部分は都市部の出身であったからである。また、ミズーリとミネアポリスにおける作物と気候の相違のために、農業用に散布される農薬の混合成分が異なり、それがサンプルでの違いとなっていると考えられる。

 次に農薬と精子の品質との関係に着目した。結果は顕著なものであった。尿中のアラクロール、アトラジン、ダイアジノンのレベルが高い男性は、低い男性に比べて精子の数が少なかった。精子品質低下のリスクは、アラクロールが高いと 30 倍、ダイアジノンの代謝物 IMPY が高いと 17 倍、アトラジンが高いと 12 倍、それぞれ高くなった。これらのオッズ比は統計的に非常に有意であった((各、p= 0.0007, p= 0.0004 and p= 0.01)。

 この調査の結果は、さらに 2 つの除草剤、メトラクロールと 2,4-D もまた精子品質の劣化と関係することを示唆していたが、それは統計的有意さのボーダーライン上にあった。今後さらに大規模なサンプルを用いてこれらの関係が真かどうか見極める必要がある。
 唯一つの農薬、アセトクロールに関しては曝露量の増大と精子数の増加に関連性が見られたが、これもまた、有意さはボーダーライン上にあった。
 精子品質の劣化と DEET 又はマラチオンへの曝露については関連性は見られなかった。

 インタービューのデータにによれば、職業上、農薬に曝露した男性も少しは存在したが、スワンらは最も可能性のある曝露経路は飲料水であると結論付けた。これは、これらの農薬が中西部の水源に共通して含まれており、通常の水処理技術では除去できないことが知られるという事実からも、納得いくものである。

何を意味するか

 上述したように、この調査の重要な点は、まず第一に、精子数の減少が、今日広く使用されているいくつかの農薬への曝露と関連性があるということ、及び、それが農民や農薬工場の作業員などの職業上の曝露ではなく、一般の人々の曝露であるということである。さらにこの曝露が飲料水による可能性が最も高いと考えられることである。

 アラクロール、アトラジン、ダイアジノンとの関連性は非常に強かった。今回、見られたオッズ比は、一般母集団の疫学的調査ではほとんど見られないほどのものであり、肺がんになるリスクと喫煙との関連性に匹敵するものであった。がんと喫煙の関連性は現在、様々な異なるタイプの多くの研究により、しっかり確立されているが、農薬と不妊に関する関連性については、証明の深さに欠けるものがある。しかし、スワンらが報告したオッズ比の程度は、公衆健康当局が直ちにその結果に留意し、この問題についての研究を推進して、公衆健康の措置の評価を鼓舞するべき内容のものである。

 これは妊娠したいと願っているカップルにとって何を意味するのか? 現在の研究からははっきりと応えることができない。スワンらがケース群とコントロール群を設定した方法は、妊娠した女性のパートナーから選び出す、すなわち受精能力があると確認された男性のグループであった。定義によれば、これら男性の精子数減少は不妊を引き起こすにはまだ十分ではなかった。ただしこれら精子数の少ない男性のパートナーが妊娠するのに長い期間がかかったかどうかの評価は行われていない。

 アラクロール、アトラジン、ダイアジノンが不妊をもたらすほどに精子数を減少させるかどうかを判定するためには、この調査を不妊治療を求めるカップルの男性のサンプルで再び行う必要がある。これらのカップルは、ある場合には男性に不妊原因があり、ある場合には女性に原因がある。従って、スワンらが実施したような分析を行う時には、精子の品質は高いところから低いところまで範囲を広げ、不妊を引き起こすに足る十分に低いレベルを含まなくてはならない。
 主要な論点は、男性の不妊が、高いレベルの曝露、恐らくこの調査で見られるよりも高いレベルでの曝露と関連性を持つかどうかである。例えば、妊娠女性のパートナーだけに調査を制限したことによって、完全に不妊をもたらす高いレベルで農薬に曝露している男性をスワンらが不注意に除外したという可能性は十分にありそうなことである。

 スワンらは、控えめに次のように結論付けている。 「もし、今後の調査がこれらの発見を確認するなら、公衆健康と農業のあり方に重大な影響を及ぼすであろう」。 この発見は因果関係についての科学的確実性はないが、公衆健康当局に重要な課題を投げかけたという意味で重要である。


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る