グリーンピース報告書2006年4月　私たちの生殖系健康と化学物質暴露

グリーンピース報告書2006年4月
私たちの生殖系健康と化学物質暴露
人の生殖系健康の下降と化学物質暴露との
関係を示す証拠の検証
（エグゼクティブ・サマリー、結論、及び参照リストの紹介）

情報源：Greenpeace Report 2006
Our Reproductive Health and Chemical Exposure
a review of the evidence for links between declines in human reproductive health
and our exposure to hazardous chemicals
http://www.greenpeace.org/raw/content/international/press/reports/fragile-our-reproductive-heal.pdf

訳：安間　武　（化学物質問題市民研究会）
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日：2006年5月10日

　内容

　エグゼクティブ・サマリー
　1 はじめに
　1.1 化学物質の世界で汚染が増大
　1.2 生殖系健康の下降
　1.3 化学物質による生殖系発達の阻害
　1.4 次世代を守る
　2 生殖系健康の傾向と化学物質暴露：関連性を見る
　2.1 男性の生殖系健康
　2.2 女性の生殖系健康
　2.3 性比の変化
　3 その他の証拠：生殖毒性と化学物質暴露の直接的測定
　3.1 アルキルフェノール
　3.2 フタル酸エステル類
　3.3 臭化難燃剤
　3.4 有機スズ化合物
　3.5 ビスフェノールＡ
　3.6 人工じゃこう（(nitromusks and polycyclic musks）
　4 結論
　参照リスト

　エグゼクティブ・サマリー

　人の生殖系障害の発生が不気味に増えていることを示す証拠が増加している。例えば：

多くの国において過去50年間で精子の数が大幅に減少している
精巣がんが著しく増大している
先進国では不妊が1960年代初期にはカップルの7～8％であったものが現在では15～20％となっている
世界のいくつかの場所では女児の早熟が見られる
いくつかの諸国では女性の子宮内膜症の発症が高い
ある地域では男児の出生数は女児のの出生数に比べて減少を示しており、ある地方ではその変化は明白である

　生殖系問題の増加の正確な原因は現在は分らない。しかしその増加と平行して多くの化学物質の製造と使用が増加している。世界中で毎年、約100,000種の異なる化学物質が製造され、使用されている。化学物質の使用は環境に避けることのできない汚染をもたらし、その結果、人に暴露をもたらす。多くの化学物質が人の組織を汚染していることが分っており、子宮中で発達中の胎児ですら人の体を汚染している化学物質の多くに暴露している。

　全く疑いの余地なく証明されているわけではないが、生殖系健康問題の増加と多くの化学物質への暴露の増大との間の可能性ある関連を示す証拠が増加している。多くの人工化学物質は現在の環境中のレベルで、すでに野生動物や人の生殖系の健康に有害影響を及ぼしているかも知れない。そのような仮説の根拠は、化学物質が動物に与える影響に関する実験室での研究、人の体内の化学物質暴露の直接測定（体内組織中の化学物質の存在を含む）、及び、化学物質への暴露レベルとある障害の発生との間の相関関係の発見、を含む多くの証拠に基づいている。

　実験室の研究ではある種の化学物質は疑いなく動物に生殖系障害を潜在的に引き起こすことを示している。これに関して特に懸念されるのは、残留性有機汚染物質（POPs）と、生殖系健康への毒性及び／又はホルモン（内分泌）かく乱性が知られているその他の有害化学物質である。これらの化学物質、特に国際的に認められているPOPsは、禁止されるか厳しく制限されている一方で、他の生殖毒性物質及び内分泌系をかく乱する化学物質（内分泌かく乱物質）は産業側によって使用され続けており、多くの場合、いまだに様々な家庭用製品の中で成分として又は添加物として見出される。人の生殖系健康に関して特に懸念のある既知の化学物質の内のあるものは表1にリストされている。

表1　ヒトの生殖系健康に特に懸念のある既知の化学物質
化学物質グループ	一般的な用途	生殖系健康の懸念
アルキルフェノール及び関連化学物質（訳注）オクチルフェノール、ノニルフェノール、など	以前（原注1）は工業用及び研究用洗浄剤（家庭用洗浄剤を含む）（訳注）界面活性剤織物及び皮革処理パーソナルケア製品殺虫剤製品	ホルモン様作用男性の不妊、精巣サイズ、精子の質
フタル酸エステル類（訳注）関連情報	塩ビ及び特別なポリマーの可塑剤ゲル化剤化粧品及びパーソナルケア用品中の溶剤及び定着剤	精巣毒肛門性器間距離短縮、cleft phallus、尿道下裂、幼児の停留睾丸男性及び女性の不妊の増加胎児毒性（死亡又は奇形の可能性）
臭化難燃剤（訳注）関連情報	産業用及び一般電気機器、自動車、照明、電線、織物、家具、及びポリスチレンのような断熱材の難燃剤	エストロゲン様作用げっ歯類の先天性異常の報告神経系と行動発達への影響
有機スズ化合物（訳注）関連情報	塩ビ用安定剤農業用化学物質及び殺生物剤防汚剤（訳注:貝や藻などの付着を防ぐ薬剤）触媒	ステロイド・ホルモン生成の抑制男の胎児性器発達異常を含む子宮内での胎児の発達への有害影響
ビスフェノールＡ及びその誘導体（訳注）関連情報	哺乳瓶、CD、オートバイ風防ガラスなど食品容器などのコーティング用エポキシ・レジンの製造	エストロゲン用作用男性生殖器官への影響早熟母乳の減少
人工じゃこう	洗剤、布、コンディショナー、クリーニング剤、空気洗浄器、その他家庭用製品の香料混合剤石けん、シャンプー、香水などの化粧品	エストロゲン用作用抗エストロゲン作用

原注1
　ノニルフェノールとその化合物の多くの使用は、最近、上市及び使用のヨーロッパ全土での制限（指令76/769 の第26次修正）を通じて禁止された。（訳注：日本では禁止されていない）
　オクチルフェノールとその化合物の多くの使用は、現在、公式なEUリスク評価の完了に先立ち、産業界による自主的廃止の対象である。
　ヨーロッパ以外では、ほとんど制限はなく、両方ともに産業用及び家庭用洗剤に広く使用されている。

　増加している生殖系障害の多くは子宮内の胎児の生命の発達段階に始まると考えられている。乳児もまた脆弱である。したがって、表中にリストされた化学物質のあるものは胎盤を通過し、また潜在的に母乳を汚染するということを知れば懸念は大きくなる。例えば、アルキルフェノール、臭化難燃剤、人工じゃこう、フタル酸エステル類、及びビスフェノールＡは臍帯血を汚染していることが分っている。さらに、ヒトの赤ちゃんにおける二つのフタル酸エステル類の研究が、その結果を確認するためのさらなる研究が必要ではあるが、これらの化学物質がホルモンかく乱と関連しているという証拠を見出している。

　古典的には、毒物学の関心は短期間に高用量を投与された実験動物の致命的な影響に主に向けられていた。しかし、致命的な又非致命的な長期間（慢性的）暴露と同様に、急性暴露の非致命的な影響（すなわち死以外の有害影響）がいわゆる LD50（1回のテストで暴露された動物の50％が死ぬ用量、半数致死量）より十分に低い用量で起こることが分っている。
　生殖系健康問題の増加傾向の背後に化学物質が原因としてあるということに我々は確信を持つことはできないかもしれないが、今日までの証拠を無視することはできない。前向きな最も責任ある方法は懸念あるこれらの化学物質に対し予防的措置をとることである。我々は、そのような化学物質への継続的な暴露から我々を守る法律を緊急に必要としている。

　現在、欧州連合では化学物質の製造と使用を規制するために新たな立法が準備されている（REACH：化学物質の登録、評価、及び認可）。有害な化学物質（生殖毒性物質及び内分泌かく乱性化学物質を含む）はその使用が廃止され、より安全な代替物質に置き替えられるような予防と代替に基づく規制を作り上げることは、EUの機関（欧州議会及び欧州連合理事会）の裁量範囲である。最終的にはそのような道がEUによってとられるなら、世界中の他の国の政府もまた、この先例に従い有害化学物質を廃止することが望まれる。

　さらに、政策決定者らは、及ぼされる危険の全ての範囲を確立し、可能性ある内分泌かく乱物質又はその他の生殖系に有毒な化学物質を特定するために、化学物質の特性についての十分なデータが製造者および輸入者により確実に供給されるようにすべきである。

　結論

人の生殖系障害が増えていることを示す証拠は増大しており、人類の将来の生殖能力についての深刻な懸念を引き起こす理由となっている。
生命の初期の段階での暴露は特に懸念される。胎児及び新生児は化学物質暴露に対しより感受性が高いと考えられている。初期の生命においてホルモンは成長と発達をつかさどる非常に重要な多くの役割を果たしているので、どのようなかく乱も深刻で不可逆的な影響を子どもたちの発達に与え、後の全生涯にわたり、その結果を及ぼすかも知れないと考えられている。ある障害や症状は化学物質暴露を受けてから数年、数十年後に出てくることがある。非常に若いときにダメージを受けていてもその結果は思春期あるいは成人するまで現れないかもしれない。
しばしば有害な特性を持っている多くの人工化学物質はヨーロッパ中で、そして世界のいたる所で製造され使用されている。このことは、これらの化学物質のあるものは環境と人の体に大規模な汚染をもたらす可能性があること意味する。
我々が日常使用する製品中に含まれる添加物を含んで広範に使用されている多くの人工化学物質は、実験室の研究で生殖系に対する有毒性及び／又はホルモンかく乱性を示している。
また、人の体内に（例えば血液や体内組織中に）有害化学物質が存在していることを報告する研究、及び、暴露のレベルとある障害の発生との間の関連性（統計的に顕著な関係）の発見が増大している。
要するに、完全に証明されたわけではないが、人の生殖系の健康の問題の増加と多くの化学物質暴露の増加との間の可能性ある関連を示す証拠が増大している。多くの人工化学物質は現在の環境中でのレベルで、すでに野生生物と人の生殖系の健康に有害影響を与えているかもしれない。

　これらの懸念にもかかわらず、生殖系又はホルモン系への既知のあるいは疑いのある毒性を持つ多くの化学物質が使用され続けている。さらに、今日、一般的にヨーロッパで製造され、販売され、使用されている化学物質の多くについてその基本的な特性に関する情報すら著しく欠如しているので、問題の全貌は分らない。したがって、EU の REACH 提案は、たとえ低生産量の化学物質でも、その潜在的な生殖毒性及びホルモンかく乱特性を評価できるようにするために、登録段階におけるデータの提出要求を強化している。

　現実には、有害化学物質への我々の暴露は複合的で非常に複雑である。比較的低用量で起きる化学物質の混合物又は”カクテル”の影響についての知識は非常に限られたままである。

　我々の環境や体のように高度に複雑なシステムでは、生殖又は胎児を損なうことを疑われている又は知られている化学物質に対し、”安全”用量、又は”許容”リスクを確立し、それによって暴露を”管理”しようとする規制アプローチでは、高いレベルの環境と人の保護を保証することはできない。そのような化学物質に対する適切なアプローチは、可能な限りこれらの化学物質の製造と使用をなくすという目標を確立することにより、その暴露を防ぐことである。この目標は有害化学物質のより安全な代替を義務付けることにより、またそれによってグリーン・ケミストリーへの革新を推進することにより、達成される。

　この報告書で概説した状況は、生殖系に影響を与えるものも含む有害化学物質への人と野生動物のさらなる暴露を防ぐためには、予防的行動の必要性を明らかに示している。提案されているヨーロッパの REACH の制定は、もしそれが、化学物質が販売され使用される前にその特性について十分な情報が供給されるべきことを求め、また CMRs（発がん性、変異原性、及び生殖毒性のある物質）及び内分泌かく乱物質を含むほとんどの有害化学物質の代替の義務付けを求める形で合意されるなら、そのような予防的な行動を実現する可能性を持っている。

（訳注：文中太字は訳者）

　参照リスト

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