EHP 2016年10月号掲載論文 【最終版】
欧州連合における内分泌かく乱物質を同定するための
規制基準の策定に関連する科学的問題

レミー・スラマ、ジャン・ピエール・ブルギニョン、バーバラ・デムネイクス、リチャード・アイベル、
ギアンカルロ・パンジカ、アンドレアス・コルテンカンプ、R. トーマス・ゼラー<
BR>
情報源:Environmental Health Perspectives, October 2016
(DOI:10.1289/EHP217)
Scientific Issues Relevant to Setting Regulatory Criteria to
Identify Endocrine-Disrupting Substances in the European Union

Remy Slama, Jean-Pierre Bourguignon, Barbara Demeneix, Richard Ivell,
Giancarlo Panzica, Andreas Kortenkamp, and R. Thomas Zoeller
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5047779/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2016年10月12日
更新日:2016年10月27日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/
16_10_ehp_Scientific_Issues_Relevant_to_Criteria_to_Identify_EDC_EU.html
 
内容

アブストラクト
背景
 内分泌かく乱物質(EDs)は、内分泌系の機能を変更し、結果として健全な生物、又はその子孫、又は(部分)個体群に有害影響を引き起こす外因性化合物又は混合物として、世界保健機関(WHO)により定義されている。欧州の農薬、殺生物剤、化粧品及び工業化学物質に関する規則は、欧州委員会に対して EDs を定義する科学的基準を確立するよう求めている。

目的
 我々は、欧州委員会により提案された EDs を同定するための4つのオプションの科学的妥当性を検討する。

検討
 オプション1は、EDs を定義せず、WHO の EDs 定義に無関係な暫定的基準の使用に導くので、妥当ではない。オプション2と3は、広く科学界で受け入れられている WHO の EDs 定義に基づいており、オプション3は証拠の強さに基づく追加的な分類 (疑わしい EDs、及び内分泌活性物質) を導入している。オプション4は、決定基準として WHO の定義に効力(potency)を加えている。我々は、効力は対象物質の有害影響に依存しており、科学的にあいまいであると主張し、また効力は発がん性物質や生殖毒性物質のような他の特に有害な物質を定義するための基準として使用されていないことに言及する。効力の使用は、ハザード同定という範囲を超え、リスクの特性化に相当する脈絡を必要とし、そこでは効力(又はもっと適切には用量−反応特性)は暴露レベルに結び付けられる。

結論
 WHO の EDs 定義の適切性に関しては科学的合意がある。効力の概念は EDs のような特に重大なハザードの同定には適切ではない。発がん性物質、変異原性物質及び生殖毒性物質についての共通の手法の様に、WHO の定義に基づく、効力は考慮しない ED の多層分類(欧州委員会により提案されたオプション3に対応)が妥当である。


序論
 化学物質の規制は、発がん性物質、変異原性物質、及び生殖毒性物質のような健康ハザードの具体的なクラスを同定する。内分泌かく乱物質(EDs)は、研究により同定されたハザードの新しいタイプである。世界保健機関(WHO)は、 ED を、”内分泌系の機能を変更し、結果として健全な生物、又はその子孫、又は(部分)個体群に有害影響を引き起こす外因性化合物又は混合物” として定義した(WHO/IPCS 2002)。EDsへの最初の科学的言及(Colborn et al. 1993)に続く、多くの研究が、野生生物及び人間におけるそれらの影響についての我々の理解を大幅に改善した(例えば、Bergman et al. 2013; Braun et al. 2011; Delfosse et al. 2014; Frye et al. 2012; Heindel et al. 2015; Kortenkamp et al. 2011; Shelton et al. 2014; Warner et al. 2014; Woodruff et al. 2011)。

 1999年、欧州連合(EU)は、 EDs の規制のための戦略を開発した最初の主要経済圏となった((European Commission 1999)。その後、 EDs は EU 法の少なくとも次の 4つの法令の中で目を向けられた。水枠組み指令(European Parliament 2000)、REACH(化学物質の登録、評価、認可、制限に関する欧州規則)(European Parliament 2006)、植物保護製品規則(PPPR)(European Parliament 2009a)、化粧品規則(European Parliament 2009b)、殺生物性製品規則(BPR)(European Parliament 2012)。後の二つの規則は、欧州委員会に対して2013年12月前に内分泌かく乱特性を持つ物質を同定するための科学的基準を確立するよう求めた。

 PPPR と BPR は、農薬又は殺生物剤として使用される ED 特性を持つ物質は、ある例外を除いて(例えば、暴露が無視できる)それらの使用のための承認は得られないということを明確にしている。同様な条項が発がん性物質、変異原性物質、及び生殖毒性物質についても存在する。このことはいわゆる”ハザードベースのカットオフ基準”に対応している。 (疾病の蓋然性又は物質に帰すことのできる疾病発症の数という観点で、潜在的な健康影響の源であるハザードと、集団における物質の実際の影響であるリスクとの間の区別を示す Figure 1 を参照のこと)。 農薬規則と殺生物剤規則におけるこのハザードベース・アプローチは、農薬と殺生物剤を市場に出している会社によって反対された(CEFIC 2013; European Commission 2015; European Crop Protection Association 2014)。

Figure 1

ハザードベース管理とリスクベース管理


リスク特性化のステップは、時にはあいまいにハザード特性化と呼ばれることがある。


 さらに、薬理学や毒性学のジャーナルの編集者らはある論評の中で、提案されている欧州委員会の ED 規制に関する勧告は、彼らの主張によれば、科学的に根拠のない予防に基づくものであり、さらに、常識であり、よく確立されているリスク評価原則を無視していると非難した。編集者らは有害影響と効力(potency)の考慮を求めた(Dietrich et al. 2013)。彼らの論評は提案された規制の枠組みの事実として不正確な解釈に基づいており、発達期の内分泌系のプログラミングの役割を無視するものであるとして批判された(Bergman et al. 2013; Gore et al. 2013)。その著者らはまた、潜在的な利益相反についての情報を提供するよう求められた(Grandjean and Ozonoff 2013

 欧州委員会によって召集された、 Dietrich et al. (2013) の論評の署名者ら及び ED 研究に強い基盤のある科学者らを含む会合で、 EDs の定義、非単調用量反応の存在、及び EDs の閾値を決定することの困難さに関して合意がなされた(European Commission 2013)。

 EU 法により明確にされているように、2013年12月までに EDs を同定するための科学的基準を確立する義務があるにもかかわらず(European Parliament 2009a, 2012)、そのような基準は今日まで(2016年4月)欧州委員会によって発表されなかった。その代わり欧州委員会は、 EDs を同定するための基準を定義するための 4つのオプションをリストしているロードマップを発表し、それらの影響の評価に着手した(European Commission 2014)(Table 1)。ロードマップに含まれたオプションのひとつ(オプション4)は、ハザード同定のプロセス中の決定基準として効力(potency)を使用する。

 EU の規則(訳注:PPPR と BPR)により明示されているように、2013年12月までに科学的基準を確立する義務があるにもかかわらず(European Parliament 2009b, 2012)、今日に至るまで欧州委員会はそのような基準を発表していない。その代わり、欧州委員会は EDs を同定するための4つのオプション示すロードマップを発表し、それらの影響評価を開始した(European Commission 2014)(Table 1)(訳注:Table 1)。ロードマップに含まれるオプションのひとつ(オプション4)は、ハザード同定のプロセスの間にひとつの決定基準として効力を使用するであろう。

 EU規則に規定されている義務の無視はスウェーデン及びいくつかのEU諸国による欧州委員会の提訴をもたらした。2015年、欧州司法裁判所は、欧州委員会はED基準を開発しなかったことは不法な行為であり、影響評価は不必要であったという判決を下した(European Court of Justice 2015)。この判決は、EDsを同定するための科学に基づく規制基準を開発することの緊急性を高めた。

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Table 1 EC 2014ロードマップ中で内分泌かく乱物質を同定するための4つのオプション(European Commission 2014

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 欧州委員会は EU 法で規定された義務を無視したとして、スウェーデンやいくつかの他の EU 諸国は欧州委員会を裁判に訴えた。2015年、欧州司法裁判所は、欧州委員会が ED 基準の策定を怠ったことは違法であり、影響評価は不必要であるとする判決を下した(European Court of Justice 2015)。この判決は、 EDs を同定するための科学に基づく規制基準の策定の緊急性を高めた。

 我々は ED 規制のいくつかの原則を詳しく述べ、受け入れられる EDs 定義の利用可能性、内分泌活性物質、及びハザード同定のための効力(potency)の概念をレビューしつつ、ある ED を同定するために欧州委員会によって検討されたそれぞれのオプションの科学的妥当性を特に検討する。発がん性物質との類似が引用される。最後に科学的基準を定義するための影響評価の妥当性が検討される。


検討
欧州における EDs 基準に関して提案されているオプション

 ED 基準を定義するということの一般的な意図は、”人の健康と環境への高いレベルの保護を確実にし、域内市場の機能を強化すること”である((European Commission 2014)。提案された4つのオプション(European Commission 2014)は Table 1 に詳細が示されており、下記の様にまとめることができる。
  • オプション1は、政策に変更はなく、基準の規定事項はない。

  • オプション2は、EDs を同定するための世界保健機関(WHO)の定義に従っている(WHO/IPCS 2002)。このオプションは、a) 環境中に生息する人間又は生物種に内分泌介在の有害影響を引き起こすことが知られている又は推定される物質として EDs を同定する; b) 内分泌介在の有害影響は、他の有害影響からの非特異的な二次的結果であるべきではないことを規定する; c) (下記で議論されているような)有害影響を定義する; d) その影響は環境中に生息する人間と動物種に関連性がないことを示す情報がある物質は除外する;そして e) 同定のために従うべき段階的な手順をリストする。

  • オプション3は、オプション2の ED 同定に従い、さらに、疑わしい内分泌かく乱物質と内分泌活性物質を定義する。

  • オプション4は、WHO/IPCS の ED 定義に従い、ハザード特性化の要素として効力を含める。効力は定義されていないし、ED 定義と結合されるべき方法でもない。

 欧州委員会(European Commission (2014))は、基準の規定事項のないオプション1は EDs の運用上の定義を求める要求と相いれないことを示した。さらに PPPR と BPR の規則は暫定的な基準に言及しており、これらが適用されそうである。これらの暫定的な基準によれば、発がん性カテゴリー2又は生殖特性カテゴリー2に分類されるすべての物質は EDs とみなされなくてはならない(European Parliament 2009a)。発がん性物質及び生殖毒性物質の定義に基づくこれらの暫定基準は、内分泌かく乱物質の WHO/IPCS 定義に科学的な関連性がないので(WHO/IPCS 2002)、オプション1は科学的に正当化されないであろう。従って、我々はこのオプションについて更なる議論は行わない。

EDs 定義の利用可能性

 欧州委員会、WHO 及びその他の研究機関により1996年にウェイブリッジ(英)で開催されたワークショップにおいて、 ED は”、内分泌機能を変化させた後、正常な生物、又はその子孫に有害な健康影響を引き起こす外因性物質”として定義されている(quoted by EFSA Scientific Committee 2013)。その後、いくつかの定義がカナダ、日本及びその他の研究所によって提案された(reviewed by Kortenkamp et al. 2011)が、さらにその後、国際化学物質安全計画(IPCS)はカナダ、日本、アメリカ、及び EU の専門家らと協力して、ED を”内分泌系の機能を変更し、その結果、正常な生物、又はその子孫、又はその(部分)個体群に有害影響を引き起こす外因性化合物又は混合物”として ED を定義した(WHO/IPCS 2002)。Weybridge 定義との主な相違は、混合物及び個体群又は部分個体群への影響の考慮である。

 ローリー(ノースカロライナ州)で1995年に米環境保護庁(EPA)により開催されたワークショップで発表された定義(Kavlock et al. 1996)は、現在も EPA によって参照されているが(EPA 2015)有害影響に対する参照がないという点で WHO/IPCS の定義と異なる。以下で議論されているように、有害健康影響の証拠なしに内分泌系に作用する物質はオプション3の下に内分泌活性物質として定義される。

 健康ハザードの他のカテゴリーについて、発がん性物質又は生殖毒性物質の場合には、同定の有害影響がしばしば参照されるが、変異原生物質については作用機序への参照があるだけである。WHO/IPCS の ED 定義は、組織、生物、及び個体群の規模で作用機序と有害影響の両方を参照している。その結果として、ED の特質についての結論は、生物学、毒性学、生態毒性学、人間データの統合を必要とする。

 EFSA (欧州食品安全委員会)は WHO/IPCS 定義が ”EDs の同定のための基準のベースとして採用される” よう”勧告した(EFSA Scientific Committee 2013)。欧州委員会のロードマップは、” WHO/IPCS (2002)の ED 定義には一般的な合意があることを認めている(European Commission 2014)”。

 その ED 定義は、”有害影響”について述べている。有害影響は、”機能的能力の減損、追加的ストレスを補償する能力の減損 、又は他の影響へ感受性の増大をもたらす形態学的、生理学的、成長、発達、生殖、又は生物の寿命、系、又は(部分)個体群の変化”として定義された(WHO/IPCS 2009)。EC のロードマップは、明白にこの定義を参照している。この定義は、先天的異常形成はもとより、糖尿病又は肥満の発症、知能指数低下、又は個人では観察できないが集団レベルでは観察できる性比の変化のような個人レベルにおける健康影響をカバーしている。それは、とりわけ、短期的又は長期的な健康影響をもたらさないホルモンレベルの過渡的変化を除外している。我々が知る限り、この定義に対して疑問は提起されていない。 WHO/IPCS 定義中の”(部分)個体群”の表現は、全体としての個体群又は同定の部分群に懸念を及ぼすかもしれない影響を指している(例えば、性別、年齢、遺伝的感受性に基づく)。

疑わしい EDs と内分泌活性物質(オプション3)

 オプション2での ED 定義に加えて、オプション3は、当該化学物質の証拠の強さを表現する二つの追加カテゴリー、”疑わしい内分泌かく乱物質”と”内分泌活性物質(EAS)”を提案している。

 ”疑わしい内分泌かく乱物質”は、ロードマップの中で、”人間、環境中に生息する動物種、又は実験的研究から得られた内分泌介在有害影響の証拠が幾分あるが、その証拠はその物質をカテゴリーTに入れるほど強くない”として定義されている(European Commission 2014)。この定義は、WHO/IPCS の可能性ある内分泌かく乱物質という定義に近い。(”内分泌系の機能を変更し、その結果、正常な生物、又はその子孫、又はその(部分)個体群に内分泌かく乱をもたらすことが予測される特性を持つ外因性化合物又は混合物”)(WHO/IPCS 2002)。

 ”内分泌活性物質”は、欧州委員会のロードマップの中で、”正常な生物中で内分泌かく乱介在の有害影響の可能性が幾分あり、その証拠はその物質をカテゴリーT[ED]又はU[疑わしいED]に入れるには十分な説得力がないような物質”(European Commission 2014)として定義されている。 我々は、”内分泌活性物質(endocrine-active substance)”という用語はこの証拠のレベルがより低いということを伝えないと信じる。(Table 2 の中で示される発がん性の分類と同様に ED[カテゴリーT]、推定される ED (presumed ED)、及び疑わしい ED(suspected ED) のような階層構造の方がこの目的にはより適切であろう)。対照的に、内分泌活性物質は EFSA によって、”内分泌系に直接的に又は間接的に作用し、その結果、内分泌系、標的臓器、及び組織に影響をもたらすことができる物質”として定義されている(EFSA Scientific Committee 2013)。その用語は、”何らかの方法で内分泌系に作用するが、必ずしも有害影響をもたらさない全ての物質”を包含するために使用される。この定義は、その物質の作用様式(内分泌系の干渉)に関しては証拠があるが、有害影響の誘導に関しては証拠がないという概念を伝え、そのことは、内分泌活性物質という用語に即している。従って、我々は欧州委員会ロードマップでの定義の代わりに、EFSA の内分泌活性物質の定義を使用することを示唆する。

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Table 2 EU CLP 規則 で定義されている発がん性物質の分類、及び EC ロードマップのオプション3 の内分泌かく乱化学物質の分類

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ハザード同定のための基準としての効力の導入(オプション4)

 ロードマップのプション4は、WHO/IPCS の ED 定義に効力基準を加えたものに基づいている。このオプションはイギリスとドイツ当局によって開発されたアプローチを反映するものであり、植物保護製品規則(PPPR)及び殺生物製品規則(BPR) のハザードベースのカットオフ基準に該当する物質の数を制限するという明らかな意図をもったものである(Kortenkamp et al. 2011の中で議論されている)。ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)もまた、EDs を同定するために効力を考慮することを示唆している(Marx-Stoelting et al. 2015)。

 効力はよく定義されていない。それは、国際化学物質安全性計画により発表された環境健康基準の用語集の中にない(IPCS 2009)。この用語は、化学物質の製造と使用に関心を持つ会社の非営利協会である欧州化学物質生態毒性・毒性センター(ECETOC)の支援を受けた出版物の中で、明確な定義なしに”主に同定の毒性影響を引き起こす用量に基づく”として示された(Hennes et al. 2014)。ドイツ連邦リスク評価研究所の出版物は、”効力はある影響が生じる用量レベルに関連する”と示している(Marx-Stoelting et al. 2015)。国際薬理学連合は効力を”定義された影響を生成するために必要な濃度又は量という点で薬剤の活性の表現であり、常にさらなる定義が必要な不正確な用語(EC50, IC50, etc.1を見よ。)”として定義している。(EC50 はさらに、”アゴニスト(受容体刺激薬)の最大可能影響の50%を生成するアゴニストのモル濃度”として定義している。他のパーセント値(EC20, EC40など)が指定されることがあり得る)(Neubig et al. 2003)。

 このように薬理学では、効力は用量−反応関数に関連している。すなわち、ある用量で可能性ある最大影響度の50%を(例えば同定の疾病を持つ動物の割合)引き起こす物質は、もっと大きな用量で同じ影響度に達する他の物質より効力が大きいとみなされる。すでに触れたように(Neubig et al. 2003)、これらのカットオフ値がどの様にして選択されたのかについての明確な科学的根拠なしに、所与の影響の10%というような、所与の影響の50%をもたらすもの以外の用量が時には用いられる。このようにして、効力とは、用量−反応関数が任意の反応レベルと交差する用量に対応する単なる用量−反応関数上の一点である(Figure 2A )(訳注:Figure 2(A))。

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Figure 2 仮定の用量−反応関数と暴露分布による効力の概念の問題を図解

(A) 用量−反応関数が交差する状況において、効力が所与の反応の50%をもたらす用量 ED50 として定義されるなら、用量−反応関数 a を持つ化学物質は、用量−反応関数 b を持つ化学物質より効力が高いとみなされる。しかし、もし効力が反応の10%をもたらす用量(ED 10)として定義されるなら、用量−反応関数 a を持つ化学物質は、用量−反応関数 b を持つ化学物質より効力が低いとみなされる。

(B) 高い暴露を受ける対象の比率は大きいが、浅い用量−反応関数(そして効力が低い)の場合は、おそらく高いリスクを伴う。

(C) 高い暴露を受ける対象の比率は小さいが、急こう配の用量−反応関数(そして効力が高い)の場合は、おそらく同様又はより低いリスクを伴う。

*図(B)と(C)中の青い棒線は、対象の暴露分布を表している。


 欧州委員会ロードマップの段階的手順(オプション2と3)は、内分泌かく乱は同定の内分泌介在作用様態に帰するものであり、他の有害影響の非特異的二次結果ではないということを評価する必要があると述べている(European Commission 2014)。従って、一般的毒性が観察される非常に高い用量で起きる影響は、影響が起きる用量に関連する概念を明示的に導入しないで、その化学物質を ED として適格であるとするためには一般的に十分ではない。

 ハザード同定における基準としての効力の導入は、いくつかの困難をもたらすであろう。第一に、この概念は、 EDs の場合の様に、非単調用量−反応関数が可能な化学物質には適さない(Vandenberg et al. 2012)。第二に、決定基準としての効力の導入は、 10 mg/kg/dayの効力を持つ化学物質が ED として分類され、一方 11 mg/kg/day の効力 (従って 10 mg/kg/day ではなく、11 mg/kg/day で同じ影響を引き起こす) の化学物質は ED と分類されないというような、全く恣意的であり科学に基づいていない二分法(訳注:一つの特性Aに着目し,この特性Aを持っているか持っていないか,つまりAかAでないかという二つの分類単位によって,分類を行う方法−コトバンク)の規制カットオフ値の確立を強いるかもしれない。第三に、効力の比較は、比較されるべき用量を定義するために選択される影響度によって(すなわち、10%増加と考えるのか50%増加と考えるのか − Figure 2A)(訳注:Figure 2 (A))、そして効力を定義するために検討されている健康評価項目によって左右される。全体として、効力はハザード同定に適切な概念ではない。

 リスク管理の脈絡においても、効力は単独ではほとんど使用されない。実際に、効力が定義される用量−反応関数はそれだけでは意味がなく、暴露と関連して解釈される必要があり、そのことにより所与の集団のリスクのレベルを推定することができる(Figure 1)、(訳注:Figure 1 )。ゆるい勾配の用量−反応関数と非常に高頻度の暴露を持つ低効力化学物質(Figure 2B)(訳注:Figure 2(B))は、急勾配の用量−反応関数を持つが暴露頻度が少ない高効力化学物質(Figure 2C)(訳注:Figure 2(C))より集団レベルにおいてはより大きなリスクを及ぼすかもしれない。用量−反応(又は効力)は、それだけではリスクを予測するとみなすことができないことを示している。よく確立された例には、大気中に浮遊する微粒子(PM2.5)(WHO 2014))や、ダイオキシンの知能指数に及ぼす影響が示された例(Jacobson and Jacobson 1996; Schantz et al. 2003)のような胎児期の発達期における脆弱性のクリティカル・ウィンドウズでの低用量暴露などがある。従って、EFSA 科学委員会は、”(事前に定義された)懸念のレベルが ED に達しているかどうかを評価するために、効力はそれだけで使用されるべきではなく、実際の又は予測される暴露を考慮すべきである”と述べた(FSA Scientific Committee 2013)。実際に、効力は用量−反応曲線を曲線上の単一点によって置き換え、そのことは情報の大きな損失をもたらす。もし、リスクベースであってハザードベースではない管理が選ばれるなら、適切なアプローチは、全暴露範囲にわたる用量−反応関数の変動を考慮し、それを全ての関連する健康影響について実際の暴露と統合する、すなわちリスク評価調査を明示的に実施することであるが、これはハザード同定に求められる段階を越えるものである。

 植物保護製品規則(PPPR)の脈絡において、そこでは、ある物質はその大部分は(少なくとも暴露を無視できないならば)、リスクではなく、ハザードに基づいて規制されることになっているが、用量−反応関数(又は効力)をハザード同定の段階で考慮することは、リスク評価の論理を再導入することになるであろう。PPPR と BPR の EDs のためのハザードに基づく論理がリスクベースの規制に修正されるべきかどうかの議論は政治の問題である。もし規制者により妥当であるとみなされるなら、リスク評価のひとつの要素だけを考慮することにより)又は間接的に”裏口にから”、効力のようなリスク評価に関連する基準の考慮を求めることにより、リスク評価は部分的に再導入されるべきではない。むしろ、もし必要なら、このことは法律を改正することにより明示的になされるべきである。

発がん性物質の分野におけるハザード同定との類似

 効力を考慮する基準の採用に反対するもうひとつの重要な主張は、発がん性物質又は生殖毒性物質のような、同様な懸念ある他のハザードの同定との一貫性である。科学的ハザードのいくつかの他のタイプは、発がん性物質、変異原性物質、生殖毒性物質を含んで、 EU 規則の中で明示的に参照されている。 発がん性物質は、”がんを誘因する又はその発生を増加させる物質又は物質の混合物”として定義されている。よくできた動物の実験的研究で、良性及び悪性の腫瘍を誘因した物質はまた、もし腫瘍形成のメカニズムがヒトに関連がないという強い証拠がない限り、ヒト発がん性が推定される又は疑われる(European Parliament 2008)。発がん性物質について EU は、3つのカテゴリーを定義している(IA, IB 及び II。カテゴリーIIが疑われる発がん性物質に対応する。 Table 2)(訳注:世界の発がん性分類)。 どのカテゴリーの物質の分類も、ハザードの科学的評価に基づいており(ハザード同定)、”効力”のようなリスク評価スキームの他の要素を考慮していない(Figure 1)(訳注:Figure 1)。オプション2又は4の選択は、 EDs を同等の懸念ある他のハザードとは異なる分類にするであろう。それは、ハザードのカテゴリー数が異なるからであり(オプション2の場合は、物質は ED であるか又はそうではないかのどちらかに同定され、産業、消費者又は政策策定者に対して疑わしい EDs についての注意を喚起しない)、又は効力が考慮されるであろうからである(オプション4)。これは EDs を発がん性物質、変異原性物質及び生殖毒性物質と同等の懸念として考える法制定の政策選択に反するであろう。全体として、発がん性物質の例は、重要なハザードを定義する基準は複雑である必要はないし、効力やリスク関連の概念に頼る必要もないことを示している。

影響評価調査はハザード定義に役立つように設計されていない

 欧州委員会は、4つのオプションの中からひとつを決定する前に予備的段階として影響評価を実行している。影響評価調査は、選択する政策オプションの潜在的な経済的、社会的、及び環境的影響の評価を提供する。もし政策オプションが広く検証されていたなら(例えば農薬のハザードベースの規制又はリスクベースの規制の間で)、又はある政策の実施の後に、その結果を判断するための検証がなされていたなら、それらは意味をなしたであろう。ところが関連する規則 (PPPR, BPR, REACH 規則) はすでに立法化されているのに、この評価がなされていない。

 科学的基準は科学的基礎に依存すべきである。それは科学的定義を導くべき化合物群の影響の評価ではない。むしろ科学的定義の採用が全ての影響評価を条件付ける。他の健康ハザードの前例に倣えば、発がん性物質は既存の発がん性物質の数の明確な状況を得る前に定義され、それらの影響とは無関係である。同様に、X 線又は爆発物を定義する前に影響評価調査を実施する必要はないであろう。

 ヨーロッパにおける疾病負荷及びコストに関するいくつかの EDs の影響の調査はすでに発表されている(Trasande et al. 2015)。EU で禁止されていない EDs への暴露に関連する経済的コストは年間 1,570 億ユーロであると見積もられた(Trasande et al. 2015)。

 もしオプション A が EDs であるとする 10 物質の同定をもたらし、一方オプション B はもっと多くの 50 物質を同定したなら、オプション B は EDs の健康影響をを制限するのに望ましいのではないか?、あるいは産業界への圧迫を制限するためにオプション A が選択されるのか? 経済及び健康影響は、暴露レベル、代替物質の開発、又は代替産業プロセス、適切な代替物質を持った会社の存在・・・等の関数として直ぐに変化する。影響評価はこれらの変化に対応して更新され、それに従い基準は改訂されるのであろうか? 経済及び健康影響は、暴露レベル、代替物質の開発、又は代替産業プロセス、適切な代替物質を持った会社の存在・・・等の関数として急速な変化をもたらす。影響評価はこれらの変化に対応して更新され、それに従い基準は改訂されるのか?

 欧州委員会に対する判決で、欧州司法裁判所は”内分泌系をかく乱する特性を同定するための科学的基準の定義は、他のどのような考慮、特にどのような経済的考慮からも独立し、内分泌系に関連する科学的データに基く客観的な方法でのみ、なされることができる”と述べた(European Court of Justice 2015)。科学的定義を影響評価の結果に依存させるということは、一般的に公衆の健康と科学にとって悪しき前例となるであろう。


結論

 過去数十年間欧州議会によって採択された法律は、 EDs によって及ぼされる健康リスクを制限するために革新的なアプローチからなっていた。

 我々は、 EDs を同定するために欧州委員会によって提案されたそれぞれのオプションを示して議論し(European Commission 2014)、具体的な勧告を示した(Table 3)(訳注:Table 3)。

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Table 3 勧告

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訳注:以下に Table 3 の勧告と根拠を示す。

勧告 根拠
1. WHO/IPCS (2002) の EDs、潜在的(疑われる)EDs、及び有害影響の定義、及び EFSA の内分泌活性物質の定義を参考にすること。 科学的合意に従う。
2. 効力に言及せずにハザードを同定すること。 効力はよく定義されておらず、エンドポイントに依存し、発がん性物質のような同等の懸念ある他のハザードを定義するのに使用されておらず、リスク評価の範疇に属し、ハザード同定には属さない。
3. ハザード同定とリスク特性化は別の問題であるとみなすこと。特定の物質についてハザードベースからリスクベースの規制に変更するために科学的基準を利用しないこと。 法の精神のどのような変更も EU 委任法令を介してではなく、法律の中で明示的に行われるべきである。
4. 影響評価調査とは無関係の科学的 ED 基準を確立すること。 影響評価調査は科学的定義を提供することを意味しない。
5. EDs の特性化に証拠のレベルを導入すること(オプション3)。 発がん性物質及び EDs と同等の懸念ある他のハザード物質に適切であることが証明されている。


 オプション2と3だけが科学に従っている。 WHO/IPCS の ED 定義の妥当性に関して科学的合意がある(WHO/IPCS 2002)。オプション4は効力の観念を導入することによりこの定義を修正するものであるが、効力の観念は、 WHO/IPCS 定義にはないものであり、また EDs に対する懸念と同等のハザードである発がん性物質を同定する基準にも存在しない。我々は、発がん性のハザードの定義との類似性があり (発がん性の定義は証拠のレベルに基づく異なるカテゴリーを持つ) 、また、疑わしい EDs の同定を求めているので、オプション3がより適切であると信じる。これは、化学物質が ED である可能性−すなわち、内分泌かく乱物質(EDs であることが既知の又は推定される物質を含む)、疑わしい内分泌かく乱化学物質、及び内分泌活性物質−に関して科学的証拠の重みを伝える簡単な分類を提供するであろう。(Table 2)(訳注:Table 2

 我々は、より詳細なメカニズム、 EDs の健康と環境への影響の正確な程度、及び集団レベルでのそれらの影響に関して、科学的不確実性が存在することを認める。また、 EDs として同定されそうな物質の数に関して大きな不確実性がある。しかし、発がん性物質を同定するために国際がん研究機関による40年の活動により示されたように(Pearce et al. 2015)、検討対象のハザードの明確な定義を利用することができるということは、必要な第一歩である。いったん基準を定義することが可能になれば、ひとは適切なテスト手法を開発し、物質を同定し、リスクを管理することができる。規制を目的として求められる何らかのテスト手法が開発され、同意される必要がある。

  EDs の科学的基準の採用の遅延には科学的又は公衆健康の正当性がない。

 科学者として我々は、影響評価調査は科学的基準を定義するために利用されるべきではないし、科学的定義の発行を延期させるための主張として利用されるべきではないと信じる。我々は、影響評価調査が科学外のことにより定義される方向に科学を曲げるために利用され得ることを懸念している。我々は、効力というあいまいな観念にはハザード同定の脈絡中に居場所はないと確信している。我々は、暴露が無視できないなら、そして、それによって科学と政治を混乱させるリスクベースの管理ではないということなら、農薬中に存在する EDs のハザードベースの管理を求めている法の精神を修正するために、科学的定義が歪められようとしていることを懸念する。我々は、 EDs を定義する科学的基準は、発がん性や生殖毒性の物質のような他の重大なハザードのための EU の論理に従うべきであると信じる。実際には WHO の報告書 『内分泌かく乱化学物質の科学の現状』 によって数年早く定義されていたハザードを定義する科学的基準を発行する試みに数年間が費やされていることは残念なことである。この遅延のための最もそれらしい説明は科学的合意の欠如ではなく、むしろ科学的基準の発行を延期することは 2009 年の農薬規則と 2012 年の殺生物剤の欧州規則の完全実施を延期するひとつの方法ではないのかということを恐れる。この延期は、これらの科学的基準は EDs を同定し、欧州連合内の公衆の健康のもっと効率的な保護を提供する方向への最初の第一歩のひとつであるのだから、なお一層心配である。

校正時の追記
 この原稿の受理後、2016年6月16日に欧州委員会は農薬及び殺生物剤規則の文脈でEDs を定義するための提案を発表した(European Commission 2016)(訳注1)。 その提案は EDs を含む農薬の管理のハザードベースの論理を捨て去ることを示唆している(訳注2)。コメントについて Kortenkamp et al. (2016) を参照のこと。


訳注1
訳注2
  • 上記 Communication 中の Regulation by "hazard" or "risk" で次の様に述べている。
    ... Under this legislation, as a general rule, endocrine disruptors are banned on the basis of hazard28, without undergoing a specific risk assessment on the basis of considerations of exposure (although in some cases derogations ? either hazard, risk or considering socio-economic issues ? may apply on a case by case basis, as stipulated by the legislation)...

  • The Gurdian, 16 June 2016 New rules to regulate Europe's hormone-disrupting chemicals
    Kortenkamp’s position was supported by the Endocrine Society of scientists.
    Commission officials insist that the new rules are in line with the bloc's precautionary principle which takes a "hazard-based" approach to regulation, erring towards public safety.
    Even so, existing legislation on biocides and pesticides will now be amended to allow exemptions from the laws, where there is a "negligible risk of exposure". An annex to the new proposal suggests that this be done in the form of a risk assessment.


化学物質問題市民研究会
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