EHP2006年4月号 フォーラム
ビスフェノールAと脳

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 4, April 2006
Bisphenol A and the Brain
by Julia R. Barrett
http://www.ehponline.org/docs/2006/114-4/forum.html#bispt

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年4月1日

 あなたは(U)は驚きましたか? コントロールである(A)に比べて、ビスフェノールAはラットの小脳で、低用量及び高用量(D及びF)で免疫陽性細胞の数が増大するU字型の用量−反応曲線を示したが、中用量(E)では増大しなかった。image: Scott Belcher

 エストロゲンは、すい臓、脳下垂体、脳など多様な組織内で、ホルモン分泌や細胞浸透性変化などの急速な細胞反応を引き起こすことで知られている。『Endocrinology』2005年12月号に発表された二つの研究、すなわち体の主要な内因性エストロゲンであるエストラジオールが小脳でどのように振舞うかという研究と、その研究に基づきさらに外因性ビスフェノールAを追加した複雑な研究の二つが、それらの複雑な挙動を写真で示した。

 シンシナチー大学医学部のスコット・ベルチャーによって率いられた研究者らによって実施された研究は、発達中のラットの小脳ニューロン内のエストロゲン媒介の細胞外信号制御キナーゼ系を調べた。試験管(インビトロ)での最初の研究では、エストラジオールによって引き起こされる連続細胞反応における個々の段階を特定した。第二の研究では、ラットの小脳にエストラジオール及びビスフェノールAの単独及び組み合わせの注射を行った後に、その反応を観察した。その影響は、低用量の1リットル当たり10-12〜10-10モル及び、高用量の10-7〜10-6モルで観察されたが、中用量の10-9〜10-8モルでは観察されなかった。逆説的に、ビスフェノールAだけが注射された場合には、エストラジオール様の作用を示したが、エストラジオールと一緒に注射されるとエストラジオールの作用を阻害した。

 ビスフェノールAは、エンドクリン作用のある化学物質として知られている。ビスフェノールAはポリカーボネート・プラスチックやエポキシ・レジン中に含まれるので、低レベルでのヒトの暴露が広まっているが、長期間暴露の影響についての理解はこれからの課題である。内分泌学の論文で示されているように、ビスフェノールAは従来のリスク評価では評価されていない低濃度範囲において複雑なシステムを通じて影響を及ぼす。

 ”それは内分泌学の基本的な要素であり、小脳細胞表面受容体における刺激が、ppt 以下の用量で影響を引き起こすことがこれらの論文で見事に示されている”−とミズーリ・コロンビア大学生物学部教授フレデリック・ボンサールは述べている。その用量が古典的な高用量毒性研究で考慮されていたよりも桁違いに低いということだけでなく、エストラジオール及びビスフェノールAの両方ともに極端に低い用量で示す反応は用量が増大すると消えてなくなる。”これは、用量が増大すれば常に反応は増大するというリスク評価の基本的な仮定に対する絶対的な挑戦である”−とボンサールは述べている。

 薬理学及び生物物理学の助教授であるベルチャーによれば、彼のグループの研究で観察された影響を有害又はネガティブであると決めることはできない。”観察された作用が安全であるとも有害であるとも言えないが、この問題はもっと注意深く真剣に見ていく必要があるということは明らかである”−と彼は述べている。

 バージニア州アーリントンのアメリカ・プラスチック工業会によって代表されるプラスチック製造業界はビスフェノールA研究のいくつかの側面について一般的に懐疑的であるが、内分泌学の論文中に見られるような研究結果をリスク評価の領域に展開することは容易なことではないということについては完全に同意している。”たとえ発表を額面どおりに認めたとしても、その結果が人間に対してどのような意味を持つのかを解くことはそれほど簡単なことではない”−とアメリカ・プラスチック工業会ポリカーボネート・ビジネス部会の代表スティーブ・ヘントゲスは述べている。”テスト可能な仮説を展開することすら非常に易しいというわけではない。そこに見られることは非常に複雑なシステムである。そのメカニズムは有害影響であるとするには程遠い。”

 ベルチャーもまた、彼の成果をリスク評価にまで広げることは早すぎると信じている。これらの低用量での現在のリスク評価モデルを用いてビスフェノールAが安全か有害かを結論付けることはできない”−と彼は述べている。さらに、ビスフェノールAに逆説的作用が示されたように、エストロゲン成分に対する反応はその系に含まれている他のものに依存することがあり得る。

ジュリア R. バーレット(Julia R. Barrett)



化学物質問題市民研究会
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