EHN 2007年4月9日による論文解説
ビスフェノールAは前立腺がんの内分泌療法を妨げる

情報源:Environmental Health News, April 9, 2007
Wetherill, YB, JK Hess-Wilson, CES Comstock, SA Shah, CR Buncher, L Sallans,
PA Limbach, S Schwemberger, GF Babcock and KE Knudsen. 2006.
Bisphenol A facilitates bypass of androgen ablation therapy in prostate cancer.
Molecular Cancer Therapeutics 5:3181-3190.

http://www.environmentalhealthnews.org/newscience/2007/2007-0409wetherilletal.html

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2007年5月18日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehn/ehn_070409_BPA_prostate cancer.html


 マウスに移植されたヒトの前立腺腫瘍についての新たな実験によれば、実際ほとんど全てのアメリカ人が暴露しているビスフェノールAは前立腺がんの標準的医療法を妨げるかもしれない。実験ではビスフェノールAの用量はヒトが普通に暴露する範囲内になるように特に選らばれた。処置後1ヶ月の暴露マウスでは、腫瘍サイズと前立腺特異抗原値(PSA Level / prostate-specific antigen levels)は著しく大きかった。

 アメリカではビスフェノールAへの暴露源として知られているもののうちのひとつは、マーケットで売られている大部分の缶詰内部の表面処理に用いられる樹脂の使用である。ウェザーリルらによるこれらの新たな結果は、前立腺がんを懸念する男性は缶詰食品やもうひとつのよくある暴露源であるポリカーボネート・ボトルの水の摂取を減らすよう示唆することになる。

状況

 進行性前立腺がんの標準的治療法は、腫瘍がテストステロンのようなアンドロゲン(訳注:男性ホルモン物質)に依存して成長することを利用している。アンドロゲンに依存している限り、アンドロゲン除去療法(androgen deprivation therapy)はテストステロンのレベルを低めることによって、又はテストステロンへの感度を減少させることによって、腫瘍を抑制することができる。患者の80%まで、初期にはこの治療は効果がある。しかしこのアプローチの早い時期の成功にもかかわらず、2年後には50%以上の患者が再発する。この再発は、腫瘍がアンドロゲン刺激への依存性を徐々に失い、エストロゲン(訳注:女性ホルモン物質)のような他のホルモンに反応し始めることにより腫瘍中に生じるある変化によって引き起こされる。

 ウェザーリルと彼の同僚らは、ビスフェノールAが細胞のアンドロゲン依存喪失の速度を加速することを示す細胞培養中の前立腺腫瘍細胞の実験に関してすでに報告していた。今回の新たな一連の実験は試験管での影響を確認し、生体での関連性を実証した。

 ビスフェノールA(BPA)は1930年代からエストロゲン様であることが知られていた。それはポリカーボネート・プラスチックや歯科用シーラント、食品が金属と接触するのを防ぐための缶詰内面のコーティングなどの製造に使われている。BPAへの暴露はいたるところで起きる。テストを受けたアメリカ人の95%から検出されている。

 1990年代後半から始まった多くの研究調査がBPAの、動物において特に胎内での、しかしそれだけではない、低用量での広範な有害影響と関係していることを示した。当初は"弱い"エストロゲン”として特徴付けられたが、最近の研究はある種の生理学的反応を引き起こすに十分な強さを持っていることが発見されている。BPAの詳細・・・

何をしたか?

 ウェザーリルと彼の同僚らは、移植に抵抗のない免疫系を持った血統のマウス(NCR/nu/nu mice と呼ばれる)にヒトの前立腺腫瘍細胞(LNCaP 細胞と呼ばれる)を埋め込んだ。腫瘍の成長について毎週監視が行われた。腫瘍がある特定の大きさになるとマウスは去勢され二つのグループに分類された。ひとつはビスフェノールAの投与を受け、他方はプラセボ(対照薬)を与えられた。ビスフェノールAとプラセボは皮下21日間放出ペレット(丸薬)を用いて投与された。投与期間中、研究チームは血清PSA、テストステロン、及びBPAレベルを監視した。35日後、マウスは安楽死させられ腫瘍は詳細な調査のために集められた。

 使用された腫瘍細胞はアンドロゲン依存特性を持つが、男性の前立腺腫瘍のようにアンドロゲン除去を受けるとその後時が経つにつれアンドロゲンへの依存性を失い、アンドロゲンが存在しなくても成長するようになる。ヒトの進行性前立腺腫瘍において、その31%はアンドロゲン非依存が特定のアンドロゲン受容体(AR)変種、AR-T877Aの存在に関連している。この変種はこの実験で使用された LNCaP 細胞中にも存在する。この変種は受容体がアンドロゲンだけでなく、エストロゲン、プロゲスティン、及び抗アンドロゲンなど他の多くのホルモンにも反応する。

何が分ったか?

 テストステロンは、予想通り去勢後のマウスからほとんど検出されなかった。



 去勢後21日までにプラセボ投与マウスとBPA投与マウスの両方の腫瘍は成長した。

 35日までにBPA投与マウスの腫瘍はコントロール・マウスの腫瘍に比べて著しく大きくなった(p<0.01)。


 組織学的調査ではBPA投与マウスとプラセボ投与マウスの腫瘍の構造上については著しい差異は見られなかった。しかし、その拡散率についてはBPA投与マウスはプラセボ投与マウスに比べて高かった。BPA投与マウスの細胞ではプラセボ投与マウスに比べて活発に分割する割合が高かった(p < 0.01)。


 去勢によりアンドロゲン除去を行うとすぐに、PSAレベルは予想通り、75%低下した(左図)。

 また予想された通り、PSAレベルはプラセボ投与マウスとBPA投与マウスの両方とも時間とともに上昇した。最初の低下後、徐々に上昇するのはアンドロゲン除去療法後のヒトの男性に観察されることである。

 35日までにPSAレベルは、BPAに暴露したマウスにおいてはプラセボ投与マウスに比べて著しく高くなった(p <0.01)。


何を意味するか?

 この調査で得られた結果は、環境中に存在するレベルと同等なビスフェノールAのレベルは、進行性前立腺腫瘍の31%に存在するアンドロゲン受容体 AR-T877A の変種を持つ男性の前立腺がんの成長を促進するということを示している。

 ウェザーリルらは、他の変異種も同様に反応するかもしれないが、彼らの研究ではそのようなケースを対象としなかったと述べている。したがって少なくとも進行性前立腺がん患者のほとんど3分の1はBPAへの偶発的な暴露に脆弱かもしれず、アンドロゲン除去療法を妨げるかもしれない。

 ヒトにおいては、アンドロゲン除去療法で有効な前立腺がんが有効ではないがんに進展すると急速なPSAレベルの上昇をしばしば伴うので、PSAレベルの上昇は特に重要である。

 彼らの細胞培養での以前の研究はBPAのこの影響は bicalutamide (薬の名称)のようなアンドロゲン受容体拮抗剤の適用によって対応することができることを示していた。したがって治療でBPAの影響を無効にすることができるかもしれない。このことは現在研究中のBPAへの長期的な暴露の結果が分るまで結論はでない。

 BPAの低用量有害影響のほとんどは、前立腺がんや乳がんなどの発達暴露の結果を検証する研究の中で出現している。この研究は少数の他の研究、例えば、成人の暴露の結果としての潜在的なリスクであるインスリン耐性や精子数に関する研究を統合している。


Resources:
Alonso-Magdalena, P, S Morimoto, C Ripoll, E Fuentes and A Nadal. 2006. The Estrogenic Effect of Bisphenol-A Disrupts the Pancreatic s-Cell Function in vivo and Induces Insulin Resistance. Environmental Health Perspectives 114:106-112.

Calafat, AM, Z Kuklenyik, JA Reidy, SP Caudill, J Ekong, LL Needham. 2005. Urinary Concentrations of Bisphenol A and 4-Nonylphenol in a Human Reference Population. Environmental Health Perspectives 113: 391-395.

Ho, S-M, W-Y Tang, J Belmonte de Frausto, and GS Prins. 2006. Developmental Exposure to Estradiol and Bisphenol A Increases Susceptibility to Prostate Carcinogenesis and Epigenetically Regulates Phosphodiesterase Type 4 Variant 4. Cancer Research 66: 5624-5632.

Murray, TJ, MV. Maffini, AA Ucci, C Sonnenschein and AM. Soto. 2006. Induction of mammary gland ductal hyperplasias and carcinoma in situ following fetal bisphenol A exposure. Reproductive Toxicology, in press.

Sakaue, M, S Ohsako, R Ishimura, S Kurosawa, M Kurohmaru, Y Hayashi, Y Aoki, J Yonemoto and C Tohyama. 2001. Bisphenol-A Affects Spermatogenesis in the Adult Rat Even at a Low Dose. Journal of Occupational Health 43:185 -190.

Wetherill, YB, CE Petre, KR Monk, A Puga, and KE Knudsen. 2002. The Xenoestrogen Bisphenol A Induces Inappropriate Androgen Receptor Activation and Mitogenesis in Prostatic Adenocarcinoma Cells. Molecular Cancer Therapeutics 1: 515?524.

Wetherill, YB, NL Fisher, A Staubach, M Danielsen, RW de Vere White and KE Knudson. 2005. Xenoestrogen action in prostate cancer: pleiotropic effects dependent upon androgen receptor status. Cancer Research 65:54-65.



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