米国アカデミー ニュース・リリース 2006年7月11日
EPAのダイオキシン評価
健康リスクの不確実性は控えめに言い
ヒトのがんリスクは大げさに言っているかもしれない


情報源:National Academy News Release July 11, 2006
EPA Assessment of Dioxin Understates Uncertainty about Health Risks and
May Overstate Human Cancer Risk
http://www8.nationalacademies.org/onpinews/newsitem.aspx?RecordID=11688

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年8月4日

訳注(参考):世界の発がん性基準


【ワシントン】 米環境保護庁はダイオキシンのリスクの再評価2003年ドラフトの中で科学的文献の包括的なレビューを発表したが、米国アカデミーの米国研究審議会(National Research Council)による新たな報告書によれば、EPAはリスクに関連する不確実性と変化性を十分に定量化せず、あるいは、それらを見積もるために用いられた仮定を適切に正当化しなかった。この報告書を書いた委員会は、EPAはいくつかの異なる仮定を用いてリスクを再評価し、これらの見積りの中の不確実性をもっとよく伝えるよう勧告した。EPAはまた、再評価が拠り所としたデータとそれらを分析するために用いた手法をどのようにして選択したのかもっと明確に説明すべきである。

 ”不確実性を十分に特性化しないと、リスク評価の結論の正確さについて間違った感じを与えることになる”−と委員会の議長でシアトルのワシントン大学副総長、教授のデービッド L. イートンは述べた。”EPAはリスクの見積りを支えるために用いた仮定を明確に特定し、顕著な新しい発見がなされた時にはそれらを更新することによって、評価の透明性と信憑性を改善できたはずである。”

 ダイオキシンと関連する化合物は、ベトナム戦争時に枯葉剤として広く用いられたエージェント・オレンジの中に見出されて以来、懸念の的となっている。この化学物質は多くの産業プロセスから副産物として非意図的に生成され、環境中に残留し、食物連鎖中に蓄積する。人間は、職業的暴露や事故があればその暴露はもちろん大きいが、主に、牛肉、豚肉、魚肉、及び乳製品の摂取を通じてダイオキシンに暴露する。近年、環境中のダイオキシンと関連する化合物を削減する努力がなされたので、ヒトの体内のこの化学物質の濃度は低くなってきている。

 EPAは1985年に初めてダイオキシンを評価した。新たな科学的データが出現した後、2003年にEPAは再評価のドラフトを発行した。連邦政府の7つの機関からなる”省庁間作業部会”がこの新たな文書のさらなるレビューを勧告した。

 1985年の評価の中で、EPAはダイオキシンを”おそらくヒト発がん性がある物質(probable human carcinogen)”と分類したが、EPAの2003年の再評価では、ダイオキシンは”ヒトに発がん性がある(carcinogenic to humans)”として特性化した。しかし2003年以来、EPAは化学物質の発がん性に関する分類の新たなガイドラインを発行している(訳注1:EPA の発がん性分類)。研究審議会委員会は、新たなガイドラインの下に入手可能な証拠によりダイオキシンが”ヒトに発がん性がある物質”として分類されるための全ての基準を満たしているかどうかについて意見が分かれたが、少なくともダイオキシンは”ヒト発がん性があるらしい(likely to be carcinogenic to humans)”と考えられるべきであるということについては意見が一致した(訳注2、訳注3:IARC の発がん性分類)。

 委員会は、科学よりもむしろ意味論的に言い回しの選択を考察し、発がん性のこの二つの分類の公衆健康への影響は同等に見えると述べた。そしてダイオキシンをヒト発がん性とする分類を支える疫学的証拠は強くないにもかかわらず、労働安全衛生調査は体内の比較的高濃度のダイオキシンと全てのがんの死亡率の増加との間のあまり大きくない関係を示している。動物研究はダイオキシンの発がん性分類のための追加的な支持を提供している。

 しかし委員会は、EPAがどのようにダイオキシンのがんリスクを見積もったのかについての懸念を強く述べた。がんリスクを示すデータは、ダイオキシン用量が一般の人々が暴露するよりずっと高い職業的及び動物研究からのものなので、ヒトのリスクを見積もるために数学的モデルはより低い用量の部分を外挿している。

 委員会は、動物にがんを引き起こすことが示されているよりも一般的にはるかに低い環境中で見いだされるレベルを含む暴露の全ての範囲において、がんのリスクは用量に直接的に比例すると仮定する”線形”モデルだけに依然するEPAの決定と意見が対立した。”そのようなアプローチは通常、生物学的反応が用量によって比例性を変えない非線形の仮定に基づくものよりも高いリスクの見積りをもたらす。EPAは非線形アプローチを支えるためのデータが欠如していたと述べたが、委員会は、国家毒性計画(NTP)からの動かしがたい新たな動物データがEPAの再評価完成後に発表され、ダイオキシンは直接的にはDNAを損傷しないという本質的な証拠が示されたことは、今や相対的に低レベルでの暴露によるがんリスクを見積もるために非線形手法を用いることを正当化するのに適切であると述べた。
 同報告書はEPAががんリスクを非線形及び線形モデルの両方を用いて見積もり、それぞれの長所と短所を述べることを勧告している。


訳注:本報告書 Public Summary (Page 4) の説明図

 EPAはまた、有害健康影響に関連する最も低い実験用量に対応する”出発点(point of departure)”をどのように選択したかを明確にすべきである。外挿法が低用量におけるリスクを見積もるために用いられている。出発点は一般的に、5%がん増加のような、すなわち5%”有効用量のような”増加影響(incremental effect)と関連付けられる。しかし、EPAの再評価で用いられた1%有効用量のような非常に低い有効用量は、影響のそのような小さな増加を検出するためにもっと多くのデータが必要である。委員会は、EPAは1%有効用量の使用を適切に正当化していないと述べた。同報告書は、がんリスクは多くの”出発点”を用いて見積もられるべきこと及びそれぞれに関連する不確実性が十分に説明されるべきこと、そして可能なら定量化されるべきことを勧告している。

 非常に低用量でのがん以外のリスクを評価するために、EPAは通常、それ以下の値では有害影響が予測されないという”参照用量(reference dos)”を特定している。しかし、EPAはダイオキシン再評価において参照用量を確立しても有用な情報をもたらさないであろうと述べた。しかし委員会は、参照用量はそれ以上のレベルで暴露するかもしれない労働者を含んで一般の人々が直面するリスクのような貴重な情報を提供するであろうと述べた。

 委員会は、ダイオキシンはヒトの免疫系におそらく有毒であるというEPAの結論に同意したが、EPAのダイオキシン様化合物が”ある用量レベル”で免疫毒性があるという所見は不適切であると述べた。EPAはダイオキシンの低用量暴露が免疫系を危うくする生物学的メカニズムを討議することによって再評価におけるこの問題を展開すべきである。EPAはまた、動物においてダイオキシンによって引き起こされる発達障害及び生殖障害がヒトのリスクにどのように関連するかについてもっと徹底的に目を向けるべきである。

 委員会はEPAのダイオキシンに関係するダイオキシン様化合物の毒性を見積もるために”毒性等価係数(toxic equivalency factor)”を用いることを支持する。毒性等価係数は毒性のパーセンテージを割り当てる。例えば、あるひとつのダイオキシン様化合物がダイオキシンの10分の1のリスクを表すかもしれない。このことは、環境中の多数のダイオキシン様化合物への暴露の累積リスクを考慮する上で重要である。

 全体として、多くの不確実な源に定性的に目を向けているが、公衆健康に対するダイオキシンのリスクを見積もるために、EPAが入手可能な科学的データの中の不確実性及び変化性をもっと定量化できる手法を取り入れていれば、EPAの再評価はもっと強化されていただろうと委員会は指摘した。EPAは、不確実性の包括的な議論を含むリスクの特性化、すなわち、関連する毒性の最高点と暴露データ及びその潜在的健康影響への関連に関し、もっと完全な章を書くことを勧告する。EPAはまた、日常的にダイオキシン関連研究をモニターし、最近のダイオキシンのリスク評価を修正するに十分である例えば国家毒性計画の新たなデータのような発見があった時には、それに基づき、決定のための基準を確立するべきである。

 委員会の報告書は、EPA、農務省、保健福祉省の基金により作成された。米国研究審議会(National Research Council)は米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)及び米国技術アカデミー(National Academy of Engineering)の主要な活動部門である。それは議会憲章(congressional charter)の下に科学的及び技術的助言を提供する私的非営利の機関である。

 ダイオキシン及び関連化合物の健康リスク:EPA再評価の査定(HEALTH RISKS FROM DIOXIN AND RELATED COMPOUNDS: EVALUATION OF THE EPA REASSESSMENT)は米国アカデミー出版(tel. 202-334-3313 or 1-800-624-6242)又はインターネット http://www.nap.edu で入手可能である。記者はニュース及び出版情報オフィスから事前出版コピーを入手することができる(上記連絡先)。

このニュース・リリースと報告書は http://national-academies.org で入手可能である。

NATIONAL RESEARCH COUNCIL
Division on Earth and Life Studies
Board on Environmental Studies and Toxicology

COMMITTEE ON EPA'S EXPOSURE AND HUMAN HEALTH REASSESSMENT OF TCDD AND RELATED COMPOUNDS

DAVID L. EATON, PH.D. (CHAIR)
Professor of Environmental and Occupational Health Sciences
School of Public Health, and Associate Vice Provost for Research University of Washington Seattle

DENNIS M. BIER, M.D.
Director Children's Nutrition Research Center, and Professor of Pediatrics Baylor College of Medicine Houston

JOSHUA T. COHEN, PH.D.
Instructor Institute for Clinical Research and Health Policy Studies Tufts New England Medical Center Boston

MICHAEL S. DENISON, PH.D.
Professor of Environmental Toxicology University of California Davis

RICHARD DI GIULIO, PH.D. Director Integrated Toxicology Program; Director Superfund Basic Research Center; and Professor Nicholas School of Environment and Earth Sciences Duke University Durham, N.C.
NORBERT KAMINSKI, PH.D.
Director Center for Integrative Toxicology, and Professor of Pharmacology and Toxicology Michigan State University East Lansing

NANCY K. KIM, PH.D.
Director Division of Environmental Health Assessment New York State Department of Health Troy
ANTOINE KENG DJIEN LIEM, PH.D.
Scientific Coordinator of the Scientific Committee European Food Safety Authority Parma, Italy

THOMAS E. MCKONE, PH.D.
Senior Staff Scientist Lawrence Berkeley National Laboratory, and Adjunct Professor School of Public Health University of California Berkeley

MALCOLM C. PIKE, PH.D.
Professor Department of Preventive Medicine Norris Comprehensive Cancer Center Keck School of Medicine University of Southern California Los Angeles

ALVARO PUGA, PH.D.
Professor of Molecular Biology and Environmental Health; Director Department of Environmental Health; and Associate Director Center for Environmental Genetics Superfund Basic Research Program University of Cincinnati Medical Center Cincinnati
ANDREW G. RENWICK, PH.D., D.SC.
Emeritus Professor Clinical Pharmacology University of Southampton Southampton, United Kingdom

DAVID A. SAVITZ, PH.D.
Professor Department of Community and Preventive Medicine Mount Sinai School of Medicine New York City

ALLEN E. SILVERSTONE, PH.D.
Professor of Microbiology and Immunology Upstate Medical University State University of New York Syracuse

PAUL F. TERRANOVA, PH.D.
Director Center for Reproductive Sciences, and Professor of Molecular and Integrative Physiology and of Obstetrics and Gynecology University of Kansas Medical Center Kansas City

KIMBERLY M. THOMPSON, SC.D.
Visiting Faculty Operations Management and System Dynamics Sloan School of Management Massachusetts Institute of Technology Cambridge

GARY M. WILLIAMS, M.D.
Director of Environmental Pathology and Toxicology, and Professor of Pathology New York Medical College Valhalla

YILIANG ZHU, PH.D.
Associate Professor University of South Florida Tampa

RESEARCH COUNCIL STAFF

SUZANNE VAN DRUNICK, PH.D.
Study Director

THOMAS BURKE, PH.D.
Board Liason


世界の発がん性基準
米環境保護庁(EPA)、国際がん研究機関(IARC)、欧州連合(EU)

訳注1:EPA発がん性分類
1986年のグループによる分類基準は、最終的に2005年に記述式の分類に変更となった。
http://www.tera.org/iter/methods/cancer.htm#csU.S._EPA

2005年記述式分類
http://cfpub.epa.gov/ncea/raf/recordisplay.cfm?deid=119032
  • ヒトに発がん性(Carcinogenic to Humans)
  • ヒトに発がん性があるらしい(Likely to be Carcinogenic to Humans)
  • 発がん性能力の暗示的な証拠がある(Suggestive Evidence of Carcinogenic Potential)
  • ヒト発がん性能力の評価にはデータが不適切(Data are Inadequate for an Assessment of Human Carcinogenic Potential)
  • ヒトへの発がん性はなさそう(Not Likely to be Carcinogenic to Humans)
1986年のガイドライン
  • グループA:ヒトに発がん性がある(Carcinogenic to humans)
  • グループB:おそらくヒト発がん性がある(Probably carcinogenic to humans)
  • グループC: ヒト発がん性の可能性がある(Possibly carcinogenic to humans)
  • グループD:ヒト発がん性と分類できない(Group D: Not classifiable as to human carcinogenicity)
  • グループE:ヒトへの発がん性はないという証拠がある(Evidence of noncarcinogenicity for humans)
訳注2:国際がん研究機関(IARC)のダイオキシンの発がん性分類
 米科学アカデミーの報告書によれば、IARC は ダイオキシン(TCDD) をクラス 1 ヒト発がん性(Class 1 carcinogen "carcinogenic to humans")と分類している。
8 Conclusions and Recommendations
 CLASSIFICATION OF TCDD AS CARCINOGENIC TO HUMANS(page 134)
http://darwin.nap.edu/openbook.php?record_id=11688&page=134
In 1997, an expert panel convened by IARC concluded that the weight of scientific evidence for TCDD carcinogenicity in humans supported its classification as a Class 1 carcinogen"carcinogenic to humans." In 1985, EPA classified TCDD as a "probable human carcinogen" based on the data available at the time, but in the latest Reassessment (2003), EPA concluded that TCDD was "best characterized as `carcinogenic to humans." The National Toxicology Program (NTP, 2001) also classified TCDD as "known to be a human carcinogen."

訳注3:IARCの発がん性分類
厚生労働省ホームページ 国際がん研究機関(IARC)による発がん性分類 http://www.mhlw.go.jp/topics/2002/11/tp1101-1.html
分類評価
1ヒトに対して発がん性がある(carcinogenic to human)
2Aヒトに対しておそらく発がん性がある(probably carcinogenic to humans)
2Bヒトに対して発がん性を示す可能性がある(possibly carcinogenic to humans)
3ヒトに対する発がん性については分類できない(not classifiable as to its carcinogenicity to humans )
4ヒトに対しておそらく発がん性がない(probably not carcinogenic to humans)

訳注4:EUの発がん性・変異原性・生殖毒性(CMR)の分類
Commission Directive 2001/59/EC of 6 August 2001
classification, packaging and labelling of dangerous substances
http://europa.eu.int/eur-lex/lex/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=CELEX:32001L0059:EN:HTML

4.2.1. 発がん性物質(Carcinogenic substances)
 Category 1:ヒトへの発がん性が知られている物質
 Category 2:ヒトへの発がん性があるとみなされるべき物質で、十分なデータがある
 Category 3:ヒトへの発ガン性の懸念がある物質であるが、データが十分ではない

4.2.2. 変異原性物質(Mutagenic substances)
 Category 1:ヒトへの変異原性が知られている物質
 Category 2:ヒトへの変異原性があるとみなされるべき物質で、十分なデータがある
 Category 3:ヒトへの変異原性の懸念がある物質であるが、データが十分ではない

4.2.3. 生殖毒性物質(Substances toxic to reproduction)
 Category 1:ヒトへの生殖能力を損なうことが知られている物質
 Category 2:ヒトへの生殖能力を損なうことがあるとみなされるべき物質で、十分なデータがある
 Category 3:ヒトへの生殖能力を損なうことの懸念がある物質であるが、データが十分ではない



化学物質問題市民研究会
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