プレスリリース ブリュッセル、2000年2月2日
欧州委員会 予防原則に関するコミュニケーション採択
情報源:Press releases Brussels, 2 February 2000
Commission adopts Communication on Precautionary Principle

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年8月27日


 欧州委員会は本日、予防原則に関するコミュニケーションを採択した。このコミュニケーションの目的は、委員会がこの原則をどのように適用し、その適用のガイドラインを確立しようとしているかを関心ある団体に知らせることである。その目的はまた、現在進められているEU及び国際レベル双方でのこの問題に対する議論に対し情報を提供することである。
 委員会は、予防原則はリスク管理に関連するとともに、リスクの分析に対する構造的アプローチの一部分をなすということを強調する。その適用は科学的証拠が十分ではない、結論が出ていない、あるいは不確かであり、また、予備的な科学的評価(evaluation)により、環境、人間、動物、または植物の健康に及ぼす潜在的に危険な影響が共同体のために選択された高い保護レベルと合致しないかもしれないという懸念を示す合理的な根拠がある場合を含む。
 本日のコミュニケーションは最近採択された 『食品の安全性に関する白書』 及び、『バイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書』に関し今週末にモントリオールで達した合意を補完するものである。

 このコミュニケーションはまた、予防原則の下でとられるかもしれない措置に適切な要件を与えるものである。措置が必要であると考えられる場合には、それら措置は、選択された保護レベルに釣り合うこと、適用において非差別的であること、及び、既に実施された類似の措置と一貫性があることが求められる。
 それらはまた、措置をとる叉は措置をとらない場合の潜在的便益とコストの検証に基づいていること、そして新しい科学データが得られた時には再検証の対象とすることとし、科学的データが不完全である、不正確である、叉は結論に達していない限り、また、社会に及ぼすリスクがまだ高いと考えられる限り、継続的に保守されるべきである。
 最後に、それらの措置はより包括的なリスク評価に必要な科学的証拠を作成する責任あるいは義務を決めるかもしれない。
 これらのガイドラインは予防原則を保護主義の隠れ蓑として不当に利用することを防ぐものである。

 本日のコミュニケーションは、”企業と情報社会”コミッショナー、エルッキ・リッカーネン、”健康と消費者保護”コミッショナー、デービッド・ビルン、及び、”環境”コミッショナー、マルゴット・バルストロームによって委員会に提出された。それは、1999年10月5日の欧州議会におけるプレジデント、ロマノ・プロディーの演説に対する対応である。

 委員会は、特に、環境と人間、動物、及び植物の健康の分野で高いレベルの保護を達成するために一貫して努力してきた。この高いレベルの保護を健全で十分に科学的なベースに基づき、達成することを求める決定をすることが委員会の方針である。しかし、潜在的な危険が環境又は人間、動物、及び植物の健康に与えるかもしれないという懸念に合理的な根拠がある場合、及び同時に科学的な情報がないために詳細な科学的評価ができない場合、予防原則がいくつかの分野で政策的にリスク管理として受け入れられてきた。

 委員会は、予防原則は科学の政治化でもゼロ・リスクの許容でもなく、科学が明確な答えを出せない時にとるべき措置のベースを与えるものであるということを明らかにする。委員会はまた、EUにとって何が許容できるリスクのレベルであるかを決めることは政治的な責任であるということを明らかにする。
 それは、科学的不確実性に直面した時にとるべき措置の道理に基づいた構造的な枠組みを提供し、予防原則は科学的証拠を無視し保護主義的な決定を行うことを正当化するものではないということを示している。

 このコミュニケーション中で確立される水平的ガイドラインは、将来これに関する政策決定を行うときに有用なツールを提供し、科学がリスクを完全に評価することができない時に、不合理な恐れ又は知覚に基づく決定ではなく、このガイドラインに基づいてとられた決定を合法的なものにすることに寄与するであろう。
 このようにして、このコミュニケーションの目的の一つは、予防原則が適用できる状況を明確に述べ、それに関してとられる措置の範囲を範囲を決定することである。このようにして、それは、EU内及びその他どこでも消費者と企業人のための高いレベルの保護と予測性と共に、域内市場の適切な機能を確実にすることに役に立つであろう。

補遺

予防原則に関する委員会からのコミュニケーション

概 要

1.欧州連合(UE)内及び国際間で、予防原則をいつ、どのように使用するかという問題は、多くの論争と様々な、時には矛盾した見解を提起している。従って政策決定者は常に、環境、人間、動物、叉は植物の健康に与える悪影響のリスクを減らす必要性に関し、個人、産業界、及び組織の自由と権利とのバランスを取ることの板ばさみに悩むことになる。従って、釣り合いがとれ、非差別的で、透明性があり、一貫した行動が取れる正しい釣り合いを見出すためには、詳細な科学的そして客観的情報に裏付けられた構造的な政策決定プロセスが必要である。

2.このコミュニケーションの4つの目的は下記の通りである。
  • 予防原則使用に対する委員会の取り組みの概要を述べること

  • 予防原則適用のための委員会ガイドラインを設定すること

  • 科学がまだ完全には評価できないようなリスクに関し、どのように評価し、見積もり、管理し、意志伝達するかについての共通の理解を確立すること

  • 保護主義の隠れ蓑として予防原則を利用することを避けること

 さらにこの問題について域内及び国際間で現在行なわれている議論への情報供給に努めている。

3.予防原則は、EC条約の中では定義されておらず、環境を保護するために一度だけ条約の中で規定されただけである。実際には、特に予備的な客観的・科学的評価が、環境、人間、動物、または植物の健康に及ぼす潜在的に危険な影響が共同体のために選択された高い保護レベルと矛盾するかもしれないという懸念に合理的な根拠があるということを示す場合には、その範囲はもっと広くなる。

 委員会は、共同体が、他のWTO加盟国と同様に、特に環境、人間、動物、または植物の健康の保護を適切と考えるレベルに設定する権利を有すると考える。予防原則を適用するということは共同体の方針に関わる重要なことがらであり、このために、その選択はいかにこの原則を適用するかについての見解に影響を与え続けるであろう。

4.予防原則は、リスク評価、リスク管理、リスク・コミュニケーションの3要素からなるリスクの分析に対する構造的アプローチの中で検討されるべきである。予防原則は特にリスクの管理に関連している。

 リスクの管理において本質的には政策決定者が使用する予防原則は、科学者が科学的データの評価に適用する 担保(element of caution) と混同すべきではない。

 予防原則の適用は、事象、製品、あるいはプロセスに由来する潜在的に危険な影響は特定されているが、科学的評価では十分な科学的確実性をもってリスクを決定できないということが前提となる。

 予防原則に基づく取り組みを実施する場合は、できる限り完全な科学的評価をもって開始し、可能なら、評価の各段階で科学的不確実性の程度を特定すべきである。

5.政策決定者は、入手可能な科学的情報を評価した結果に伴う不確実性の程度について知っている必要がある。何が社会にとって ”許容できる” リスクのレベルなのかを判断することは、極めて政治的な責任である。許容できないリスク、科学的不確実性、そして公衆の懸念に直面した政策決定者は、答を探し出す責務がある。従って、これらすべての要素が考慮されなくてはならない。

 ある場合には、正しい答は、何も実施しない、少なくとも拘束力のある法的措置は導入しないことかもしれない。実施する場合には、法的に拘束力のある措置から研究プロジェクトあるいは勧告まで、幅広い発案(initiatives)が選択可能である。

 政策決定手順は透明であり、できるだけ早い時期から可能な限り全ての関係諸団体を参画させるべきである。

6.措置が必要であると考えられる場合に、予防原則に基づいた措置は、とりわけ、下記要件を満たすべきである。
  • 選択された保護レベルに釣り合うこと

  • 適用において非差別的であること

  • 既に実施された類似の措置と一貫性があること

  • 措置をとる叉は措置をとらない場合の潜在的便益とコストの検証に基づいていること (適切で実行可能なら、経済的コスト−便益分析を含む)

  • 新しい科学データが得られた時には再検証の対象とすること

  • より包括的なリスク評価に必要な科学的証拠を作成する責任の所在を明確にできること

 釣り合いとは、選択された保護レベルに合わせて措置を調整(tailoring)することである。リスクをゼロにすることはほとんどできないが、不完全なリスク評価は、リスク管理者に開かれる選択肢の範囲を著しく狭めるかもしれない。全面的な禁止は、全ての場合に潜在的リスクに対する釣り合いのとれた対応ということではないかもしれない。しかし、ある場合にはそれが、あるリスクに対して唯一の可能な対応となる。

 非差別的とは、客観的な根拠がない限り、同等の情況では異なる取り扱いがなされるべきではなく、また、異なる情況では同等の取り扱いがなされるべきではないということである。

P.4
 一貫性とは、措置は、全ての科学的情報が入手可能な同等な領域において、既に採られた措置と同等な範囲及び特性を持つことである。

 コストと便益の検証は、措置をとる叉は措置をとらない場合の、短期及び長期の共同体に対する全てのコスト比較を必要とする。これは単に、経済的なコスト−便益比較ではない。その範囲はもっと広く、可能な選択肢の効率や公衆に対する許容性のような非経済的考慮を含む。
 そのような検証を行なう場合には、一般原則と、健康保護が経済的考慮に優先するという裁判所(the Court)における判例が考慮されなくてはならない。

 新しい科学データが得られた時の再検証の対象とは、予防原則に基づく措置は、科学的情報が不完全である叉は結論に達していない限り、また、選択された保護のレベルの観点から社会に及ぼすリスクがまだ高いと考えられる限り、継続的に保守されるべきであるということである。
 措置は、科学的進歩に合わせて定期的に見直し、必要に応じて修正されるべきである。

 科学的証拠を作成する責任を明確にすることは、すでにこれらの措置の共通の結果である。危険であるとみなす商品に関する事前承認(市場に出すことの認可)を要求する国は、産業側がそれらの製品は安全であることを実証するために必要な科学的作業をしないなら、そしてするまで、それらの製品は危険なものとして取り扱うことにより、危険性の証明義務を産業側に移行する。

 事前の認可手順がない国の場合には、危険の特性と製品またはプロセスのリスクのレベルを実証することは、使用者または当局に任されるかもしれない。そのような場合、証明義務を生産者、製造者叉は輸入者に課すような特定の予防的措置がとられるかもしれないが、このことを一般的な規則とすることはできない。

Released on 14/02/00



化学物質問題市民研究会
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