第4回環境と健康に関する閣僚会議 ブダペスト 2004年6月23〜25日
世界環境機関(WHO)ヨーロッパ地域事務所
予防原則:公衆の健康、子どもの保護、及び持続可能性
背景説明文書
エグゼクティブ・サマリーの紹介


情報源:Fourth Ministerial Conference on Environment and Health, Budapest, Hungary, 23-25 June 2004
The precautionary principle: Public health, protection of children and sustainability
Background document
Executive Summary

Edited by:Marco Martuzzi and Joel A. Tickner
Published by:The Regional Office for Europe of the World Health Organization

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2006年3月5日

エグゼクティブ・サマリー (Executive Summary)

 この文書の目的は、2004年6月23〜25日、ハンガリーのブダペストで開催された第4回環境と健康に関する閣僚会議のために用意された WHO の作業文書 『不確実性を扱う:予防原則はどのように我々の子ども達の将来を守るのに役立つか?』 に対し背景となる根拠を与え、これを支援するためのものである。

 技術の発展が健康と環境に重要な便益をもたらした。エネルギー供給、水及び下水処理システム、現代的な住宅、輸送、現代的な食料生産と輸送システム、予防接種、病害虫管理、及び広域通信は、寿命を延し、環境を保護しつつ、健康と生活の質を改善するのに重要な役割を果たした。それにもかかわらず、前世紀における社会的変化と急速な技術発展がまた、その結果が部分的には不明であり、予測することが難しく、人の健康と生態系に非可逆的なリスクを及ぼす様々な要因と状況を作り出している。

 環境と健康リスクについての我々の理解は大いに前進したが、健康に影響を与える要因は非常に複雑である。

 したがって、多くの活動がもたらす健康への影響に関しては大きな不確実性が残っている。特に懸念されることは、将来の世代に及ぼし得る健康と環境に対する技術の影響である。主要な疑問は、きれいで健康な環境を促進し将来の適切な生活標準を確保する一方で、人間社会は、どのようにして開発から大きな便益を手に入れ続けることができるかということである。

 健康と環境に対する脅威の特徴は、複雑で、不確かで、地球規模になってきているので、予防原則がますます議論されている。この原則は、人の健康又は生態系に対する深刻で非可逆的な脅威がある場合には、科学的不確実性があることをもって予防的措置を遅らせるための理由に用いられるべきではない−と述べている。

 予防原則についての議論は、ひとつには、予防措置をとらなかった場合に生ずる大きな社会的及び経済的コストの認識に対する対応である。世界中で数百万人の子ども達が、精錬所からの、塗料中の、そしてガソリン中の鉛から、神経系の損傷、精神的能力の低下、及びその結果として生活することの困難という被害を受けている。

 タバコ、アスベスト、及び、その他多くの原因物質が、有害性を確信するまで措置を待ったことにより、高いコストととなったという豊富な証拠を示している。これらの事例は、科学と政治が健康と生態系の損傷を守ることに失敗し、その結果としての健康と経済への悪影響を守ることができなかったことを示している。

 第3回環境と健康に関する閣僚会議によって与えられた指示にのっとり、世界保健機関(WHO)は、子ども達の健康に対する環境影響について懸念が出現している地域において予防的公衆健康措置を促進するというアプローチを開発してきた。このアプローチは、予防原則が子どもの健康と将来の世代の保護に対し、どのように適用することができるかということに焦点を当てるものである。そうする中で、WHOの目標は、科学の発展と持続可能な経済開発を求める一方で、不確実性と複雑性という条件の下で環境と健康に関する意思決定を導き改善することである。そのアプローチは、可能なリソースを持つかどうかには関係なく、世界保健機関(WHO)ヨーロッパ地域の全ての諸国によって適用されるために、十分に柔軟である。

 指導的な公衆健康及び環境健康の科学者らによって書かれた記事を通じて、この文書は、子ども達と将来の世代を守るために予防原則を適用する科学、倫理、及び公衆健康のアプローチの概要を示す。この報告書はまた、よりクリーンな製造とより安全な技術と行動のためのツールと関連しつつ、不確実で複雑なリスクを特徴づけるための科学的ツールを提供するものである。それは、世界保健機関と欧州環境庁、その他によって召集された会議での不確実性の下での意思決定において予防や最良の実施を取らなかったことから学んだ教訓に関する分析と討議や、加盟国による第4回環境と健康に関する閣僚会議の準備における集中的な討議の上に構築されている。

 この報告書の結果は、下記を含む。
  • 予防と防止の概念は常に公衆健康実施の中心であった。公衆健康は本質的に、防止的措置を特定し実施するとともに、人々の健康に対するリスクを特定し回避することである。過去には、公衆健康の施策は、(たとえ原因論的メカニズムはよく理解されていなくても)既に特定され証明されている危険(ハザード)を取り除くことに焦点を当てていた。”現代の”潜在的なリスク要素はもっと複雑で遠大なものになってきたので、予防原則は不確実なリスクに目を向け、科学が政治に”反応(reaction)”の戦略を伝えることから”予防(precaution)”の戦略を伝えることに変わるようを求めている。健康影響評価のような関連するアプローチとともに、予防は不確実性の条件下において、権力、所有権、公平、尊厳などの問題に適切に目を向けるような方法で、公衆健康に関する決定を導く有用な手段を提供する。

  • 予防原則は、政策決定者(政治家)と公衆健康専門家が、公衆健康に対するアプローチにおいて、増大する複雑性と不確実性にどのように対応するかを考慮するよう促している。非常に多くの証拠が、現代の環境健康リスクは、遺伝的、栄養的、環境的、及び社会経済的要因の複雑な相互作用に起因するという結論を支持している。予防原則は、これらの複雑なリスクに向かって、研究、革新、及び、分野横断的問題解決を促すために用いることができる。それは人の活動の影響を検討するための指針として役に立ち、現在及び将来にわたって人間、他の生物種、及び生命を支える生態系を保護するための枠組みを供給する。

  • 予防原則は、時には健全な科学(sound science)の教義に反するものとして、また、証拠ベースの意思決定の規範に矛盾するものとして描かれることがある。これらの批判は予防原則の誤用に基づいているのかも知れないが、それでも、政策決定における環境科学の役割を明確にすることは重要である。

  • 多くの緊急の環境的危機は基本的な共通の特性を備えている。それらは自然又は循環の破壊に起因しているように見えるが、その作用はほんの一部しか理解されていない。ふたつの結論が導かれるかもしれない。第一に、我々の知識のギャップを満たすためにもっと科学的研究が必要であるということである。第二に、もっと完全な理解を待つ間に、我々は、不確実性があることは認めながらも最良の入手可能な証拠に基づく意思決定をする方法を見つけなくてはならないということである。したがって、科学的進歩を求めることと予防的措置をとることとの間にななんら矛盾はない。実際に、予防を適用するということは、複雑なリスクを特性化し、知識のギャップを明確にし、早期の警告と行為の意図しない結果を特定するために、もっと厳格な科学を求めることである。それはまた、科学の使用は環境的ハザードの診断のためだけではなく、潜在的に有害な行為に対するより安全な代替を特定し、開発し、評価するためでもある。

  • その経済が移行途上の諸国は特別な環境及び健康の問題を持っている。過去の汚染の遺産、経済的な困難、不十分な又は悪化すらする公衆健康、及び急速な政治的、社会的、及び経済的変化の要求が政策決定者にさらなる問題をもたらす。そのような諸国においては、経済的優先度の方が健康の保護の必要性より重きをなすかもしれない。したがって予防原則は、大きな不確実性の下で決定することができ、公衆の信頼を構築することができ、研究と革新の能力を高めることができ、産業先進国で過去になされた誤りを繰り返さないことを確実にすることができ、そして責任を公共機関からそのリスクを作り出した者に移行することに役立てることができるので、非常に重要である。

  • 予防を適用するために何も秘策などない。予防を適用することは政策決定者が、利害関係者の見解を含む最も広範な可能性ある範囲の情報を用い、行為の代替案を検証することを促すべきである。予防を適用する場合、それぞれの決定は、異なるタイプのリスク、証拠、不確実性、影響を受ける人々、代替の入手可能性、及び、技術的財政的資源を持つので、柔軟性が非常に重要である。したがって、それぞれのケースで、同じ予防の枠組みとプロセスを用いることで一貫性が確保される。行動にあたって”許容できるリスク”又は十分な証拠とみなされることは、リスクのレベル及び証拠と不確実性の強さだけでなく、リスクの程度、不可逆性、分布、リスクを防ぐための機会の可能性、公衆のリスクに対する嫌悪、社会の文化と価値観、及び代替意見の賛否(pros and cons)の関数である。

  • これらの防止的予防措置は最終的には、潜在的に有害な物質への曝露、行為、その他の条件を継続的に削減し、可能なら除去することを目指す。この方向で進むなら、下記がなされるべきである。
    • 危険な物質と行為を、適切な代替が入手可能なら、より危険の少ない物質又は技術に代替するよう促すこと

    • 健康と環境に与える有意な有害影響を最小にするために製造プロセス、製品及び人間の活動、例えば、統合有害生物管理戦略、国土利用計画、及びよりクリーンな製造方法を再考すること

    • 人の健康と生態系を保護するために(血中の鉛レベルを下げる又は漁業技術を改善するなどのような)公衆健康の目標を確立すること

    • 環境と説明責任を促進するために公衆に対する情報と教育を提供すること

    • 健康に対する損傷を防ぐために速やかな措置を容易にするために予防の考慮を研究課題に導入すること

    • 可能な限り、予防的行為によって引き起こされるかもしれない非意図的な有害な結果を最小化すること
 予防原則をめぐる議論は、不確実性の条件下で公衆健康の意思決定の改善に関連する多くの洞察を与えてきた。この文書が、(a) 成人、子ども、そして将来の世代、及び我々が依存している生態系を守り、及び (b) 経済的発展、持続可能性、及び科学、研究及び政治の革新を強化するという現在の目標を達成するアプローチの追加的なベースを提供することが望まれる。



化学物質問題市民研究会
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