環境政策のための科学(SEP) 2018年5月24日
ナノ実現熱可塑性プラスチックの焼却は
多環芳香族炭化水素(PAH)の排出と毒性に関連する


情報源:Science for Environment Policy, 24 May 2018
Incinerating nano-enabled thermoplastics
linked to increased PAH emissions and toxicity
http://ec.europa.eu/environment/integration/research/newsalert/pdf/incinerating_
nano_enabled_thermoplastics_linked_to_increased_pah_emission_toxicity_508na3_en.pdf


訳注:オリジナル研究:
Environmental Science & Technology, April 11, 2017
Nanofiller Presence Enhances Polycyclic Aromatic Hydrocarbon (PAH) Profile on Nanoparticles Released during Thermal Decomposition of Nano-enabled Thermoplastics: Potential Environmental Health Implications
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.est.6b06448?mi=aayia761&af=R&AllField=nano&target=default&targetTab=std

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2018年5月31日
このページへのリンク
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/sep/sep_180524_Incinerating_
nano-enabled_thermoplastics_linked_to_increased_PAH_emissions_and_toxicity.html


 ナノテクノロジーの進歩は、例えばナノ実現(nano-enabled)熱可塑性プラスチック(訳注1)のような工業ナノ物質を用いて製造される製品数の急速な増大を意味する。これらのナノ実現製品の多くは廃棄物焼却または火災事故により、その製品寿命を全うすることになる。今、ある研究が初めて、熱可塑性プラスチック中のナノフィラー(訳注2)の存在が、製品寿命の最後に熱分解されるときに生成される多環芳香族炭化水素類(PAHs)(訳注3)の濃度と毒性の両方を高め、その結果、PAHs の総濃度と毒性は、純粋な(非ナノ実現)熱可塑性プラスチックの場合に見出されるものに比べて最大8倍高いことを明らかにした。この発見は環境健康に重要な意味がある。

 加熱すると柔軟性を持ち、冷却すると固化するポリマーであり、これを繰り返すことができる”熱可塑性プラスチック”、化粧品、建築及び工事資材、並びに生物医学的機器及び電子機器含む広範囲のナノ実現製品は、例えばカーボンナノチューブ、酸化亜鉛ナノ粒子のようなナノフィラーを使用して作られている。

 しかし、製品中のナノフィラーの存在が及ぼす潜在的な環境健康影響に関する研究、特に製品の全ライフサイクルを説明する研究は、ほとんど実施されていない。我々が作り出すナノ廃棄物は増え続けており、それらのあるものは焼却施設で熱分解により処理されるので、ナノ実現製品の寿命の最後に生じる潜在的に危険な影響を調査することが特に重要である。

 科学者らのチームは、ナノフィラーの存在がナノ実現熱可塑性プラスチックの熱分解を通じて排出されるライフサイクル粒子状物質(LCPM)の有機化学に及ぼす影響を評価し始めた。特に研究者らは、ナノフィラーの存在が排出されるライフサイクル粒子状物質(LCPM)の多環芳香族炭化水素(PAH)特性にどのように影響を及ぼすかを調査した。多環芳香族炭化水素類(PAHs)は、そのあるタイプは、ヒト発がん性が恐らくある、又はヒト発がん性が疑われるとして分類されているので、熱可塑性プラスチック熱分解の重大な副産物である。この理由のために、科学者らは米国環境保護庁により特定された16の優先 PAHs を分析した。

 彼らの目標を達成するために、研究チームは、彼らが以前の研究で開発したを統合暴露生成システム(INEXS)をさらに発展させて使用した。このプラットフォームを使用して、管理された燃焼条件の下に、様々なナノ実現熱可塑性プラスチックの熱分解の体系的な調査を実施した。彼らはまた、ライフサイクル粒子状物質(LCPM)を生成することができたが、それらはその後、多環芳香族炭化水素(PAH)分析と毒性評価が行われた。

 その結果は、熱可塑性プラスチック中のナノフィラーの存在は、熱分解中に排出されるナノ粒子状物質上に形成される多環芳香族炭化水素類(PAHs)の濃度を著しく高めることを示している。例えば、カーボンナノチューブにより実現されたポリプロピレン及びポリカーボネート熱可塑性プラスチック(PP-CNT 及び PC-CNT)の両方とも、純粋な(非ナノ実現)熱可塑性プラスチックに比べて、総 PAHs の濃度が8倍近く高くなることを示した。

 結果はまた、低分子 PAHs より有毒な高分子(HMW) PAHs は、 PAHs の総量とともに増大することを明らかにしている。例えば PP-CNT は、純粋な(非ナノ実現)ポリプロピレン熱可塑性プラスチックに比べて 8倍近い高分子 PAHs の増加を示したが、一方 PC-CNT は、純粋な(非ナノ実現)ポリカーボネート熱可塑性プラスチックに比べて3倍近い 高分子 PAHs の増加を示した。

 研究者らによれば、これらの影響は、 PAH 生成を高めることになる多数の活性表面部をもつナノフィラーとあいまって、金属/金属酸化物ナノフィラーの触媒特性の結果かもしれない。このナノ特定影響はカーボン・ナノチューブが練りこまれたポリウレタン熱可塑性プラスチック(PU-CNT)の焼却により生成されるライフサイクル粒子状物質(LCPM)の試験官内(in vitro)細胞毒性評価を通じて確認されたが、それらは純粋な(非ナノ実現)ポリウレタン熱可塑性プラスチックに比べて2倍近い濃度の PAHs を含んでおり、高分子 PAHs の濃度も著しく高かった。実際にナノ実現熱可塑性プラスチックから生じるライフサイクル粒子状物質(LCPM)は、純粋な(非ナノ実現)熱可塑性プラスチックからのものに比べて高い生物活性及び細胞毒性を示したが、このことは変更された PAH の特性によると言うことができる。

 全体として、この研究はナノ実現熱可塑性プラスチックの熱分解の挙動及び PAH 形成に関するナノフィラー存在の役割についての重要で基本的な識見を提供している。この実験はよく管理された条件の下での熱分解を検証し、したがって現実世界の工業的条件を模擬していないが、そこでの発見は、特に環境健康の展望から、重要で現実的な含蓄を有している。特にその見識は、焼却施設で働く労働者の職業暴露リスクを最小にすることを目指す、又はナノ実現製品がかかわる管理できないビル火災のような文脈における公衆健康リスクの評価と管理のための戦略と実施に関連する。


訳注1:熱可塑性プラスチック
熱可塑性樹脂/ウィキペディア
 熱可塑性樹脂(ねつかそせいじゅし、英: Thermoplastic resin)は加熱により軟化する高分子。

訳注2:フィラー
樹脂などのフィラーの種類と特性、役割/「砥石」と「研削・研磨」の総合情報サイト
 プラスチックや樹脂は、中にフィラーと呼ばれるミクロサイズやナノサイズの物質を混ぜ合わせることで、強度や耐熱性、各種耐性を高めたり、新しい機能を持たせたり、コストを下げたりといったことが可能になる。フィラーは充填材とも呼ばれる。

訳注3:多環芳香族炭化水素(PAH)
多環芳香族炭化水素/ウィキペディア

訳注:ナノ含有廃棄物/廃水関連情報


化学物質問題市民研究会
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