R&D Daily 2009年6月11日
ナノ粒子は肺にダメージを与える

情報源:R&D Daily June 11, 2009
Nanoparticles shown to cause lung damage

http://www.rdmag.com/ShowPR.aspx?PUBCODE=014&ACCT=1400000101&ISSUE=
0906&RELTYPE=LST&PRODCODE=00000000&PRODLETT=GG&CommonCount=0


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年6月19日


 科学者らは、ナノテクノロジーの安全性に関する増大する懸念に目を向けつつ、ナノ粒子が肺損傷を引き起こすメカニズムを初めて明らかにし、それに関連するプロセスを阻止することにより対処することができるであろうことを示した。

 ナノテクノロジーは極小の科学(1ナノメートル=10億分の1ナノメートル)であり、2015年までに年間約1兆ドル(100兆円)の市場が見込まれる新たに出現している重要な産業を支えている。ナノテクノロジーは、医学分野を含む広い範囲で活用される有用な機能をもった新たな物質を作りだすために、原子及び分子のレベルで制御し操作する。しかし、それが有害影響、特に肺に対する損傷、を引き起こすかもしれないという懸念が増大している。ナノ粒子が肺損傷に関係していることは分かっていたが、どのようにしてそれを引き起こすのかは明確ではなかった。

 新たに立ちあげられたJournal of Molecular Cell Biology(分子細胞生物学ジャーナル)の6月11日オンライン版で発表された研究で、中国の研究者らは、医学の分野で広く開発されているナノ粒子の一族、ポリアミドアミン・デンドリマー(ployamidoamine dendrimers / PAMAMs)(訳注1)がオートファジー細胞死と呼ばれるプログラム細胞死(訳注2)の一種を引き起こすことにより肺の損傷を引き起こすことを発見した。彼等はまた、オートファジー抑制剤の使用が細胞死を防ぎ、ナノ粒子がマウスの肺に引き起こす損傷を阻止することを示した。

 ”これは、ナノ粒子によって引き起こされる肺損傷を防止するための戦略を開発するための有望な手本を我々に示すものである。ナノ医学(Nanomedicine)は、特にがんやウイルス感染のような疾病に対して非常に有望な将来性を持っているが、最近安全についての懸念が大きな注目を浴びており、この技術は急速に発展しているので、我々はナノテクノロジーが及ぼすかもしれないどのような有害影響からも労働者と消費者を守る方法を見つけることに今着手する必要がある”と、北京にある中国医科学アカデミーの分子生物学者であり、この研究のリーダーであるチェンユ・ジアン(Chengyu Jiang)博士は述べた。

 最初のナノ物質は1984年にドイツの科学者によって開発された。ナノ物質は現在、スポーツ用品、化粧品、電子機器を含む多様な製品中で使用されている。ナノスケールの物質には、通常とは異なる物理的、化学的、生物学的特性が出現し、それらの特性は特に医学の分野で魅力的である。科学者らは、ナノ粒子を体の正しい部位に搬送することにより、そして特定の組織を標的にし、薬剤の放出を制御し、健康な組織の損傷を低減することにより、薬剤及び遺伝子療法の効果を向上させることができるであろうと期待している。彼等はまた、疾病を検出し、治療し、体内から医師に自動的に報告する埋め込み可能なナノ医療機器の可能性を描いている。米食品医薬品局はいくつかの第一世代のナノ薬剤(nanodrugs)を承認している。その一例は、抗がん化学療法薬剤アブラキサン(Abraxane)である(訳注3)。

 たいていのナノ粒子は肺に移動することを示す研究があるので、肺損傷はナノテクノロジーを取り巻く主要なヒト毒性の懸念である。しかし、他の臓器を損傷する可能性についての懸念もまたある。

 この研究の中で、研究者らは、いくつかの独立した実験を通じて、ポリアミドアミン・デンドリマー(PAMAMs)のいくつかの種類のものは、実験室においてヒトの肺細胞を殺すことを初めて示した。彼等は、その細胞がプログラム細胞死の一般的なタイプであるアポトーシス(訳注4)により死んだという証拠は全く観察しなかった。しかし、彼等はナノ粒子が Akt-TSC2-mTOR シグナル伝達経路(訳注5)を通じてオートファジー(訳注6)細胞死を引き起こすことを発見した。オートファジーは、細胞中で損傷を受けた物質を分解し、また細胞の成長と再生に重要な役割を果たすプロセスであるが、科学者らは、時にはこの破壊プロセスの過剰活動が細胞死をもたらすことを発見していた。

 研究者らはまた、3MAと呼ばれるオートファジー抑制剤で細胞を処理すると著しくこのプロセスを抑制し、ナノ粒子暴露に生き残る細胞の数を増やすことを発見した。

 ”これらの結果を勘案すると、オートファジーはナノ粒子誘因細胞死に重要な役割を果たしていることを示している”とジアン博士は述べた。

 その後、科学者らは彼等の発見をマウスで試した。彼等は、この有毒なナノ粒子をマウスに投与すると、著しく肺の炎症と死亡率が増大するが、ナノ粒子投与前にマウスにオートファジー抑制剤を注射すると肺損傷は著しく改善され、生存率が改善されることを発見した。

 これらの実験は、オートファジーはこれらのナノ粒子によって引き起こされる肺損傷に実際に関与しており、このプロセスの抑制は治療効果があるかも知れないことを示している”とジアン博士は述べた。”この特定の抑制剤はヒトの体内で安定しないので、肺損傷を阻止するための新たな化合物を探す必要があるように見えるが、しかし今回の発見は初めてのものとして有望な手本を我々に示すものである”。

 ”我々の研究はそのような化合物を開発するための原理を特定した。その概念は、ナノ医学の安全性を高めるために、肺損傷を防止するための化合物を開発して、ナノ製品中に導入するか、または錠剤として患者に投与することである”とジアン博士は述べ、この発見はまたどのようにナノ粒子が他の有害影響を引き起こすかについての重要な洞察を与えるものであると付け加えた。

 他の種類のナノ粒子が同じメカニズムを通じて肺損傷を引き起こすかどうか明確ではないが、そのようなものがあるかもしれないとジアン博士は述べた。同チームの研究は、オートファジー細胞死の阻止は多分肺損傷の他の原因に対処するのにもまた有用であろうと示唆した。

Abstract SOURCE: Oxford Univ. Press


訳注:関連情報
訳注1
  • デンドリマー 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
  • Aldrich/デンドリマー

    訳注2
  • プログラム細胞死 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

    訳注3
  • 海外癌医療情報リファレンス/アブラキサン

    訳注4
  • アポトーシス 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

    訳注5
  • 蛋白質のシグナル伝達機能拠点/神戸大学

    訳注6
  • オートファジー 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



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