Nanowerk 2010年3月10日
ナノテクノロジー:哺乳類と植物の細胞は
フラーレンに対して異なる反応をする

ミカエル・バーガー

情報源:Nanowerk News, March 10, 2010
Nanotoxicology - mammalian and plant cells respond differently to fullerenes
By Michael Berger.
http://www.nanowerk.com/spotlight/spotid=15231.php

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2010年4月7日


 カーボンナノチューブのような工業用ナノ粒子の大量生産が進むと、これらの粒子が水、土壌、大気と相互作用し、その結果、食物連鎖中に入り込む現実的な機会があると科学者のある人々は信じている(see: "Starting to explore nanotechnology's impact on major food crops")。しかし、環境中及びヒト健康へのナノ物質の挙動と影響を理解することは大変な作業である。皮肉屋は、数百万の変種がある現在及び将来のナノ物質の全てについて毒性学的影響を完全に調べることは不可能なのだから、気乗りのしない金のつかない研究プロジェクトに悩むことはない。むしろナノテクノロジーにアスベストのようなことが起きて、何人か人が死ぬまで待つ方がよいのではないか? そうすれば、何を調べるべきかはっきりする。

 ナノ毒性学研究の複雑さにもっと思慮深いアプローチを取ろうとする人々は、ナノ物質の環境及び健康影響について完全に科学的な確実性を得ることは、ほとんどできそうにないと考えている。今日、我々は化学物質についてさえ、我々が長年使用してきた製品を含んで、そのほとんどの化学物質の影響について知っていない。それにも関わらず、ナノ物質の細胞毒性、遺伝子毒性、及び生体毒性に関する研究が増大してくるにつれて、ナノ毒性についての一般的な理解が徐々になされ始めている。本稿では、ナノ粒子の生物学的及び生態学的の両システムにおける基本的な挙動の一般的な知見に寄与する新たな生物物理学的研究−カーボンナノ粒子の植物と哺乳類の細胞による摂取についての並列研究−を見ることにする。

 ”生物学的及び生態学的システムは絶えず相互作用しており、自然のネットワーク中に組み込まれているが、同様な文脈の中でナノ粒子の生物学的及び環境的影響を評価し関連付けるという新たな課題がある”とPu-Chun KeはNanowerkに述べた。”我々の研究は、植物のAllium cepa(タマネギ)細胞と哺乳類のHT-29細胞によるカーボンナノ粒子の摂取に関するはじめての並列比較を提供するものである。我々は、生物学的及び生態学的システムの中でナノ粒子の運命を決定する時の二つの主要素を特定した。それは宿主細胞の構造とナノ粒子の物理化学である。これら二つの要素は合成ナノ粒子と生体組織の両方に関わるどのようなシステムにも統合される”。

 以前の研究で("The Differential Cytotoxicity of Water-Soluble Fullerenes")、無修飾(pristine)のナノ粒子は哺乳類の細胞にダメージを誘発するが、十分機能化されたフラーレン・ナノ粒子ははるかに生物的適合性があることが発見された。クレムソン大学助教授であり、”単一分子生物物理とポリマー物理学研究室”を主宰する Ke は、この異なる毒性は、疎水性ナノ粒子の分配(partitioning)を促進する脂質二分子層の疎水性内面に由来すると説明している。

 ”言い換えれば、もしエンドサイトーシス(訳注1)の生物学的プロセスが受動拡散(訳注2)と熱力学の物理的プロセスを上書きしなければ、溶解度を高めたナノ粒子が哺乳類細胞によって摂取される時にはエネルギーペナルティが非常に高いということである。我々の研究は、天然の有機物質中に浮遊したC70の超分子アセンブリー(C70-NOM)はその非理想的溶解性のために哺乳類細胞中で無修飾の(pristine)C70ナノ粒子と同様な挙動を示すことを示唆した”。

 Ke と彼のチームは、植物細胞については、(疎水性で硬い)細胞壁の存在下において、溶解性を高めたフラーレン派生の C60(OH)20 ナノ粒子は細胞壁を容易に貫通し、細胞壁と(流動性と両親媒性を持つ)プラズマ細胞膜との間の境界面に蓄積することを発見した。ナノ粒子濃度が高いそのような蓄積は機械的に細胞膜を押して細胞ダメージを誘発する。これとは対照的に、溶解性の低いフラーレンC70-NOMは、多孔性植物細胞中に大部分が捕捉され、したがって植物細胞の生存性にほとんど影響を与えない。

 ”哺乳類細胞については、C60(OH)20ナノ粒子は大部分は生物学的に良性(bio-benign)であるが、C70-NOM は濃度が高まると細胞ダメージの増大を引き起こす”と Ke はいう。"この研究は、同じナノ粒子であっても、それらは、(due to the presence of an extra plant cell wall in the latter)対照的な影響を生物学的及び植物宿主"に及ぼすことを示している。哺乳類又は植物細胞を含んで同じ宿主系についても、ナノ粒子は異なる疎水性のために、対照的な細胞ダメージを誘発するかもしれない”。

 この研究の結果は二つの方法で利用することができるであろう。ひとつはバイオセンシングとイメージングの応用におけるナノ粒子の毒性を軽減すること。もうひとつは、適切に表面特性が設計されナノ粒子を担体とする哺乳類及び植物へのドラッグ及び遺伝子デリバリー戦略の設計である。

 このような研究は、その特質からして、実験及びシミュレーションの両分野が連携すべき、異なる背景を持つ科学者を必要とする本質的に多領域に関わるものである。この特別なケースにおいて、研究は、その著しい生物物理の特性によって特徴付けられる。

 ”我々の研究の基本的要素は超分子アセンブリー、分子細胞生物学、及び熱力学である”とKeは説明する。”我々は、生物学的及び生態学的システムにおけるナノ粒子の複雑な挙動を記述するために基本的研究が必要であると信じる。”

 研究者らは彼らの発見を2010年3月8日にオンラインSmall ("Differential Uptake of Carbon Nanoparticles by Plant and Mammalian Cells")に発表した。


訳注1:エンドサイトーシス - Wikipedia
 エンドサイトーシス (Endocytosis) とは細胞が細胞外の物質を取り込む過程の1つ。細胞に必要な物質のあるものは極性を持ちかつ大きな分子であるため、疎水性の物質から成る細胞膜を通り抜ける事ができない、このためエンドサイトーシスにより細胞内に輸送される。エキソサイトーシスとは反対の現象であり、これとは逆に細胞膜の一部から小胞を形成する。エンドサイトーシスは、取り込む物質の種類やその機構の違いから、食作用(しょくさよう、phagocytosis)と、飲作用(いんさよう、pinocytosis)とに大別される。

訳注2:受動輸送 - Wikipedia
 受動輸送(Passive Transport)とは物質の濃度差を駆動力とする膜輸送である。輸送方向は濃度勾配に逆らわず、輸送に際してアデノシン三リン酸(ATP)から供給されるエネルギーを必要としないのが特徴である。また、輸送速度は濃度勾配に比例する。受動輸送は単純拡散(Simple Diffusion)、促進拡散(Facilitated Diffusion)、ろ過(Filtraion)及び浸透(Osmosis)の4つの形式に分類される。



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