Nanowerk 2009年7月16日
人間強化技術に関する
ヨーロッパの議論

マイケル・バーガー

情報源:Nanowerk News, July 16, 2009
European debate on human enhancement technologies
Michael Berger
http://www.nanowerk.com/spotlight/spotid=11694.php

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年7月18日


 【Nanowerk Spotlight】 ナノ技術は、工学的および生物学的人間強化における主要な役割を果たす、あるいは果たすであろう。我々は、”Nanotechnology, transhumanism and the bionic man”やThe debate about converging technologies のような、以前のスポットライトで、また収斂技術(converging technologies)についての議論の中で、このことについて書いている。

 人間強化(HE)という言葉は、医薬製品:神経移植、視覚又はその他の人工感覚の神経移植、脳の力を向上させる薬剤、ヒトの生殖細胞操作と既存の生殖技術、栄養補助剤、苦痛及びコントロール・マインドを緩和するための新たな脳刺激技術、スポーツにおける遺伝子ドーピング、美容整形、低身長の子ども成長ホルモン、アンチエージング治療、特別のセンサーからの情報入力及び機械的な出力を提供する非常に複雑な補綴(ほてつ)技術などを含む広範な、既存の、今新たに起きている、そして将来的な技術である。

 これらのすべての技術は、治療と、そのような治療の範囲を超えて改良をもたらすことを目的とする介在との境界を曖昧にする。これらのほとんどは医学分野に由来するので、病理学的ではない状況に用いられることが増大しており、病理学以外の分野に医学的方法を適用する社会的な傾向を増幅する。

 欧州議会により委託され、最近発表された研究は人間強化(HE)の展望と関連する技術科学的発展とのギャップの溝を埋めることを試みている。それは、EUにとって実現可能な選択肢として、それぞれ熟考した上での強化賛成アプローチ、強化制限アプローチ、そして個別対応アプローチを特定しつつ、ヨーロッパにおいて人間強化(HE)にどのように対応するかの可能性ある戦略を概観している。著者らは人間強化(HE]に関するEU政策の形成を導く規範的な枠組みの開発のために欧州の組織(暫定委員会又は作業部会)を設立することを提案している。

人間強化の定義

 研究の著者らは、”治療”と”強化”の間の広く行き渡っている概念的な区別に依存せず、この問題に関する最近の政策的声明と一致して、ある程度の治療的措置とともに、非治療的措置を含む人間強化の概念を採用している。

 人間強化を、”個人の能力を改善することを目的とする、及び人間の体における科学的及び工学的な介在によってもたらされるすべての改造”として定義しつつ、彼らは次の区別を行っている。

 1) 健康を回復し又は予防的な非強化的介在
 2) 治療強化
 3) 非治療的強化

 非常に空想的で強くイデオロギー的な人間強化に関する議論の特性に直面して、人は、関連する展望と規範的な立場の批判的な分析を通じて合理的な議論を推進することと、人間強化の技術の多様性と実際の社会的、工学的、及び政策的重要性をよく見ることとのバランスを求めるよう努力しなくてはならない。

展望と科学的発展との間のギャップを埋める

 この欧州議会科学技術選択評価(European Parliament's Science and Technology Options Assessment (STOA))の研究は、一方では展望と文化的及びイデオロギー的側面と、他方では当該の科学的発展及びそれらの社会的側面と影響との間の溝を埋めるための体系的な試みである。人間強化の話題のこれら二つの顔の間の緊張はこの研究を通じて保たれている。それは、好奇的特徴という理由でこの問題(及び当該技術の多く)を捨て去るという見解に依存せず、又は、合理的な議論を隠し政策立案者と公衆に誤解を与えるようなやり方で現実の又は新興の発展を伴う幻想と展望を混合するようなことはしない。

 したがって、誇大広告と実際の先端技術及び現実的な期待からの広範な展望を分離するという目標をもって、非治療的人間強化のための既存又は新興の技術の使用の事例がある程度詳細に示され議論されている。一般的に、人間強化(HE)に関し議論されているHE技術のほとんど大部分はやはり治療であり、使用者に対し”非強化”人間にとっての顕著な利益を提供しておらず、実際に改善のレベルはしばしば通常の機能のレベル以下である。

 しかし、近い将来ますます効果的な非治療強化の方法が開発されるであろうこと、及びいくつかの既存の研究開発の現場はすでに人間の肉体と認識力を著しく変える潜在的能力をもっていることを示す強い兆候がある。

 例えば、超人間能力又は種非典型(species-untypical)能力をもたらすようなニューロ技術に基づく人間強化の展望はまだ研究開発における現実のベースではないが、当該技術はあまり遠くない将来、人間と機械の相互関係を根本的に変える潜在的能力を示している。

 人間強化(例えば、遺伝子ドーピング、デザイナーベービー、認識力強化のためのドラッグの使用、神経移植による精神高揚)及び関連する技術に関するこの論文のある部分をよく見ると、これらの多様なケースはすべてある特徴を共有していることが明らかになる。

 それらはすべて関連しており、例えば、医学的及び科学的研究の境界を押し戻すという概念である。これらの技術が基づくすべての研究は科学的領域の既知の限界を拡張する。

 さらに、新たな技術の新奇な応用は、その技術がもともと設計されていた以外の派生的目的のために開発され得る。さらに、多くのHE技術は現在においては違法な実施の発生を増加させ、全てが現在及び将来、分配の公正の疑念を提起する可能性を持つ。それらはしばしば、基本的な文化的価値や人間にとっての意味に関する我々の見解にチャレンジする傾向がある。

 さらに、当該技術のコスト、非意図的(副次的)影響、それらが引き起こす社会的な変化の望ましさ、及び高度に特化された医療又は強化ツーリズムから便益を得るメディカル・ツーリズムの受容性に関する懸念がもっと強まる。

人間強化(HE)技術を扱うための戦略

 この研究は、ヨーロッパにおいて、人間強化とHE技術について、全面的禁止及び無干渉というアプローチは不適切であるとして除外しつつ、そしてEUにおける実現可能な選択肢として熟考した上での強化賛成アプローチ、強化制限アプローチ、及び個別対応アプローチを特定しつつ、どのように扱うかの可能性ある一般的な戦略を概観し議論している。

 しかし、協議した全ての専門家らと同様に、研究著者らは、人間強化に関してEUの戦略的立場はどのような場合でも、現在はまだ存在しない規範的な枠組みに基づく必要があるという意見であった。そのような枠組みの開発は、基本的な特質、すなわち、”人の天性ではなく、人の条件”、を考慮すべきである。

 この研究の中で示されたように、人間強化問題は、単に学究的であるだけではない。その技術と関連する傾向は、いくつかの種類の政策的領域に及ぼす有益及び有害な両方の影響を持ち、個人と社会に機会を提供し、新たなリスクを提示し、新たな必要性と社会的需要を生み出だし、重要な文化的観念、社会的概念、及び人の条件の見解にチャレンジできる。

 しかし現在、EUは人間強化問題を監視し議論するためのプラットフォームを持っていない。規範的課題が政策的に審議され、より広範な公衆と医師及び専門家の間の必要と懸念のギャップを埋めることがでる舞台が欠けている。この研究の著者らは、そのようなプラットフォームは人間強化の現象の重要な展望に基づき生成されるべきであると信じている。彼らは、この分野におけるEUの政策の形成を導く人間強化のための規範的枠組みのためのヨーロッパ組織を設立することを提案している。

規範的枠組みをもったEU政策
 そのような組織を設立するために、彼らは二つの機関の意見を見ているが、その両方とも、ヒト遺伝子と遺伝子テストのために過去に選択されていたものである。欧州議会は暫定的委員会を設立することができた。あるいは欧州委員会が欧州議会メンバーが参加する作業部会を設立することを決定することができた。どちらの場合でも、そのような組織に欧州議会が関与することが組織の中間的及び公衆の役割を強化するために非常に望ましいことである。

 組織の主要な役割は人間強化のための規範的枠組みを開発することである。この枠組みは次のことに役に立つであろう。
  • 当該技術の効果とリスクを評価すること
  • 人間強化技術の包括的な影響評価を実施すること(政策、倫理、法、社会、文化、安全、保障、及び健康の側面を考慮しつつ)
  • 社会構造、あるいはヨーロッパの文化的価値体系に混乱を引き起こす可能性がある技術にEUが金を出すべきかどうかを評価すること
  • 人間強化と単一人間強化技術に関する更なる研究の必要性を特定すること
  • 各国がその領域内で人間強化規制することができるか限界を定義すること
  • 加盟国及びEU全体として人間強化技術の望ましくない(副次的)影響を防止すること
  • 加盟国間でヘルスケアにおける不公平が生じることを防止すること。人間強化研究の資金に関し政策の根拠を整えること
  • 人間強化の話題に関する社会的な対話を準備し推進すること
 これらの目的を達成するために、その組織はHE技術における現在及び新しく起きている開発を適切に監視しなくてはならない。そのために、その活動の目的を注意深く定義することにより規範的及び規制的側面に関する議論のための確固とした根拠を確立しなくてはならない。組織の仕事は非常に空想的又はイデオロギー的思想、及び現在、”強化”という言葉によって引き起こされている熱望により、組織が過負荷にならないようにしなくてはならない。

 しかし、それはヨーロッパ又はその他どこの関連する活動をも監視すべきであり、そこでは人間強化についてもっと急進的な展望が促進されているかもしれない。可能性ある将来の社会の変化を無視することなく、その組織の最も顕著な役割のひとつは、毎日の生活で強化技術の使用の増大をもたらすかもしれない新興の技術と観察できる社会の動向に基づき、人間強化に関する議論に焦点を当てることである。

 全200ページの研究”EUROPEAN PARLIAMENT / Human Enhancement(人間強化)”(pdf, 972 KB)は欧州議会科学技術選択評価(STOA)ウェブサイトからダウウンロードできる。

マイケル・バーガー


訳注:


化学物質問題市民研究会
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