Nanowerk Spotlight 2007年6月19日
ナノテクノロジーの”魔法の弾丸”
タムシン・ヒルダー、ウーロンゴン大学ナノメカニック・グループ

情報源:Nanowerk Spotlight, June 19, 2007
Nanotechnology's "magic bullet"
By Tamsyn Hilder, Nanomechanics Group at the University of Wollongong, Australia
http://www.nanowerk.com/spotlight/spotid=2095.php

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年7月26日


【Nanowerk Spotlight】理想的なドラッグ・キャリアー(薬剤輸送体)は科学小説で扱われるようなものかも知れない。一般的に体内に注射され、それ自身を腫瘍などの目標に向けて搬送し、その目標に要求される用量の薬剤を届ける。この理想化された概念は、20世紀の初めにポール・エーリック(Paul Ehrlich)によって最初に提案され、”魔法の弾丸”コンセプトとニックネームがつけられた。ナノテクノロジーとナノ医療の時代の到来とともに、この夢は急速に現実のものとなっている。ナノテクノロジーは、リポソーム(訳注1)技術の使用を通じてドラッグ・デリバリーと化粧品にすでに適用されており、現在はナノ粒子とナノチューブがエキサイティングで有望な代替として現れてきた。

 典型的には、ナノ粒子がドラッグ・デリバリーに使用されており、ナノチューブが潜在的なドラッグ・デリバリーのキャリアー(輸送体)として注目を浴びるようになったのは最近のことである。それらの正確な標的特性と環境保護的特性のために、これらナノスケールのドラッグ・キャリアーは、抗がん剤デリバリーの現在の手法がもたらす有害な副作用を低減するかも知れない。さらに、ナノカプセルは、感染症、代謝障害、自己免疫疾患、痛み治療、遺伝子治療など、がん治療以外の多くの分野におけるドラッグ・デリバリー手法を改善するかもしれない。

 カーボンナノチューブは改善された結果をもたらすであろうことを示唆する多くの長所を持っている。それらは、より多くのドラッグ分子をカプセル化することを可能とする大きな内容積を持っており、エンド・キャップが容易に外せるのでカプセル内部に容易にアクセスでき、また表面を機能化する上で明確な内部表面と外部表面を持っている。ナノ粒子およびナノチューブは細胞に容易に取り込まれることが示されており、ナノチューブは細胞核に入り込むことができるので、遺伝子治療に有効かもしれない。下図に示すように、カーボン・ナノチューブを用いたドラッグ・デリバリーの一般的なプロセスは次のように進む。

(a) ナノ・テスト・チューブの形状("Corking Nano Test Tubes by Chemical Self-Assembly")をしたカーボン・ナノチューブは、葉酸ターゲッティング("Folate receptor-mediated drug targeting: From therapeutics to diagnostics")におけるように、ある化学受容体によって表面が機能化されており、ドラッグ分子は開口端から導入されてカプセル化される。

(b) 開口端は、生物分解性物質のような化学的に除去できるキャップでふたをされる。分解は pH のような環境に感応するか、あるいは外部ソースにより引き起こされる。

(c) その後ナノカプセルは静脈注射または経口で体内に導入され、化学受容体の使用を通じて標的地点を突き止める。例えば、がん腫瘍はしばしば葉酸受容体を発現し、したがってナノカプセルは選択的にこれらの細胞に結合する。

(d) 細胞は、例えば受容体修飾エンドサイトーシス(訳注3)によってナノカプセルを取り込む。

(e)化学的除去可能なキャップは誘発されて脱落するか生物分解する。

(f) 最終的にナノチューブはその内容物を細胞内にこぼし、このようにしてドラッグが届けられる。


提案されるドラッグ・デリバリー・プロセスの概要
(a) ナノチューブ表面は化学受容体で機能化されドラッグ分子がカプセル化される。
(b) 開口端がキャップされる。
(c) ナノスケール・キャリアーが導入され、機能化された表面により標的地点を突き止める。
(d) 細胞は、例えば受容体修飾エンドサイトーシスによってナノカプセルを取り込む。
(e) キャップは細胞内で除去または生物分解される。
(f) ドラッグ分子が放出される。
(Image: Tamsyn Hilder, University of Wollongong)

 理想的には、我々はナノチューブ・キャリアーは体外ではドラッグ分子をカプセル化しやすく、いったん標的細胞内に取り込まれたなら放出して所定のドラッグを標的地点に送り込めるように設計したい。

 フラーレンのカーボン・ナノチューブ中への吸入についての我々の最近の研究に触発されて、我々は、論文”抗がん剤シスプラチンをカーボン・ナノチューーブでカプセル化することのモデリング”で、応用数学的モデル技術と基本的力学を利用してカーボンナノチューブに入り込む特定の抗がん剤分子のカプセル化挙動を調べた。この論文は、抗がん剤シスプラチンを内部に取り込むことができるナノチューブの最小半径、および最大のドラッグ摂取をもたらすチューブ半径を決定している。ナノチューブ半径は、内部にシスプラチンを受け入れるために、少なくとも4.785 A ((9, 5) tubeよりわずかに小さい)なくてはならず、約 5.3 A (概略(11, 4) tubeに等しい)の半径が最大吸入エネルギー(又は取り込み)をもたらすことを発見した。

 この論文は、著者、オーストラリアのウーロンゴン大学ナノメカニック・グループのタムシン・ヒルダーとジェームス・ヒル教授による以前の論文”カーボンナノ構造の相互作用に対する連続対離散”中の数学的記述に基づいている。このグループは、応用数学と基本的力学に基づく古典的な応用数学モデル技術を用いてナノ技術とナノ医療現象をモデル化することを試みている。

 ドラッグ分子のどのような数にも拡張できるこの技術は、実験的および分子ダイナミックス研究を支援するための医療科学者とその他の研究者のための全体的なガイドラインを提供するために用いることができるかもしれない。我々の研究はこの特性の計算を初めて提示し、それは最初の概算ではあるが、必要な基本的な計算を構成している。将来の研究で細胞内におけるナノカプセルのドラッグ分子の排除挙動が調査されることが望まれる。しかし、排除挙動は著しく複雑な環境中で起き、この環境を数学的にどのように最善に表現するかに関する課題がある。


訳注1:リポソーム 訳注2:受容体 訳注3


化学物質問題市民研究会
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