ナノの話(2)ナノ銀
殺菌・抗菌剤としての使用 安間 武 (化学物質問題市民研究会) 情報源:ピコ通信第132号(2009年8月24日発行)掲載記事 http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2009年7月27日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/japan/pico_132_090824_nano_silber.html 1.殺菌・抗菌剤としての使用 銀に殺菌・抗菌作用があることは経験的にギリシャ、ローマの時代から知られており、アメリカの開拓時代には牛乳に銀コインを入れて殺菌したと言われています。 近年、銀イオンやナノ粒子の殺菌・抗菌効果を利用した多くの商品が市場に出ています。ナノ銀利用製品には、繊維、洗濯機、染料/塗料/ワニス、ポリマー、流しや衛生セラミックス、消毒剤、防臭剤、台所用品、化粧品、身体手入れ用品、乳幼児製品、医療品などがあり、その応用範囲は急速に拡大しています。 ウッドロー・ウィルソン国際学術センター/新興ナノテクノロジーに関するプロジェクトのナノ製品目録(2008年4月)によれば、ナノ製品約600種のうち20%以上143品目がナノ銀応用製品であるとしています。 2.毒性は銀ナノ粒子と銀イオンの両方 銀イオンが微生物の細胞にダメージを与えるので微生物に対して有毒であることはよく知られています。しかし銀ナノ粒子の毒性は、銀ナノ粒子自身のサイズと形状が毒性をもたらすのか、あるいは、銀ナノ粒子が銀イオンを放出するために毒性をもたらすのか−ということについて関心が持たれていました。 ナノ銀作用の仮説的なメカニズムは、"細胞の表面に付着し接触するだけで細胞の作用をかく乱する"、"銀粒子はまたトロイの木馬のように作用し、通常サイズの銀に対する障壁をかいくぐって細胞内に入り込み、銀イオンを放出して細胞組織に損傷を与える"−などがあります。 米化学会ES&T に発表された最近の研究は、銀ナノ粒子はイオンの発生源となってナノ粒子がイオン影響を促進し、イオンとナノ粒子の両方がナノ銀の毒性源であることを示しました。 3.懸念される問題 3.1環境中に放出されて微生物を殺し生態系機能をかく乱する 殺菌・抗菌・防臭剤として使用されるナノ銀は排水系を通じて、あるいは固体廃棄物の焼却や埋め立てを通じて、環境中に放出されます。環境中に放出されたナノ銀は環境中の微生物を殺して生態系機能をかく乱することが懸念されています。後述する2006年のアメリカにおけるサムソンの銀ナノ抗菌洗濯機の議論も洗濯機から排出される銀ナノが環境中の微生物へ及ぼす悪影響の懸念に基づくものでした。 アリゾナ州立大学の研究者らはナノ銀処理されたソックスから洗い流されたナノ銀が排水路に流れ込んだ後、排水処理プロセスで生成されるバイオ固形物(主に肥料として使われる)に蓄積することを示しました。ソックスのあるものは2〜4回の洗濯後、ナノ銀の多くが無くなっており、環境中に排出されていました。 3.2 ナノ銀のヒト健康影響 ナノ銀は広範な製品中で利用されており、バクテリアへの細胞毒性に関する多くの研究があるにも関わらず、ナノ銀のヒト健康に対する研究はほとんどありません。 特殊な用途として、微小な銀成分を溶液中に浮遊させたコロイド状銀が肉や乳製品、補助食品中に使われており、ヒト健康への影響が懸念されています。 国立栄養研究所の安全情報・被害関連情報2007年9月12日は「カナダ保健省がコロイド状銀製品に注意喚起」を紹介しています。Colloidal Silver Water 20ppmというコロイド状銀で、カナダでは認可されていないが、感染症の予防・治療に用いられるとして、経口や眼、耳、鼻もしくは皮膚への使用を広告しており、インターネット等で販売されている。1日許容量を超える銀を摂取する可能性、及び長期に飲用すると体内に銀が蓄積し、皮膚や眼、爪が薄青い銀色に変色する、全身性の銀症が起こるなどの可能性がある−としています。 地球の友の2009年6月報告書は、2008年12月、欧州食品安全委員会(EFSA)は、補助食品中で使用されているナノ銀水溶液の安全性を決定するためには証拠が不十分であると決定したとしています。 3.3 銀に対するバクテリア耐性 抗生物質についてはすでにバクテリア耐性が広がっていることはよく知られています。銀やナノ銀についても消費者の安全志向に乗じて、抗菌剤として膨大な消費者製品中で使用されているために、銀やナノ銀に対するバクテリア耐性が広がることについて懸念されています。不必要な用途にまで大量に使用されて、本当に必要とする医療分野での殺菌効果が得られなくなる恐れがあります。 4.ナノ銀の規制 4.1 規制に関わる問題 ナノ物質の安全管理に関わる主要な問題には、健康及び環境に与える影響に関するデータが欠如していること、法的規制がなく、安全性が確認されずにナノ製品が市場に出ていること、有害影響を監視するために必要な技術と仕組みが開発されていないことなどが、世界共通の問題です。 一方消費者側から見ると、製品へのナノに関する表示義務がないために、どの製品にどのようなナノ物質が使用されているのか、それはどこで作られているのか、潜在的なリスクは何なのかなど、ナノ物質やナノ物質を含んだ製品に関する情報をほとんど入手することができないという問題があります。 しかし、上記の問題を含めてもっと包括的なナノ物質の規制と統合的管理に関する議論は別の機会に行うので、ここではナノ銀に関わる規制の問題に限定して考察します。 現在、ナノ銀について規制している国は世界中どこにもありませんが、アメリカではナノ銀に関連する製品について熱い議論が行われているので、ここではアメリカでの議論を紹介します。 4.2 ワシントン・ポスト紙の報道 2006年11月23日付けワシントン・ポスト紙は、米環境保護庁(EPA)は予測できない環境リスクを及ぼすかもしれないナノ銀を使用した広範な消費者製品を規制することを決定したと報道しました。 大量のナノ銀が環境中に放出され有益なバクテリアや水生微生物を殺し、また人間にもリスクを及ぼすことを懸念していた専門家や環境NGOsはこの報道に大きな期待を寄せました。 同紙によれば、EPAの新たな決定は、"ナノ銀の放出又は関連技術により細菌を殺すと主張する製品を市場に出したいと望む会社は、その製品が環境リスクを及ぼさないという科学的証拠をまず出さなくてはならないが、最終的な規則は数か月以内に連邦官報で告知される。また、EPAの監視は殺菌剤であると広告している製品だけに適用される"としています。 4.3 銀イオン発生装置に関するEPAの官報 EPAはワシントン・ポストの報道の約10ヶ月後の2007年9月21日、殺虫剤・殺菌剤および殺鼠剤法(FIFRA)の下に銀イオン発生装置を規制対象にすると官報で発表しました。EPAのウェブサイトではこの官報の内容について次のように説明しています。 "FIFRAの下では、(微生物を含む)害虫を捕獲し、破壊し、追い払い、または緩和するために物理的又は機械的な方法だけを使用する製品は仕掛けであり、その製造とラベル表示は規制されるが、登録の必要はない。 しかし、もし製品が害虫を駆除し、破壊し、追い払い、または緩和することを意図した物質又は物質の化合物を組み込んでいるなら、それは農薬とみなされ、登録が求められる。製品が仕掛けなのか農薬なのかについての決定は個別に行われる。 銀イオン発生洗濯機は、衣類についている菌を殺すと主張して市場に出されている。銀そのものは他の登録済み製品中で農薬活性成分としてすでに規制されている"。 "最近の報道記事は銀イオン発生洗濯機をナノテクノロジー製品として言及しているが、EPAは、この製品がナノテクノロジーを使用していることを示唆するどのような情報も受けとっていない。EPAは、このタイプの装置を登録するための申請を他の農薬と同じ規制基準に従って評価するで"あろう "。 EPAのこの最後の説明は非常に重要です。この官報が、ナノ規制に関わるものではなく、FIFRAの下でのイオン発生装置の農薬規制であることを特に強調しているのです。このことはナノサイズであるという理由ではナノ物質を規制しないとするEPAの従来の方針が明確に貫かれています。しかしサムソンのカタログによれば、サムソンの銀洗濯機は"ナノテクノロジーを使用している"とはっきり記述しています。 4.4 裏付けのないコンピュター周辺機器の"農薬"主張にEPA罰金20万ドル 2008年3月、米環境保護庁は、ある会社がナノシールド・コーティングを施したマウスとキーボードを農薬登録なしに販売し、その効能について裏付けのない主張をしたとして、FIFRA違反で罰金を科して和解しました。ナノ・コーティングをしていても"病原菌から守る"と主張しなければ、このマウスは農薬ではなく、規制に抵触しないという奇妙な法律です。 4.5 ナノ銀の規制強化を求める市民団体 アメリカのNGOである国際技術評価センター(ICTA)は他のNGOsと連名で、製品中で使用されている"ナノ銀"をFIFRAの下に農薬として規制するよう要求する請願書をEPAに提出しました。請願の要点は次の通りです。
"銀とナノ銀は、医療器具の表面処理、または重度火傷患者の傷の手当など医学の分野では疑いなく有用であるが、それらの使用は厳格に管理され、ノーデータ・ノーマーケット原則は常にフォローされること"。 "公衆、労働者、環境をリスクから守るためにナノテクノロジーに特化した規制が導入されるまで、ナノ銀を含む全ての製品に含有ナノ銀の表示がなされるまで、そして公衆が意思決定に関与できるようになるまで、工業的ナノ銀を含む製品を市場に出すことを直ちに中止すること"。 (安間 武) |