英国王立化学会 2009年9月2日
機械化されたナノカプセル
ターゲット・ドラッグデリバリー

マット・ウイルキンソン

情報源:Royal Society of Chemistry 02 September 2009
Mechanised nanocapsules target drug delivery
By Matt Wilkinson
http://www.rsc.org/chemistryworld/News/2009/September/02090903.asp



訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2010年2月23日
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/RSC/090902_drug delivery.html

 アメリカの研究者らは、搬送物を特定のph条件でのみ放出するナノサイズのドラッグデリバリーシステムを開発したが、これはがん治療のターゲット・デリバリーに特に有用であることが証明された。

 多くの抗がん剤は高い毒性があるので、健康な組織を損傷し好ましくない副作用を引き起こすことないよう特定の腫瘍に搬送される必要がある。ドラッグデリバリーの搬送手段を開発するために多くのアプローチがかなりの成果をあげているが、特定の生物学的条件だけに対応して薬剤を搬送するための微調整は実現が難しい。

 しかし現在、イリノイ州ノースウェスタン大学のフレイザー・ストッダートのチームの研究者らとカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のジェフリー・ジンクのチームの研究者らとの間の共同研究が、phの変化に対応して搬送物を放出する”機械化された(mechanised)ナノ粒子”の開発を実施した。

 システムの中心は、薬剤を運び細胞によって容易に吸収される約200nmのサイズのメソポーラスシリカ(訳注1)のナノ粒子である。しかし搬送物は、ストッダートが言うところの極めて重要な”ナノバルブ”なしにはメソポーラスシリカ粒子の孔を通じて漏れてしまう。

 これらの”ナノバルブ”は、シクロデキストリン (cyclodextrin) (訳注2)叉はキューカービチュリル(cucurbituril)(訳注3)のようなリング(環)を運ぶ”茎(stalks)”であり、メソポーラス粒子の芯からの搬送物の放出を制御するとストッダートは説明する。

 ストッダートは、キューカービチュリルのリングのふちの周囲で水素原子が酸素原子と結合するよう配置された一連の炭素原子でによって分離された3つの窒素原子からなる鎖を作った。

 末端のアニリウム窒素(anilinium nitrogen)は6つの炭素原子によって中央の窒素原子から分離されるが、ナノ粒子の近くの二つのアンモニア塩基グループは4つの炭素原子によって分離される。

 この研究では、細胞イメージングにしばしば使用される染料、プロピジウム・イオダイド(propidium iodide)が機械化されたナノ粒子中にカプセル化され、その放出が分光計(luminescence spectrometer)を使用して調べられた。phが6.5においては30分以上にわたり染料は放出されなかったが、phが中程度の酸性度 3.4に調整されるとナノ粒子内の染料は放出された。

 ”私は、リングが搬送物を内部に保持するのにそのように効率的であることは驚くべきことであると思う”とストッダートは言う。”phを変化させなければ全体を通じて非常にわずかなしか漏れない”。


機械化されたナノ粒子は特定のph条件に反応し、
搬送物を放出するか、分子の流出叉は流入を防ぐために”閉じる”。Image Credit: J. Am. Chem. Soc.
 phが5.4以下になると茎上の全ての窒素グループがプロトン化してリングは”開口部”に位置し、分子を流出叉は流入させる。酸性度が低くなるとアニリウムグループが脱プロトン化してリングは移動して二つのアンモニアグループを”閉”の位置にし、分子がカプセルから流出するのを止める。溶液がph10に調整されると、アンモニアグループとアニリウムグループの両方が脱プロトン化され、リングは茎から脱落して搬送物全体を放出する。

 ナノ粒子を開閉するphは、窒素と平行する位置にあるアニリン上の置換基を調整することにより制御することができる。ストッダートのチームは現在、ナノ粒子の搬送物が正確なph値で送られるよう一連の茎を開発している。

 ストッダートによれば、このシステムは水中はもとより複雑な生物学的媒体中においても作用し、同チームは現在、生体系におけるこのシステムを研究するために、ノースウェスタン大学及びカリフォルニア大学ロサンゼルス校の生物化学者、生物学者、医学者と共同研究をしている。

 ”我々は、抗がん剤カンプトテシン(Camptothecin)を使用してインビトロでの研究を実施しているが、これらのあるものは非常に、非常に将来性があるように見える”とストッダートは言う。

 イタリアのボロンガ大学のナノマシンの専門家アルベルト・クレディは、この研究は腫瘍細胞中のphは健康な細胞とは非常に異なり、”抗がん剤のデリバーにとって非常によいトリガーとなる”ので、特に重要であると信じている。

 ”これは、同研究グループの以前の研究に基づいている非常に重要な結果であるが、最初の研究の問題は、搬送物は非常に高いphにおいてのみ放出されるということであった”とクレディは言う。”今回の論文では、搬送物が放出されるphを調整したのみならず、それらが化学的な置換基によって調整することが出来ることも示した”。

マット・ウイルキンソン(Matt Wilkinson)

ReferencesS Angelos et al, J. Am. Chem. Soc., 2009, DOI: 10.1021/ja9010157


訳注1
  • メソポーラシリカ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

  • 産総研ナノテクノロジー部品の精巧な模型
    http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2010/pr20100212_2/pr20100212_2.html
    ◆メソポーラス
     電気の充放電を自在に行うことが可能なキャパシタの電極材料として2〜50ナノメートルサイズの細孔が空いた炭素材料を開発した。電極を構成している最小単位の炭素材料をリアルな模型で表現した。今後は、二次電池よりも高速な充放電が可能な電気化学キャパシタとしての応用が期待される。
     メソはミクロとマクロの中間という意味があり、多孔質体(たくさん穴の空いた物質)の分野ではミクロポーラス物質(ゼオライト等)とマクロポーラス物質(多孔質ガラス等)の中間の孔(メソポア)を多く持つ状態をメソポーラスと呼ぶ。メソポアを多く持つ物質をメソポーラス材料と呼び、その孔径は2ナノメートルから50ナノメートルの大きさ程度である。
訳注2
シクロデキストリ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

訳注3
JST用語解説:キューカービチュリル(cucurbituril)

訳注:関連情報
NEDO海外レポート NO.977, 2006.4.26 ナノ粒子を用いた細胞ドラッグデリバリーシステム(米国)



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