ピコ通信/第127号
発行日2009年3月25日
発行化学物質問題市民研究会
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URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

2009年3月4〜5日 バンコク
UNEPアジア水銀保管プロジェクト
ワークショップ参加報告

化学物質問題市民研究会 安間 武


1.はじめに
 国連環境計画化学物質(UNEP Chemicals)と国際NGOのネットワークであるゼロ・マーキュリー・ワーキング・グループ(Zero Mercury Working Group / ZMWG)の共催で2009年3月4〜5日にバンコクで開催されたアジア水銀保管プロジェクト・ワークショップに当研究会がNGOとして参加したので、その概要を報告します。

2.国際的な水銀問題の背景
■水銀の供給
 先進国では水銀の有害性についての認識が高まり、水銀採掘や製品中での水銀の使用は大幅に低減していますが、使用済みの水銀含有製品、水銀汚染土壌、金属精錬の副産物などの処理で回収される水銀や、日本には現在はないが、水銀法の塩素・アルカリ工業プラントの廃止で回収される水銀があリます。
 日本では1974年の北海道紋別市の竜昇殿鉱山の閉山を最後に、水銀鉱山の生産はなくなリましたが、水銀を含む廃棄物からの水銀のリサイクル・回収は、大半が野村興産株式会社 イトムカ鉱業所(北海道北見市)で行われており、廃蛍光管、廃乾電池中の水銀や精錬副産物や汚泥などに含まれる水銀を回収し、海外に輸出しています。日本はアジアで唯一の水銀輸出国です。

■水銀の需要
 世界的には、水銀の主要な用途は小規模な金鉱山、塩素−アルカリ製造、塩ビモノマー製造、農薬、電池、蛍光灯、歯科用アマルガム、水銀体温計、水銀柱血圧計、工業計器、無機薬品などであると言われています。
 多くの途上国では昔から原始的な金採鉱現場で金を取り出すために水銀が使用されていますが、そこで使用された水銀はほとんど回収されずに環境中に放出され、世界中で1000万人以上いるといわれる零細採鉱労働者や地域の人々の健康と環境に非常に深刻な被害を与えています。地域的な水銀汚染はまた蒸発や食物連鎖等により地球規模の汚染をもたらしていることはよく知られています。

■UNEPの水銀問題への取り組み
 国連環境計画(UNEP)では2001年より、地球規模での水銀汚染に関連する活動(UNEP水銀プログラム)を開始しています。
 前述の通り、現在の国際的な水銀の大きな流れは、先進国の回収水銀が途上国に輸出され、金採採鉱現場などで使用されるという流れであり、UNEPを中心に、主に次の二つの推進が検討されています。
(1) 世界の市場への水銀供給をとめるために水銀輸出を禁止する。
(2) 回収水銀が市場に出ないよう長期保管施設で回収水銀を封じ込める。

■UNEPにおける水銀輸出禁止の取り組み
 "水銀輸出の禁止"については、今年のはじめまでは法的拘束力のある枠組を主張するEU諸国などと、自主的取組を主張する米国や中国などとの間で意見が対立していました。
 しかしオバマ政権になって、今年のはじめに米国が「法的拘束力のある枠組を支持する」と突然表明して180度の政策転換をしたため、本年2月にナイロビ(ケニア)で開催されたUNEP第25回管理理事会で、今後、2013年に向けて"法的拘束力のある条約制定"作業が行われることが決定されました。
 日本政府はブッシュ政権下の米国の方針(自主的取組)を意識してか、法的拘束力のある文書の制定と自主的取組の強化を並行して推進するとしていましましたが、米国の方針変更後の本年2月のUNEP第25回管理理事会で水銀輸出禁止に関してどのような発言をしたのか明らかにしていません。

■EUと米国は水銀輸出禁止
 EUは2008年9月に、米国は2008年10月に、それぞれ法案を採択し、水銀輸出の禁止と回収水銀の長期保管(封じ込め)を決定しました。日本もアジアで唯一の水銀輸出国ですが残念ながら輸出禁止/国内長期保管の動きは見えません。

■UNEPとNGOの連携
 UNEPの水銀への取り組みの特徴のひとつはNGOとの協力であり、国際的に水銀問題に取り組むNGOのネットワークであるゼロ・マーキュリー・ワーキング・グループ(ZMWG)が積極的に水銀の取り組みに関与し、UNEPの会議にも参加しています。

3.ワークショップ概要
 3月4〜5日にバンコクで開催されたUNEP/ZMWGZMWG共催のワークショップの概要を紹介します。

■ワークショップの狙い
(1) アジアで封じ込まれるべき水銀の予想量に関する専門家の報告書を検証すること。
(2) 余剰水銀の長期的な安全保管のために考慮されるべきオプションと問題を検討し、ワークショップ後の詳細な実施可能性調査の実施とそこから得る勧告につなげること。
(3) 回収水銀封じ込めのための水銀保管施設の開発を検討すること。

■参加国
 バングラデシュ、ブータン、カンボジア、中国、インド、インドネシア、韓国、マレーシア、ミャンマー、ネパール、パキスタン、パプアニューギニア、フィリピン、シンガポール、スリランカ、タイ、アメリカ
 アジアのほとんどの主要国(16ケ国)と米国の計17ケ国が参加したが、アジアの水銀問題の取組に主導的な役割を期待される日本政府はこのワークショップに参加しなかった。
 このことは、UNEPの水銀取組におけるNGOとの協力という重要な側面を無視し、このワークショップを日本政府が軽視したことを参加者に強く印象付けた。

■NGOs
 ゼロ・マーキュリー・ワーキング・グループの呼びかけの下に、化学物質問題市民研究会(日本)、代替産業キャンペーン・ネットワーク(タイ)、トクシック・リンク(インド)、グリーンピース東南アジア(タイ)、インドネシア・トクシックフリー・ネットワーク(インドネシア)、バン・トクシックス(フィリピン)が参加した。
 また、情報提供者という立場でアメリカのNGOである天然資源保護評議会(NRDC)も参加し、プレゼンテーションを行った。

■国際機関
 バーゼル条約地域センター東南アジア(BCRC-SEA)、国連工業開発機関地域事務所タイ((UNIDO)、国連訓練調査研究所(UNITAR)、国際連合開発計画地域センター・バンコク(UNDP)、国際連合開発計画地域センター・コロンボ(UNDP)

■情報提供者
 リソースとしてヨーロッパのコンサルタント会社(GRS及びConcorde East/West Sprl)や廃棄物処分会社(K+S Entsorgung GmbH)、米国防総省備蓄センター(DNSC)、アメリカのNGOである天然資源保護評議会(NRDC)がUNEP又はZMWGによって招聘されプレゼンテーションを行った。

4.情報提供者による発表
 専門家や国際組織、国などからのプレゼンテーションがありました。その中のいくつかから主要な点を紹介します。

■UNEP水銀プロジェクトの紹介
(デズリー M.ナルバエズ/UNEP)
▼UNEPの水銀取組の経緯
▼長期保管の必要性
▼UNEP水銀プロジェクトの要素
・予想される余剰水銀量
・安全な長期保管のための選択肢と選択基準
・地域アドバイザリー・グループの設立
・実現性調査の実施と選択肢の分析
・国、地域での協議
・提案募集(場所選定、設計、コスト、施設要件、選定場所評価、資金供給源など)

■2010年〜2050年のアジアの水銀フロー
(ピーター・マクソン/Concorde East)
▼現状の水銀供給と消費
・アジアでは中国以外は水銀採掘なし
・中国は水銀輸出をしていない(国内使用)
・中国以外の供給源は副産物とリサイクル
・消費は各国政策によるが徐々に減少
▼水銀供給2005年(単位:トン)
・水銀採掘:中国(1300)、他諸国なし
・水銀在庫:中国、他諸国ともに500-1000
▼水銀消費2005年(単位:トン) ・中国: 1425-1845
・東/東南アジア:4541- 608
・南アジア: 195- 369
■水銀保管の選択 アメリカのアプローチ
(デービッド・レネット/NRDC)
▼米(民間)輸入 輸出 実質輸出(トン)
・2005年  212 319 107
・2006年   94 390 296
・2007年   67 84 17
・2008年  150 900 750
▼米の輸出先(上位5ヶ国)
・2005年 オランダ、ガイアナ、メキシコ、インド、スペイン
・2006年 オランダ、インド、ベトナム、スペイン、シンガポール
・2007年 ベトナム、ペルー、コロンビア、シンガポール、ガイアナ
▼アメリカの水銀輸出禁止法
・2007年専門家・ステークホールダー会議
・2008年議会採択(NGOと州政府の支援)
・米政府水銀在庫の販売、市場への投入は直ちに禁止
・2013年1月1日から水銀輸出禁止
・米政府は水銀の長期保管のための場所を確立すること
・民間会社が保管場所を開発してもよい

■米国防総省水銀在庫センター(DNSC)
(デニス M. リンチ/DNSC)
▼DNSCの水銀在庫
・商品グレードの金属水銀
・在庫:4,436トン
・50年以上安全保管−1994年に販売停止
▼ホーソン陸軍デポ(ネバタ州)の紹介
・2006年に統合保管場所として選定
・地上屋内保管
・法に従ったホーソンまでのトラック輸送

■欧州とドイツの水銀保管
規則と一般条件
(トーマス・ブラセル/GRS)
▼金属水銀の輸出禁止と安全保管に関する規則(2008年10月22日)
・2011年3月15日から金属水銀の輸出禁止
・使用されない/副産物として得られる金属水銀は廃棄物とみなされ、2011年3月15日から処分対象
・ 廃棄物としての金属水銀は岩塩鉱又は深い地下岩盤中に保管されるべきこと
▼地下処分に関するEC基準
・規定に従った場所固有の安全評価
・地質学的障壁の重要性
・統合能力評価分析
▼地下廃棄物処分の解説とドイツの事例

5.ワークショップ
参 加国/組織が東アジア地域、東南アジア地域、及び南アジア地域に分かれて事前に用意された10の質問について討議し、結果を各グループが総会で発表しました。

■地域別参加国/組織
▼東アジア地域
政府:中国、韓国、ミャンマー(日本、モンゴル、北朝鮮、ラオスは不参加)
NGO:化学物質問題市民研究会(日本)
情報提供者:デービッド・レネット/NRDC、トーマス・ブラセル/GRS、他オブザーバー
▼東南アジア地域
政府:カンボジア、インドネシア、マレーシア、パプアニューギニア、フィリピン、シンガポール(ブルネイ、ベトナムは不参加)
NGO:代替産業キャンペーン・ネットワーク(タイ)、インドネシア・トクシックフリー・ネットワーク(インドネシア)、バン・トクシックス(フィリピン)
情報提供者:ピーター・マクソン/Concorde East
▼南アジア地域
政府:バングラデシュ、ブータン、インド、ネパール、パキスタン、スリランカ (アフガニスタン、モルディブは不参加)
NGO:トクシック・リンク(インド)、グリーンピース東南アジア(タイ)

■討議のための10の質問
Q1 あなたの国には国家の水銀削減計画が適切にあるか? あるなら、関連する政策/規制が適切にあるか? 現在の活動は何か?(例えば、水銀量把握、情報普及活動、リサイクリング、廃棄物管理など)

Q2 現在、あなたの国は水銀輸出国(net exporter)か? どこの国に送られ、どのような目的で使用されているか知っているか? それらの用途は地球規模水銀汚染問題に影響を与えているように見えるか?

Q3 あなたの国は、国内又は世界の水銀需要の削減を推進するために水銀保管"ツール"を利用するか?

Q4 現在、約束することはできなくても、あなたの国は余剰水銀の保管というアイディアを受け入れるか?

Q5 公衆の健康と安全を確保するために必要な水銀保管おける主要な技術的な(あるいはその他の)側面は何か? 環境に対する責任を確保するためにはどうか?

Q6 その他、水銀保管に関して社会的に考慮されるべきことは何か?

Q7 保管のコストに対応するためにどのような資金的オプションがあり得るか?

Q8 水銀保管に関して政治的に考慮されるべきことは何か?

Q9 水銀保管施設を実施するために目を向けるべき法的/規制的論点は何か?

Q10 水銀保管施設の実施を成功させることに対する可能性ある障壁にはどのようなものがあるか?

■ 地域別討議結果の発表(主要部紹介)
▼東アジア地域:韓国が代表して発表
Q1:各国とも具体的な削減計画はない。
Q2:日本は余剰水銀を輸出している。他の諸国は輸出していない。
Q5:人の健康と安全に関わる技術的な側面:保管施設のタイプ、保管期間、輸送。
Q6:社会的考慮:候補地の住民の受容。
Q7:資金:国内の場合は政府、製造者、回収者、地域共同の場合は政府が保証すべき。
Q8:政治的考慮:候補地の住民の受容。

▼東南アジア地域:インドネシア・トクシックフリー・ネットワークが代表して発表
Q1:ほとんどの国は水銀削減計画を持っていないがカンボジアは水銀排出管理に関する行動計画、フィリピンは関連する水銀行動計画、タイとマレーシアは水銀量把握を実施中。シンガポールは行動計画を策定中、インドネシアは水銀バッテリーの廃止を計画、パプアニューギニアは大きな鉱山の廃止を計画。
Q2:ほとんどの国は水銀輸出国ではない。
Q4:全ての国が余剰水銀の保管に肯定的。
Q5:技術的側面:10〜15年の時間枠を超える長期保管の概念を再考。地理学的及びコスト的配慮。キャパシティービルディング、技術移転。長期間モニタリング。環境影響評価とリスク評価は社会、健康、先住民文化への評価を含むこと。バーゼル条約とのリンク 。
Q6:社会的考慮:公衆との協議、リスク・コミュニケーション、補償。
Q7:資金:特別基金の設立。民間投資。世界銀行、アジア開発銀行、その他の金融機関。将来の水銀条約における最終保管のための資金的支援 。
Q8:政治的考慮:強い政治的意志。国レベルから地域レベルに上げること。多国間環境条約のような国際レベルに上げること。
Q9:法的/規制的論点:汚染者負担原則。
Q10:成功への障壁:持続的資金支援。政治的意志。優先順位の設定。法的障害。人的・技術的資源の欠如 。

▼南アジア地域:インドが代表して発表
Q1:いくつかの国は水銀削減計画を立ち上げている。この地域の国は有害廃棄物/化学物質/物質に目を向けた環境保護法を持っている。水銀情報周知と水銀量把握の取り組みが行われている。
Q2:どの国も水銀輸出国ではない。
Q3:全ての国は水銀保管"ツール"は役に立つことに同意するが、そのような施設の開発やツールの利用は地理的政治的決定である。Q4:全ての国が余剰水銀の保管に肯定的。
Q5:技術的側面:環境影響評価を受けること。利害関係者の関与。公衆への告知。輸送や保管施設の運営に関わる全ての人の訓練。生物医学的廃棄物管理と同様に輸送の安全を確保。住宅地域、水源から離れた場所。地震地帯の回避。環境及び健康当局による厳格な管理。
Q6:全ての条件はQ5の要件を満たすこと。
Q7:資金:汚染者負担。官民連携。当初は国営、その後完全民営。
Q8:政治的考慮:そのような必要性に関する資金機関を含む国家的合意。産業省、産業界の合意。国民の認知。
Q9:法的/規制的論点:国の立法、基準。専用の指針。
Q10:成功への障壁:適切な資金支援。技術的ノウハウと長期的支援。設置場所の選定。社会的政治的容認。

6.今後のステップ
 今回のワークショップでの検討結果に基づき、選定されるべき水銀保管オプションについての提案/実施可能性調査の募集及び実施を行い、実施結果は本年中に発表されるとのことです。
(安間武)



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