WHO 環境健康基準 237
化学物質への暴露に関連する子どもの健康リスクの評価原則

第1章 概要、結論、勧告の紹介

情報源:WHO Environmental Health Criteria 237
EHC 237: Principles for Evaluating Health Risks in Children
Associated with Exposure to Chemicals
http://whqlibdoc.who.int/publications/2006/924157237X_eng.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2007年9月13日


1. 概要、結論、勧告
1.1 概要

 環境要因は子どもの健康と幸福を決定する重要な役割を果たす[1]。世界の人口の3分の1以上を占める子どもは世界のもっとも弱い集団の一員であり、環境要因は子どもの健康を大人とは全く異なる影響を及ぼすことがある。貧しい、無視された、そして栄養不良の子どもがもっとも被害を受けやすい。これらの子どもは不健康な家に住み、清浄な水と衛生施設が欠如しており、医療と教育を受ける機会が限定されている。世界でもっとも貧しい地域では、5人の子どもに1人が5歳の誕生日まで生きることができないが、それは主に環境に関連する疾病のためである。世界保健機関(WHO)は世界中の子どもの病気の原因の30%以上が環境的要因であると推定している。

脚注[1]:この文書中で使用される子ども及び子どもたちという用語は、妊娠による発達期から青春期を含む。
訳注:訳文中での表記は単数及び複数を区別せず、全て”子ども”とした。)

 健康は様々な要因によって決定される。物理的な環境に加えて、生物学的、社会的、経済的、そして文化的要素が重要な役割を果たす。人生を通じての健康と行動を形成する子ども時代に及ぼす様々な駆動力を理解することが重要であるが、この文書が強調することは特に環境的化学物質への暴露である。この文書は、特別な発達期の段階における子どもが受ける環境的化学物質への暴露によるリスクを評価するときに考慮されるべき原則を評価し、公衆健康管理者、研究と規制にかかわる科学者、及び、子どもの健康を保護することに責任あるその他の専門家に情報を提供するものである。この文書は、特定の化学物質、特定の疾病、又は結果よりも、むしろ、主に発達期に着目している。発達期における特定の感受性の高い期間は、暴露のクリティカル・ウィンドウ、又は発達のクリティカル・ウィンドウと呼ばれている。これらの特別な生命の段階は、分子、細胞、器官システム、及び有機体レベルで起きる関連ある動的なプロセスによって定義される。それは環境影響の特性と厳しさを決める暴露に加えて、これらの生命段階によって違いがある。

 子どもは、生理学的、代謝的、及び行動的な相違とともに、その動的な成長と発達プロセスのために異なる生命段階で異なる感受性を持っている。妊娠時から青春期を通じて、環境的化学物質への暴露によってかく乱されることがある急速な成長と発達プロセスが生じる。それらには解剖学的、生理学的、代謝的、機能的、トキシコキネティック(訳注:毒性試験における全身的暴露の評価)、及びトキシコダイナミク(訳注:化学物質の標的臓器への到達後の様々な反応)なプロセスが含まれる。暴露経路と暴露パターンもまた子どもの異なる段階で異なる。暴露は、子宮中で胎盤を通じて又は母乳を通じて母親から胎児へ環境因子が移動することによってで起こりえる。子どもは成人に比べて体重あたりの食物及び飲物をより多く摂取し、子どもの食事バターンはそれぞれの発達段階で異なり、またしばしば変化が少ない。子どもは体重あたりの空気吸入量が高く体の表面積が大きいので、体重あたりの暴露量は多いかもしれない。地面をはい、口に手をやるというような子どもの普通の行為は、大人では起こらない暴露をもたらし得る。子どもの代謝経路は成人とは異なるかもしれない。子どもは今後長く生きるので症状が出るまでに数十年かかる慢性的疾病になる可能性があり、それは早い時期の環境暴露が原因かもしれない。子どもはしばしば環境的リスクを知らず、一般的に意思決定に発言することはない。

 子どもは異なる発達段階で生物学的脆弱性と暴露の両方に関し高いリスクを持つかもしれないという知識が増大したことにより、子どもを適切に保護するためには新たなリスク評価のアプローチが必要かもしれないという知見が高まった。従来のリスク評価アプローチと環境健康政策は、成人または成獣から得たデータを使用して、主に成人及び成人の暴露パターンに目を向けていた。受胎前から青春期にいたるまで子どもにとって現実の暴露を評価するために、それぞれの発達段階における特定の感受性を考慮しつつ、リスク評価の枠組みを広げる必要がある。子ども時代の暴露の全体の影響は成人のデータからは予測することができない。子どもの暴露のためのリスク評価アプローチは生命段階に関連付けられていなくてはならない。

 子どもの疾病の広い範囲は不健康な環境と関連していることが知られている(あるいは疑われている)。世界の多くで従来の環境的健康のハザード(危険)は不衛生の一次的根源に存在している。それらには、適切な栄養の欠如、劣悪な衛生設備、汚染された水、蔓延する疾病媒介生物(たとえば蚊とマラリア)、不安全な廃棄物処分などがある。さらに、生産と消費の持続可能ではないパターンに結びつく急速な世界規模化と産業化が大量の化学物質を環境中に排出している。”環境暴露”という用語は様々な要素を含むことができるが、この文書が着目するのは特に環境的化学物質への暴露である。これらの物質のほとんどは子どもに対する潜在的な毒性は評価なされておらず、またもっとも脆弱な子どもの集団が定義されていない。重要な小児の疾病と障害(たとえば、ぜんそく、神経行動障害など)多くの事例が世界のいくつかの地域で増加している。様々な要素が関与しているようであるが、これはひとつには子どもが住み、成長し、遊ぶ、環境の品質のためである。

 特定の環境暴露と、複雑で多くの要素からなる健康影響との間の因果関係を確立することは、特に子どもについて、困難で挑戦的なことである。子どもにとって、暴露が起きる発達段階は暴露の程度と同じくらい重要かもしれない。異なる発達段階での暴露について非常にわずかな研究しか行われていない。同じ環境的化学物質でも大人に比べると子どもに非常に異なる健康影響をもたらすことが事例で示されている。これらの結果のあるものは、取り返しがつかず生涯を通じて体内に残留する。さらに、異なる器官系は異なる速さで成熟し、発達の異なる期間において、因子の同じ用量が非常に異なる結果をもたらすことがある。暴露とその影響との間に長い潜伏期間があることもあり、ある影響は後々の人生まで現れないかもしれない。発達期の暴露の健康影響のいくつかの例として、胎児期及び出生時(流産、死産、低出生体重、先天性奇形)、幼児期(幼児死亡、ぜんそく、神経行動及び免疫障害)、青春期I(早熟又は成熟遅延)がある。新たに出現している証拠は成人のある疾病のリスク(たとえば、がん、心臓疾患)は子ども時代のある環境的化学物質への暴露がその原因の一部であり得ることを示している。

 研究は子どもの健康に関する環境的化学物質の影響に目を向けてきたが、一般的に研究者らは、重金属又は農薬のような特定の環境化的学物質、及び特定の器官系またはその影響に着目してきた。明らかに足りないことは、主要な発達期ウィンドウ又は生命段階にわたる暴露を捕捉する長期的な研究である。実際に、受胎期の暴露をそれ自身又は他の生命段階との組み合わせで捕捉した研究はほとんどない。現在の先端技術と新たな方法論は、これらのクリティカルなウィンドウの期間の暴露を捕捉することを約束している。このことは研究者らが子どもの健康影響を考慮するときに、受胎を早い時期に検知し、胎芽期及び胎児期の生存の条件となる潜在的な胎芽の死亡のリスクを推定することを可能としている。

 子どもの特別の脆弱性は、子ども保護政策とリスク評価アプローチの開発のための基礎をなすべきである。完全な因果関係の証明が欠如していることが暴露の削減又は介入と予防戦略を実施することの妨げとなるべきではない。

1.2 結論と勧告

 子どもの健康に及ぼす環境因子への暴露の影響に関して多くの知見が得られているが、知られていないことも多い。子ども保護リスク評価アプローチは、各発達段階における暴露、生物学的感受性、及び、社会経済的文化的(栄養学的を含む)要素の相互反応のよりよい理解に基づいたものでなくてはならない。よりよい理解を得るために、下記領域における更なる研究が必要である。

  • 人の連続的な発達に伴いクリティカル・ウィンドウにおける暴露の長期的な捕捉及び敏感な評価項目を持った、妊婦、幼児、及び子どもの将来を見越したコホート調査を設計し実施すること。

  • 健康評価項目のリアルタイムな捕捉のための集団ベースの調査システムを開発し強化し続けること。これは、出生時のサイズ、懐胎時及び出生時の欠陥の重要登録のような現在の調査システムを含む。妊娠までの時間によって測定される妊娠受胎確率(fecundability) や性比のような新たな監視評価項目に検討が加えられるべきである。

  • 総暴露及び累積暴露を評価する取り組みを含んで、異なる発達段階における子どもの暴露監視の取り組みを強化すること。

  • 開発途上国における暴露監視の取り組みを強化すること。

  • 最も高い暴露レベルをもった集団を特定すること。
  • 特に初期の発達段階における暴露、感受性、及び影響のための、有効で感度が高くコスト効果のあるバイオマーカーを開発すること。

  • 異なる発達段階における外来異物(xenobiotics)のトキシコキネティク(toxicokietic)(訳注:毒性試験における全身的暴露の評価)とトキシコダイナミック(toxicodynamic)(訳注:化学物質の標的臓器への到達後の様々な反応)的な特性化を改善すること。ヒトと動物における発達段階の特定の生理学的及び薬物動態的パラメーターのデータベースを開発すること。

  • 暴露が有害影響をもたらすかもしれない異なる発達段階における作用のメカニズムに着目した研究を実施すること。

  • ヒトと動物種の双方における器官系機能を評価し、種を通じて類似発達器官を特定するために使用できる評価項目を開発すること。
  • 異なる発達段階における暴露と影響との因果関係を評価するためにより新たな分子技術及び画像技術の有用性を検証すること。

  • 構造的及び機能的評価項目に関連して異なる器官系の感受性のウィンドウの特性化を改善すること。

  • 異なる発達段階における健康影響に目を向けることができる生物学的モデルと動物テスト指針を開発し有効性を確認すること。

  • どの暴露削減が子どもの健康に最良の全体影響を与えるか決定すること。

 将来の全ての世代が通らねばならない発達段階に目を向けたリスク評価戦略の開発はどのような公衆健康戦略にとっても重要である。子どもの保護はヒトという種の持続可能性の中心課題である。地域、家族及び子どもを含む全てのレベルで健康な行動、教育及び知識の向上の促進を通じて全ての子どもに安全な環境を与え環境的ハザードへの暴露を削減することは、全ての国と国際的及び国家の組織の優先事項であるべきである。このことをより良く成し遂げるために、子ども保護公衆健康政策、立法、及び安全標準を含む、リスク削減と介入方法の有効性に関する研究が必要である。社会の全ての分野の積極的な参加は、全てにとって安全で健康な環境を推進する上で重要な役割を果たす。


訳注(関連情報)

  • WHO Environmental Health Criteria (EHC)
    http://www.who.int/ipcs/publications/ehc/en/index.html

  • EurActiv/Published: Thursday 2 August 2007 | Updated: Monday 27 August 2007
    WHO relaunches controversy over children's exposure to chemicals
     このトピックに関し、かつてないもっとも包括的な研究で、世界保健機関(WHO)は子どもの化学物質への暴露に関し、それが後々の人生における、がん、心臓疾患、慢性呼吸器系疾患の原因になるとして、もっと多くの研究が必要であることを強調した。この報告書は、EUの新しい化学物質規正法 REACH の発効後、わずか1ヵ月後に発表された。



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