ル・モンド 2016年11月29日
科学のごまかしを止めよう

情報源:Le Monde: November 29, 2016
Let's stop the manipulation of science
http://www.lemonde.fr/idees/article/2016/11/29/
let-s-stop-the-manipulation-of-science_5039867_3232.html#meter_toaster


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2016年12月4日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_16/
161129_Le_Monde_Let_us_stop_the_manipulation_of_science.html

 約100人の科学者らがヨーロッパ及び国際社会に内分泌かく乱化学物質に反対する行動をとるよう要請している。彼らは、気候変動の戦いで産業側によって採用された疑念を作り出すための戦略の使用を非難している。

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 この数十年間、科学はその発見が商業活動及び既得権益について疑問を提起する時はいつでも攻撃されてきた。科学的証拠は、科学を否定する個人によって、及びそれは論争であるという間違った印象を与える産業側の支援を受けた関係者によって、気ままに歪められている。この疑念を作り出すということは、保護的な行動を遅らせ、人々の健康と環境にとって危険な結果をもたらす。

 ”疑念を作り出すこと”は、タバコや医薬品産業、そして農薬分野を含んでいくつかの産業分野に及んでいる(訳注1)。石油化学産業だけでも数千の有害化学物質の源であり、また、気候変動を加速させる大気の二酸化炭素の大幅な増加をもたらす。

 気候保護のための戦いは、公益のために働くことに専心する気候科学者の中で合意が広がっているにもかかわらず、懐疑論者らにより激しく反対された2015年パリ協定により新たな時代に入った。同様な戦いが内分泌かく乱化学物質への暴露を削減する必要性の上に荒れ狂った。欧州委員会は、世界で初めて、内分泌かく乱物質のための規制を実施しようとしている。多くの他の政府もまた内分泌かく乱物質についての懸念を表明しているが、これらの化学物質のための規制は全く見当たらない。

 我々は、乳、精巣、卵巣、そして前立腺のがん、脳の発達の阻害、糖尿病、肥満、停留睾丸、ペニスの奇形、そして精液質の低下のようなホルモン関連の疾病のこれほど高い罹患にかつて直面したことがない。これらの懸念ある健康の傾向の原因の研究に積極的に関わる科学者らの圧倒的多数は、我々のホルモン系を阻害することができる化学物質の中にいくつかの要因があることに同意している。

 いくつかの著名な科学者団体は内分泌かく乱物質と呼ばれるこれらの化学物質は世界的な健康脅威を及ぼしていると指摘している。それらには、家具や電子機器中の難燃剤、プラスチック製品や身体手入れ用品中の可塑剤、そして我々の食品中に残留物として見いだされる農薬等がある。それらは、我々の体が特に感受性が高い時期である発達の重要な期間、妊娠中、又は思春期に正常なホルモンを阻害する。

   その健康影響は回復不能であるということもひとつの理由のために、よりよい医療を適用することで、この増大する疾病に対処するということは不可能である。我々はまた、ある消費者製品を回避することにより我々の個人的暴露を低減する選択肢を制限してきた。ほとんどの内分泌かく乱物質はこれらの化学物質に汚染された食品を通じて、我々の体内に到達する。

 ホルモン系疾病の上昇を食い止めるための重要な選択は、もっと効果的な規制を通じて化学物質暴露を防止することである。しかし欧州連合(EU)におけるそのような規制を制定する計画は、産業権益と強いつながりを持つ科学者らによる精力的な反対にあい、科学的論争が存在しない科学的合意が欠如するという状況をもたらした。 同様な戦略がタバコ産業によって用いられ、議論を汚し、公衆を混乱させ、もっと効果的な規制を開発し採択しようとする政治家と政策決定者による努力を損なった。

 気候変動及び内分泌かく乱物質に関する両方の議論は産業界の支援を受けた関係者により証拠が歪曲された。

 多くの科学者らは、もし我々が政治問題に関する見解を公的に表明し、政治的議論に関われば、彼らの客観性と中立性は損なわれると信じている。もし、我々の政治的意見が我々の科学的判断を曇らせるなら、それは全く心配なことである。

 しかし、判断を曇らせる政治を許しているのは、科学を否定する人々である。その結果は修復不能な危害である。タバコに関する科学の暗黒化は数千万の人々の命を犠牲にしている。我々はこのような間違いを再び起こすべきではない。

 我々は、もはや沈黙したままでいることは許されないと信じる。科学者として我々は、その議論に参加し、公衆に伝える義務がある。

 我々は、我々の仕事の意味を述べ、我々が直面する深刻なリスクに注意を向けることは、社会と将来の世代に対する我々の責任であると考える。曝される危険は高く、内分泌かく乱物質への暴露と温室効果ガス排出がもたらす結果を食い止めるための政治的行動が緊急に必要である。

 内分泌かく乱物質の負荷を低減するために必要な多くの行動は気候変動に対する戦いにも役立つので、我々は内分泌かく乱及び気候変動科学者と力を結集した。

 人間が作るほとんどの化学物質は石油化学産業により製造される化石燃料副産物から生成される。石油精製の量を減らすとことで、我々はまたプラスチックや可塑剤を作り出す副産物の製造を減らすことができる。これらの化学物質は男性の生殖健康を損ない、またがんリスクをもたらす。化石燃料への依存を減らし、代替エネルギーを促進することにより、我々は温室効果ガスを削減するだけでなく、水銀の排出も制限できる。水銀は石炭の汚染物質であり、大気への排出及び魚への蓄積を通じて我々の体に達し、脳の発達を損なう。

 多くの政府が温室効果ガスに対処するための政治的意思を表明しているが、気候変動についての科学的な知識の効果的な政策への反映は、幾分、公衆と我々の指導者を混乱させるための故意の誤情報の使用を通じて阻止されている。政府はすでに手遅れである。

 我々が内分泌かく乱物質についてこれらの失敗を繰り返さず、気候変動科学者及び公衆健康の社会の経験から学ぶということが重要である。

 欧州委員会は、世界的な新たな基準を設定し、有害影響から我々を守るであろう内分泌かく乱物質のための規制ツールを決定する機会を持っている。しかし我々は、欧州委員会によって提案された規制のオプションは、我々と将来の世代を守るために必要とされるものからほど遠い。彼らは、内分泌かく乱物質の特定のための証拠のレベルを、発がん性物質のような他の有害物質よりはるかに高く設定しており、実際、これは EU 内では、どの様な物質についても内分泌かく乱物質として認められることを非常に難しくしている(訳注2)。

 両方の政策領域で緊急の行動が必要である。従って我々は、内分泌かく乱化学物質と気候変動の両方に調整された様式で対応する効果的な措置の策定と実施を求める。これを達成する効果的なひとつの方法は国際連合内に、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)と同様な国際的な常設の組織を創設することである。この組織は公衆の利益のために、政策決定者により用いられる科学を審査し、我々の科学を既得権益の影響から守るであろう。

 我々はこのことについて、将来を生きなければならない世代に義務を負っている。

主要署名者
Andreas Kortenkamp, Brunel University (UK); Barbara Demeneix, CNRS/Museum national d’histoire naturelle (France); Remy Slama, Inserm, University Grenoble-Alpes (France); Edouard Bard, College de France (France); Ake Bergman, Swetox Research Center (Sweden); Paul R. Ehrlich, Stanford University (USA); Philippe Grandjean, Harvard Chan School of Public Health (USA); Michael Mann, Penn State University (USA); John P. Myers, Carnegie Mellon University (USA); Naomi Oreskes, Harvard University, Cambridge (USA); Eric Rignot, University of California (USA); Niels Eric Skakkebaek, Rigshospitalet (Denmark); Thomas Stocker, University of Bern (Switzerland); Kevin Trenberth, National Centre for Atmospheric Research (USA); Jean-Pascal van Ypersele, Universite catholique de Louvain (Belgium); Carl Wunsch, Massachusetts Institute of Technology (USA); R. Thomas Zoeller, University of Massachusetts, Amherst (USA).

その他の署名者
Ernesto Alfaro-Moreno, Swetox Research Center (Sweden); Anna Maria Andersson, Rigshospitalet (Denmark); Natalie Aneck-Hahn, University of Pretoria (South Africa); Patrik Andersson, Umea University (Sweden); Michael Antoniou, King’s College (UK); Thomas Backhaus, University of Gothenburg (Sweden); Robert Barouki, Universite Paris-Descartes (France); Alice Baynes, Brunel University (UK); Bruce Blumberg, University of California, Irvine (USA); Carl-Gustaf Bornehag, Karlstad University (Sweden); Riana Bornman, University of Pretoria (South Africa); Jean-Pierre Bourguignon, University of Liege (Belgium); Francois Brion, Ineris (France); Marie-Christine Chagnon, Inserm (France); Sofie Christiansen, Technical University of Denmark (Denmark); Terry Collins, Carnegie Mellon University (USA); Sylvaine Cordier (emeritus), IRSET, University of Rennes (France); Xavier Coumol, Universite Paris-Descartes (France); Susana Cristobal, Linkoping University (Sweden); Pauliina Damdimopoulou, Karolinska Institute Hospital (Sweden); Steve Easterbrook, University of Toronto (Canada); Sibylle Ermler, Brunel University (UK); Professor Silvia Fasano, University of Campania - Luigi Vanvitelli (Italy); Michael Faust, F+B Environmental Consulting (Germany); Marieta Fernandez, University of Granada (Spain); Jean-Baptiste Fini, CNRS/ Museum national d’histoire naturelle (France); Steven G. Gilbert, Institute of Neurotoxicology & Neurological Disorders (USA); Andrea Gore, University of Texas, (USA); Eric Guilyardi, University of Reading (UK); Asa Gustafsson, Swetox Research Center (Sweden); John Harte, University of California, Berkeley, (USA); Terry Hassold, Washington State University (USA); Tyrone Hayes, University of California, Berkeley, (USA); Shuk-Mei Ho, University of Cincinnati (USA); Patricia Hunt, Washington State University (USA); Olivier Kah, University of Rennes (France); Harvey Karp, University of Southern California (USA); Tina Kold Jensen, University of South Denmark (Denmark); Henrik Kylin, Linkoping University (Sweden); Susan Jobling, Brunel University (UK); Maria Jonsson, Uppsala University (Sweden); Sheldon Krimsky, Tufts University (USA); Bruce Lanphear, Simon Fraser University (Canada); Juliette Legler, Brunel University (UK); Yves Levi, Universite Paris Sud (France); Olwenn Martin, Brunel University London (UK); Angel Nadal, Universidad Miguel Hernandez (Spain); Nicolas Olea, University of Granada (Spain); Peter Orris, University of Illinois (USA); David Ozonoff, Boston University (USA); Martine Perrot-Applanat, Inserm (France); Jean-Marc Porcher, Ineris (France); Christopher Portier, Thun (Switzerland); Gail Prins, University of Illinois (USA); Henning Rodhe, Stockholm University (Sweden); Edwin J. Routledge, Brunel University (UK); Christina Ruden, Stockholm University (Sweden); Joan Ruderman, Harvard Medical School (USA); Joelle Ruegg, Karolinska Institute (Sweden); Martin Scholze, Brunel University (UK); Elisabete Silva, Brunel University (UK); Niels Eric Skakkebaek, Rigshospitalet (Denmark); Olle Soder, Karolinska Institute (Sweden); Carlos Sonnenschein, Tufts University (USA); Ana Soto, Tufts University (USA); Shanna Swann, Icahn School of Medicine (USA); Giuseppe Testa, University of Milan (Italy); Jorma Toppari, University of Turku (Finland); Leo Trasande, New York University (USA); Diana Urge-Vorsatz, Central European University (Hungary); Daniel Vaiman, Inserm (France); Laura Vandenberg, University of Massachusetts (USA); Anne Marie Vinggaard, Technical University of Denmark (Denmark); Fred vom Saal, University of Missouri (USA); Jean-Pascal van Ypersele, Universite catholique de Louvain (Belgium); Bernard Weiss, University of Rochester (USA); Wade Welshons, University of Missouri (USA); Tracey Woodruff, University of California (USA).
訳注1: 歪められた科学に関する当研究会が紹介した記事の一部
訳注2:EU のEDCを特定するための基準に関する情報


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