遺伝子と化学物質過敏症(MCS)

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 113, Number 3, March 2005
Forum / Chemical Exposures
Genes and Sensitivity
by Angela Spivey
http://ehp.niehs.nih.gov/docs/2005/113-3/forum.html#gene

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2005年4月9日


 ある場合には多種化学物質過敏症、MCS(multiple chemical sensitivity)とも呼ばれる、多種化学物質不耐性(multiple chemical intolerances)に苦しむ人々は、頭痛、一時的記憶障害、混乱、疲労、鬱、興奮、呼吸困難など広い範囲の症状を訴える。これは、微量の殺虫剤や溶剤などの化学物質に対する耐性が減少した結果による現象なのか、あるいは、ある人々が言うように、化学物質への理不尽な恐怖や心理的ストレスの表れなのか? トロント大学疫学者ガイル・マッケオン−イッセン(Gail McKeown-Eyssen)と彼女の同僚たちは、このようなことが起こるのは実際には遺伝子によるものではないかと示唆している。

 2004年10月に疫学国際ジャーナル(International Journal of Epidemiology)に報告された研究は、多種化学物質不耐性を持っていると報告されている女性たちと持っていない女性たちとの遺伝子的相違を初めて調査したものである。女性も男性も、ともに多種化学物質不耐性を持つと報告されているが、いくつかの研究では女性の方が男性より影響を受けやすいかもしれないと示唆している。

 研究者たちは203人の患者と162人のコントロール(健常者)をトロント大学健康調査の回答者の中から募集した。彼らは、ジェームス R. ネザーコットと彼の同僚がアーカイブ・オブ・エンバイロンメンタル・ヘルス、1993年1・2月号で発表した、ある化学物質の低レベル曝露に関連する慢性の症状がその曝露を取り除くとなくなることで患者を定義する方法を含む、以前の研究から引き出した基準を用いて、多種化学物質不耐性患者を特定した。

 トロント大学の研究者たちは、患者たちが、二つの遺伝子 CYP2D6 と NAT2 の、ひとつ又は二つの特定の遺伝子多型(polymorphism)(訳注:同じ遺伝子の塩基配列にいくつかの型があることを意味する)を持っている場合が、コントロールが持っている場合より著しく多いということを見つけた。CYP2D6 は、中枢神経を標的とする薬物(様々な抗鬱剤、興奮剤、コデイン(鎮痛・催眠剤)−全て異なる化学構造を持つ−を含む)、乱用麻薬、神経系毒素、発がん前駆物質(より活性な化合物に代謝された場合にのみ発がん性物質になる)、及び自身の体の神経伝達物質のような化学物質を代謝する酵素に作用する。NAT2 は、様々な薬剤やエポキシや染料の製造に使われる化学物質の一族である芳香族アミンなどの有毒化学物質の代謝に役割を果たす。

 CYP2D6 より活性の高い遺伝子多型を持つ女性たちは、その遺伝子の不活性な型を持つ女性たちよりも、3倍以上、多種化学物質不耐性でありやすい。同様に、NAT2 のいわゆる速いアセチル化酵素(rapid-acetylator)を持つ女性たちは、4倍以上、多種化学物質不耐性でありやすい。

 ある化学物質の代謝は有毒な副生物を生成するので、速い代謝酵素を持つ人は体内にそれだけ早く有毒化合物を蓄積することになる。”速い代謝により曝露が増えるか減るかは、代謝物が何か、及び、いかに早く体外に排出されるかに依存する”とマッケオン−イッセンは述べている。

 研究者たちは、CYP2D6 と NAT2 の速い代謝酵素を両方持つ女性たちは多種化学物質不耐性とさらに強い関連性があることを見つけた。これらの女性たちはコントロールに比べて18倍、多種化学物質不耐性でありやすい。マッケオン−イッセンは、そのような相互作用の分析は当初の研究目的にはなかったので、この発見については慎重である。”我々は、この観察結果については十分に注意深くなくてはならない。しかし、もしそれが真実で再現性があれば、ある人々は(化学物質過敏症になる)リスクが非常に高いことになる”と彼女は述べた。

 もし、再現性があれば、これらの発見はこの不可解な”症状”に物質的な原因の証拠を与えることになるかも知れない。アメリカ医療協会が他の団体とともに化学物質不耐症は心因性であると簡単に片付けるべきではないという共同声明を発表したのは1994年のことである。

 サンアントニオのテキサス大学健康科学センターの環境医学教授クラウディオ・ミラーは、遺伝子多型に関連するリスクが3倍及び4倍、増加するということは注目に値し、この発見はこれらの疾病の物質的ベースを示唆する重要なことであるとして、”遺伝子多型が心因性であるなどとは言えない。前から、集団には”化学的不耐性”が高い人々がいるということが分かっており、それらが遺伝子に基づくものであっても驚くべきことではない”と彼女は述べている。

 マッケオン−イッセンは、”これらの結果が再現された後に、次の研究ではこれらの遺伝子による酵素の働きを調査する必要がある。この研究では化学物質の解毒に関係する多くの遺伝子のうちのわずかなものを調べただけで我々はひとつの関連性を見つけたのだから、化学物質不耐性に関連する他の遺伝子を探すということは理にかなっている”と彼女は述べた。


化学物質問題市民研究会
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