アメリカ政府 世界貿易機関 (WTO) にコメントを提出
EU 化学物質政策 REACH の弱体化を図る


情報源:Environment NEWS SERVICE, June 24, 2004
Washington Works to Weaken European Chemicals Policy at WTO
http://www.ens-newswire.com/ens/jun2004/2004-06-24-03.asp

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2004年6月25日


WASHINGTON, DC, June 24, 2004 (ENS)
 ブッシュ政権は、一般に REACH という名で知られる EU の化学物質規制案を批判する正式コメントを世界貿易機関 (WTO )に提出した。

 アメリカは6月21日に、 EU の新化学物質規制案 REACH (Registration, Evaluation, Authorization and Restrictions of Chemicals) (化学物質の登録・評価・認可)に関する懸念を59項目にわたって指摘した文書を、世界貿易機関 (WTO) 貿易障壁技術委員会に提出した。
 アメリカの主要な懸念の一つは、大西洋をはさんだアメリカ−ヨーロッパ間の貿易への REACH の影響であるが、それは REACH がアメリカのヨーロッパへの輸出の大部分に適用されるからであり、その金額は2003年には1,500億ドル(約16兆円)以上に達している。影響を受ける主要な産業分野は、繊維、医薬品、電子機器、自動車などの分野である。他の懸念として、REACH の中小企業に与える影響を挙げている。中小企業の大部分は RREACH の手続き上の要求を満たすための人材や資金を持ち合わせていないので、REACH 提案は明らかに中小企業を不利な立場にするとアメリカは述べている。

 2001年に欧州委員会によって最初に REACH の概要が示された時に、REACH はヨーロッパとアメリカの化学産業界によって、またブッシュ政権によって反対された。2003 年には内容を弱めた REACH が欧州委員会によって提案されたが、この弱められた最新の REACH 提案が、アメリカが今回 WTO 委員会へ提出したココメントの標的となっている。

 アメリカは、欧州委員会が化学物質を規制するための最新提案に ”限定された改善”を行ったが、”多くの歓迎すべき修正” にもかかわらず、この提案は、環境と人間の健康の ”強固な保護” のための現実的で実施可能な解決を提案していないと信じている。

 アメリカは、現在使用されている化学物質に関するデータを収集すること、新たなクリーンで安全な化学物質の導入を図ること、及び、化学物質を規制するためのシステムを改善することに対し、欧州委員会が関心を持つことについて ”評価し、理解する” と、この文書は述べている。
 しかし、同時に、2003年10月に発行された最新の EU の提案は、”実施において運用に問題を生じ、世界貿易を混乱させ、革新に悪影響を与える”ことが目に見え、 ”金がかかり煩雑で複雑なアプローチ をいまだに採ろうとしている” と述べている。

 ヨーロッパの一部の政府も、この REACH のアプローチの ”実施可能性と不確実な経済へのかかわりについて、同様な懸念を言明している”。 特に、イギリス、フランス、及びドイツは、この提案は ”非常に官僚的” で、 ”不必要に複雑” で、 ”それは実施にあたってうまく機能しないという結果になるであろう” と、このアメリカの文書は言及している。

 環境団体やある科学者たちは、2001年に欧州委員会によって最初に提案された厳しい規制は、ブッシュ政権が WTO 委員会に訴えた2003年度版 REACH より人間の健康と環境をより保護するものであると述べている。

 5月4日にパリのユネスコ本部で開催された REACH に関する専門家会議で、医学専門家たちは、ブッシュ政権が攻撃している現状の REACH はその効果を発揮するには弱すぎ、それは大西洋をはさんだ両大陸の化学産業界を満足させるために故意に弱められてきたと述べた。

 シカゴ大学公衆衛生学部の環境職業衛生医学名誉教授で、がん予防連盟の議長であるサムエル・エスタイン博士はこの会議で、最新の REACH 提案は ”この規制が劇的に弱められたために発生するであろう公衆の健康と環境のコストがいかに高くつくかについて認識していない” と述べた。
 さらにこの数十年間で ”著しく増加した” 若者の精巣がんやアレルギーについて指摘し、その根本原因はまだ解明されていないと述べた。
 専門家会議で発表された報告書 ”REACH:産業化学物質規制のための先例を見ないヨーロッパの取組み” の中で、エスタイン博士は、 ”中立の立場を保ってきた EU 諸国の政府と著しく対照的にブッシュ政権は REACH に激しく反対するよう産業界を煽っている”と述べている。

 REACH では、産業化学物質の中のあるものは、市場に出される前に、登録され、評価され、認可されるなくてはならない非常に高い懸念物質として分類されている。それらは下記のような化学物質である。
  • 発がん性物質、突然変異誘発物質、生殖毒性物質(人間に対し有毒であることが分かっている又その疑いが非常に高いもの)
  • 環境中に広がり、残留性、生体蓄積性、有毒性がある化学物質、特に難分解性有機汚染物質
  • 毒性データはまだ入手できないが非常に残留性があり、人間や野生生物に非常に生体蓄積性がある化学物質
 これら化学物質の多くのものは農薬や、食品、化粧品、日用品などの消費者製品に含まれる成分又は汚染物質である。

 REACH では、企業が新規又は既存の化学物質を製造又は輸入しようとする場合には、危険化学物質の分類と表示に責任を持つ新設予定の欧州化学物質局(European Chemicals Bureau)に申告するために、化学的安全報告書(Chemical Safety Report)を用意することが求められる。
 この報告書は、各化学物質を特定するデータ、すなわち、意図する用途での毒性学的及び生態毒性学的特性、推定される人間及び環境の曝露、製造量、分類と表示の提案、安全データー・シート、一次リスク評価、及びリスク管理措置の提案などを含む。
 この情報は、欧州化学物質局が管理し、公開可能なデータベースに格納される。
 申告された化学物質はテストにより評価され、非常に高い懸念のある化学物質のうち限定された少数のものに認可が与えられる。
 化学会社は書類提出にかかる費用を負担することが求められる。全体のコストは下記のようjに見積もられている。
 ・登録:3億ユーロー(約400億円)
 ・3000万種類の多量製造物資のテスト:21億ユーロ(約2,700億円)
 ・合計:24億ユーロ(約3,100億円)
 概略4億ユーロの管理費用は経費としてまかなわれる。

 REACH に対する最初の公式な批判は、2003年7月10日にアメリカ化学協議会 (American Chemistry Council) によってなされている。”REACH は非現実的で、金がかかりすぎる” とし、”リスク・ベースのアプローチ” に替えるべきであると同協議会は述べている。REACH に金がかかりすぎることは EU 産業界の技術革新と競争力に悪影響を及ぼすであろうと同協議会は警告した。

 エスタイン博士は、化学産業界は REACH のコストについて誇大に言っているとし、そのコストは2000年における化学産業の生産高4,170億ユーロ(約54兆円)のわずか0.05%であると述べている。
 彼はさらに、これらのコストは、REACH が明快に参照として挙げている公衆の健康と環境に与える影響を無視することでゆがめられているように見える”と述べた。

 アメリカ化学物質協会は、REACH は貿易障壁的であり、世界貿易機関 (WTO) の目的及び国際的な化学物質規制と合致していないとし てREACH に反対している。
 同協議会とヨーロッパにおけるパートナーは、EU は、REACH にではなく、既存の登録とリスク管理に依存すべきであると述べている。

 ブッシュ政権が異議を申し立てている2003年度版 REACH は、ポリマーなどいくつかの化学物質類を登録対象から免除している。大部分のプラスチックの成分はポリマーである。

ワシントンは欧州委員会をポリマーに関しては ”規制措置を緩和した” として褒めたが、 REACH は、”官僚主義的な規制制度” を、”健康や環境に対し顕著なリスクを及ぼすようには見えない ”数千の他の化学物質に押し付けようとていると述べている。
 それはまた、欧州委員会は、 ”科学ベースの意志決定の枠組みに基づいて” もっと単純でコスト」効果のあるアプローチを採用することを検討すべきと主張している。

 アメリカの文書は、化学リスクの評価に対する EU のアプローチは、現在、この分野で国際的に行われている取組みを取って替えようとするものであり、 REACH を EU 加盟国全体で実施し強制力を持たせることにおいて一貫性が欠ける可能性があるとの懸念を引用している。この問題について欧州委員会が明確にするよう求めている。

  REACH の責任者である欧州環境理事長マルゴット・ウォールストームは、REACH は国際的な取組みを統合する方法でヨーロッパが必要とする情報と安全を提供するよう設計されていると述べている。
 ”情報の伝達を促進するために、国連の化学物質の分類及び表示に関する「化世界的に調和されたシステム(Globally Harmonized System: GHS)」を実施するつもりである” と本年4月26日にアメリカ、バージニア州のシャーロッテスビルで開催された第2回 US - EU 化学物質会議で彼女は述べた。

 ”我々は化学物質に非常に強く依存する社会を作ってしまった。しかしその潜在的なリスクと長期的な影響について十分な知識がともなっていないので、そのために我々は高いお金を払っている。” と彼女は述べている。
 "この問題はヨーロッパ諸国だけの問題ではない。化学的な安全性は世界中の関心ごとである。世界中の国々が化学的安全性に注意を向けないために高いお金を払っている” と彼女は述べた。

 ”REACH に関する議論は単なる化学物質の問題をはるかに超えている。将来の化学物質政策に関する議論において、競争力だけが EU 政策の唯一の主要な目標なのか、あるいは、ヨーロッパの政策立案者たちは生活の質と将来の世代の運命を第一に考えるのか ”と、欧州連合加盟国内の ”環境市民” の142組織の連合体である欧州環境事務局 (European Environmental Bureau) のジョン・ホンテレズは述べた。


化学物質問題市民研究会
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