EHP 2003年3月号
PCBの遺産:男児出生比率の低下
情報源:Environmental Health Perspectives
Volume 111, Number 3, March 2003
PCBs' Legacy: Fewer Boys
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2003/111-3/forum.html#pcbs
訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2003年3月2日



 世界で最悪のポリ塩化ビフェニル(PCB)汚染事故から20年以上経った現在、男性被害者からの男児出生比率が減少している。
 1979年、台湾で2000人が食用油に混入したPCBに曝露した。この台湾油症(Yu-Cheng, Taiwan)事故で曝露した若い男性からの男児出生比率は46%(世界の平均は51〜52%)であるとロンドンと台湾の研究者チームが2002年7月13日発行の『The Lancet』で報告した。この事故で曝露した女性からの出生性比率には異常は見られなかった。

 PCBは過去50年間、電気機器の絶縁物質として大量に使用された有機化学物質である。台湾油症事故では米ぬか油製造設備で熱媒体として使用されていたが、それがパイプから漏れて食用油に混入して、製造過程及びその後の食用油の調理の過程でポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)が形成された。

 PCBは、アメリカでは25年以上前に禁止されたが、環境中及び体内の脂肪中には残留している。「PCBのあるものは永久に残留する。それらは分解も代謝もしない。台湾油症事故の被害者の体内PCBレベルはアメリカ人の平均値の約20倍であり、PCDFレベルはアメリカ人の平均値の10,000倍である」と米環境健康科学研究所(NIEHS - National Institute of Environmental Health Sciences)の疫学者であり、台湾油症事故の初期調査に関わったウォルター・ローガンは述べた。

 研究者たちはこれらの化学物質がどの様にして出生性比率を変えるのか解明できていない。曝露した集団は研究対象としては少なすぎ、動物実験で現象を再現することはできない。しかしPCBは精子が男性Y染色体を運ぶことを阻害するのか、あるいはXY染色体として卵子に受精するこを阻害するのではないかと研究者たちは考えている。男性だけが性決定染色体を有するが、このことは女性が正常な出生性比率であるという事実をよく説明している。

 研究者たちは1979年から1999年の間に被害女性996人及び被害男性693人のそれぞれから生まれた子どもの性について分析した。(両親ともに被害者である場合もあったが、その数は少ないので分析上、考慮していない。)被害者1人毎に同性、同年代3人をコントロール群として選出した。

 全ての年代の被害男性に関し、男児出生比率は対応するコントロール群と比べて低かった。特に20歳前に曝露した被害男性に顕著であり、その男児出生比率は46%であったが、同年代のコントロール群の男児出生比率は54%であった。

 20歳前に曝露した被害男性の男児出生比率が低いということは、男性の性発達期が内分泌かく乱物質に対して最も敏感であるということを示している。「発達期に最もリスクがある」と英国の衛生・熱帯医療ロンドン校の研究者であり、ランセット報告の共著者であるデル・リオ・ゴメスは述べた。

 彼女は出生性比率の変化はPCBが男性に及ぼした内分泌かく乱効果のうちの一つに過ぎないと考えており、「一つの集団がある兆候を示したら、他にも何かないか研究者は調査すべきである。出生性比率の変化は男性及び女性の生殖異常を検知する有効な指標である」と述べている。
 デル・リオ・ゴメスらは台湾油症の男性と女性の出生率について調査を行っており、近くその成果を刊行する予定である。

 2002年1月発行の『職業と環境医療(Journal of Occupational and Environmental Medicine)』誌で、ミシガン大学の疫学者ウィルフリッド・カルマウスらのチームは、5大湖のPCB汚染魚を食べたミシガン州の男性らの出生性比率について報告している。しかしこのケースでは女児出生比率が低かった。「なぜこのような逆の結果が起こるのか分かっていない」とローガンは述べている。

 大量のPCB汚染事故である台湾油症のケースはアメリカのケースとは異なる。しかし、PCBが禁止されてからかなり年月が経つが、まだ古い変圧器や電気機器、食物連鎖中に存在していると科学者たちは警告している。廃棄物処分場で働く人々や汚染された湖の魚を食べる人々には依然として危険性がある。2001年には米国の8州がPCBで汚染した海や湖の魚を食べないよう勧告している。
シンシア・ウォッシャム



化学物質問題市民研究会
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